学位論文要旨



No 213991
著者(漢字) 高田,洋一
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,ヨウイチ
標題(和) 生体磁気計測用SQUID磁束計の高感度低雑音化の研究
標題(洋)
報告番号 213991
報告番号 乙13991
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13991号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 教授 藤田,博之
内容要旨

 近年、Superconducting Quantum Interference Device(SQUID)磁束計を用いたマルチチャンネル生体磁気計測システムの開発が盛んに行われている。生体磁気計測システムに用いられるSQUID磁束計は、数100fTと微弱な生体磁場を計測することから、トータルシステムとしての低雑音化が重要な課題である。

 SQUID磁束計の低雑音化については、SQUIDの磁束-電圧変換効率を向上させる方法やSQUIDアンプを用いる方法によって、SQUIDの正味の電圧出力を増幅させる幾つかの方法がこれまで提案されてきた。その一つが、RyhanenやDrungらが提案したAdditional Positive Feedback(APF)という方法である。これは、SQUIDの電圧出力を磁束に変換してSQUID自身に正帰還させる方法で、実効的な磁束-電圧変換効率が向上する特徴を持つ。また、従来の位相検波方式の駆動回路を使ったシステムに比べて、回路規模を小さくできる特徴がある。これらの特徴によりAPFを用いたSQUID磁束計の生体磁気計測への応用は盛んである。しかし、APFの設定には複数のパラメータを調整する必要があり、その調整方法は複雑であるにも関わらず、APFを用いたSQUID磁束計の低雑音化を目的とした最適設計についてはこれまで研究されていない。

 本論文では、APFを用いたSQUID磁束計の最適な設計方法について研究を行った。特に、(1)APFパラメータとSQUID電圧出力の関係について、(2)APFパラメータとSQUID磁束計の雑音との関係について、(3)APFパラメータとバイアス電流との関係について調べ、(1)〜(3)の各場合において、APF回路とSQUIDの関係を表すモデルを構築した。さらに、そのモデルが実際と良く一致することを明らかにした。以上の考察を踏まえた上で、APFパラメータの調整可能なSQUID磁束計を作製した。

 また、APF以外にも磁束-電圧変換効率を向上させる幾つかの方法として、微小接合を用いたSQUIDの低雑音化の可能性について検討し、コイル面積100mm2のマグネットメータを用いたときに、1fT/以下の磁場分解能に達する可能性を得た。

 SQUID磁束計が高感度低雑音化を達成していくと、SQUID磁束計周辺から生じる雑音、特に、常伝導金属から発生するジョンソン雑音(熱磁気雑音)がシステム全体の雑音レベルに影響し始めてくる。これまで、常伝導材料でラッピングされた超伝導線を用いたピックアップコイルの熱磁気雑音やデュワ真空層内にあるサーマルシールドからの熱磁気雑音に関する理論的な考察がいくつかなされている。しかし、常伝導金属から発生するジョンソン雑音(熱磁気雑音)が影響するような高感度な生体磁気計測システムがなく、金属材料から生じる熱磁気雑音については定量的な検討がされていない。

 そこで、1fT/の磁場分解能を持つSQUID磁束計を作製し、その磁束計で微小磁場計測をするときに、常伝導金属材料から生じる熱磁気雑音が磁束計の雑音レベルに与える影響について明らかにした。特に、Nb-Ti線に銅をラッピングした超伝導線で作製した一次微分型SQUID磁束計を用いて、銅から生じる熱磁気雑音の影響を定量的に検討し、理論と実際が良く一致することを明らかにした。また、デュワー真空層内のサーマルシールドについても検討を行い、サーマルシールドからの熱磁気雑音も雑音源となることを明らかにした。

 第1章は序論であり、SQUID磁束計の低雑音化に関する研究や金属材料の磁気雑音に関する研究の現在までの歴史と問題点について述べた。

 生体磁気計測用マルチチャンネルシステムにおいては、システム全体の低雑音化が重要な課題であることを述べた。さらに、生体磁気計測システムの低雑音化に関しては、SQUID磁束計自身の磁場分解能を向上させると同時に、システム周辺から生じるシステム雑音を除去する必要があることを指摘した。

 第2章では、SQUID磁束計の簡単な原理とその動作について述べた。まず、SQUIDの諸特性について述べ、それに必要な設計パラメータに述べた。また、Flux Locked Loop(FLL)回路についてその動作の簡単な原理を述べると同時に、変調方式のFLL回路とDirect Offset Integration Technique(DOIT)方式のFLL回路の特徴について述べた。さらに、DOIT方式のFLL回路において、1/f雑音と電流性雑音の低減方法について述べた。

