学位論文要旨



No 213982
著者(漢字) 川村,隆文
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,タカフミ
標題(和) 三次元自由表面乱流の数値シミュレーション
標題(洋) Numerical Simulation of 3D Turbulent Free-Surface Flows
報告番号 213982
報告番号 乙13982
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13982号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 影本,浩
 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨

 比較的古くから精力的な研究がなされている壁面近傍の乱流と比較すると、気液界面近傍の乱流の性質については未知の点が非常に多い。しかし、質量、運動量及び熱の界面近く、及び界面を通しての輸送現象における乱流の影響は非常に大きく、気象、環境問題、工業的応用など広い分野から多大な関心を集めている。特に近年、地球温暖化問題と関連して、大気と海洋間の二酸化炭素の移動量の推定の精度を高めることが非常に重要な課題となっている。これらの問題に関する従来の研究の多くは剪断が加えられておらず、変形が無視できる界面と乱流の干渉に関するものであった。気体と液体の大きな密度差のため、界面法線方向の流体運動は制限され、界面に平行な方向の運動にそのエネルギーは分配される。界面に気体による剪断が加わる場合、及び非線型表面波が存在する場合、乱流の構造は飛躍的に複雑さを増すと考えられているが、実験的、及び数値的な困難から詳細な構造についての研究はほとんどなされていない。本研究の目的は、従来数値計算の適用が困難であったこの種の問題に対して有効な計算技術を示し、また具体的な問題に適用して気液界面付近の乱流についての理解を深めることである。

 気液界面付近の乱流を数値的に取り扱うためには、界面における法線方向及び接線方向の応力の連続条件を正確に満たすことが重要である。しかし、非圧縮性流体の標準的な解法であるフラクショナル・ステップ法においては速度場と圧力場が分離されて別々に解かれるため、この応力条件を厳密に満たすことは困難である。本研究では、接線応力条件と連続の式を連立して解くことによりこの問題を解決した。また、第2章に示される数値テストにおいて、実際に条件が正確に満たされていることを確認した。

 本研究においては、乱流のモデル化のため直接数値シミュレーション(DNS)、ラージ・エディ・シミュレーション(LES)、レイノルズ平均方程式シミュレーション(RANS)の3つの手法を適用する。DNSの適用範囲は膨大な計算負荷によって大きく制限される。またRANSは使用する乱流モデルに対する依存度が大きいが、現存する乱流モデルの多くは壁乱流に対して開発されたものであり、界面近傍の乱流に対する適用性は明らかではない。これに対して、エネルギーを保有する大規模な渦を陽的に解くLESは精度及び計算負荷の両面から、気液界面との干渉を含む複雑乱流現象の解析に適しているということが示された。LESの問題点の一つは格子解像度以下の小さな渦の影響を表すSGSモデルにあったが、本研究では近年開発された動的混合型モデルを適用し、十分高い精度が得られることを確認した。第3章と第4章における計算結果の解析により、混合型モデルは渦粘性型モデルに比べて、境界近くの乱流の非等方性により敏感であり、また係数の動的決定手法により界面によるダンピング効果も適切に表現されることが示された。

 気体の流れによる剪断によって誘起される乱流と、界面に発生する波の問題に対する適用が第4章と第5章に示されている。気体側の乱流、液体側の乱流及び界面波には非常に大きな自由度の相互干渉が存在する。ここでは各要素の相対的な重要度を明らかとするため、複雑度の異なるいくつかの数値モデルを用いて解析を行った。まず、もっとも単純な数値モデルとして、変形しない界面に加えられた空間的に一定な剪断力により誘起される流れをLESとDNSにより解析した。剪断を受ける界面付近の乱流構造は、壁乱流に似た縦縞状の低速部と縦渦の存在によって特色付けられることがDNS及びLESによって示された。このような組織構造は、剪断を受ける気液界面及び剛体壁に共通する条件である、強い平均流の剪断によるものである。しかし、気液界面の乱流においては固体壁近傍のように分子粘性が卓越する領域がないことから、境界に対する漸近的な性質において違いが見られた。対数領域における速度勾配は壁乱流とほぼ同じであったが、バッファー領域から対数領域への遷移がより境界に近いところで起こり、結果として対数領域における平均速度が壁乱流よりも小さくなることが分かった。

