学位論文要旨



No 213989
著者(漢字) 日高,睦夫
著者(英字)
著者(カナ) ヒダカ,ムツオ
標題(和) 高温超伝導サンプラーの研究
標題(洋)
報告番号 213989
報告番号 乙13989
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13989号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 櫻井,貴康
内容要旨

 ジョセフソン接合を能動素子として用いる超伝導回路は、超高速、超高感度、超低消費電力という優れた特性を持っており、様々な応用が提案されている。また、1987年に発見された高温超伝導体は、比較的簡単に動作温度まで冷却できるため、この高温超伝導体を使用した回路が実用化されれば、応用範囲がいっそう広がることが期待できる。しかし、高温超伝導体は発見されてから日も浅く、また複雑な材料であるため、回路応用に向けての研究はまだ端緒についたばかりである。本研究では、高温超伝導体の回路応用を目的として、電気信号波形を時間と電流(電圧)に関して高精度に測定する計測器であるサンプラー回路を設計、試作し、動作の確認を行った。

 高温超伝導サンプラー回路は、オーバーダンプジョセフソン接合を5個用い、情報媒体として単一磁束量子(SFQ)を使用した回路である。図1にその回路図を示す。この回路は、ジョセフソン接合2個(JJ1,JJ2)と超伝導ループ2個を使いSFQに起因する電流パルスを発生する部分、ジョセフソン接合1個(JJ3)とSFQを蓄える超伝導ループ1個からなるコンパレータ部分、ジョセフソン接合2個(JJ4,JJ5)と超伝導ループ1個の読み出しSQUID部分の三つのパーツからなり、パルス電流発生時の被測定信号電流の値をコンパレータ接合のスイッチの有無により測定する。

図1、高温超伝導サンプラー回路の回路図。

 従来の低温超伝導サンプラー回路との違いは、オーバーダンプ接合を採用した点、情報媒体としてSFQを使用した点、コンパレータ部分を接合1個と超伝導ループからなるRF-SQUID構造とし、コンパレータ接合の一瞬のスイッチの有無を、外部に読み出すことが可能な時間だけ、超伝導ループにSFQとして蓄えた点である。これらの工夫により、現在のところオーバーダンプ接合しか開発されていない高温超伝導体を用いて、サンプラー回路を製造することが可能となった。

 回路の試作では、高温超伝導体にはYBa2Cu3Ox(YBCO)、基板と層間絶縁膜にはSrTiO3(STO)を用いた。また、ジョセフソン接合にはPrBa2Cu3Oxをトンネルバリアとするエッジ接合を採用した。成膜はパルスレーザー蒸着法で行った。加工にはイオンミリング法を用い、パターンエッジ形状のエッチング条件依存性やエッチング終点検出法等を研究した。

 接合特性を劣化することなしに、高温超伝導配線と高温超伝導グランドプレーンを積層し、十分なインダクタンス低減効果を得ることが、製造プロセス上の最も大きな課題であった。この課題に対して、グランドプレーンを接合と配線上に配置する「HUG(HTS circuit with an Upper-layer Ground-plane)構造」を新たに提案した。図2にその断面模式図を示す。「HUG構造」により、接合特性や配線の超伝導特性、層間絶縁膜の絶縁特性を劣化することなしに、配線のインダクタンスをグランドプレーンがない場合の約1/3に低減できた。

図2、高温超伝導サンプラー回路(HUG構造)の断面模式図。

 試作したサンプラー回路に対して、低速のパルス電流を用いて機能試験を行った結果、SFQパルス電流の発生、SFQの保持、SFQの読み出しというサンプラー回路に要求される全ての基本動作が確認できた。

 サンプラー回路による信号電流波形の測定は、マニュアル測定、「自動計測システム」を用いた測定、高時間精度測定と順次グレードを上げて行った。その結果、入力した信号電流波形が、高温超伝導サンプラー回路を用いた測定によって再現できること、つまり本サンプラー回路が設計通り動作していることが確認できた。さらに、少なくとも12A/psまでの信号電流時間変化に、本サンプラーが完全に追随できることが、図3に示す高時間精度測定実験結果から確認できた。この時の電流精度は2.5Aであった。高温超伝導回路における、SFQパルスの持つピコ秒オーダーの高速性実証は、世界でも例がなく、本実験が最初のものである思われる。動作温度は、サンプルによってばらつきがあったが、最高50Kであった。

