学位論文要旨



No 213980
著者(漢字) 須長,秀行
著者(英字)
著者(カナ) スナガ,ヒデユキ
標題(和) 静的陽解法弾塑性FEMによる自動車車体プレス成形のモデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 213980
報告番号 乙13980
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13980号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨

 自動車車体用プレス金型づくりは,型設計・加工のCAD/CAM化を軸とした自動化による型生産の効率化と型の高精度化が急速に進んだ.これにより,機械加工時点での金型完成度だけではなく,プレス成形品の精度も大幅に向上してきている.しかし,プレス成形技術については,従来からの経験と勘にもとづいた成形ノウハウに頼っているのが現状である.そのため,新車開発で新しい形状が付加されても,ノウハウの一般的な法則化が難しいという問題から,個々のケースで最適な設計を行なうことができす,実際のプレス成形段階,とくに絞り成形段階では,しわ・われ等の成形不具合がしばしば発生している.これらの問題を解決するために,最近では,コンピュータ技術の飛躍的な進歩を背景として,弾塑性FEMを用いたプレス成形シミュレーションによる計算機上での成形不具合発生予測が積極的に行なわれている.しかし,実際には,数値解析が計算途中で止まり解が得られないなど,技術的に解決すべき多くの問題点が残されている.

 そこで,本研究では,実際の業務の中でも適用できるシステムを構築するために,プレス成形用に開発された静的陽解法弾塑性FEM(ITAS-3D)をベースに,境界条件のモデリングと使用環境の向上を行なった.

(1)パネルセットモデリング

 自動車車体用プレス成形では,材料が接触する工具形状面が複雑な3次元曲面であると同時に,材料サイズは大きく板厚は1mm以下と薄い.そのために,成形初期より自由度の高い不安定な成形条件となり,数値解析途中,材料が工具面領域外へ移動したり,計算が途中で止まり解が得られない問題が発生している.そこで,これらの問題を解消するために,材料投入時に材料の図心を囲む工具対材料接触節点3個所を模索するパネルセッティング機能を弾塑性FEM(ITAS-3D)に導入した.さらに,プレス成形過程時の工具表面上の材料移動を規定領域内に抑制するために,rmin法により材料移動の抑制と境界条件の変更を行なうパネルネスト機能を導入した.これにより,不安定な成形条件となりやすい成形過程においても,問題なく安定的に解析が可能となった.さらに,材料変形形状においては,実験と解析が一致した結果が得られた.

(2)摩擦モデリング

 絞り成形においては,金型工具と材料が接触する界面に働く摩擦力の違いが深絞り性を向上させたり,逆に,破断を起こしやすくしたりと成形限界に大きな影響を与えている.このため,弾塑性FEMとしては,材料と工具面との接触面にはクーロン摩擦則が働くものと仮定し,固着・すべりの2つの摩擦状態と判定及び変更を行なうためのアルゴリズムが必要である.しかし,従来の解法では,1つの増分ステップの中で固着→すべり→固着の変更を繰り返す閉ループに入ってしまい,安定した計算ができないという困ったことがしばしば起きている.そこで,新たな摩擦モデルとして,節点力増分fiにおける節点変位増分ujを未知数とする剛性方程式(1)に対して,疑似固着摩擦状態を工具変位増分と疑似固着定数Eijにより式(2)のように定義する.

 

 

 また,すべり摩擦状態は,節点力fiに対してすべり摩擦変化率と摩擦係数により式(3)及び式(4)のように定義する.

 

 

 そして,rmin法により摩擦状態の変更を行ない,収束計算を廃止することにより,成形解析が問題なく安定的に取り扱うことができた.

(3)絞りビードモデリング

 自動車車体用絞り成形では,ダイキャビティの輪郭にそって様々な形状の絞りビードが用いられている.その主目的は,成形過程中に材料に張力を与えて,ダイキャビティ内への材料流入量を制御することにより,しわ・われ等の成形不具合発生を防止している.しかし,弾塑性FEM解析において,実際の金型と同じ絞りビード形状を設定した数値解析では,補助的役割であるはずの絞りビード部の変形解析に計算が集中するために現実的ではない.このような現状から,絞りビード部の力学的特性を明らかにして,絞りビードを境界条件としてモデリングを行なう.

 自動車車体用絞り成形金型では,絞りビード領域の成形条件として,成形中上下金型間に材料板厚を超える隙間量があることが確認されている.そこで,図1に示すようにクリアランスc一定状態での絞りビード部を材料が通過する際に受ける材料流入抵抗力を絞りビード設定方向と同じ絞りビード引抜き接線力F1と絞りビード引抜き垂直力F2に分解して,実験及び解析により検討した.絞りビード引抜き垂直力F2は,絞りビード溝形状及びクリアランスの違いを幾何学的に算出できる材料引抜き角度に対して比例関係となる.したがって,同じ絞りビード凸形状を有する成形条件における絞りビード引抜き垂直力F2は,式(5)により算出することができる.

 

 また,絞りビード引抜き接線力比を次式のように定義する.

 

 絞りビード引抜き接線力比は絞りビード形状に関係なく,絞りビード傾斜角度に対して直線的に変化する.したがって,絞りビード引抜き接線力F1は,式(7)により算出することができる.

図1 絞りビード形状

 

 弾塑性FEM(ITAS-3D)では,材料要素内に絞りビードが位置する場合,その要素を構成する各節点に対して,式(5)及び式(7)により算出される絞りビード引抜き力Fを付加する必要がある.そこで,剛性方程式(1)に対して,次式のように絞りビード引抜き力増分として付加することにより,計算を行なった.

