本論文は、ゾルーゲル法によるシリカ分子篩膜の製膜に関し、その出発物質となるシリカゾル、それを支持体上に塗布乾燥させたゲル、および得られた分子篩膜の構造と特性を測定、評価し、これらの間の関係を明らかにすることで、優れた性能のシリカ膜の製膜法を確立したもので、6章よりなる。 第1章は序章で、研究の背景、シリカの化学、ゾルーゲル合成について、出発物質や酸あるいは塩基触媒の役割、コロイドゾルやポリマーゾルの合成、特性等、さらにポリマーゾルからの製膜法と得られた膜の特性について、既往の研究をまとめている。 第2章はテトラエトキシシラン(TEOS)を出発物質とするシリカポリマーゾルの合成とその特性について述べている。分子篩膜の製膜には、直鎖状ポリマーゾルを用いることが不可欠である。そこでTEOSと水のモル比を2から2.5の範囲で、触媒となる硝酸とのモル比を0から0.2の範囲で変化させてシリカポリマーゾルを調製し、小角X線散乱(SAXS)でフラクタル次元を測定することにより、得られたポリマーゾルの分岐性を評価した。これにより、分子篩膜製膜に不可欠な直鎖状ポリマーゾルの合成方法、およびゾルの評価方法が確立できた。 分子篩膜の重要な特性である細孔径および空隙率は、ゲルのこれらの値で決まる。そこで第3章では、フラクタル次元の異なるポリマーゾルからゲルを作成し、窒素吸着法、熱重量分析法を用いてゲルの特性評価を行い、ポリマーゾルのフラクタル次元と得られるゲルの細孔径、空隙率の間に相関があることを明らかにした。この関係は支持体のない自立ゲルでも、支持体上に塗布した支持ゲルでも同様であり、これより分子篩膜の孔径制御、空隙率制御がゾルの調製により可能であることが明らかとなった。 第4章では、フラクタル次元が異なり、空隙率の異なる4種の膜を用い、各種無機ガス、炭化水素の透過特性を測定し、膜構造と分子篩性能の関係を明らかにしている。いずれの膜もヘリウムと窒素の間で透過率が異なり、これら気体の大きさから膜の細孔は0.3nm程度と推定された。特に空隙率が24.5%と最も小さな膜では、ヘリウムと窒素の分離係数が408Kで1230と極めて大きな値が得られた。しかしこの膜でも窒素より大きな気体の透過率はほとんど同様で、これはより大きな径の細孔も存在していることを示唆している。他の膜の透過特性も併せた考察から、これらの膜では0.3nm程度の細孔とそれより大きな1nm前後と推定される細孔とが存在し、膜の空隙率の低下により、すなわちフラクタル次元の小さなポリマーゾルを用いることで、大きな細孔の量のみが減少し、結果としてヘリウムと窒素の分離係数が大きくなるものと結論づけられた。 第5章では細孔径の妥当性を検討する目的で、よりサイズの大きな分子の透過実験をおこなった。すなわち窒素と同様の分子サイズを持つメタノールと約0.5nmのメチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)混合系の透過実験をおこなったところ、膜細孔径0.3nmより大きなMTBEはほとんど透過しなかった。ところが吸着実験の結果では、MTBEも吸着し、平衡吸着量から計算される空隙率は窒素、メタノール、MTBEいずれも24〜26%とほぼ同様の値となった。このことから、実際に膜にあいている細孔の径は少なくとも0.5nm以上で、透過実験ではMTBEの膜内拡散速度が極めて遅いために透過率が極めて小さくなるものと推定された。分子篩性に基づく気体の透過分離が目的の場合には、実用上分離サイズの目安を0.3nmとする方が便利であるが、実際にあいている細孔のサイズは0.5nm以上である。 MTBEの拡散速度が極めて小さい場合には、細孔内でメタノールがMTBEを追い越せないとメタノールの透過率も極めて小さくなるが、本研究で製膜した膜では、メタノールの透過率は低下していない。このことを説明するモデルとして、パーコレーションモデルを採用した。すなわち細孔は相互に連結したネットワークを形成しており、MTBEが存在して後から来たメタノール分子が通れないと、連結した細孔に迂回して透過するというモデルである。 以上より細孔径の問題、透過率の問題は矛盾なく説明でき、膜構造と分子篩透過特性との関係を明らかにすることができた。 第6章は本論文のまとめと今後の展望である。 以上要するに、本論文はゾルーゲル法により製膜したシリカ分子篩膜の透過分離特性と出発物質のゾルとの関係を明らかにしたもので、膜工学および化学システム工学に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |