学位論文要旨



No 213992
著者(漢字) 野田,武司
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,タケシ
標題(和) 分子線エピタキシーで形成したIII-V族半導体ヘテロ界面の構造評価とその伝導特性
標題(洋)
報告番号 213992
報告番号 乙13992
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13992号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 半導体超薄膜作製技術のめざましい向上により、チャネル幅が10nmまたはそれ以下の様々な超薄膜デバイスが生み出されてきた。これらのデバイスでは、キャリアとヘテロ界面との相互作用が重要な役割を担うため、デバイス特性が温度や試料構造のみでなく、ヘテロ界面の平坦性(または凹凸)にも依存する。その一方で、界面凹凸は、原子の拡散や凝集などのミクロな成長過程の競合によって形成されるので、界面構造の理解はデバイス応用のみでなく、材料科学の観点からも重要である。

 III-V族半導体であるGaAs/AlAsヘテロ界面の構造評価は、光学計測をはじめ様々な手法を用いて精力的に行なわれてきた。それに対して、電気伝導に与える凹凸の影響については、理論的な考察があるのみで、実験による検証は不足していた。そのため、本研究では、GaAs/AlAs量子井戸の伝導特性、特に移動度に注目し、ヘテロ界面とキャリアとの相互作用を実験および理論の両面から詳細に調べた。本論文は以下の7章からなる。

 第1章では、本研究の背景および目的を述べている。

 第2章では、量子井戸構造を対象にして、界面凹凸に起因する凹凸散乱の理論を述べている。本研究では、凹凸を表現する関数(r)の自己相関関数をガウシアンで近似し、凹凸散乱の定式化を行なった。そのため、界面凹凸は平均振幅と横方向サイズに相当する相関長の2つのパラメータで特徴づけられる。凹凸散乱の理論解析から以下の知見を得た。

 (1)凹凸散乱が支配する移動度Rは井戸幅(または閉じ込め幅)に強く依存し、特に障壁層の高い量子井戸構造では、井戸幅の6乗に比例する。

 (2)移動度Rのキャリア密度Nsや温度Tへの依存性は相関長によって一意的に決定され、振幅は移動度の大きさのみに寄与する。そのため、-Nsや-T依存性を解析することによって、相関長と振幅を抽出することができる。

 (3)凹凸散乱が与える散乱頻度は、相関長が電子のフェルミ波長Fとほぼ同サイズのところで最大となる。すなわち、フェルミ波長より十分大きな揺らぎや十分小さな揺らぎによる散乱頻度は小さく、そのため、Rに対して下に凸の関数となる。また、R-Ns特性もスクリーニングを考慮すると、-特性と同様に下に凸の関数となり、Fと同サイズのところで移動度は最小となる。

 第3章では、凹凸散乱の理論と実験の比較による界面凹凸の構造評価について述べている。試料は界面構造に敏感な井戸幅10nm以下のGaAs/AlAs単一量子井戸で、分子線エピタキシーにより作製した。

図1.一連の試料群で測定した移動度の井戸幅依存性.

 実験では、移動度と井戸幅(図1参照)、電子密度および温度に対する依存性を詳細に調べた。一連の試料群の測定から、理論で考察したように、移動度は井戸幅のほぼ6乗に依存することが分かり、理論と実験の比較からGaAs-on-AlAs界面の典型的な凹凸は、相関長は7〜20nmで、振幅は1〜2MLに相当することを見い出した。また、モンテカルロ法による成長シミュレーションとの比較では、定性的には実験結果を支持する結果が得られた。