 次に界面波と剪断流の間の相互干渉と、風に平行な縦渦構造であるLangmuir対流の形成についてLESによる解析を行った。界面波は、位相平均モデルと位相解像モデルの2通りを用いて取り扱い、結果を比較した。位相平均モデルにおいては界面波の影響は与えられた波高及び波長に対するストークス・ドリフトの効果を運動量方程式の右辺項に加える。また、位相解像モデルにおいては界面波は、非線型界面条件と移動変形格子を用いてLESにおける大規模渦と同様に陽的に解かれる。このため、界面波とLangmuir対流の相互の干渉を捕らえることが可能である。界面波の影響によりLangmuir対流が形成されることがLESによって明らかに示され、風に直角方向の間隔は風波水槽による実験による観測とほぼ一致した。乱流の統計量はLangmuir対流の形成により大きく変化し、特に界面に鉛直な方向の乱流輸送が飛躍的に増加し、摩擦係数は一桁余りも増加することが示された。この結果は界面近くにおける熱や二酸化炭素などのスカラー量の輸送もLangmuir対流によって支配されていることを意味し、Langmuir対流が地球規模の気象と環境問題に大きな影響を持っていることを示唆する。位相解像モデルによるLESによっても同様な結果が得られ、界面波によるストークス・ドリフトと剪断流の干渉がLangmuir対流の形成の主要因であることが分かった。ただし、界面波はLangmuir対流によって変調を受け、風に直角方向の大きな波高の変化が確認された。この結果は界面波とLangmuir対流の間に強い相互の干渉があることを示す。しかし、ここで用いられた数値モデルでは、風の影響が空間的に一定な剪断応力分布と周期的な圧力分布という非常に単純な形で取り入れられているため、界面波の不規則性には一定の制限がある。

 第5章においては、風と界面及び剪断流の相互の干渉を「結合」シミュレーションによって、より完全に取り扱う。この結合シミュレーションにおいては、変形する界面、及びその上下の気体及び液体側の乱流を、界面における二流体の速度と応力の連続条件を用い、全てDNSまたはLESにより陽的に解く。ここでは、この結合モデルを用い、風波の発生と成長の初期段階のシミュレーションを静水面上を突然風が吹き始めるという条件の下に行った。計算の結果、風が吹き始めた直後に風と一定の角度を成して斜めに進む一組の波が現れることが示された。波の進行する角度と界面における圧力分布の対流速度の関係から、この波は気体側の大規模な組織構造による圧力分布に界面に反応することによって発生することが示唆された。しかし、この風に対して斜めの波の成長は風が吹き始めて数秒の間に止まり、次に風と平行な方向に進行する二次元的な波が支配的となることが分かった。この波は指数的に成長し、実験と比較して妥当な成長率が得られた。また、成長率と気体側の摩擦速度の関係についても実験と定性的に良い一致を示した。これらの結果により、結合モデルによって風から波へのエネルギー輸送を適切に取り扱えることが示されたといえる。しかし、この手法の適用は気体、液体側の剪断乱流、界面波といった現象の間の大きな時間スケールの違いによって制限されるということも示された。従って、この手法による結果を、簡略化された風、波の適切なモデル化につなげる研究が有意義であると考えられる。

