学位論文要旨



No 213983
著者(漢字) 金井,亮浩
著者(英字)
著者(カナ) カナイ,アキヒロ
標題(和) 密度関数法による気泡流に対する直接数値シミュレーション
標題(洋) A Marker-Density-Function Approach for The Direct Numerical Simulations of Bubble Flows
報告番号 213983
報告番号 乙13983
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13983号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
内容要旨

 2相流は多くの理学的、工学的分野に見られ、非常に重要な問題とされている。特に、気泡流は化学プラントや原子力発電の冷却装置などに見られ、安全性の点から研究が進められている。また、キャビテーション問題としても注目されており、騒音や壊食が問題とされている。一方、気泡を積極的に活用した例としてマイクロバブルによる摩擦抵抗低減の効果がある。これは、壁面乱流境界層中に1mm以下の気泡を放出することにより摩擦抵抗を最大で80%程度も減少させることが可能というものであり、現在これを実際の船舶などに応用しようという研究が進められている。しかし、その効果は主として実験的に試行錯誤的に進められており、その摩擦抵抗低減のメカニズムについてはほとんど分かっていない。また、最近注目されている二酸化炭素による地球温暖化の問題に対して、工学的には二酸化炭素を海中に投棄しようという計画もあり、ここでも2相流の問題が存在している。

 以上のような問題に対して、実験的に気泡流の詳細な構造を理解することは非常に難しく、数値シミュレーションによるアプローチが有効であると考えられる。これまでにも、さまざまな方法の2相流に対するシミュレーションが提案されてきた。大きく分けると3つの方法に分類される。1つはマクロ的な方法であり、2流体モデルに代表されるもので、2相の流体がそれぞれの存在比率に応じ流体の特性が平均的に扱われるというものである。この方法は、2相の流体が同程度に存在する場合には有効であるが、気泡が分散しているような流れには適当でない。もう1つの方法は、分散性気泡流を取り扱ったラグランジュ法と呼ばれるもので、個々の気泡を粒子的に捉え、その運動方程式を解くことにより気泡を追跡するというものである。この方法では、気泡に働く力などをモデル化する必要性があり、精度的な問題がある。最後の方法として、気泡の界面を直接計算するものであり、モデル化を必要としなく気泡周りの流れの構造を直接把握することができ、気泡の変形も考慮することが可能である。しかし、多数の気泡を同時に扱うためには膨大な計算容量が必要となる。

 本研究では以上の背景から、気泡流の直接数値シミュレーションに焦点を当て、気泡流の詳細な構造解明を可能にするシミュレーションコードの開発を行う。また、特にこのコードを用い、未だ解明されていない気泡と乱流の相互干渉や気泡による摩擦抵抗低減のメカニズムについて明らかにすることを目的とする。

 直接数値シミュレーションには膨大な計算容量が必要であるが、最近の計算機の性能向上によりかなり大きな計算も可能となってきたため、この点については問題とはならないと考えられる。この直接数値シミュレーションは大きく2つに分類ができ、それぞれフロントトラッキング法、フロントキャプチャリング法と呼ばれている。フロントトラッキング法は、界面を直接その速度を用いて移動させる方法であり、精度は良いが複雑な変形に対しては対処できない。また、フロントキャプチャリング法は、計算領域全体で定義された値、例えば気相で0、液相で1の値を与え、界面は0.5の値を取るところと定義される。新しい界面は、その輸送方程式を解くことにより求められる。この方法は複雑な変形や分裂、合体に容易に適応可能であるが、界面の精度はフロントトラッキング法に比べ劣る。

 本研究では後者のフロントキャプチャリング法を採用し、複雑な変形にも対応可能なコードを開発した。具体的には、密度関数法により界面を求め、数値散逸の問題は毎ステップ時に初期化をすることにより散逸を抑えている。また、格子は直行格子系を採用しているが、従来のほとんどのフロントトラッキング法、フロントキャプチャリング法では2相の流体を1つの流体と考え、界面付近では流体の密度、粘性が連続的に変化させた手法を取っている。この場合、界面付近の取り扱いが実際とは異なるものとなってしまい、界面が曖昧であり精度的に問題がある。そこで本研究では2相をまったく別々に取り扱い、界面に直接境界条件を設定している。ナビエストークス方程式の対流項、拡散項を求める際にもこの境界条件を考慮し、それぞれの相の速度勾配はそれぞれの速度のみを用いて求めている。また、表面張力も圧力の境界条件に組み込み、界面にのみ働くようになっている。

