真空中でのレーザによる放電の誘導方法、すなわちレーザ誘導放電(LGD)法を独自に開発し、その誘導原理とメカニズムを明らかにした。また、LGD法を応用することで、新しい遠隔加工法を示した。 一般に、電極間に起きる放電の位置と放電開始時刻を制御することは難しいとされている。そこで、レーザを用いて放電を制御する技術について多くの研究が行われてきた。例えば、レーザで放電をトリガして電流をスイッチングしようという試み、放電による表面改質、大気中における放電の経路をレーザによって制御する研究、その応用として雷をレーザによって誘導するレーザ誘雷、放電をレーザで誘導して加工に使う提案などがなされている。大別すれば、レーザで放電を単にトリガするものと、レーザによって放電経路または電極上の放電位置を誘導制御するものとに分けられる。前者は電極面などにレーザを照射して金属プラズマを発生させ、金属プラズマによって絶縁を破壊する(方法I)のに対して、後者は電極間の絶縁体である空気などをレーザで電離してプラズマチャンネルを作って放電を誘導する(方法II)。 筆者は、真空中においては放電をトリガする電圧が低くて済むことに着目し、方法Iに基づいて放電を電極の背面のレーザ照射位置まで誘導することに成功した。これまでのレーザによる誘導放電法ではレーザ誘雷のような方法IIによるものであったのに対して、本研究は方法Iによって初めて放電の誘導に成功した。また、放電を直線ではなく、曲線に沿うように誘導することは、方法Iはもとより方法IIにおいても、これまでに行われたことはない。方法Iによる放電のレーザ誘導の機構は方法IIによるレーザ誘導の機構とは違っており、その機構について新しい知見を得ることができた。 得られた結論を以下のようにまとめた。 LGD法の誘導の基本原理を示す典型的な例として、電極に開けられた穴を通して、陽極とは反対側のレーザ照射点まで放電を誘導した例を図1に示す。真空中での電子による平均自由行程から求めた衝突確率では、10Paでは衝突確率が99%を越えているが、これを境に、これよりも低圧側では急激に衝突確率が低くなる。また、電離係数を比較すると、おおよそ圧力が30〜100Paで最大となり、それ以上の圧力では急激に減少する。これらの値は、実験事実をよく支持しており、金属プラズマから発生する熱電子が電界で作る軌道が放電経路となって放電が誘導されることを示している。 図1 放電が陽極から電極に開けられた穴を通って反対側のレーザ照射点まで誘導された例 YAGレーザを用いて10〜1,000Pa下での放電誘導実験を行い、誘導特性を調べた。電極に印加する電圧については、レーザ誘導最低電圧近傍のほうが、自然放電近傍の電圧(約800V以上)よりも、陰極上へのレーザ照射位置への放電痕の集中度は高い。圧力は、1,000Paよりも10Paなど低い圧力のほうが誘導性がよく、印加できる電圧範囲が100〜1,000Vと広くとれる。ある圧力と電圧の組合せに対して、レーザ誘導に適切な電極間距離があり、圧力が高くなるにつれて範囲が限定されてくる。レーザ誘導放電における、レーザ誘導最低電圧と放電距離と圧力は、電離係数が平行平面電極よりも1.7〜4.5倍ほど大きな仮想的な気体中で自然放電が発生したときと等価なふるまいをする。 レーザによる放電誘導現象を高速度カメラで撮影し、放電機構を明らかにした。レーザ照射で作られる金属プラズマのルミナス・フロントは拡散するにつれて、係数1.15〜1.16程度の非電離気体のポリトロープ変化として近似される。誘導放電では、プレ放電Iがそのまま主放電へと移行する。誘導放電では、陰極にレーザによる第1プラズマの内側に、放電によって作られる第2プラズマがある。第1、第2プラズマ共に、放電による電離がさかんな部分は再発光している。また放電は一部でプラズマ球の膨張にも影響している。誘導放電、非誘導放電にかかわらずプレ放電Iとプレ放電IIの2種類のプレ放電が起きるが、誘導では前者によって主放電がおこり後者は消滅し、非誘導放電では逆に前者が消滅して後者によって主放電が起こる。 放電電流波形の観察から次のようなことが明らかになった。レーザによる放電の誘導、非誘導は直接電極を観察しなくても、放電遅れ時間が前者が約1s以下であるのに対して、後者は数sから1msにも及ぶことがあるので、両者は明瞭に判断できる。放電遅れ時間と放電距離との間に相関関係があるので、放電距離を考慮すると誘導、非誘導を明瞭に区別することができる。誘導される場合には、電極間距離と空気圧、すなわち電極間にある空気の分子数によって限定される安定した誘導領域があり、本実験条件では10〜100Paに相当する。環境としての空気分子には放電経路をつくる電離気体の源となる、ならびに熱電子のドリフト速度を抑制するなどの2つの作用がある。 次に、LGD法を応用した新しい電気加工法を提案した。LGD法では、電極の背面に放電を誘導できるので、加工物の背面や入り口の小さな壷の内側などを自由に熱加工することができる。この加工法は、電極を動かさなくても、放電を被加工物の内側まで誘導することが可能である。電極の形状、消耗は無視することができる。放電による加工位置や回数をレーザのみで制御できるなどの特徴を持つ。 種々の金属を用いて切削加工について実験をし、以下のような結果が得られた。レーザ加工では金属材料の熱的な性質の違いから、二つのグループに分けることができるが、このことはLGD法についてもあてはまる。LGD法では、レーザ加工と低ガス圧中でのアーク放電による加工との二つの段階の加工が行われる。LGD法によって放電が行われた電極表面は巨視的にはレーザ照射点を中心とするクレータを形成する。微視的な表面は、溶融して細かく重なりあっており、そのあらさは電圧、材質に関係なく最大、最小ともに10m程度である。放電痕面積は、鉛と錫は電圧の二乗に比例し、亜鉛は一乗に比例する。放電面積は電圧やコンデンサのエネルギーによって制御することが可能であり、材料によって制御方法を変えなければならない。切削量は鉛、錫、亜鉛ではほぼ電圧に比例し、100回の放電あたり、鉛は0.775〜3.3mg、錫は0.4〜1.15mg、亜鉛は0.125〜0.27gである。鉛と錫は電圧が高くなるにつれて単位面積あたりの切削量が減少するが、亜鉛は電圧に関係なく一定である。LGD法による加工量を総合的に説明できるような実験式は未完成であり、今後の課題としたい。 以上要約したように、本研究では真空中でのレーザによる放電誘導という新しい誘導技術を開発し、その誘導がレーザ照射で発生した金属プラズマからの熱電子が電界で加速された軌跡にそって行われることを示した。また、この技術を切削加工などの新しい加工法として応用が可能であることを示した。本研究は、放電の新しい現象と加工の新しい分野を開拓するフロインティア的な役割を果たすものと期待される。 |