 第4章では、(001)面とは異なる表面原子配列を持つ(311)A面上の凹凸の構造評価について述べている。評価手法は第3章と同じく、移動度解析によって行うために、成長条件を工夫して、n型量子井戸を作製した。井戸幅10nmの量子井戸における電子移動度の面内方位依存性の測定より、<233>方向の移動度が<011>方向より、約2倍高いことが分かった。得られたデータと異方性を考慮した凹凸散乱の理論との比較から、<233>方向と<011>方向の相関長はそれぞれ20nmと12nmで、振幅は0.3nmとなることを見い出した。また、原子間力顕微鏡によるGaAsの表面観察から、周期約20nmで乱れをともない、<233>方向に沿う縞状構造の存在を示した。

 この研究に関連し、Siをアクセプターとした2次元正孔ガスを作製し、凹凸散乱による伝導特性解析を行った。実験値と理論は半定量的に一致することが分かった。また、77Kでの正孔移動度が7000cm2/Vsを超えるなど、興味深い伝導特性も得られた。

 第5章では、GaAs上に1原子層以下のAlAsまたはInAsが形成する2次元島(アイランド)の構造評価について述べている。反射高エネルギー電子線回折(RHEED)やフォトルミネッセンス(PL)、移動度解析を駆使して、2次元島(アイランド)が形成する構造を調べた。光学計測や伝導計測用には、1原子層(ML)以下のAlAsやInAsを量子井戸の中央に挿入したポテンシャル挿入量子井戸(PIQW:図2参照)を作製した。

 RHEEDとPL測定から、挿入したAlAsは面内にある程度一様に分布していることが示された。他方、PIQWの移動度には方位依存性が存在し、全てのPIQWにおいて<110>方向の移動度が<110>方向より高くなることを見出した。この方位依存性は、AlAsの分布に偏りのあることを示すものである。特に、0.5MLのAlAsを挿入したPIQWでは、移動度に2倍程度の違いが得られた。

 以上の知見より、AlAsは大きな島構造を形成するよりは、多少偏りのあるものの、ある程度一様に分布していることを明らかにした。この原因としては、界面でのGaとAlの置換が関与していると考えられる。このようなAlの分布は計算機シミュレーションとも定性的に一致することが分かった。

 AlAsの代わりにInAsを用いると、引力ポテンシャルを形成する。InAsを挿入したPIQWの伝導特性の解析には偏析を無視できないが、この構造を応用すると、3次元的に閉じ込められた量子箱と等価な電子状態を形成することも可能であることを示した。

図2.PIQWの模式図.

 第6章では原子状水素供給下での原子拡散と、その知見を踏まえたナノ構造の作製ついて述べている。伝導特性や発光特性、さらにパターン基板上に形成するファセット構造の比較から、水素照射下のMBE成長においても通常のMBE成長とほぼ同じ成長機構を維持していることが分かった。また、SiNマスクを用いたMBE選択成長により、量子細線や量子箱構造の作製を試みた。また、凹凸と密接に関連する拡散プロセスを水素で制御することによって、多様な量子ナノ構造を作製できることを示した。

 最後に、第7章が結論である。

 以上、III-V族半導体で形成されるヘテロ界面の凹凸が伝導特性に与える影響を、実験および理論の両面から検討を行った。一連の研究によって、III-V族半導体ヘテロ界面の凹凸と電気伝導特性に関する知見が深まった。これらの知見によって、界面凹凸がデバイス特性に与える影響についての指針が得られただけでなく、分子線エピタキシーによる結晶成長機構についての理解も深まったと考えられる。

審査要旨

 近年、半導体レーザや高電子移動度トランジスタなど異種の半導体を積層化したヘテロ構造を用いたデバイスが、極めて重要になりつつある。この種のデバイスの実現には、分子線エピタキシー(MBE)や有機金属気相成長法(MOCVD)と呼ぶ高度な結晶成長法が用いられ、異種材料の接するヘテロ界面は原子スケールで急峻かつ平坦にできると考えられてきた。本研究では、GaAs、AlA、InAsなどIII-V族半導体を構成要素とするヘテロ構造をMBE法で形成し、その界面の凹凸構造を定量的に明らかにするとともに、界面に沿って流れる電子伝導特性を解明するための研究を記したもので、全7章よりなっている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的を記している。

 第2章は「凹凸散乱の理論」と題し、厚さLが10ナノメートル程の超薄膜量子井戸構造に閉じ込められた2次元電子が界面の凹凸でどのように散乱されるかを定式化する研究を記している。特に、振幅で相関長の凹凸が電子散乱を支配する場合、低温での移動度は、因子(L6/2)と関数g(,Ns)との積で表わされることを示している。2次元電子系ではその密度Nsに比例してフェルミエネルギーEFが増し、フェルミ波長が縮む性質がある。関数gは凹凸の相関長と電子の波長との相対関係で決まる散乱因子を表わすものである。

 第3章は「GaAs/AlAs量子井戸と界面凹凸の構造評価」と題し、分子線エピタキシー法でGaAs(001)面上に作られた各種のGaAs/AlAs量子井戸をチャネルとするFET構造に対し、電子移動度を電子数Nsの関数として調べ、その解析から凹凸の振幅と相関長を独立に決定する研究を記している。特に、GaAs量子井戸で上側解面を成長中断法で平滑化した場合、電子移動度はAlAsの表面凹凸が支配する下側界面で定まり、その解析からが約0.4nmで、が7nm程であることを見い出している。また下側界面の凹凸は、成長条件の調整により制御でき、を20〜30nm程にできることも示している。さらに、結晶成長のモンテカルロシミュレーションを行い、界面凹凸のパラメータが実測値に近い値になることも示している。

 第4章は「(311)A量子井戸と界面凹凸の構造評価」と題し、(001)面以外の結晶面上での界面凹凸の構造を、3章と同様の手法で調べるとともに、原子間力顕微鏡(AFM)による表面観察の結果と対比している。特に、電子移動度の電子密度依存性から、凹凸の相関長は異方性を持ち、方向には約12nmであり、方向には約20nmであることを見い出し、AFM観察で見い出された縞状の表面構造におけるランダム成分の異方性に対応すると結論づけている。また、(311)量子井戸での正孔の移動度を調べ、上述の構造モデルで解釈できることを示している。

 第4章は「ポテンシャル挿入量子井戸と挿入層の構造評価」と題し、GaAs量子井戸層の中央に一原子層以下のAlAs層やInAs層を挿入した系において、電子の伝導特性を測定解析し、これより挿入したAlAsやInAsがどの程度の大きさのアイランド構造となっているかを示している。特に、AlAsを挿入した場合、その多くは一様に取り込まれるが、残りの部分は相関長が9nmと14nm程度の異方的なアイランド構造を形成し、移動度を減らす原因となることを示している。また、InAsを挿入した時は、が13nm程の引力ポテンシャル作用を持つアイランドとなることを示している。さらに、原子間力顕微鏡および蛍光分光を用いて、挿入層の形状を推定し、上記の結果を支持する結果を得ている。

 第6章は「水素雰囲気下での選択成長と量子ナノ構造作製への応用」と題し、シリコン窒化膜で被服したGaAs基板上で、局所的に開口部を設けた部分に各種のGaAs/AlGaAs構造を選択的にMBE成長し、その形状観察から成長時の物質の拡散過程に関して新知見を得ている。特に、鋭い稜線構造上に幅の狭い量子細線が水素雰囲気の下でも形成できることを示し、GaAs面上での物質の拡散過程は、シリコン窒化膜上とは異なり、水素の有無でさほどの影響を受けていないことを指摘している。また、短い細線の成長では長さ方向の拡散を考慮すべきことを示している。

 第7章では、本論文で得られた主要な知見を記し、結論を述べている。

 以上のように、本論文は各種の高性能デバイスの実現に不可欠なヘテロ構造において、面に沿う電子伝導特性から界面の凹凸構造を原子スケールで評価する手法を開発し、その適用により種々のヘテロ構造における界面の様子とその制御可能性を明らかとしたものであって、電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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