学位論文要旨



No 213981
著者(漢字) 永田,達也
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,タツヤ
標題(和) ファクシミリ用読み取り・記録デバイスの高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213981
報告番号 乙13981
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13981号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鯉淵,興二
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 ファクシミリの普及は固体電子走査による読み取り・記録デバイスの小型化及び高性能化によるところが大きく,ファクシミリのさらなる小型・低電力化のために読み取り・記録デバイスの高性能化の研究が必要となっている。

 読み取りデバイスは導光系,光電変換素子及び走査回路から成る。小型化を実現する構成のひとつに,導光系に特に結像レンズを用いずに原稿とセンサを密着させて読み取りを行う完全密着読み取りセンサがある。この完全密着読み取りセンサは原稿と同じ長さが必要なため,光電変換素子に大面積に形成可能なアモルファスシリコンを用い,さらに走査回路の一部を薄膜トランジスタで構成する検討がなされている。しかし,これらの報告では完全密着読み取りの読み取り機構が十分に解明されておらず,またシフトレジスタを含めた走査回路を薄膜トランジスタで構成する場合にアモルファスシリコンの特性不安定性を防止する試みはなかった。また光源の発光ダイオードは輝度ばらつきが大きいため,原稿照度にむらを生じてシェーディングと呼ばれる読み取り信号ノイズが大きい課題もあった。

 記録デバイスである薄膜感熱記録ヘッドは8dot/mmの密度でライン上に形成した微細な抵抗体に通電してジュール発熱させ,ヘッドに密着させた感熱紙表面の発色層を加熱し,発色層の化学反応により記録ドットを形成する。この時抵抗体で発生した熱は抵抗体下に設けたガラスが熱抵抗層となって1msで約300℃の高温となる。感熱紙の記録濃度は感熱記録ヘッドの温度応答,感熱紙と感熱記録ヘッドの接触面圧及び感熱紙の非定常温度応答における化学反応により決まる。高温での抵抗劣化を防止しながら低電力化を行うためには記録濃度の高精度の予測による構造適正化が必要である。しかし,これまでの報告は2次元熱伝導解析や定常温度における感熱紙発色の予測が行われていたため,総合的な記録性能が予測できず,低電力化するための要因が十分には解明されていない状態であった。さらに低電力で記録を行う構成として熱抵抗層に熱伝導率の小さなポリイミドを用いる発想は報告されていたが実現された例はなかった。

 本研究ではファクシミリ用読み取り・記録デバイスである,完全密着読み取りセンサ及び感熱記録ヘッドの基本的な性能,寿命特性を検討し,それらの結果を基にして読み取り・記録デバイスの高性能化を行った。具体的にはシェーディング補正機能を持つa-Si TFT駆動完全密着読み取りセンサ,及びポリイミド熱抵抗層を用いた高熱効率感熱記録ヘッドを開発した。a-Si TFT駆動完全密着読み取りセンサはa-Si TFTを駆動回路とし,さらに受光素子に光源ばらつきを自己補正する新規受光素子を用いたものであり,初めてのものである。またポリイミド熱抵抗層を用いた感熱記録ヘッドは,従来より文献で発想はあったものの,実現されていなかった。応力緩和層を設ける新規構造を提案し,初めてポリイミド熱抵抗層を用いた感熱記録ヘッドの実現性を示した。

 第2章ではファクシミリ読み取り系を小型化するために,完全密着読み取り方式の読み取り性能を検討した。結像レンズを用いない完全密着読み取りセンサの光学読み取り性能を,拡散光による照明計算手法を開発して予測した。完全密着読み取りセンサは原稿からの近接読み取りを行うため,読み取り分解能は原稿と受光素子との距離に強く依存することを示した。

 第3章ではアモルファスシリコンを駆動回路及び受光素子に用いた完全密着読み取りセンサの高性能化を検討した。画像劣化の原因となる光源ばらつきによるシェーディング歪みを,分圧受光素子と呼ぶ新型受光素子を用いることにより,受光素子レベルで補正できることを示した。分圧受光素子は光源の直接光を受光する基準素子と原稿反射光を受光する読み取り素子を直列に接続した構成をとり,原稿面の照度が±30%ばらついても原稿読み取り信号に画像歪みは表れない。また,アモルファスシリコン薄膜トランジスタはVtシフトと呼ばれる劣化があり,駆動回路に用いる場合に問題となる。負印加シフトレジスタと呼ぶ回路構成により,回路動作休止時に負のゲート電圧を加えてVtシフトを回復させて長寿命化できることを示した。分圧受光素子及び負印加シフトレジスタを用いた完全密着読み取りセンサを試作し,読み出しビットレート500kHzの読み取りが可能なことを実証した。

 第4章では感熱記録紙の特性を基に感熱記録ヘッドを用いた記録系の記録性能因子を検討して,熱効率の向上に必要な知見を得ると共に,抵抗体の劣化寿命を検討した。感熱記録紙を一定の温度に加熱した時の発色過程を一次反応速度論で定式化した文献を基に任意の温度応答に対する発色過程に拡張し,3次元熱伝導解析及び感熱紙と感熱記録ヘッドとの接触応力解析を用いて感熱紙の発色濃度を予測する手法を開発した。これにより感熱紙と感熱記録ヘッドとの接触の改善,抵抗体サイズの適正化,保護層の薄層化を行って,熱効率の向上を図った。また,感熱記録ヘッドの更なる熱効率の向上には熱抵抗層の熱容量低減,熱伝導率の低減が不可欠であることを示した。高温にさらされる感熱記録ヘッドの抵抗体寿命及び劣化原因を示し,記録性能との比較から感熱記録ヘッドの信頼性を明らかにした。

