近年、Superconducting Quantum Interference Device(SQUID)磁束計を用いたマルチチャンネル生体磁気計測システムの開発が盛んに行われている。生体磁気計測システムに用いられるSQUID磁束計は、数100fTと微弱な生体磁場を計測することから、トータルシステムとしての低雑音化が重要な課題である。 SQUID磁束計の低雑音化については、SQUIDの磁束-電圧変換効率を向上させる方法やSQUIDアンプを用いる方法によって、SQUIDの正味の電圧出力を増幅させる幾つかの方法がこれまで提案されてきた。その一つが、RyhanenやDrungらが提案したAdditional Positive Feedback(APF)という方法である。これは、SQUIDの電圧出力を磁束に変換してSQUID自身に正帰還させる方法で、実効的な磁束-電圧変換効率が向上する特徴を持つ。また、従来の位相検波方式の駆動回路を使ったシステムに比べて、回路規模を小さくできる特徴がある。これらの特徴によりAPFを用いたSQUID磁束計の生体磁気計測への応用は盛んである。しかし、APFの設定には複数のパラメータを調整する必要があり、その調整方法は複雑であるにも関わらず、APFを用いたSQUID磁束計の低雑音化を目的とした最適設計についてはこれまで研究されていない。 本論文では、APFを用いたSQUID磁束計の最適な設計方法について研究を行った。特に、(1)APFパラメータとSQUID電圧出力の関係について、(2)APFパラメータとSQUID磁束計の雑音との関係について、(3)APFパラメータとバイアス電流との関係について調べ、(1)〜(3)の各場合において、APF回路とSQUIDの関係を表すモデルを構築した。さらに、そのモデルが実際と良く一致することを明らかにした。以上の考察を踏まえた上で、APFパラメータの調整可能なSQUID磁束計を作製した。 また、APF以外にも磁束-電圧変換効率を向上させる幾つかの方法として、微小接合を用いたSQUIDの低雑音化の可能性について検討し、コイル面積100mm2のマグネットメータを用いたときに、1fT/以下の磁場分解能に達する可能性を得た。 SQUID磁束計が高感度低雑音化を達成していくと、SQUID磁束計周辺から生じる雑音、特に、常伝導金属から発生するジョンソン雑音(熱磁気雑音)がシステム全体の雑音レベルに影響し始めてくる。これまで、常伝導材料でラッピングされた超伝導線を用いたピックアップコイルの熱磁気雑音やデュワ真空層内にあるサーマルシールドからの熱磁気雑音に関する理論的な考察がいくつかなされている。しかし、常伝導金属から発生するジョンソン雑音(熱磁気雑音)が影響するような高感度な生体磁気計測システムがなく、金属材料から生じる熱磁気雑音については定量的な検討がされていない。 そこで、1fT/の磁場分解能を持つSQUID磁束計を作製し、その磁束計で微小磁場計測をするときに、常伝導金属材料から生じる熱磁気雑音が磁束計の雑音レベルに与える影響について明らかにした。特に、Nb-Ti線に銅をラッピングした超伝導線で作製した一次微分型SQUID磁束計を用いて、銅から生じる熱磁気雑音の影響を定量的に検討し、理論と実際が良く一致することを明らかにした。また、デュワー真空層内のサーマルシールドについても検討を行い、サーマルシールドからの熱磁気雑音も雑音源となることを明らかにした。 第1章は序論であり、SQUID磁束計の低雑音化に関する研究や金属材料の磁気雑音に関する研究の現在までの歴史と問題点について述べた。 生体磁気計測用マルチチャンネルシステムにおいては、システム全体の低雑音化が重要な課題であることを述べた。さらに、生体磁気計測システムの低雑音化に関しては、SQUID磁束計自身の磁場分解能を向上させると同時に、システム周辺から生じるシステム雑音を除去する必要があることを指摘した。 第2章では、SQUID磁束計の簡単な原理とその動作について述べた。まず、SQUIDの諸特性について述べ、それに必要な設計パラメータに述べた。