図3、高温超伝導サンプラーによる信号電流波形の測定結果。

 本研究によりピコ秒オーダーの時間精度とマイクロアンペアオーダーの電流精度を合わせ持つ高温超伝導サンプラー回路を開発することができた。高温超伝導体のジョセフソン接合を用いた実用的な回路が開発されたのは、微小磁場を測定するSQUIDを除けば、初めてのことである。本サンプラー回路は微小電気信号の高時間精度測定に威力を発揮するだけでなく、ピコ秒オーダーでの電流波形測定という、他の方法では実現できない新しい測定領域に道を拓くものであり、今後の科学技術の進歩に大いに貢献できるものと思われる。

 また、本回路は規模は小さいが積層の集積回路であり、抵抗体を除けば大規模な回路に必要な基本要素を全て含んでいる。さらに、本回路の動作で確認できたSFQパルスの発生、SFQの保持、SFQの読み出しは、全てのSFQ回路に共通する基本動作である。従って、本研究で得られた成果は、さらに大規模な高温超伝導SFQ回路に繋がっていくものと期待できる。

審査要旨

 本論文は「高温超伝導サンプラーの研究」と題し、高温超伝導体の回路応用を目的として、信号電流波形を時間と電流に対して、高精度に測定する計測器であるサンプラー回路を開発することを目指して行った研究を、まとめたものである。設計、製造プロセスに独自の技術を用い、従来製造が困難であった高温超伝導体積層集積回路でサンプラー回路を作製し、ピコ秒およびマイクロアンペア精度での電流波形測定という高精度の測定を可能にしたもので、7章により構成されている。

 第1章は、「序論」であり、高温超伝導回路応用研究について概観している。

 第2章は「研究の背景」であり、本研究の背景として、低温超伝導体を用いたサンプラー回路開発の歴史とその問題点について述べている。また、高温超伝導集積回路の現状を述べている。

 第3章は「回路設計とシミュレーション」と題し、超伝導体を使用したサンプラーの動作原理について述べ、ジョセフソン接合としてオーバーダンプ接合、情報媒体として単一磁束量子(SFQ)を用いた高温超伝導サンプラー回路の設計について説明している。さらに、計算機シミュレーション等による性能予測を行い、高温超伝導サンプラーがピコ秒オーダーの時間精度とマイクロアンペアオーダーの電流精度を合わせ持つことを述べるとともに、その性能限界について議論している。また、半導体サンプラーや光サンプラーとの比較を行い、高温超伝導サンプラーの優位性を示している。

 第4章は、「製造プロセス」と題し、高温超伝導サンプラー作製のために用いた各種製造プロセス技術について説明している。まず、質の高いジョセフソン接合を作る技術として、接合のエッジ形成後真空を破らずにトンネルバリア、上部電極を成膜する「in-situ接合形成法」の開発により、クリーンな接合界面が得られ、臨界電流とノーマル抵抗の積が高く、超伝導リーク電流が少ない高品質の接合が得られることを示している。また低インダクタンスの配線を作る技術として、配線上にグランドプレーンを配置する「HUG(HTS circuit with an Upper-layer Groundplane)構造」を考案したことにより、接合特性や配線の超伝導特性、層間絶縁膜の絶縁特性を劣化することなしに、配線のインダクタンスをグランドプレーンがない場合の1/3に低減できることを示している。

 第5章は、「動作実験」と題し、高温超伝導サンプラーを用いて信号電流波形を測定した結果について説明している。まず、測定時間間隔1マイクロ秒での実験から、本サンプラー回路が設計通り動作していることを示している。さらに、測定時間間隔1ピコ秒の高時間精度測定から、本サンプラー回路が12マイクロアンペア/ピコ秒までの変化率を持つ信号電流波形に完全に追随できることを述べている。測定の電流精度は2.5マイクロアンペアであり、動作温度は、最も高いもので50Kであることを述べている。また、本実験が高温超伝導SFQパルスの持つピコ秒台の高速性を引き出した最初のものであることを述べている。

 第6章は、「今後の展望」と題し、高温超伝導サンプラーは高時間精度の電流波形測定を行うことができ、他の方法では実現できない新しい測定領域に道を拓くものであることを述べている。さらに、本サンプラーを高度化する上での課題を、材料、回路、プロセス、システム等の面から考察している。

 第7章は、「まとめ」であり、本研究の成果を要約して述べている。

 以上を要するに本論文は、高温超伝導体を用いたサンプラー回路を開発するための回路技術、製造プロセス技術と、これらの技術の結果として高速かつ高精度で電流波形が測定できる高温超伝導サンプラー回路の実現法について述べたものであり、超伝導エレクトロニクスの分野に寄与するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51090