 一方、従来のフロントキャプチャリング法では2つの異なる界面が近づいた場合、その間隔が1格子以内になると自動的に合体してしまう。これでは周期境界を用いた計算領域において、時間的に定常な状態を作り出すことができなくなってしまうため、本研究では、それぞれの気泡をフラッキングし、お互いに近づいてもそれぞれの界面を維持するような方法を開発した。これにより多数の気泡が集中的に存在しても、精度よくそれぞれの気泡を捕らえることが可能となった。

 この開発したコードの精度確認のため、第3章において上昇気泡の計算を行い、実験との比較を行った。レイノルズ数が約20から5400の範囲の計算を行ったが、どれも上昇速度は実験値とほぼ等しい結果が得られた。また、気泡形状についても良好な一致が見られ、軌跡不安定性や形状不安定性といった現象が計算によって捕らえられた。また、レイノルズ数が大きいほど気泡後部から発生する縦渦の強さが大きく、剛体球後部にできるヘアピン状の構造に似たものであることも分かった。

 第4章においては、壁面に付着した気泡の場合に応用し、計算コードの適応性を調べた。せん断流を与えた壁面上の気泡の振る舞いや形状変化が、浮力の方向、せん断流から受ける揚力などにより異なった様子がとらえられた。また、この浮力、揚力により気泡が壁面から離れる現象も、特別な処理をすることなく、捉えられた。しかし、壁面と界面との接触部に対して接触角の条件はまったく与えていなく、実際の形状と合致するものかどうかについては、実験を行う必要がある。

 第5章では、複数の気泡が存在する壁面境界層の計算を行うため、まず、層流境界層中に2つの気泡を壁面からの高さをずらして配置し、先に述べた気泡の合体を許さない手法がうまく働くかどうかの確認を行った。この手法を使用しない場合には2つの気泡は合体して1つの気泡になるが、この手法を入れると2つの気泡が近づき接触するが、それぞれの気泡の界面は維持され、またそれぞれの気泡が離れていく様子が捉えられた。

 この手法を用い、周期境界を設定したオープンチャンネルの層流境界層中に27個の気泡が存在し、境界層方向に重力が働かない場合と働く場合の計算を行った。この結果、重力が働かない場合では、気泡はせん断層から揚力を受け壁面から離れて行き、上部境界付近に集中的に存在した。このように多数の気泡が存在する場合でも、問題なくそれぞれの気泡形状を保つことができることが分かった。また、重力が存在する場合には、浮力と揚力がつりあうように、気泡は壁面近傍に存在した。一方、ウエーバー数を変化させると、気泡により発生する乱流の強さはウエーバー数が小さいほど大きいことが分かった。これは気泡が球形を保ち、発生する渦が大きいためであると考えられる。重力を流れ方向と逆、すなわち、壁面上昇流中の気泡の計算では、ウエーバー数が大きい方ほど形状変化が大きく、楕円状になり、壁面から離れる方向に移動した。また、ウエーバー数が小さい場合、形状は球に近く、壁面に近づく方向に動いた。このように、気泡の形状とその振る舞いには密接な関係があり、気泡流の計算には気泡形状を考慮することが重要であることが分かる。

 最後にチャンネル内乱流境界層中に複数の気泡が存在する計算を行い、マイクロバブルによる摩擦抵抗低減のメカニズム解明を行った。計算領域は最小限の乱流構造が含まれるように設定した。まず、1x1x1の計算領域で、流れ方向に圧力勾配を入れた計算を行った。1はviscous lengthで約180に相当する。気泡の個数は27個である。

 フルード数とウエーバー数を変えた3通りの場合を行った結果、両方の値が小さい場合に乱流エネルギーが気泡無しの場合に比べ減少した。ここで、圧力勾配を与えているため、摩擦抵抗減少の効果は乱流エネルギー減少として現れると考えられる。層流の場合ウエーバー数が小さいほど気泡による乱流エネルギーが大きかったが、乱流の場合は、この気泡による乱流と壁乱流とが干渉し乱流エネルギーが減少しているのではないかと推測できる。この時、ボイド率の分布は壁近傍にピークが見られ、流れ方向速度の変動分は壁近傍で減少している。これは壁近傍にできるだけ多くの気泡を配置させることにより、摩擦抵抗低減率を増加させることができるという実験結果とも合致している。また、気泡直径と壁速度でウエーバー数を定義すると、過去の実験のデータから、このウエーバー数が約0.4〜0.1以下の時に摩擦抵抗低減が得られていることが分かった。ここでの数値計算でも、乱流エネルギーが減少した場合は0.07であり、減少しない場合は0.33と大きかった。

 また、壁速度で無次元化した速度プロファイルは、乱流エネルギーが減少した場合、バッファー領域の部分が気泡無しの場合に比べ外側へ伸びていることが分かった。

 計算領域を2x1x2に増やし、気泡個数を108個、圧力勾配を与えない場合の乱流境界層の計算も行った。上下の境界は共に壁であり、重力は与えていない。この時、上部の壁では摩擦抵抗の減少が見られたが、下部の壁では減少しなかった。ボイド率を見ると、上部壁近傍ではピークが存在し、下部壁近傍ではピークがなかった。やはり摩擦抵抗減少にはボイド率を壁近傍で上げることが重要であり、ボイド率が十分でない場合には逆に乱流エネルギーが増加することが分かる。また、速度プロファイルも圧力勾配を与えた場合と同様に、摩擦抵抗が減少している壁側ではバッファー領域の部分が外側へ伸びている。

 以上2つの場合の渦構造に着目すると、乱流エネルギーの減少あるいは摩擦抵抗低減が起きる場合には、壁近傍のせん断渦のシート状の構造が気泡により形成されないことが分かった。従って、せん断渦の壁からの剥離から生じると考えられる縦渦(バースティング)の発生が抑制され、剥離下に見られる速度の遅い部分ストリークも見られなくなっている。このため乱流エネルギーが小さくなり、摩擦抵抗低減につながっているものと考えられる。

 本研究の結論が第6章にまとめられている。気泡流の直接数値シミュレーションを可能とするため、界面を精度よく捉えることのできる密度関数法を開発した。精度は、上昇気泡の場合に適応し実験との良好な結果が得られ確認された。また、壁に付着した気泡、層流境界層中の複数気泡の場合にも適応され、コードのロバスト性や有効性が示された。最後に乱流境界層中の複数気泡の計算により、摩擦抵抗低減のメカニズム解明の糸口が示された。

審査要旨

 本論文は、直交格子形の中で界面の取扱いに密度関数法を導入する新しい数値計算法を気泡流に対して開発し、上昇気泡、付着気泡、壁面境界層中気泡群のシミュレーションを行い、多数の工学的知見を得ているものである。

 第2章において数値計算法が説明されている。直接数値シミュレーションは大きく2つに分類ができ、それぞれフロントトラッキング法、フロントキャプチャリング法と呼ばれている。フロントトラッキング法は、界面を直接その速度を用いて移動させる方法であり、精度は良いが複雑な変形に対しては対処できない。また、フロントキャプチャリング法は、計算領域全体で定義された値、例えば気相で0、液相で1の値を与え、界面は0.5の値を取るところと定義される。新しい界面は、その輸送方程式を解くことにより求められる。この方法は複雑な変形や分裂、合体に容易に適応可能であるが、界面の精度はフロントトラッキングに比べ劣る。

 本論文では後者のフロントキャプチャリング法を採用し、複雑な変形にも対応可能なコードを開発している。具体的には、密度関数法により界面を求め、数値散逸の問題は毎ステップ時に初期化をすることにより散逸を抑えている。また、格子は直交格子形を採用しているが、従来のほとんどのフロントトラッキング法、フロントキャプチャリング法では2相の流体を1つの流体と考え、界面付近では流体の密度、粘性が連続的に変化させた手法を取っている。この場合、界面付近の取扱いが実際とは異なるものとなり、界面が曖昧であり精度的に問題がある。そこで本論文では2相をまったく別々に取り扱い、界面に直接境界条件を設定している。ナビエストークス方程式の対流項、拡散項を求める際にもこの境界条件を考慮し、それぞれの相の速度勾配はそれぞれの速度のみを用いて求めている。また、表面張力も圧力の境界条件に組み込み、界面にのみ働くようになっている。

 一方、従来のフロントキャプチャリング法では2つの異なる界面が近づいた場合、その間隔が1格子以内になると自動的に合体してしまう。これでは周期境界を用いた計算領域において、時間的に定常な状態を作り出すことができなくなってしまうため、本研究では、それぞれの気泡をフラッギングし、お互いに近づいてもそれぞれの界面を維持するような方法を開発した。これにより多数の気泡が集中的に存在しても、精度よくそれぞれの気泡を捕らえることが可能となった。

