学位論文要旨



No 213998
著者(漢字) バラゴパル・N・ナイル
著者(英字)
著者(カナ) バラゴパル・N・ナイル
標題(和) シリカゾル、ゲルおよび分子篩膜の構造とその特性の関係
標題(洋) Structure-Property Relationships in Silica sols,Gels and Molecular-Sieving Membranes.
報告番号 213998
報告番号 乙13998
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13998号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 山崎,章弘
 東京大学 教授 牧島,亮男
内容要旨

 オングストロームオーダーの細孔を持つ膜はガス分離膜素材として注目されている。特に、高温での分離や膜反応器への応用が可能な、ゼオライト、シリカなど高温でも安定な無機素材による膜開発が期待されている。ゾルゲル法はシリカ膜の作成法として一般的であり簡便な手法である。多くの研究者によってゾルゲル法によるシリカ膜の作成法やガス透過性について報告されてきたが、シリカ膜作成法の明確な指針は無かった。この論文ではゾルゲルシリカ膜の構造と透過性の関係を明確にすることを目的として、ゾルゲル法による膜作成およびガス透過性を詳細に検討した。また、ガス透過性および選択性のメカニズムを明確に記述した。

 第1章では本研究の背景を記述した。シリカ化学およびシリカポリマーのゾルゲル作成法は詳細に検討されてきた分野であり、この章は本論文のイントロダクションである。

 第2章では本論文で用いたゾルゲル法について議論し、ゾルゲル反応の化学について検討した。Small angle X-ray scattering(SAXS)によりシリカゾルを分析し、aggregation機構を解明した。SAXS理論、fractal dimensionおよび分析法を詳細に記述し、その結果よりcluster aggregationを発見した。その上で、膜を作成するために必要なシリカポリマーのサイズや形の制御法を議論した。

 第3章では膜細孔構造に与える、乾燥時および焼成時の影響を検討した。膜作成時と同じ条件でXerogelsを調整し、窒素吸着法により細孔サイズを検討した。反応物濃度とゲルの収縮、膜の空隙容積の関係を解明する目的で、熱天秤による測定も行った。膜形成のパターンを理解するため、溶液中のシリカポリマーと最終的に得られるゲルの細孔構造を比較した。

 第4章では、膜性能を検討した。膜作成条件を変化させ、得られるガス透過特性を比較した。非常に高い選択性および透過性が得られたので、その結果を検討した。本論文で検討してきたゾルゲル化学に基づいて、非常に小さい細孔を持つ膜の作成法を記述できた。He、窒素など多くのガスの透過性を検討し、そのガスのサイズより膜の見かけの細孔サイズを定義した。得られた膜の示すガス透過機構も検討した。

 第5章では、本論文で作成したガスに対し分子ふるい性を示すシリカ膜の浸透気化分離性能を検討した。メタノール/MTBE分離は工業的に有用な分離系であり本研究でもこの分離系を採用したが、この結果よりシリカ膜の構造及び細孔径分布についての情報も得ることができた。浸透気化分離およびガス透過性に与える、膜の示す分子ふるい性および吸着性の影響を検討した。選択性を決定する律速段階を明確にし、選択性に与える膜構造の影響を評価した。

 最後に第6章では、本論文で得られた結果を基に構造と性能の関係を評価した。膜作成のパラメータ、ディッピング、乾燥、焼成条件および基材が与える膜性能への影響を検討した。また、今後の研究課題についても言及した。

審査要旨

 本論文は、ゾルーゲル法によるシリカ分子篩膜の製膜に関し、その出発物質となるシリカゾル、それを支持体上に塗布乾燥させたゲル、および得られた分子篩膜の構造と特性を測定、評価し、これらの間の関係を明らかにすることで、優れた性能のシリカ膜の製膜法を確立したもので、6章よりなる。

 第1章は序章で、研究の背景、シリカの化学、ゾルーゲル合成について、出発物質や酸あるいは塩基触媒の役割、コロイドゾルやポリマーゾルの合成、特性等、さらにポリマーゾルからの製膜法と得られた膜の特性について、既往の研究をまとめている。

