学位論文要旨



No 213986
著者(漢字) 戸田,克敏
著者(英字)
著者(カナ) トダ,カツトシ
標題(和) SF6ガス絶縁変圧器の大容量化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213986
報告番号 乙13986
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13986号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 不燃性,防爆性を特長とするガス絶縁変圧器は、ビルの地下や屋内に設置される受配電設備を中心に広く用いられるようになってきている。これらのガス絶縁変圧器は、容量が数十MVA以下で基本的に油入変圧器の絶縁油をSF6ガスに置き換えた構造をしている。

 一方、超高圧級の地下変電所に使用される300MVA級の大容量変圧器は、上記の方式ではSF6ガスの冷却能力が低いので実現できないとされていた。そのため、不燃性の冷媒を使用した液冷却式のガス絶縁変圧器の研究開発が米国やわが国で進められた。

 液冷却式としてはいくつかの種類があるがセパレート形液冷却式は、巻線の導体にアルミシートを用い、高分子フィルムをアルミシートと一緒に巻き込んで巻線を形成し、巻線および鉄心に冷却パネルを巻き込み、不燃性の液体冷媒を流して冷却を行う方式である。この方式は、インパルス電圧に対する電位分布が良く、高価な冷媒の使用量を削減できるという特長を持っている。この概念は米国のMorrisらが考案したものであるが、実現のためには多くの課題の解決が必要であり、実用化の域に達しないまま研究が中断していた。これに対して、我々は課題を整理し、モデルによる試験や解析およびプロトタイプの製作、試験を行い以下の結果を得た。

 1.シート導体上下端部へ集中する渦電流を解析する手法(上下端部のメッシュ分割を細かくする)を確立した。また、巻線の渦電流損失を約40%低減する実用的な方法を明らかにした。

 2.巻線絶縁材料のPETフィルムは、水分量500ppm(変圧器としての水分管理値)のSF6中で120℃2万時間以上の寿命を有する。変圧器規格JEC-2200と同様の考え方を適用すると110℃の連続運転で30年程度の寿命が期待できる。

 3.シート巻線モデルの熱劣化特性試験から、材料の保管と巻線段階で相対湿度35%以下に管理すれば良い。

 4.アルミシートおよびPETフィルムを積層した巻線では、温度計算のためには積層体のSF6ガス中における熱伝導率が必要である。モデルを製作して積層体の熱伝導率を測定した結果、素材の熱伝導率の約65%になることを明らかにした。

 5.ターン間の部分放電開始電界のv-tカーブは、AC長時間領域で回帰直線を求めるとE=43.4×t-1/50で表される。30年後の部分放電開始電界を推定すると、28.7kVpeak/mmで、運転時のターン間ストレスに対して十分な裕度が有る。

 6.小型のシート巻線モデルにより評価した結果、PETフィルムに欠陥が有ると工場雷インパルス試験で破壊するが、欠陥がない場合、系統での運転中に受ける熱ストレスや短絡機械力に対しても問題ない。

 7.変圧器巻線の絶縁は、多数のくさび状の微小なガスギャップが存在する構造になる。モデル実験により確かめた結果、巻線端部や主間隙の耐電圧を向上させるためには、電界緩和用静電シールドの詰め物として、密着性が良く、くさびギャップを埋める形状に成形できるTPEを用いるのが有利である。

 8.パーフロロカーボン液の流動によって巻線が帯電し、静電気放電を起こし絶縁破壊に至る可能性があるため、流動帯電特性について調査した。巻線の中性点漏れ電流は、0.001Aであり油入変圧器と比べて2桁以上小さい。

 9.実用器と同等のプロトタイプを製作して冷却および絶縁性能を検証した。結果は所要性能を満足しており、セパレート形液冷却式の実現性を実証した。

 一方、セパレート形液冷却式は、大容量器ほど巻線端部の渦電流損失が大きくなることと、巻線の積層方向に熱を逃す構造のため高電圧になるほど巻線のターン数が増え冷却が難しくなるという問題がある。このため、電圧では275kV級、容量では300MVA級が限界で、それ以上の大容量、高電圧は難しいと考えられる。