 第3章から第6章までは、APFを用いたSQUID磁束計の低雑音化を目的とした最適設計の研究である。

 第3章では、APFを用いたSQUID磁束計の磁束-電圧変換効率について、APFゲインと比較しながら検討している。また、APFゲインが1より大きくなるときに、磁束-電圧曲線上で発振現象が発生することを見出した。また、0<a<1のとき、APFは安定動作することを確認した。

 第4章では、APFを用いたSQUID磁束計の出力電圧振幅特性について検討している。APF抵抗によってSQUID出力電圧が分圧されるというモデルを提案し、さらに、そのモデルが正しいことを実験で明らかにした。また、対称バイアス注入型SQUIDと非対称バイアス注入型SQUIDのAPF抵抗値に対する電圧振幅変化について比較検討し、非対称バイアス注入型SQUIDの電圧振幅がAPF抵抗の分圧効果では説明が付かないことを見出した。その原因について、新しくモデルを提案し解析を行った結果、APF抵抗の熱雑音がSQUIDへ逆流入する影響により電圧振幅が減少していることがわかった。

 第5章では、APFを用いたSQUID磁束計の磁束雑音特性について、詳細な検討を行っている。まず、APFゲインを決めるパラメータのうち抵抗及びインダクタンスを変化させ、APFゲインと磁束雑音の関係を調べた。その結果、APFゲインが1のときに必ずしも磁束最小にはならず、APFゲインが0から1の間で磁束雑音最小点が存在することを見出した。さらに、APFゲインとSQUID磁束計の磁束雑音に関するモデル化及び定式化を行い、モデルと実際が良く一致していることを明らかにした。またAPFの最適点は、SQUIDの固有雑音及び磁束-電圧変換効率によって異なることが明らかにした。

 第6章では、第3章から第5章の結果を踏まえた上で、これまでのAPFを用いたSQUID磁束計においては電流バイアス値の変化に対して動作が急激に不安定になるという問題点があった。今回新しく開発した磁束計では平面ガラス基板上にピックアップコイルとAPF用の抵抗を同時にパターニングし、さらに、APF用抵抗の抵抗値はレーザートリミング加工を施すことにより、所望の抵抗値を実現するようにした。さらに、この磁束計を用いて、バイアス電流を変化させたときの磁束雑音の変化を計測したところ、APF抵抗を最適にトリミングすることで、バイアス電流の変動に対して安定した磁束雑音が実現可能であることを明らかにした。APF抵抗値を自由に選択できるだけではなく、広範囲のバイアス電流値に対して磁束雑音特性があまり変化しないような、APFゲインの存在を見出した。

 第7章では、APF以外に磁束-電圧変換効率を向上させるための方法として、微小接合型SQUIDを用いた磁束計について、その製造方法、SQUID出力電圧と磁束-電圧変換効率、雑音特性について検討している。今回製造した微小接合を用いたSQUID磁束計のうち、最小磁束分解能は0.670/、最大電圧出力は275V、磁束-電圧変換効率は3720V/0、であった。これらの結果から、この微小型SQUIDが1fT/以下の磁場分解能を達成する可能性があることがわかった。

 第8章では、常伝導物質が発生する熱磁気雑音について検討している。特に、ピックアップコイル線材として用いているNb-Ti線周囲に被覆されている銅から発生する熱磁気雑音について解析を行い、またデュワーの真空層内に設置しているサーマルシールドやスーパーインシュレータが発生する熱磁気雑音についても計測を行った。特に、ピックアップコイル線材の周囲に被覆されている常伝導材料から生じる熱磁気雑音については、実測と理論との比較検討を行い良い一致を見た。また、ピックアップコイル周辺の常伝導物質から生じる熱磁気雑音が1fT/以下の生体磁気計測において雑音源となることを明らかにした。

審査要旨

 本論文は、「生体磁気計測用SQUID磁束計の高感度低雑音化の研究」と題し、生体磁気計測システムのための高感度のスクイド(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device)磁束計の構築を目的に、正帰還(APF:Additional Positive Feedback)回路を用いたSQUID磁束計の最適設計法を提案し、SQUID磁束計周辺の金属材料の熱雑音に由来する磁気雑音の影響を定量的に明らかにしており、全9章からなる。

