半導体超薄膜作製技術のめざましい向上により、チャネル幅が10nmまたはそれ以下の様々な超薄膜デバイスが生み出されてきた。これらのデバイスでは、キャリアとヘテロ界面との相互作用が重要な役割を担うため、デバイス特性が温度や試料構造のみでなく、ヘテロ界面の平坦性(または凹凸)にも依存する。その一方で、界面凹凸は、原子の拡散や凝集などのミクロな成長過程の競合によって形成されるので、界面構造の理解はデバイス応用のみでなく、材料科学の観点からも重要である。 III-V族半導体であるGaAs/AlAsヘテロ界面の構造評価は、光学計測をはじめ様々な手法を用いて精力的に行なわれてきた。それに対して、電気伝導に与える凹凸の影響については、理論的な考察があるのみで、実験による検証は不足していた。そのため、本研究では、GaAs/AlAs量子井戸の伝導特性、特に移動度に注目し、ヘテロ界面とキャリアとの相互作用を実験および理論の両面から詳細に調べた。本論文は以下の7章からなる。 第1章では、本研究の背景および目的を述べている。 第2章では、量子井戸構造を対象にして、界面凹凸に起因する凹凸散乱の理論を述べている。本研究では、凹凸を表現する関数(r)の自己相関関数をガウシアンで近似し、凹凸散乱の定式化を行なった。そのため、界面凹凸は平均振幅と横方向サイズに相当する相関長の2つのパラメータで特徴づけられる。凹凸散乱の理論解析から以下の知見を得た。 (1)凹凸散乱が支配する移動度Rは井戸幅(または閉じ込め幅)に強く依存し、特に障壁層の高い量子井戸構造では、井戸幅の6乗に比例する。 (2)移動度Rのキャリア密度Nsや温度Tへの依存性は相関長によって一意的に決定され、振幅は移動度の大きさのみに寄与する。そのため、-Nsや-T依存性を解析することによって、相関長と振幅を抽出することができる。 (3)凹凸散乱が与える散乱頻度は、相関長が電子のフェルミ波長Fとほぼ同サイズのところで最大となる。すなわち、フェルミ波長より十分大きな揺らぎや十分小さな揺らぎによる散乱頻度は小さく、そのため、Rはに対して下に凸の関数となる。また、R-Ns特性もスクリーニングを考慮すると、-特性と同様に下に凸の関数となり、Fがと同サイズのところで移動度は最小となる。 第3章では、凹凸散乱の理論と実験の比較による界面凹凸の構造評価について述べている。試料は界面構造に敏感な井戸幅10nm以下のGaAs/AlAs単一量子井戸で、分子線エピタキシーにより作製した。 図1.一連の試料群で測定した移動度の井戸幅依存性. 実験では、移動度と井戸幅(図1参照)、電子密度および温度に対する依存性を詳細に調べた。一連の試料群の測定から、理論で考察したように、移動度は井戸幅のほぼ6乗に依存することが分かり、理論と実験の比較からGaAs-on-AlAs界面の典型的な凹凸は、相関長は7〜20nmで、振幅は1〜2MLに相当することを見い出した。また、モンテカルロ法による成長シミュレーションとの比較では、定性的には実験結果を支持する結果が得られた。 第4章では、(001)面とは異なる表面原子配列を持つ(311)A面上の凹凸の構造評価について述べている。評価手法は第3章と同じく、移動度解析によって行うために、成長条件を工夫して、n型量子井戸を作製した。井戸幅10nmの量子井戸における電子移動度の面内方位依存性の測定より、<233>方向の移動度が<011>方向より、約2倍高いことが分かった。得られたデータと異方性を考慮した凹凸散乱の理論との比較から、<233>方向と<011>方向の相関長はそれぞれ20nmと12nmで、振幅は0.3nmとなることを見い出した。また、原子間力顕微鏡によるGaAsの表面観察から、周期約20nmで乱れをともない、<233>方向に沿う縞状構造の存在を示した。 この研究に関連し、Siをアクセプターとした2次元正孔ガスを作製し、凹凸散乱による伝導特性解析を行った。実験値と理論は半定量的に一致することが分かった。また、77Kでの正孔移動度が7000cm2/Vsを超えるなど、興味深い伝導特性も得られた。 第5章では、GaAs上に1原子層以下のAlAsまたはInAsが形成する2次元島(アイランド)の構造評価について述べている。反射高エネルギー電子線回折(RHEED)やフォトルミネッセンス(PL)、移動度解析を駆使して、2次元島(アイランド)が形成する構造を調べた。光学計測や伝導計測用には、1原子層(ML)以下のAlAsやInAsを量子井戸の中央に挿入したポテンシャル挿入量子井戸(PIQW:図2参照)を作製した。 RHEEDとPL測定から、挿入したAlAsは面内にある程度一様に分布していることが示された。他方、PIQWの移動度には方位依存性が存在し、全てのPIQWにおいて<110>方向の移動度が<110>方向より高くなることを見出した。この方位依存性は、AlAsの分布に偏りのあることを示すものである。特に、0.5MLのAlAsを挿入したPIQWでは、移動度に2倍程度の違いが得られた。 以上の知見より、AlAsは大きな島構造を形成するよりは、多少偏りのあるものの、ある程度一様に分布していることを明らかにした。この原因としては、界面でのGaとAlの置換が関与していると考えられる。このようなAlの分布は計算機シミュレーションとも定性的に一致することが分かった。 AlAsの代わりにInAsを用いると、引力ポテンシャルを形成する。InAsを挿入したPIQWの伝導特性の解析には偏析を無視できないが、この構造を応用すると、3次元的に閉じ込められた量子箱と等価な電子状態を形成することも可能であることを示した。 図2.PIQWの模式図. 第6章では原子状水素供給下での原子拡散と、その知見を踏まえたナノ構造の作製ついて述べている。伝導特性や発光特性、さらにパターン基板上に形成するファセット構造の比較から、水素照射下のMBE成長においても通常のMBE成長とほぼ同じ成長機構を維持していることが分かった。また、SiNマスクを用いたMBE選択成長により、量子細線や量子箱構造の作製を試みた。また、凹凸と密接に関連する拡散プロセスを水素で制御することによって、多様な量子ナノ構造を作製できることを示した。 最後に、第7章が結論である。 以上、III-V族半導体で形成されるヘテロ界面の凹凸が伝導特性に与える影響を、実験および理論の両面から検討を行った。一連の研究によって、III-V族半導体ヘテロ界面の凹凸と電気伝導特性に関する知見が深まった。これらの知見によって、界面凹凸がデバイス特性に与える影響についての指針が得られただけでなく、分子線エピタキシーによる結晶成長機構についての理解も深まったと考えられる。 |