 液冷却式の開発が始められた当初に比べて、1980年代後半では耐熱性の高いフィルム材料が容易に入手できるようになった。また、熱流体解析技術が飛躍的に進歩し、乱流や渦のある流れの場を詳細に把握できるようになった。筆者はこれらの技術進歩に着目し、(1)ガス圧力を高める、(2)ガス流路構成を最適化し大量のガスを均一に流す、(3)耐熱性の高い絶縁材料を適用し巻線の温度上昇限度を高めることにより大容量器をガス冷却式で実現できることを見出した。そしてその実現のために必要な冷却面、絶縁面の研究開発を行い以下の結果を得た。

 1.凹凸や曲りがあり複雑な形状をしている実際の巻線の、ガス圧0.4MPa・gにおけるSF6ガス冷却特性を実験的に明らかにした。

 2.ガスは絶縁油に比べて粘性が小さく出入り口や曲りの圧力損失が流量を決めるため、流れのアンバランスが起きやすいという欠点がある。熱流体数値解析により巻線内部のガス流および温度分布を解析した結果、巻線冷却モデルの温度試験結果と良く一致した。熱流体数値解析の、ガス絶縁変圧器巻線冷却解析における精度を確認した。

 3.解析により検討した結果、逆流をなくし流れを均一にするためには巻線の垂直ダクト寸法を大きくする、水平ダクト寸法を小さくする、ガス止めカラー間のセクション数を少なくすることが有効であることがわかった。

 4.SF6ガス圧0.4MPa・gでのターン間絶縁、セクション間絶縁の部分放電開始電圧および破壊電圧をモデル試験によって求めた。部分放電開始電圧は、高圧巻線に用いられるハイセルキャップ巻線を模擬したモデルの場合、素線絶縁厚さ0.5mmでセクション間4mm以上ではターン間から部分放電が発生するため飽和特性を示す。この結果は、セクション間距離を4mm以上にする必要が無いことを示している。素線絶縁厚さとセクション間距離の最適な関係を求める指針が得られた。

 5.275kV,300MVA器の一相分(0号器)を設計・製作した。通電性能や冷却に関する試験を実施し、全ての試験において良好な結果を得た。ガス冷却式で大容量器が実現できることを実証した。

 ガス絶縁変圧器を運転、保守する上で、異常および劣化をどのように検知するかは重要である。ガス絶縁変圧器の主たる絶縁材料として使われるPETおよびプレスボードの、SF6ガス中における過熱に焦点を絞り、これらの材料から発生する分解ガスと材料そのものの劣化について詳細に調査し、下記結果が得られた。

 1.PET,プレスボードとも熱劣化によりCO,CO2,アセトアルデヒドなどが発生し,その大半はCO,CO2である。アセトアルデヒドの発生量全体に対する比は加熱温度の上昇とともに増加し、特にPETフイルムの場合CO,CO2に近づく。

 2.250℃,300℃といった高い温度ではプレスボードからケトン類、フラン、フルフラール等の独特のガスが発生する。

 3.熱劣化による絶縁材料の特性の変化はPET、プレスボード共に劣化によるガス発生量と良い相関がある。

 4.温度,材料の違いなどでガス発生の様子は特徴があり,絶縁診断に役立てられる。

 ガス絶縁変圧器は不燃性、防爆性というユーザーからの要請に応え、広く用いられるようになっている。本研究の成果として、1989年に東京電力旭変電所向けセパレート形液冷却式154kV,200MVA器が製作された。また、1994年には東京電力東新宿変電所向けガス冷却式275kV,300MVAが実用化された。1998年3月までに分路リアクトルを含めるとわが国全体で15台以上の大容量器が運転に入っており、そのうち約2/3がガス冷却式になっている。ガス絶縁変圧器はまだ発展途上の技術といえる。今後の不断の研究により更にコンパクトで信頼性が高く低価格のガス絶縁変圧器を作り出すことが出来ると確信している。