 第6章においては、界面を貫通する物体による造波と境界層及び伴流の相互干渉の問題を通じて、これまでの章とは少し異なった角度から、界面波と乱流の干渉について解析を加えた。ここでは、自由表面を貫通する円柱周りの高フルード数の流れをLESとRANSによって解析した。この問題に関しては気体側の流れの影響は無視でき、気液界面は自由表面として取り扱われた。波を含めた流場の全体的な構造については、LESとRANSの両方により、高い精度で実験と一致する結果が得られた。LESにおいては自由表面の乱れと、自由表面近傍の高周波数の速度変動まで数値的に再現でき、平均流の予測においてもLESのほうがRANSよりも高い精度を有することが分かった。この結果から、LESは自由表面の激しい乱れを伴う流れに対しても非常に有効であるが、RANSにおいては、自由表面の乱れの効果を適切に取り扱う乱流モデルの開発が必要であると分かる。実験により、自由表面近傍では周期的なカルマン渦の放出が抑制されることが分かっているが、LESとRANSの両方でこの現象が捉えられた。造波の影響により、円柱表面での乱流境界層の剥離による2つの剪断層の間の距離が、自由表面近傍において横方向に広げられることにより渦放出が抑制されることが計算結果の解析により示された。さらに、剥離と造波の3次元的な干渉により、伴流中に一組の強い縦渦が形成されることが分かった。この縦渦はタンカー等の肥大船の船尾に見られるビルジ渦と似た構造を持ち、自由表面から円柱の直径の半分くらいの深さに位置する。また、渦の中心間の距離は下流に行くに従って広がっていることが観測された。

 第7章に全体の結論を述べる。本研究においては従来数値計算を行うことが困難であった気液界面近傍の乱流に対する解析手法を提案した。さらに、これまであまり研究のなされていなかった、界面波と乱流の干渉の問題に対してこの解析手法を適用し手法の有効性を示すとともに、物理現象に対して知見を得ることに貢献したと考えられる。

審査要旨

 本論文は自由表面における乱流を含む流れに対する数値シミュレーション手法を開発し、いくつかの代表的問題に応用し、この流れの構造と機構を明らかにしたものである。

 自由表面における流体力学的な構造と機構は線形で乱流を含まない場合に対しては、古くより解析的な説明がなされてきたが、乱流を含む場合はほとんど不明なことが多い。しかし、厳密に言えば、ほとんどすべての自由表面流れは乱流を含み、砕波や風波の発生など実際的な科学的・工学的問題では、乱流が主体的な働きをする。このような重要性を持つ乱流を含む自由表面流れの問題に対する最も正しいアプローチの一つは数値シミュレーションであり、本論文は、このアプローチを最も正攻法で取扱ったものである。

 本論文は1章で緒言が述べられ、2章で数値計算手法、3章で計算法の比較、4章で風による剪断流のシミュレーション、5章で風波の初期発生過程の流れ、6章で自由表面貫通物体まわりの流れが研究され、7章で結論が述べられている。

 気液界面付近の乱流を数値的に取り扱うためには、界面における法線方向及び接線方向の応力の連続条件を正確に満たすことが重要である。しかし、非圧縮性流体の標準的な解法であるフラクショナル・ステップ法においては、速度場と圧力場が分離されて別々に解かれるため、この応力条件を厳密に満たすことは困難である。本論文では、接線応力条件と連続の式を連立して解くことによりこの問題を解決している。また、第2章に示される数値テストにおいて、実際に条件が正確に満たされていることを確認している。

 本研究においては、乱流のモデル化のため直接数値シミュレーション(DNS)、ラージ・エディ・シミュレーション(LES),レイノルズ平均方程式シミュレーション(RANS)の3つの手法が適用されている。DNSの適用範囲は膨大な計算負荷によって大きく制限される。またRANSは使用する乱流モデルに対する依存度が大きいが、現存する乱流モデルの多くは壁乱流に対して開発されたものであり、界面近傍の乱流に対する適用性は明らかではない。これに対して、エネルギーを保有する大規模な渦を陽的に解くLESは精度及び計算負荷の両面から、気液界面との干渉を含む複雑乱流現象の解析に適しているということが示されている。第3章と第4章における計算結果の解析により、乱流モデルが吟味され、混合型モデルは過粘性型モデルに比べて、境界近くの乱流の非等方性により敏感であり、また係数の動的決定手法により界面によるダンピング効果も適切に表現されることが示されている。

 気体の流れによる剪断によって誘起される乱流と、界面に発生する波の問題に対する適用が第4章と第5章に示されている。気体側の乱流、液体側の乱流及び界面波には非常に大きな自由度の相互干渉が存在する。ここでは、各要素の相対的な重要度を明らかにするため、複雑度の異なるいくつかの数値モデルを用いて解析を行っている。まず、もっとも単純な数値モデルとして、変形しない界面に加えられた空間的に一定な剪断力により誘起される流れをLESとDNSにより解析している。剪断を受ける界面付近の乱流構造は、壁乱流に似た縦縞状の低速部と縦渦の存在によって特色付けられることが示されている。気液界面の乱流においては固体壁近傍のように分子粘性が卓越する領域が無いことから、境界に対する漸近的な性質において違いが見られた。

