本論文は自由表面における乱流を含む流れに対する数値シミュレーション手法を開発し、いくつかの代表的問題に応用し、この流れの構造と機構を明らかにしたものである。 自由表面における流体力学的な構造と機構は線形で乱流を含まない場合に対しては、古くより解析的な説明がなされてきたが、乱流を含む場合はほとんど不明なことが多い。しかし、厳密に言えば、ほとんどすべての自由表面流れは乱流を含み、砕波や風波の発生など実際的な科学的・工学的問題では、乱流が主体的な働きをする。このような重要性を持つ乱流を含む自由表面流れの問題に対する最も正しいアプローチの一つは数値シミュレーションであり、本論文は、このアプローチを最も正攻法で取扱ったものである。 本論文は1章で緒言が述べられ、2章で数値計算手法、3章で計算法の比較、4章で風による剪断流のシミュレーション、5章で風波の初期発生過程の流れ、6章で自由表面貫通物体まわりの流れが研究され、7章で結論が述べられている。 気液界面付近の乱流を数値的に取り扱うためには、界面における法線方向及び接線方向の応力の連続条件を正確に満たすことが重要である。しかし、非圧縮性流体の標準的な解法であるフラクショナル・ステップ法においては、速度場と圧力場が分離されて別々に解かれるため、この応力条件を厳密に満たすことは困難である。本論文では、接線応力条件と連続の式を連立して解くことによりこの問題を解決している。また、第2章に示される数値テストにおいて、実際に条件が正確に満たされていることを確認している。 本研究においては、乱流のモデル化のため直接数値シミュレーション(DNS)、ラージ・エディ・シミュレーション(LES),レイノルズ平均方程式シミュレーション(RANS)の3つの手法が適用されている。DNSの適用範囲は膨大な計算負荷によって大きく制限される。またRANSは使用する乱流モデルに対する依存度が大きいが、現存する乱流モデルの多くは壁乱流に対して開発されたものであり、界面近傍の乱流に対する適用性は明らかではない。これに対して、エネルギーを保有する大規模な渦を陽的に解くLESは精度及び計算負荷の両面から、気液界面との干渉を含む複雑乱流現象の解析に適しているということが示されている。第3章と第4章における計算結果の解析により、乱流モデルが吟味され、混合型モデルは過粘性型モデルに比べて、境界近くの乱流の非等方性により敏感であり、また係数の動的決定手法により界面によるダンピング効果も適切に表現されることが示されている。 気体の流れによる剪断によって誘起される乱流と、界面に発生する波の問題に対する適用が第4章と第5章に示されている。気体側の乱流、液体側の乱流及び界面波には非常に大きな自由度の相互干渉が存在する。ここでは、各要素の相対的な重要度を明らかにするため、複雑度の異なるいくつかの数値モデルを用いて解析を行っている。まず、もっとも単純な数値モデルとして、変形しない界面に加えられた空間的に一定な剪断力により誘起される流れをLESとDNSにより解析している。剪断を受ける界面付近の乱流構造は、壁乱流に似た縦縞状の低速部と縦渦の存在によって特色付けられることが示されている。気液界面の乱流においては固体壁近傍のように分子粘性が卓越する領域が無いことから、境界に対する漸近的な性質において違いが見られた。 次に界面波との剪断流の相互干渉と、風に平行な縦渦構造であるLangmuir対流の形成についてLESによる解析を行っている。界面波は、位相平均モデルと位相解像モデルの2通りを用いて取扱い、結果を比較した。位相平均モデルにおいては界面波の影響は与えられた波高及び波長に対するストークス・ドリフトの効果を運動量方程式の右辺項に加える。また、位相解像モデルにおいては界面波は、非線型界面条件と移動変形格子を用いてLESにおける大規模渦と同様に陽的に解かれる。このため、界面波とLangmuir対流の相互の干渉を捕らえることが可能である。界面波の影響によりLangmuir対流が形成されることがLESによって明らかに示され、風に直角方向の間隔は風波水槽による実験による観測とほぼ一致している。乱流の統計量はLangmuir対流の形成により大きく変化し、特に界面の鉛直な方向の乱流輸送が飛躍的に増加し、摩擦係数は一桁余りも増加することが示された。この結果は界面近くにおける熱や二酸化炭素などのスカラー量の輸送もLangmuir対流によって支配されていることを意味し、Langmuir対流が地球規模の気象と環境問題に大きな影響を持っていることを示唆する。位相解像モデルによるLESによっても同様な結果が得られ、界面波によるストークス・ドリフトと剪断流の干渉がLangmuir対流の形成の主要因であることを明らかにしている。 第5章においては、風と界面剪断流の相互の干渉を「結合」シミュレーションによって、より完全に取り扱っている。この結合シミュレーションにおいては、変形する界面、及びその上下の気体及び液体側の乱流を、界面における二流体の速度と応力の連続条件を用い、全てDNSまたはLESにより陽的に解く。ここでは、この結合モデルを用い、風波の発生と成長の初期段階のシミュレーションを静水面上を突然風が吹き始めるという条件の下に行っている。計算の結果、風が吹き始めた直後に風と一定の角度を成して斜めに進む一組の波が現れることが示されている。これらの結果により、結合モデルによって風から波へのエネルギー輸送を適切に取り扱えることが示されている。 第6章においては、界面を貫通する物体による造波と境界層及び伴流の相互干渉の問題を通じて、これまでの章とは少し異なった観点から、界面波と乱流の干渉について解析を加えている。自由表面を貫通する円周周りの高フルード数の流れをLESとRANSによって解析した結果、波を含めた流場の全体的な構造については、LESとRANSの両方により、高い精度で実験と一致する結果が得られた。LESにおいては自由表面の乱れと、自由表面の近傍の高周波数の速度変動まで数値的に再現でき、平均流の予測においてもLESのほうがRANSよりも高い精度を有することが分かった。この結果から、LESは自由表面の激しい乱れを伴う流れに対しても非常に有効であるが、RANSにおいては、自由表面の乱れの効果を適切に取り扱う乱流モデルの開発が必要であると分かる。実験により、自由表面近傍では周期的なカルマン渦の放出が抑制されることが分かっているが、LESとRANSの両方でこの現象が捉えられた。さらに、剥離と造波の3次元的な干渉により、伴流中に一組の強い縦渦が形成されることが分かった。この縦渦はタンカーなどの肥大船の船尾に見られるビルジ渦と似た構造を持ち、自由表面から円柱の直径の半分くらいの深さに位置する。 第7章には全体の結論が述べられている。 本研究においては従来数値計算を行うことが困難であった気液界面近傍の乱流に対する解析手法を提案した。さらに、これまであまり研究のなされていなかった界面波と乱流の干渉の問題に対してこの解析手法を適用し手法の有効性を示すとともに、物理現象に対して多くの有益な知見を得ている。このように、本論文は、自由表面流れの研究に科学的かつ工学的に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |