学位論文要旨



No 213984
著者(漢字) 青木,一郎
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,イチロウ
標題(和) ダブルベース系推進薬の燃焼速度特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213984
報告番号 乙13984
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13984号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨

 燃焼生成物がクリーンであるダブルベース推進薬のエネルギ含有量に注目して、固体ロケットトモータ設計の主要なパラメータであるエネルギ特性と燃焼速度特性との関係を求めた。ダブルベース推進薬のエネルギ含有量を変化させた推進薬を試製し、燃焼速度についての圧力、推進薬初期温度の効果を測定して、燃焼波構造を求めることにより、燃焼速度を決定する因子を求めた。

 推進薬が発生するエネルギは燃焼温度の関数として求めることができるが、その燃焼温度は推進薬を構成する化学物質によって決定される。ダブルベース推進薬の主成分がニトロセルロース及びニトログリセリンであることから、本研究で用いた推進薬のエネルギ含有量はニトロセルロース、ニトログリセリン及び可塑剤の混合率及びニトロセルロースの窒素含有量を変化させることによって行った。すなわち、ニトロセルロース及びニトログリセリンはO-NO2結合を有しており、熱分解によって生成されるNO2が酸化剤として作用することが知られていることから、エネルギ含有量をNO2で代表できるものと考えた。高エネルギ及び低エネルギのダブルベース推進薬の燃焼速度と圧力の関係は窒素ガスにより加圧したチムニー型ストランドバーナーの中でストランド試験片を燃焼させることによって測定した。燃焼速度は推進薬に含まれるエネルギ含有量、すなわち、推進薬中に含まれるNO2の質量分率が増加するにつれて増大する。しかしながら、燃焼速度の圧力指数はエネルギ含有量には依存しない。Fig.1に示すように、推進薬の燃焼速度は、圧力が一定の時、推進薬中のNO2の質量分率が増すとともに増加する。また、燃焼速度は推進薬中のNO2の質量分率が一定の時、圧力が増すとともに増加する。エネルギ含有量を変化させた推進薬の凝縮相の反応機構を理解するために、示差熱分析装置を用いて凝縮相の熱分解過程の活性化エネルギを求めた。活性化エネルギは使用したすべての推進薬で約141kJ/molであり、高エネルギ推進薬と低エネルギ推進薬との間で明確な差異は観察されなかった。

Fig.1 Burning rate vs mass fraction of NO2 in high-and low-energy propellants.

 エネルギ含有量を変化させた推進薬のダークゾーンの反応機構を理解するために、窒素ガスにより加圧した観測窓付チムニー型ストランドバーナーの中で、ストランド試験片を燃焼させ、写真撮影による火炎の観察及び推進薬中に埋め込んだ素線径50mのPt-Pt13%Rh微細熱電対による温度分布計測を行った。高エネルギ及び低エネルギ推進薬についてダークゾーン長さ、すなわち、輝炎のスタンドオフ距離と圧力の関係を求めた。ダークゾーン長さは圧力に強く依存するがエネルギ含有量には依存しない。ダークゾーンの反応時間と推進薬中のNOの質量分率の関係を圧力を変化させた場合について求めた。ダークゾーンの反応時間はエネルギ含有量が一定の時、圧力が増すと減少する。また、圧力が一定の時、エネルギ含有量が増すと減少する。

 エネルギ含有量を変化させた推進薬のフィズゾーンの反応機構を理解するために、推進薬中に埋め込んだ素線径2.5mのPt-Pt10%Rh微細熱電対による温度分布計測を行った。フィズゾーン内の加熱速度、反応時間、推進薬燃焼表面への熱流束を2MPaの圧力で、推進薬中のNO2の質量分率の関数として求めた。フィズゾーンの加熱速度は推進薬中のNO2の質量分率が増すとともに増加する。フィズゾーンの反応時間は推進薬中のNO2の質量分率が増すとともに減少する。減少した反応時間はフィズゾーンの温度勾配を増加させる。この増加した温度勾配が気相から推進薬の表面へ伝達される熱流束を増加させる。推進薬表面への熱流束はFig.2に示すように、推進薬中のNO2の質量分率が増すと増加する。すなわち、推進薬の燃焼速度はエネルギ含有量を増加することにより、増大する。燃焼速度rb。を推進薬中のNO2の質量分率(NO2)で表すと、(1)の関係式で示すことができる。

Fig.2 Mass fraction of NO2 vs heat flux from the gasphase to the burning surface.