 

(4)自動車車体プレス成形シミュレーションの実際

 本研究において,プレス成形シミュレーションが実際の金型設計段階で適用できるように改良を加えた弾塑性FEMをベースに,CADとのデータリンク等の使用環境整備を行ない,実際の新車開発プロセスにおいて適用を行なった.そして,図2に示すように設計段階で解析を用いた成形性検討を行なったことにより,実際の絞り成形において,解析結果と同様の品質上問題のない製品が得られた.これにより,本研究により開発された弾塑性FEMシステムが,成形不具合発生による金型修正・トライアルの繰り返しを削減する上で有効であることが明らかになった.

図2 成形形状の比較
審査要旨

 本論文は,自動車車体プレス成形において,絞り成形過程中に発生する成形不具合を設計段階にて予測できる有効なツールの実現のために,弾塑性有限要素法によるプレス成形シミュレーション技術を研究開発することを目的としている.本論文は,第1章の緒論,第9章の応用例と第10章の結論を含め,全体で10章より構成されている.

 第1章では,新車開発プロセスにおけるプレス金型作りの中で求められている技術開発項目を概観し、設計段階でプレス成形不具合を予測することができるプレス成形シミュレーション技術が必要不可欠となり,その技術開発が活発化している現状を明らかとしている.同時に、現在のシミュレーション技術が複雑な自動車車体プレス成形には十分に対応できていないことを指摘し、より実用性を高めたシミュレーション技術の研究という本論文の目的と目標を述べている。

 第2章では,プレス成形が実際にどのような成形工程で行なわれ,どのような成形不具合が発生し,これらの成形不具合に対して,実際に適用されている解析手法としてどのようなものがあるかを述べている.そして,これらの解析手法に対して,自動車車体部品を用いた絞り成形シミュレーションに対してベンチマークテストを行ない,静的陽解法に基づく弾塑性有限要素法が有効的な解析手法であることを明らかにすると共に,今後解決すべき技術的課題を明確にしている.

 第3章では,本研究における絞り成形過程のモデリング導入のもととなる弾塑性有限要素法プログラムITAS-3Dが用いている基礎式について述べ、本研究における解析の基本的手法を提示している。

 第4章では,絞り成形過程の中で,最も不安定な成形条件となるブランク投入,ブランクホールド成形過程に対して,パネルセット及びネストモデルを導入することにより,複雑な3次元曲面を有する絞り成形工具形状に対しても,安定的に問題なく解析できることを明らかにすると共に,ブランクホールド後の成形形状において実験データとよく一致することを確かめている。

 第5章では,プレス成形限界に大きな影響を与える工具と材料の接触面に働く摩擦に対して,摩擦固着状態をすべり速度が非常に小さい疑似固着状態と仮定した摩擦モデルを,Rmin法による陽的に解を求める手法を用いて導入することにより,複雑な絞り成形解析においても安定的に計算できることを示している.

 第6章では,絞り成形過程中の材料に張力を与えて,ダイキャビティ内への材料流入量を制御するために金型に設定される絞りビードに関して,垂直ビード引抜き実験により,絞りビード溝形状及びクリアランスの違いを材料引抜き角度として定義することにより,絞りビード引抜き垂直力は,材料引抜き角度に対して比例関係になることを明らかにしている.さらに,2次元弾塑性FEMを用いた絞りビード引抜き解析結果が実験データとよい一致を示していることから,絞りビード垂直力を算出する方法として有効であることを明らかとしている.

 第7章では,絞り成形過程において材料が絞りビードに対して垂直方向に移動するのではなく,傾いた方向に移動することから,絞りビード引抜き実験及び3次元弾塑性FEMにより,絞りビードに対して接線方向に働く絞りビード引抜き接線力と絞りビード引抜き垂直力の関係を求めている.その結果,絞りビード引抜き垂直力は,ビード傾斜角度に対して独立であり,絞りビード引抜き接線力は,ビード傾斜角度及び絞りビード引抜き垂直力より算出できることを明らかにしている。

 第8章では,絞り成形金型3次元形状に設定された絞りビード位置にある材料要素に対して材料流入抵抗力が働く機能を持つ絞りビードモデルを提案し,3次元弾塑性FEM(ITAS-3D)に導入することにより,有効に利用できることを明らかとしている.

 第9章では,本研究で開発した3次元弾塑性FEMに対して使用環境整備,計算時間の短縮,成形評価方法の標準化によるシステム化を行ない,実用性を調べるために実際の新車開発プロセスでの計算機トライアルを行なっている.その結果,トライアル段階での成形不具合発生による金型修正・トライアルの繰り返しが削減され,金型製作期間の短縮が明らかとなり,十分に実用に供し得るものであることを示している.

 第10章の結論では,以上の研究結果をまとめ,今後の課題を述べている.

 以上,要するに本論文は,新車開発期間短縮の観点よりプレス金型製作段階での成形不具合発生が問題となっている自動車車体プレス成形において,3次元弾塑性有限要素法を用いたシミュレーションによる設計段階での成形不具合予測を目指したもので,その実現のために,自動車車体部品の絞り成形解析に必要となる境界条件のモデル化を行なうことにより,これまでの解析手法と比較して大幅な精度向上・計算安定性を達成し,実用性の高い3次元弾塑性有限要素法プログラムの研究開発を行なったもので,工学および産業技術上に貢献するところ大である.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51087