 このコードの精度確認のため、第3章において上昇気泡の計算を行い、実験との比較を行った。レイノルズ数が約20から5400の範囲の計算を行ったが、どれも上昇速度は実験値とほぼ等しい結果が得られた。また、気泡形状についても良好な一致が見られ、軌跡不安定性や形状不安定性といった現象が計算によって捕らえられている。また、レイノルズ数が大きいほど気泡後部から発生する縦渦の強さが大きく、剛体球後部にできるヘアピン状の構造に似たものであることも分かった。

 第4章においては、壁面に付着した気泡の場合に応用し、計算コードの適応性を調べている。せん断流を与えた壁面上の気泡の振る舞いや形状変化が、浮力の方向、せん断流から受ける揚力などにより異なる様子がとらえられた。また、この浮力、揚力により気泡が壁面から離れる現象も、特別な処理をすることなく、捉えている。

 第5章では、複数の気泡が存在する壁面境界層の計算を行っている。周期境界を設定したオープンチャンネルの層流境界層中に27個の気泡が存在し、境界層方向に重力が働かない場合と働く場合の計算を行った。この結果、重力が働かない場合では、気泡はせん断層から揚力を受け壁面から離れていき、上部境界付近に集中的に存在した。このように多数の気泡が存在する場合でも、問題なくそれぞれの気泡形状を保つことができることが分かった。また、重力が存在する場合には、浮力と揚力がつりあうように、気泡は壁面近傍に存在した。一方ウエーバー数を変化させると、気泡により発生する乱流の強さはウエーバー数が小さいほど大きいことが分かった。また、気泡の形状とその振る舞いには密接な関係があり、気泡流の計算には気泡形状を考慮することが重要であることが明らかにされている。

 この章の最後にチャンネル内乱流境界層中に複数の気泡が存在する計算を行い、マイクロバブルによる摩擦抵抗低減のメカニズム解明を行った。フルード数とウエーバー数を変えた3通りの計算を行った結果、両方の値が小さい場合に乱流エネルギーが気泡無しの場合に比べ減少した。層流の場合ウエーバー数が小さいほど気泡による乱流エネルギーが大きかったが、乱流の場合は、この気泡による乱流と壁乱流とが干渉し乱流エネルギーが減少しているのではないかと推測できる。この時、ボイド率の分布は壁近傍にピークが見られ、流れ方向速度の変動分は壁近傍で減少している。これは壁近傍にできるだけ多くの気泡を配置させることにより、摩擦抵抗低減率を増加させることができるという実験結果とも合致している。また、気泡直径と壁速度でウエーバー数を定義すると、過去の実験のデータから、このウエーバー数が約0.4〜0.1以下の時に摩擦抵抗低減がえられているが、本論文の数値計算でも乱流エネルギーが減少した場合は0.07であり、減少しない場合は0.33と大きかった。

 計算領域を増やし、気泡個数を108個、圧力勾配を与えない場合の乱流境界層の計算も行っている。上下の境界は共に壁であり、重力は与えていない。この時、上部の壁では摩擦抵抗の減少が見られたが、下部の壁では減少しなかった。ボイド率を見ると、上部壁近傍ではピークが存在し、下部壁近傍ではピークがなかった。やはり摩擦抵抗減少にはボイド率を壁近傍で上げることが重要であり、ボイド率が十分でない場合には逆に乱流エネルギーが増加することが分かる。この現象の渦構造に着目すると、乱流エネルギーの減少あるいは摩擦抵抗低減がおきる場合には、壁近傍のせん断渦のシート上の構造が気泡により形成されないことが分かった。従って、せん断渦の壁からの剥離が生じると考えられる縦渦(バースティング)の発生が抑制され剥離下に見られる速度の遅い部分ストリークも見られなくなっている。このため乱流エネルギーが小さくなり、摩擦抵抗低減につながっているものと説明されている。

 本研究の結論が第6章にまとめられている。気泡流の直接数値シミュレーションを可能とするため、界面を精度よく捉えることのできる密度関数法を開発、上昇気泡、壁に付着した気泡、層流境界層中の複数気泡の場合にも適応され、本数値解析法のロバスト性や有効性が示されている。最後に乱流境界層中の複数気泡の計算により、摩擦抵抗低減のメカニズム解明の糸口が示されている。

 このように、本論文は数々の工学的に有効な技術と知見を提供するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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