 

 ここで、は推進薬の初期温度に依存する定数、bは定数、Pは圧力、mは燃焼速度の圧力指数である。m及びbはそれぞれ0.62及び10.0となる。

 ダブルベース推進薬にN-NO2結合を有する結晶状ニトラミン化合物であるHMXを添加することにより、ダブルベース推進薬のエネルギ含有量を増加させた。このHMXは化学式(CH2)4(N-NO2)4で示される高エネルギ物質であり、ニトロセルロース等と同様にNO2が酸化剤の主成分であることが知られている。ダブルベース推進薬にHMXを添加してNO2の質量分率を増してエネルギ含有量を増すと、最終火炎温度(輝炎温度)は増加するが、燃焼速度は低下することが求められた。すなわち、ダブルベース推進薬の場合と逆な燃焼速度特性を示している。このことから輝炎温度は燃焼速度に直接的には影響を与えていないことがわかった。ダブルベース推進薬中のHMXの量を増加してエネルギ含有量を増すとダークゾーン温度が低下する。これはHMXの質量分率を増すと、燃焼表面における反応熱が減少し、さらに、フィズゾーン内の反応が遅くなることに起因している。ダークゾーン温度が高い低エネルギ推進薬ほど燃焼速度は速くなる。これは低エネルギ推進薬ほどフィズゾーン内の反応が加速されていることを示し、推進薬燃焼表面への温度勾配が増加し、熱流束を増加させることによって燃焼速度を増加させていることを示している。

 エネルギ含有量を変化させたダブルベース推進薬及びHMXを添加したダブルベース推進薬の燃焼速度と推進薬初期温度の関係を明確にするため、燃焼波構造をチムニー型ストランドバーナーを使用して調査した。各推進薬の燃焼速度と推進薬初期温度の関係に影響を与える特性量として燃焼表面温度及びダークゾーン温度を求めた。ダブルベース推進薬の場合、エネルギ含有量の多いダブルベース推進薬の方が燃焼速度の温度感度は小さくなる。推進薬のエネルギ含有量が増し、また、推進薬の初期温度が増すと、燃焼表面温度が増し、フィズゾーン内の反応が加速され、ダークゾーンの温度を押し上げ、フィズゾーンの温度勾配を大きくし、燃焼表面への熱流束が増加することにより、燃焼速度が増大する。HMXを添加したダブルベース推進薬では、エネルギ含有量が増大するにつれて燃焼速度の温度感度は減少する。推進薬のエネルギ含有量が増し、また、推進薬の初期温度が低下すると、燃焼表面温度が低下してフィズゾーン内の反応速度を低下させる。このために、ダークゾーン温度が低下して、フィズゾーンの温度勾配を低下させ、燃焼表面への熱流束を減少させるために燃焼速度が低下する。

審査要旨

 工学修士青木一郎提出の論文は「ダブルベース系推進薬の燃焼速度特性に関する研究」と題し,6章から成っている.

 ダブルベース推進薬の燃焼機構を明らかにすることは,高性能の固体ロケットモータの開発を行う上で重要であり,従来より,数多くの研究が行われてきた.しかしながら,固体ロケットモータ設計の主要なパラメータである推進薬のエネルギー特性と燃焼速度特性の関係は明らかにされておらず,ダブルベース推進薬の燃焼速度特性は十分に把握されているとは言い難い.このような背景から,本研究は,エネルギー含有量を変化させたダブルベース推進薬について,燃焼速度および燃焼波構造に及ぼすエネルギー含有量,圧力および推進薬初期温度の影響を明らかにしようとするものである.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,研究の意義と目的を明確にしている.

 第2章では,実験装置と測定法について述べている.まず,チムニー型ストランドバーナを用いた燃焼速度の測定法,および熱電対を用いた燃焼波内の温度分布測定について説明している.さらに,示差熱分析装置を用いた推進薬の凝縮相の熱分解過程における活性化エネルギー測定法について説明を加えている.

 第3章では,推進薬中に含まれる二酸化窒素の質量分率が,エネルギー含有量を代表させることができることを示したうえで,エネルギー含有量を変化させたダブルベース推進薬の作製方法を述べている.また,作製された推進薬について,エネルギー含有量が燃焼速度および燃焼波構造に及ぼす影響を調べている.その結果,燃焼速度は推進薬に含まれるエネルギー含有量が増加するにつれて増大するのに対し,燃焼速度の圧力指数はエネルギー含有量には依存しないこと,および推進薬の凝縮相の熱分解過程における活性化エネルギーは,エネルギー含有量によらずほぼ一定であることを示している.さらに,燃焼波構造の測定結果から,エネルギー含有量の増加とともに,フィズゾーンの反応時間が減少し,推進薬表面へ伝達される熱流束が増加することが,燃焼速度を増大させる主要因であることを明らかにしている.

 第4章では,結晶状ニトラミン化合物であるHMXを添加させたダブルベース推進薬について,エネルギー含有量が燃焼速度および燃焼波構造に及ぼす影響を調べている.その結果,HMXを添加することによりエネルギー含有量を増加させると,最終火炎温度は増加するのに対し,燃焼速度は低下することを示している.また,エネルギー含有量の増加によりダークゾーン温度が低下することを明らかにしている.これはHMXの質量分率を増加させると,燃焼表面における反応熱が減少するとともに,フィズゾーン内の反応が遅くなることに起因していると結論づけている.

 第5章では,二酸化窒素の質量分率を変化させた推進薬およびHMXを添加した推進薬について,燃焼速度と推進薬初期温度の関係を調べており,いずれの推進薬においても,エネルギー含有量が増加するにつれて,燃焼速度の温度感度は小さくなることを示している.

 第6章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文はダブルベース推進薬の燃焼速度に及ぼすエネルギー含有量,圧力および初期推進薬温度の影響を調べるとともに,推進薬のエネルギー特性と燃焼速度特性の関係を,燃焼波構造の観点から明らかにしたものであり,燃焼学および航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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