 第5章では第4章の知見を基に,飛躍的に熱効率を向上できる新構造感熱記録ヘッドを提案した。この感熱記録ヘッドは熱抵抗層に従来用いていたガラスグレーズに代えてポリイミド層及びTa2O5応力緩和層の積層を用いた。開発した感熱記録ヘッドは抵抗体寿命を満足しながら熱効率をおよそ2倍改善できることを実証した。

審査要旨

 本学位論文"ファクシミリ用読み取り・記録デバイスの高性能化に関する研究"はファクシミリを小型・低電力化するため、原稿を読み取るデバイスとして紙面に密着させて読み取る完全密着読み取りセンサと、原稿を記録するために感熱記録紙を用いた感熱記録ヘッドをデバイスとして選択し、開発に必要な基本的な性能に影響する因子を定量的に解析する手法をいくつかを研究提案し、さらにその手法を用いて画期的な性能を有する基本デバイスを開発したものである。

 この種の製品開発を目的とした研究は実現された製品が開発時には最先端であるが、時が経つと進化の歴史の中に埋もれてしまう為、独創性の評価に注意する必要がある。審査委員の意見として

 1)基本特性の解析の中に新規性があり、現在でも十分独創的な技術として通用する。

 2)研究成果の具体的な製品への貢献を明確にし、開発時点での価値を評価する。

 3)問題解決の方法についても評価する。

 が出され、その方針に従って本論本を審査した。

 第6章の結論のは上記のような方針の基に論文提出者に

 1)従来の研究と本研究の比較

 2)問題点と解決法

 を表にまとめて追加してもらった。

 完全密着光学読み取りセンサーでは、従来完全密着読み取りの性能に影響する因子が不明確であった。そこで拡散光によって照明される原稿からの反射光を光路、材料界面での減衰、電極パターンによる遮光などを考慮した受光素子面の照度の解析する方法を開発した。その結果合理的な設計の最適化が可能となった。本方法は現時点でも十分新規性を有している。

 完全密着読み取りセンサーは1728個の光電変換素子を駆動せねばならない。駆動回路をとして従来のように専用のICを用いると小型化、価格の面から限界があり、a-SiTFTを用いることを計画した。a-SiTFTは物性に起因する不安定性のため走査回路に用いられた例はなかったが、a-SiTFTで駆動回路を形成できれば、受光素子と同じ製造プロセスで構成でき、センサ基板を小型化できる。a-SiTFTはVtシフトと呼ばれ時間とともに電流の急増するゲート電圧(閾値)が変動する現象があり、回路を安定に作動させるにはVtシフトを小さく押さえねばならない。そこでファクシミリの稼動時間の少ないことを利用し、センサが動作してない時に負のゲート電圧を加えると閾値が下がることを利用した負印加シフトレジスタを考案した。また光源のLEDの輝度はばらつきが大きく、受光素子の出力信号に画像ひずみ(シェーディング)を生じやすかった。それを解決するため、光源からの直接光を受光する基準素子と原稿からの反射光を受光する読み取り素子を直列接続した分圧受光素子を考案し、シェーディングを受光素子段階のみで解決する目処を得た。これらの技術はすべて試作段階で確認されその有効性を確認されていて、画期的であると評価するが、製品化の計画もあり製品に採択されたのは一部である。

 感熱記録ヘッドに関しても製品開発に必要な影響因子のの定量化を行うため、感熱紙の任意の温度応答に対する発色特性、感熱ヘッドと紙の2次元接触面圧解析を基に3次元熱伝導解析を行い、グレーズ層、保護層、紙への熱伝導を明確にした。本解析も従来の静的な2次元の熱伝導解析と比較すると画期的に精度が向上し、現在においても設計開発の有効な手段と判断した。

 感熱ヘッドは2500万パルスに耐える寿命が要求されるが。その抵抗体は250°-300℃の高温にさらされ、高い電流密度で駆動されるため、実際に過電力が加わると発熱低抵抗体の抵抗値が変動し、記録濃度にむらができたりあるいは破断にいたる事がある。そこで空印字寿命試験を行い、抵抗体の劣化モードを詳細に観察して、抵抗体の劣化はエレクトロマイグレーションによって起きることを推定し抵抗体寿命が温度によって支配されることを明らかにした。抵抗体劣化のメカニズムが明確となったのは始めてである。

 以上の知見を基に使用材料の適正化を計り熱効率を画期的に向上した新構造の感熱記録ヘッドを提案した。すなわち、従来は熱抵抗層にガラスグレーズを用いていたため入熱の70%が熱抵抗層の温度上昇に使用される。そこで熱抵抗層に熱伝導率が小さく、耐熱性に優れたポリイミド層をもちいることにした。ポリイミドは製造プロセス中に割れが発生するので応力緩和層Ta2O5を用いわれを防止した。本ヘッドを用いると抵抗体寿命を満足しながら熱効率が2倍に改善される事を予測し試作実証した。本試作もその新規製は十分評価されると判断した。

 よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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