 第2章はテトラエトキシシラン(TEOS)を出発物質とするシリカポリマーゾルの合成とその特性について述べている。分子篩膜の製膜には、直鎖状ポリマーゾルを用いることが不可欠である。そこでTEOSと水のモル比を2から2.5の範囲で、触媒となる硝酸とのモル比を0から0.2の範囲で変化させてシリカポリマーゾルを調製し、小角X線散乱(SAXS)でフラクタル次元を測定することにより、得られたポリマーゾルの分岐性を評価した。これにより、分子篩膜製膜に不可欠な直鎖状ポリマーゾルの合成方法、およびゾルの評価方法が確立できた。

 分子篩膜の重要な特性である細孔径および空隙率は、ゲルのこれらの値で決まる。そこで第3章では、フラクタル次元の異なるポリマーゾルからゲルを作成し、窒素吸着法、熱重量分析法を用いてゲルの特性評価を行い、ポリマーゾルのフラクタル次元と得られるゲルの細孔径、空隙率の間に相関があることを明らかにした。この関係は支持体のない自立ゲルでも、支持体上に塗布した支持ゲルでも同様であり、これより分子篩膜の孔径制御、空隙率制御がゾルの調製により可能であることが明らかとなった。

 第4章では、フラクタル次元が異なり、空隙率の異なる4種の膜を用い、各種無機ガス、炭化水素の透過特性を測定し、膜構造と分子篩性能の関係を明らかにしている。いずれの膜もヘリウムと窒素の間で透過率が異なり、これら気体の大きさから膜の細孔は0.3nm程度と推定された。特に空隙率が24.5%と最も小さな膜では、ヘリウムと窒素の分離係数が408Kで1230と極めて大きな値が得られた。しかしこの膜でも窒素より大きな気体の透過率はほとんど同様で、これはより大きな径の細孔も存在していることを示唆している。他の膜の透過特性も併せた考察から、これらの膜では0.3nm程度の細孔とそれより大きな1nm前後と推定される細孔とが存在し、膜の空隙率の低下により、すなわちフラクタル次元の小さなポリマーゾルを用いることで、大きな細孔の量のみが減少し、結果としてヘリウムと窒素の分離係数が大きくなるものと結論づけられた。

 第5章では細孔径の妥当性を検討する目的で、よりサイズの大きな分子の透過実験をおこなった。すなわち窒素と同様の分子サイズを持つメタノールと約0.5nmのメチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)混合系の透過実験をおこなったところ、膜細孔径0.3nmより大きなMTBEはほとんど透過しなかった。ところが吸着実験の結果では、MTBEも吸着し、平衡吸着量から計算される空隙率は窒素、メタノール、MTBEいずれも24〜26%とほぼ同様の値となった。このことから、実際に膜にあいている細孔の径は少なくとも0.5nm以上で、透過実験ではMTBEの膜内拡散速度が極めて遅いために透過率が極めて小さくなるものと推定された。分子篩性に基づく気体の透過分離が目的の場合には、実用上分離サイズの目安を0.3nmとする方が便利であるが、実際にあいている細孔のサイズは0.5nm以上である。

 MTBEの拡散速度が極めて小さい場合には、細孔内でメタノールがMTBEを追い越せないとメタノールの透過率も極めて小さくなるが、本研究で製膜した膜では、メタノールの透過率は低下していない。このことを説明するモデルとして、パーコレーションモデルを採用した。すなわち細孔は相互に連結したネットワークを形成しており、MTBEが存在して後から来たメタノール分子が通れないと、連結した細孔に迂回して透過するというモデルである。

 以上より細孔径の問題、透過率の問題は矛盾なく説明でき、膜構造と分子篩透過特性との関係を明らかにすることができた。

 第6章は本論文のまとめと今後の展望である。

 以上要するに、本論文はゾルーゲル法により製膜したシリカ分子篩膜の透過分離特性と出発物質のゾルとの関係を明らかにしたもので、膜工学および化学システム工学に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク