高温超伝導体の発見は単に臨界温度が高いというにとどまらず、電子相関が強く1電子近似のバンド描像が破綻している物質系が、従来に無い新規な物性機能を示すことを明らかにしたことに大きな意義がある。近年では3d遷移金属元素を含む一連のペロブスカイト型酸化物の物性を詳細に調べることにより、強相関電子系の性質を明らかにしようとする研究が盛んになってきた。一方で、電子材料という観点からペロブスカイト型酸化物を見ると、これまでの材料に無い数々の魅力ある特性を備えている。まず第一に、超伝導体、強磁性体、電気良導体、さらには強誘電体と幅広い物性が得られることがあげられる。また、これらの材料は同一の結晶構造を有しており、その格子定数が近いためエピタキシャルな成長が可能である。すなわち、複合物性を示す酸化物超格子材料を得ることも期待できる。本研究では、特異な磁気伝導現象を示すことで近年特に注目されている、ペロブスカイト型Mn酸化物に着目し、パルスレーザー蒸着(PLD)法により作製した薄膜の特性を調べた。本研究では、(1)単結晶物性の薄膜への移転、(2)原子層レベルで表面平滑な薄膜の作製、(3)膜厚を薄くしていったときの磁気伝導特性の変化、の3点を念頭に置いて検討した。 図1 RE1/2Sr1/2MnO3の軌道及び電荷整列パターン図2 超高真空パルスレーザー蒸着装置の概略 酸素が6配位した8面体中では、Mnイオンの3d軌道は10Dqだけエネルギー差のあるeg(d)とt2g(d)の2つの準位に分裂する。t2g軌道の3個の電子はS=3/2の局在スピンを形成し、電気伝導を担うeg軌道の電子との間にJH〜2eVの強いHund結合が働く。このため、局在スピンに乱れがあるキュリー点以上では、ホールがサイト間を飛び移る際に大きな散乱を受ける。ここで、外部磁場によって局在スピンの乱れを抑制すると、/(H=0)=90%にも達する大きな負の磁気抵抗効果が見られることになる。 一方、本物質系では電荷整列現象と、その磁場による融解という磁気伝導現象が報告されている。図1に本系で多く見られる、電荷整列のパターンを示す。電荷整列相においては、異なる価数を持つMn3+とMn4+の2種類のイオンが、実空間上で整列をする。図中では、単位格子4つ分を示しMnイオンのみを白丸(Mn3+)および黒丸(Mn4+)で表してある。3価と4価のMnイオンの割合は、ちょうど1対1であり、x=1/2といった整合(commensurate)値を持つホール濃度のときにこのような電荷整列相は、特に安定となる。3価のMn3+には1個のeg電子が存在しているが、この軌道の向きも同様に整列してc軸方向には同じ向きの軌道が並び、またab面内では軌道の向きは互い違いとなる。電荷整列相への転移を起こすと、キャリアは移動することができず絶縁体となる。この電荷整列絶縁体は外部磁場によって強磁性金属へと転移し、従来の金属多層膜の巨大磁気抵抗効果をはるかに越える巨大な磁気抵抗効果を示す。 本研究では、検討の目的に最も適した薄膜作製装置を設計するところから始めた。種々の薄膜作製方法の特徴を検討し、複合酸化物薄膜の作製に最も適したパルスレーザー蒸着(PLD)法を採用し、MBE法で発展してきた真空技術を取り入れた図2のような装置を用いて検討をした。本研究では、まず多結晶薄膜で薄膜物性を「フィリング制御」と「バンド幅制御」の2通りの手法で制御することを試み、単結晶物性との違いを検討した。次に表面平滑なエピタキシャル薄膜の作製を検討し、その磁気伝導特性を調べた。本検討では、全てSrTiO3(100)を基板として用いた。 最初に、最もバンド幅の広い系であるLa1-xSrxMnO3(x=0.4)薄膜を作製し、単結晶物性を良く再現するような薄膜作製条件を調べた。この結果、基板温度700℃、酸素分圧200mTorrとするのがよいことが分かった。そこで、これよりもバンド幅の狭い系であるRE1-xSrxMnO3薄膜(RE=NdおよびSm)おいて、フィリング制御がどの程度まで可能であるかについて検討した。この結果、RE=Ndの場合には、単結晶で見られた電荷整列絶縁体相への急峻な転移は見られなかった。また、強磁性金属相への転移温度も単結晶に比べると低いものとなった。しかし、図3に示すようにcommensurateなフィリングのx=0.50や、ホール濃度が低い領域では、電荷整列不安定性の存在を示唆するようなヒステリシスのある等温磁気抵抗曲線が得られた。x=0.45の薄膜についてみると、100、50、30Kと次第に測定温度を下げていくと、磁気抵抗変化率は徐々に減少するが、MR曲線の形状自身には大きな変化はない。しかし、x=0.35および0.50の薄膜では、温度を下げていったときの等温MR曲線の挙動に明らかな違いが見られる。例えば、x=0.35の薄膜では100KのMR曲線の振る舞いはx=0.45の場合と同様ヒステリシスのないものであるが、測定温度が50K及び、30Kの等温MR曲線には明瞭なヒステリシスが見られている。 図3 Nd1-xSrxMnO3薄膜の等温磁気抵抗曲線 さらにバンド幅の狭いRE=Sm薄膜では、対応するバルクよりもバンド幅の狭いPr1-xCaxMnO3系と類似の磁気伝導特性が得られた。磁場の印加によりSm1-xSrxMnO3薄膜では5桁以上に及ぶ大きな抵抗変化を伴う磁気伝導現象(CMR)が観測され、図4に示すようにこれがメタ磁性転移を伴って起こっている。このようなバンド幅の狭い系は基板とのミスマッチが大きくなっており、また構造歪みに敏感であるため、応力や歪みの効果が重要な役割を果たして、バルクとは異なる特性が得られると考えられる。 図4 Sm1-xSrxMnO3(x=0.55)薄膜の等温MR曲線と磁化曲線(10K)図5 La1-xSrxMnO3(x=0.40)薄膜のSEM写真とRHEED回折像 次に、La0.6Sr0.4MnO3薄膜をエピタキシャル成長させることを試みた。本系は他の系に比べて、SrTiO3(100)基板とのミスマッチが0.96%と小さくエピタキシャル成長に適した組み合わせである。基板温度を700℃で一定とし、成長時の酸素分圧PO2を変えて検討した。図5に示すように、表面状態は酸素分圧に敏感に変化し、PO2=100mTorrのときに、良好なストリーク・パターンを示すエピタキシャル膜が得られた。原子間力顕微鏡(AFM)観察の結果、薄膜表面の凹凸はhalf unitcellからone unitcell(〜7.7Å)であった。この薄膜は、低温の比抵抗1×10-4・cm台で、飽和磁化の大きさも約3.5Bと単結晶に準じる値を示した。膜厚を次第に薄くしてゆくと、12nmまでは単結晶に準じた物性が維持されるが、膜厚3nmのときには絶縁体となり、これと同時に強磁性的な振る舞いも消失した。成長時の歪みが原因と考えられる。 本研究では、ペロブスカイト型Mn酸化物の薄膜の磁気伝導機能制御には、歪みの効果が重要であることと、表面平滑なエピタキシャル薄膜の成長条件とその磁気伝導特性を明らかにした。これらは、将来的に本系を電子材料として用いる際に、基礎的結果として貢献できると考えられる。 |