審査要旨

 本論文は、「SF6ガス絶縁変圧器の大容量化に関する研究」と題し、最近広く使用されるようになってきたガス絶縁変圧器の、実用化に至るまでの研究開発に伴って得た新たな知見について取りまとめたもので、7章よりなる。

 第1章は序論で、ガス絶縁変圧器の概要と開発の歴史、ならびに本論文の概要について述べている。

 第2章は「セパレート形液冷却式ガス絶縁変圧器の電気・磁気および冷却特性」と題し、この方式のガス絶縁変圧器の特性について述べている。セパレート形液冷却式ガス絶縁変圧器では、冷却効率を考慮して巻線にアルミシートを用いるが、この巻線の上下端部や口出しには大きな電流集中が生じるため、設計上の要点となる。この電流集中現象の詳細を実験および電磁界解析を通じて明らかにし、それを緩和する方法について考察している。また巻線の冷却設計に関連し、耐熱性の高い絶縁フィルムであるポリエステルフィルム単体、およびそれを使用して組み立てたシート巻線の熱劣化試験により、油入変圧器よりも設計上の使用温度が高いガス絶縁変圧器中で使われる絶縁フィルムの実用的な耐熱寿命を明らかにし、設計温度の指針を示している。さらに巻線内部の熱の伝導、冷却パネル内の冷媒の流れ、巻き線全体としての温度上昇について、実験および解析によって明らかにしている。

 第3章は「セパレート形液冷却式ガス絶縁変圧器の絶縁特性」と題し、アルミシート巻線という特殊な巻線に対して、ターン間、巻線端部、主間隙など各部位の絶縁強度を明らかにしている。この結果と前章の成果を併せ、プロトタイプ器を製作し、長期間における絶縁信頼性について確認している。

 第4章は「ガス冷却式ガス絶縁変圧器の冷却および絶縁特性」と題し、従来の油入変圧器の絶縁油をSF6ガスで置換した形式の、セパレート形とは異なる構造のガス冷却式変圧器の大容量化を実現するために、解析と実験によって巻線内部のガスの流れや熱の伝達特性を明らかにしている。また、ターン間、セクション間、巻線端部、主間隙など各部位の絶縁強度を解明し、絶縁設計の指針を導いた上で実際のガス冷却式変圧器を製作して、冷却および絶縁試験を行い、性能を確認している。これらの研究により、従来は困難と見られていた大容量のガス冷却式ガス絶縁変圧器が製作可能なことを実証した。

 第5章は「ガス絶縁変圧器の絶縁材料の熱劣化と発生ガス特性」と題し、ガス絶縁変圧器に使われる絶縁材料の熱劣化特性及び熱分解生成物の研究を行い、絶縁材料の熱劣化特性と、運転中や異常時に発生する熱分解生成物を明らかにし、熱劣化の観点から見た寿命の推定、および運転中の絶縁診断に有用な知見を得ている。

 第6章は「ガス絶縁変圧器の現状と将来展望」と題し、不燃性、防爆性の観点から設備されている現状と、今後の更なる技術開発によるコンパクト化、低価格化の実現により、一層広くガス冷却式ガス絶縁変圧器が使用されるようになるという著者の見通しが述べられている。

 第7章は結論で、以上の研究成果をまとめている。

 以上これを要するに本論文は、電気・磁気特性、および冷却特性の解析技術を駆使して、絶縁用と冷却用ガスを分離した方式のガス絶縁変圧器の大容量化を実現し、更に、より構成が単純だが冷却の点で困難があった、SF6ガスのみを絶縁と冷却に用いる方式の大容量ガス絶縁変圧器を実現するに当たり、これらの研究開発の過程で得た有用な知見を記述したもので、電気工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51088