学位論文要旨



No 213985
著者(漢字) 星,佳伸
著者(英字)
著者(カナ) ホシ,ヨシノブ
標題(和) レーザ誘導放電の基礎研究と加工への応用
標題(洋)
報告番号 213985
報告番号 乙13985
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13985号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨

 真空中でのレーザによる放電の誘導方法、すなわちレーザ誘導放電(LGD)法を独自に開発し、その誘導原理とメカニズムを明らかにした。また、LGD法を応用することで、新しい遠隔加工法を示した。

 一般に、電極間に起きる放電の位置と放電開始時刻を制御することは難しいとされている。そこで、レーザを用いて放電を制御する技術について多くの研究が行われてきた。例えば、レーザで放電をトリガして電流をスイッチングしようという試み、放電による表面改質、大気中における放電の経路をレーザによって制御する研究、その応用として雷をレーザによって誘導するレーザ誘雷、放電をレーザで誘導して加工に使う提案などがなされている。大別すれば、レーザで放電を単にトリガするものと、レーザによって放電経路または電極上の放電位置を誘導制御するものとに分けられる。前者は電極面などにレーザを照射して金属プラズマを発生させ、金属プラズマによって絶縁を破壊する(方法I)のに対して、後者は電極間の絶縁体である空気などをレーザで電離してプラズマチャンネルを作って放電を誘導する(方法II)。

 筆者は、真空中においては放電をトリガする電圧が低くて済むことに着目し、方法Iに基づいて放電を電極の背面のレーザ照射位置まで誘導することに成功した。これまでのレーザによる誘導放電法ではレーザ誘雷のような方法IIによるものであったのに対して、本研究は方法Iによって初めて放電の誘導に成功した。また、放電を直線ではなく、曲線に沿うように誘導することは、方法Iはもとより方法IIにおいても、これまでに行われたことはない。方法Iによる放電のレーザ誘導の機構は方法IIによるレーザ誘導の機構とは違っており、その機構について新しい知見を得ることができた。

 得られた結論を以下のようにまとめた。

 LGD法の誘導の基本原理を示す典型的な例として、電極に開けられた穴を通して、陽極とは反対側のレーザ照射点まで放電を誘導した例を図1に示す。真空中での電子による平均自由行程から求めた衝突確率では、10Paでは衝突確率が99%を越えているが、これを境に、これよりも低圧側では急激に衝突確率が低くなる。また、電離係数を比較すると、おおよそ圧力が30〜100Paで最大となり、それ以上の圧力では急激に減少する。これらの値は、実験事実をよく支持しており、金属プラズマから発生する熱電子が電界で作る軌道が放電経路となって放電が誘導されることを示している。

図1 放電が陽極から電極に開けられた穴を通って反対側のレーザ照射点まで誘導された例

 YAGレーザを用いて10〜1,000Pa下での放電誘導実験を行い、誘導特性を調べた。電極に印加する電圧については、レーザ誘導最低電圧近傍のほうが、自然放電近傍の電圧(約800V以上)よりも、陰極上へのレーザ照射位置への放電痕の集中度は高い。圧力は、1,000Paよりも10Paなど低い圧力のほうが誘導性がよく、印加できる電圧範囲が100〜1,000Vと広くとれる。ある圧力と電圧の組合せに対して、レーザ誘導に適切な電極間距離があり、圧力が高くなるにつれて範囲が限定されてくる。レーザ誘導放電における、レーザ誘導最低電圧と放電距離と圧力は、電離係数が平行平面電極よりも1.7〜4.5倍ほど大きな仮想的な気体中で自然放電が発生したときと等価なふるまいをする。

 レーザによる放電誘導現象を高速度カメラで撮影し、放電機構を明らかにした。レーザ照射で作られる金属プラズマのルミナス・フロントは拡散するにつれて、係数1.15〜1.16程度の非電離気体のポリトロープ変化として近似される。誘導放電では、プレ放電Iがそのまま主放電へと移行する。誘導放電では、陰極にレーザによる第1プラズマの内側に、放電によって作られる第2プラズマがある。第1、第2プラズマ共に、放電による電離がさかんな部分は再発光している。また放電は一部でプラズマ球の膨張にも影響している。誘導放電、非誘導放電にかかわらずプレ放電Iとプレ放電IIの2種類のプレ放電が起きるが、誘導では前者によって主放電がおこり後者は消滅し、非誘導放電では逆に前者が消滅して後者によって主放電が起こる。