また、Flux Locked Loop(FLL)回路についてその動作の簡単な原理を述べると同時に、変調方式のFLL回路とDirect Offset Integration Technique(DOIT)方式のFLL回路の特徴について述べた。さらに、DOIT方式のFLL回路において、1/f雑音と電流性雑音の低減方法について述べた。 第3章から第6章までは、APFを用いたSQUID磁束計の低雑音化を目的とした最適設計の研究である。 第3章では、APFを用いたSQUID磁束計の磁束-電圧変換効率について、APFゲインと比較しながら検討している。また、APFゲインが1より大きくなるときに、磁束-電圧曲線上で発振現象が発生することを見出した。また、0<a<1のとき、APFは安定動作することを確認した。 第4章では、APFを用いたSQUID磁束計の出力電圧振幅特性について検討している。APF抵抗によってSQUID出力電圧が分圧されるというモデルを提案し、さらに、そのモデルが正しいことを実験で明らかにした。また、対称バイアス注入型SQUIDと非対称バイアス注入型SQUIDのAPF抵抗値に対する電圧振幅変化について比較検討し、非対称バイアス注入型SQUIDの電圧振幅がAPF抵抗の分圧効果では説明が付かないことを見出した。その原因について、新しくモデルを提案し解析を行った結果、APF抵抗の熱雑音がSQUIDへ逆流入する影響により電圧振幅が減少していることがわかった。 第5章では、APFを用いたSQUID磁束計の磁束雑音特性について、詳細な検討を行っている。まず、APFゲインを決めるパラメータのうち抵抗及びインダクタンスを変化させ、APFゲインと磁束雑音の関係を調べた。その結果、APFゲインが1のときに必ずしも磁束最小にはならず、APFゲインが0から1の間で磁束雑音最小点が存在することを見出した。さらに、APFゲインとSQUID磁束計の磁束雑音に関するモデル化及び定式化を行い、モデルと実際が良く一致していることを明らかにした。またAPFの最適点は、SQUIDの固有雑音及び磁束-電圧変換効率によって異なることが明らかにした。 第6章では、第3章から第5章の結果を踏まえた上で、これまでのAPFを用いたSQUID磁束計においては電流バイアス値の変化に対して動作が急激に不安定になるという問題点があった。今回新しく開発した磁束計では平面ガラス基板上にピックアップコイルとAPF用の抵抗を同時にパターニングし、さらに、APF用抵抗の抵抗値はレーザートリミング加工を施すことにより、所望の抵抗値を実現するようにした。さらに、この磁束計を用いて、バイアス電流を変化させたときの磁束雑音の変化を計測したところ、APF抵抗を最適にトリミングすることで、バイアス電流の変動に対して安定した磁束雑音が実現可能であることを明らかにした。APF抵抗値を自由に選択できるだけではなく、広範囲のバイアス電流値に対して磁束雑音特性があまり変化しないような、APFゲインの存在を見出した。 第7章では、APF以外に磁束-電圧変換効率を向上させるための方法として、微小接合型SQUIDを用いた磁束計について、その製造方法、SQUID出力電圧と磁束-電圧変換効率、雑音特性について検討している。今回製造した微小接合を用いたSQUID磁束計のうち、最小磁束分解能は0.670/、最大電圧出力は275V、磁束-電圧変換効率は3720V/0、であった。これらの結果から、この微小型SQUIDが1fT/以下の磁場分解能を達成する可能性があることがわかった。 第8章では、常伝導物質が発生する熱磁気雑音について検討している。特に、ピックアップコイル線材として用いているNb-Ti線周囲に被覆されている銅から発生する熱磁気雑音について解析を行い、またデュワーの真空層内に設置しているサーマルシールドやスーパーインシュレータが発生する熱磁気雑音についても計測を行った。特に、ピックアップコイル線材の周囲に被覆されている常伝導材料から生じる熱磁気雑音については、実測と理論との比較検討を行い良い一致を見た。また、ピックアップコイル周辺の常伝導物質から生じる熱磁気雑音が1fT/以下の生体磁気計測において雑音源となることを明らかにした。 |