 第1章は「SQUID磁束計の歴史と問題点」であり、SQUID磁束計の低雑音化と金属材料の磁気雑音に関する研究の歴史と問題点について述べている。

 第2章は「SQUID磁束計の原理」であり、SQUID磁束計の原理と動作について述べている。すなわち、SQUID素子の雑音特性、電圧出力特性、磁束-電圧特性および電流-磁束特性から所望の磁束計を設計するために必要なパラメータを整理する。次に、信号読み出しのためのFLL(Flux Locked Loop)回路の動作原理を述べ、位相検波回路を用いた変調方式のFLL回路とSQUID直結型のDOIT(Direct Offset Integration Technique)方式のFLL回路の特徴を述べている。

 第3章は「Additional Positive Feedbackと磁束-電圧変換効率」と題し、APF帰還量(APFゲイン:a)を変化させて磁束-電圧変換効率を測定し、等価回路から算出した値と比較検討している。その結果、APFゲインが1より大きくなると、磁束-電圧曲線上に発振現象が発生することを見出し、0<a<1のとき、APFは安定に作動することを確認している。

 第4章は「APF帰還量とSQUID電圧出力」と題し、APFを用いたSQUID磁束計の出力電圧振幅特性について考察している。APF抵抗による分圧効果および熱雑音の影響を考慮したSQUID出力電圧のモデルを提案し、そのモデルの妥当性を実験で検証している。特に、2つの接合部分に対して電流バイアス注入端が非対称なSQUIDを用いた場合、APF抵抗の雑音電流がSQUIDへ逆流入する影響により電圧振幅が減少することを明らかにしている。

 第5章は「APFと磁束ノイズ」と題し、まず、APFゲインを決めるパラメータのうち抵抗およびインダクタンスを変化させ、APFゲインとSQUID磁束計の磁束雑音の関係を調べている。その結果、APFゲインが1のときに必ずしも磁束雑音最小にはならず、APFゲインが0から1の間で磁束雑音最小点が存在することを見出している。さらに、APFゲインとSQUID磁束計の磁束雑音に関するモデル化および定式化を行い、モデルと実際が良く一致していることを検証している。またAPFの最適点は、SQUIDの固有雑音および磁束-電圧変換効率によって決定されることを明らかにしている。

 第6章は「APFゲインを調整可能なSQUID磁束計」と題し、APFゲインが調整可能であると同時に、広範囲の電流バイアス値に対して磁束雑音が常に安定なSQUID磁束計を提案している。本研究で新しく提案しているSQUID磁束計では、平面ガラス基板上に検出コイルとAPF用の抵抗を同時にパターニングし抵抗をレーザートリミング加工することで、所望の抵抗値を実現するようにしている。また、この磁束計において、APF抵抗を最適値に設定し、バイアス電流の変化に対する磁束雑音の変化を計測したところ、広範囲の電流バイアス値に対して安定した磁束雑音が得られることを見出している。

 第7章は「微小接合型SQUIDを用いた磁束計の雑音特性」と題し、APF以外に磁束-電圧変換効率を向上させるための方法として、微小接合型SQUIDを用いた磁束計について、その製造方法、SQUID出力電圧と磁束-電圧変換効率、雑音特性について調べている。本研究で作製した微小接合を持つSQUID磁束計は、最小磁束分解能は0.67×10-60/Hz1/2、最大電圧出力は275V、磁束-電圧変換効率は3.72mV/0(0は磁束量子、0=2.07×10-15Wb)であり、磁束雑音で3分の1に低減している。これらの結果から、この微小型SQUID磁束計は1fT/Hz1/2以下の磁場分解能を達成する可能性を示している。

 第8章は「常伝導物質から発生する熱磁気雑音」と題し、常伝導物質から発生する熱雑音を熱磁気雑音と定義し、これについて検討している。特に、検出コイル線材として用いているNb-Ti線周囲に被覆された銅から発生する熱磁気雑音について解析を行い、またデュワーの真空層内に設置している熱シールドやA1蒸着膜を使ったスーパーインシュレータから発生する熱磁気雑音について計測を行っている。特に、検出コイル線材の周囲に被覆されている常伝導材料から生じる熱磁気雑音については、実測と理論との比較検討を行い、良い一致を見ている。また、検出コイル周辺の常伝導物質から生じる熱磁気雑音が1fT/Hz1/2以下の生体磁気計測において雑音源となることを明らかにしている。

 第9章は「まとめ」であり、本研究の結論および今後の展望について述べている。

 以上を要するに、本論文は生体磁気計測用SQUID磁束計の高感度低雑音化に関し、正帰還回路を用いたSQUID磁束計の最適設計法を提案し、低雑音SQUID磁束計を実現すると共に、SQUID磁束計周辺の金属材料の熱雑音に由来する磁気雑音を定量的に明らかにしており、電子工学および超伝導工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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