 放電電流波形の観察から次のようなことが明らかになった。レーザによる放電の誘導、非誘導は直接電極を観察しなくても、放電遅れ時間が前者が約1s以下であるのに対して、後者は数sから1msにも及ぶことがあるので、両者は明瞭に判断できる。放電遅れ時間と放電距離との間に相関関係があるので、放電距離を考慮すると誘導、非誘導を明瞭に区別することができる。誘導される場合には、電極間距離と空気圧、すなわち電極間にある空気の分子数によって限定される安定した誘導領域があり、本実験条件では10〜100Paに相当する。環境としての空気分子には放電経路をつくる電離気体の源となる、ならびに熱電子のドリフト速度を抑制するなどの2つの作用がある。

 次に、LGD法を応用した新しい電気加工法を提案した。LGD法では、電極の背面に放電を誘導できるので、加工物の背面や入り口の小さな壷の内側などを自由に熱加工することができる。この加工法は、電極を動かさなくても、放電を被加工物の内側まで誘導することが可能である。電極の形状、消耗は無視することができる。放電による加工位置や回数をレーザのみで制御できるなどの特徴を持つ。

 種々の金属を用いて切削加工について実験をし、以下のような結果が得られた。レーザ加工では金属材料の熱的な性質の違いから、二つのグループに分けることができるが、このことはLGD法についてもあてはまる。LGD法では、レーザ加工と低ガス圧中でのアーク放電による加工との二つの段階の加工が行われる。LGD法によって放電が行われた電極表面は巨視的にはレーザ照射点を中心とするクレータを形成する。微視的な表面は、溶融して細かく重なりあっており、そのあらさは電圧、材質に関係なく最大、最小ともに10m程度である。放電痕面積は、鉛と錫は電圧の二乗に比例し、亜鉛は一乗に比例する。放電面積は電圧やコンデンサのエネルギーによって制御することが可能であり、材料によって制御方法を変えなければならない。切削量は鉛、錫、亜鉛ではほぼ電圧に比例し、100回の放電あたり、鉛は0.775〜3.3mg、錫は0.4〜1.15mg、亜鉛は0.125〜0.27gである。鉛と錫は電圧が高くなるにつれて単位面積あたりの切削量が減少するが、亜鉛は電圧に関係なく一定である。LGD法による加工量を総合的に説明できるような実験式は未完成であり、今後の課題としたい。

 以上要約したように、本研究では真空中でのレーザによる放電誘導という新しい誘導技術を開発し、その誘導がレーザ照射で発生した金属プラズマからの熱電子が電界で加速された軌跡にそって行われることを示した。また、この技術を切削加工などの新しい加工法として応用が可能であることを示した。本研究は、放電の新しい現象と加工の新しい分野を開拓するフロインティア的な役割を果たすものと期待される。

審査要旨

 本論文は「レーザ誘導放電の基礎研究と加工への応用」と題し、レーザを低気圧気体中の金属電極に照射しその位置へ正確に放電を誘導する方法(LGD法)について、誘導条件、誘導機構、および新たな加工への応用などを取りまとめたもので、7章より構成される。

 第1章は「序論」であり、レーザを用いた放電制御の研究について、その現状を紹介する中で本研究の位置付けを明確にし、併せて、レーザによる放電誘導の原理においてLGD法がこれまでにない新しい手法であることを示している。

 第2章では「レーザ誘導放電(LGD)法の誘導原理」と題し、まずLGD法の典型的な実験例を示して、レーザによる放電誘導の基本原理を定性的に説明している。また、真空ないし低気圧気体中での電子の平均自由行程、衝突確率、衝突電離係数などを理論的に検討することにより、レーザの陰極照射で発生する金属プラズマ中の熱電子が電界に沿った軌道で運動し、その軌道が放電経路となって放電が誘導されることを示している。