 次に界面波との剪断流の相互干渉と、風に平行な縦渦構造であるLangmuir対流の形成についてLESによる解析を行っている。界面波は、位相平均モデルと位相解像モデルの2通りを用いて取扱い、結果を比較した。位相平均モデルにおいては界面波の影響は与えられた波高及び波長に対するストークス・ドリフトの効果を運動量方程式の右辺項に加える。また、位相解像モデルにおいては界面波は、非線型界面条件と移動変形格子を用いてLESにおける大規模渦と同様に陽的に解かれる。このため、界面波とLangmuir対流の相互の干渉を捕らえることが可能である。界面波の影響によりLangmuir対流が形成されることがLESによって明らかに示され、風に直角方向の間隔は風波水槽による実験による観測とほぼ一致している。乱流の統計量はLangmuir対流の形成により大きく変化し、特に界面の鉛直な方向の乱流輸送が飛躍的に増加し、摩擦係数は一桁余りも増加することが示された。この結果は界面近くにおける熱や二酸化炭素などのスカラー量の輸送もLangmuir対流によって支配されていることを意味し、Langmuir対流が地球規模の気象と環境問題に大きな影響を持っていることを示唆する。位相解像モデルによるLESによっても同様な結果が得られ、界面波によるストークス・ドリフトと剪断流の干渉がLangmuir対流の形成の主要因であることを明らかにしている。

 第5章においては、風と界面剪断流の相互の干渉を「結合」シミュレーションによって、より完全に取り扱っている。この結合シミュレーションにおいては、変形する界面、及びその上下の気体及び液体側の乱流を、界面における二流体の速度と応力の連続条件を用い、全てDNSまたはLESにより陽的に解く。ここでは、この結合モデルを用い、風波の発生と成長の初期段階のシミュレーションを静水面上を突然風が吹き始めるという条件の下に行っている。計算の結果、風が吹き始めた直後に風と一定の角度を成して斜めに進む一組の波が現れることが示されている。これらの結果により、結合モデルによって風から波へのエネルギー輸送を適切に取り扱えることが示されている。

 第6章においては、界面を貫通する物体による造波と境界層及び伴流の相互干渉の問題を通じて、これまでの章とは少し異なった観点から、界面波と乱流の干渉について解析を加えている。自由表面を貫通する円周周りの高フルード数の流れをLESとRANSによって解析した結果、波を含めた流場の全体的な構造については、LESとRANSの両方により、高い精度で実験と一致する結果が得られた。LESにおいては自由表面の乱れと、自由表面の近傍の高周波数の速度変動まで数値的に再現でき、平均流の予測においてもLESのほうがRANSよりも高い精度を有することが分かった。この結果から、LESは自由表面の激しい乱れを伴う流れに対しても非常に有効であるが、RANSにおいては、自由表面の乱れの効果を適切に取り扱う乱流モデルの開発が必要であると分かる。実験により、自由表面近傍では周期的なカルマン渦の放出が抑制されることが分かっているが、LESとRANSの両方でこの現象が捉えられた。さらに、剥離と造波の3次元的な干渉により、伴流中に一組の強い縦渦が形成されることが分かった。この縦渦はタンカーなどの肥大船の船尾に見られるビルジ渦と似た構造を持ち、自由表面から円柱の直径の半分くらいの深さに位置する。

 第7章には全体の結論が述べられている。

 本研究においては従来数値計算を行うことが困難であった気液界面近傍の乱流に対する解析手法を提案した。さらに、これまであまり研究のなされていなかった界面波と乱流の干渉の問題に対してこの解析手法を適用し手法の有効性を示すとともに、物理現象に対して多くの有益な知見を得ている。このように、本論文は、自由表面流れの研究に科学的かつ工学的に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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