 第3章では「レーザ誘導放電の特性」と題し、YAGレーザを用いた低真空、中真空下での放電誘導実験から、誘導特性の圧力、印加電圧、誘導距離に対する依存性を明らかにしている。電極間の印加電圧については、レーザ誘導最低電圧近傍の方が、自然放電発生電圧近傍よりも、陰極上へのレーザ照射位置への放電の集中度は高くなる。圧力は、1kPaよりも10Paなど低い圧力のほうが誘導性がよく、印加できる電圧範囲が広くとれる。圧力と誘導距離との積が、ある値の時にレーザによる放電誘導電圧が最低値をとるという、通常の気体放電に見られるパッシェンの最小値特性と同じ特性を有することを見出している。レーザ誘導放電が可能となる最低電圧は、電離係数の大きな仮想的な気体中で自然放電が発生する場合の電圧から予想できることを明らかにしている。

 第4章では「レーザ誘導放電の機構」と題し、レーザ照射によって発生する金属プラズマおよび、その後の誘導放電の進展形態を高速度カメラで観測し、放電機構を検討している。金属プラズマのルミナス・フロントは拡散するにつれて非電離気体のポリトロープ変化として近似される。誘導放電では、陰極上のレーザ照射点および陽極先端に現れる前駆放電(プレ放電I)がそれぞれ成長してそのまま主放電へと移行する。誘導放電では、まず陰極上にレーザによる第1プラズマが発生し、それに続いてその内側に、放電によって作られる第2プラズマが発生する。第1、第2プラズマ共に、放電による電離がさかんな部分は再発光し、また放電によってプラズマ球の膨張が影響を受けている。誘導、非誘導(レーザ照射点以外に放電が発生する)にかかわらず上記プレ放電Iと、陰極全面と陽極先端に遅れて発生するプレ放電IIの2種類の前駆放電が生じていることを発見し、誘導ではプレ放電Iによって主放電に至りプレ放電IIは消滅し、非誘導放電では逆にプレ放電Iが消滅してプレ放電IIによって主放電が起こることを見出している。

 第5章では「放電電流波形と放電時間遅れ」と題し、レーザ誘導放電と非誘導放電の差異を放電電流波形の測定結果に基づき検討をしている。放電距離を放電遅れ時間で除した新たなパラメータを用いると、レーザ誘導放電と非誘導放電を明瞭に区別することができることを明らかにしている。その結果、直接電極系を観察しなくても、放電が予想通り誘導されたかどうかが、放電遅れ時間を調べることで判断できる。誘導される場合には、電極間距離と空気圧、すなわち電極間にある空気の分子数によって限定される安定した誘導領域(10〜100Pa)がある。環境としての空気分子には、放電経路を作る電離気体の源、および熱電子のドリフト速度の抑制、という2つの作用があり、2つの作用の大小関係が100Pa付近で変化することを明らかにしている。

 第6章では「レーザ誘導放電の加工への応用」と題し、LGD法を応用した新しい電気加工法を提案し、いくつかの加工例を示すことにより有用性を検証をしている。この加工法は、電極を動かさずに被加工物の内側を加工できる、電極の形状や消耗は無視できる、放電による加工の位置や回数をレーザのみで制御できる、種々の金属を用いて切削加工の実験を行った結果、金属材料の熱的な性質の違いから二つのグループに分けられることを見出している。LGD法は、レーザる加工に比べ加工される表面が溶融して細かく重なり合うことにより表面粗さが小さくなり、また、その粗さは電圧、材質に関係なくほぼ一定であることを明らかにしている。また、切削量は鉛、錫、亜鉛では基本的にほぼ電圧に比例するが、鉛と錫は電圧が高くなるにつれて単位面積あたりの切削量は減少する傾向が見られ、一方、亜鉛は電圧に関係なく一定であることも見出している。

 第7章は「結論」であり、本研究の成果についてまとめを行っている。

 以上これを要するに、本論文は、レーザによる低気圧気体中での放電誘導現象を新たに見出し、その原理および特性の検討から誘導可能な条件を明確にすると共に、放電特性から誘導の成否を判定できることなど有用な知見を蓄積した上で、レーザ誘導放電を利用する新たな加工法を提案しその実用化の可能性を明らかにしている点で、電気工学、特に電気応用・放電工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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