内容要旨 | | ポルフィリンは、機能性分子のビルディングブロックとして多くの化学者の注目を集めているが、近年、特にポルフィリン骨格の面不斉、および軸不斉に基づく分子不斉ポルフィリンに関する研究が盛んに行われている。本研究は、分子不斉ポルフィリンの一つとして考案されたポルフィリン(1)に端を発するものである(図1)。メソ位とピロール位がすべて置換された全置換ポルフィリンは、その置換基間の立体障害のためにサドル型構造をとることが知られている。このようなポルフィリンは置換基を適当に選ぶことにより不斉を発現させることが出来る。この原理による光学活性ポルフィリンの最初の例として1を設計したが、ポルフィリン環の熱的反転のために光学分割は不可能であった。そこで、次に示す軸不斉に基づく分子不斉ポルフィリン(2)(図2)を設計した。 Figure 1:D2-Symmetric Chiral Saddle-shaped Porphyrin(1)1新しいタイプのキラルビルディングブロックとしての軸不斉ピロール.(1)キラルなアトロプ異性ポルフィリンの分子設計1 軸不斉ピロールの最初の例である3を設計し(図2)、(R)-フェネチルエステル(ジアステレオアイソマー)のかたちで分別結晶による光学分割に成功した。さらに、X線結晶構造解析によりその絶対構造を決定し、円二色性スペクトルと対応させた。これらの軸不斉ピロールの両鏡像体を用いて、分子不斉ポルフィリンとしては初めて、アトロプ異性に由来するキラルポルフィリン(2)の両鏡像体の作り分けに成功した。 これまで設計されてきた一群の分子不斉ポルフィリンはいずれもキラルHPLCによる長時間の光学分割が必要であり、また、絶対構造が明らかにされたものは限られている。これに対して、本研究では、絶対構造の明確な分子不斉ポルフィリンがキラルHPLCを用いることなく得られることが著しい特徴である。 Figure 2:Both Enantlomers of Axially Dissymmetric Pyrroie(3)and Chiral Atropisomeric Porphyrin(2)2新しいタイプのキラルビルディングブロックとしての軸不斉ピロール.(2)軸不斉ピロコールの分子設計2 軸不斉ピロール(3)とともに、4を設計した(図3)。4はエチルエステル(R=Et)のかたちで、優先晶出法により光学分割することが出来た。縮合剤として2-halopyridinium saltを用いることにより、軸不斉ピロール(3,4)から、新規な軸不斉ピロコール(5,6)の両鏡像体をそれぞれ高収率で得た。これら3,4,5,6を触媒として芳香族アルデヒドへのジエチル亜鉛の不斉付加反応を検討したところ、5,6(R=H)を触媒としたときに反応が高い不斉選択性(最高82%ee)をもって進行した(スキーム1)。 Scheme 1:Asymmetric Addition of Et2Zn to Aromatic AldehydeFigure 3:Axially Dissymmetric Pyrocolls3新しいタイプのキラルビルディングブロックとしての軸不斉ピロール.(3)らせん状ポリピロコールの分子設計3 ピロール-2-カルボン酸の縮合により高収率でピロコールユニットが生成することに着目し、軸不斉ピロールの概念を軸不斉ビピロールにまで拡張すれば、これを重縮合させることにより積み木の原理によるらせんポリマーの"predetermined synthesis"が可能になると考えた。この場合、カルボキシル基の位置が異なる2種類の軸不斉ビピロールカルボン酸(7と8)からは、らせんの回転半径の異なる2種類のらせんポリマー(poly-7:Drill-type Polymerおよびpoly-8:Coil-type Polymer)がそれぞれ生成するはずである(図4)。実際に、対応するヨードピロールのUllmanカップリングにより、7および8の合成に成功した。興味深いことに8のジベンジルエステルは自然分晶により光学分割できることが分かった。これらを縮合させることによりキラルならせんポリマー(poly-7とpoly-8)が得られることが、円二色性の解析から示された。安定ならせん構造を持つポリマーはこれまでにいくつか知られているが、モノマーレベルからポリマーのらせん構造を予測することが可能であるものはこれが初めてである。 Figure 4:Schematic Diagram of the Formation of Helical Polymers.4環状オリゴピロールの結晶状態におけるアロステリックな包接現象4,5 ポルフィリノゲンはポルフィリンの還元体に相当する環状化合物であり、サドル型の形状を持つ。メソオクタエチルポルフィリノゲン(OEPG,9)を、低級アルコールから再結晶すると、アルコールを結晶空港内に取り込んだ包接結晶を形成した。その際、用いる溶媒の種類に応じて3種類の化学量論比を与えた。X線結晶構造解析の結果、これらの包接結晶は互いに全く異なる構造をとっていることがわかった。興味深いことに、これらの包接結晶は、アルコールの取り込み、交換、および除去を行っても結晶構造を損なうことなく、結晶形態がダイナミックに変化していることが粉末X線回折から明らかになった。9をメタノールとエタノールの混合蒸気にさらしたところ、特定の組成比を境にメタノールあるいはエタノールのみを選択的に取り込むことがわかった(図5)。 Figure 5:Relationship between mole ratio[Guest]/[OEPG]and Vapor Composition このことは、9の包接結晶中でアロステリズムが働いていることを示している。すなわち、結晶中のあるポルフィリノゲン分子がメタノールを取り込むと、その変化が隣接するポルフィリノゲンに伝っていき、他のポルフィリノゲンもメタノールと結合するようになるのである。この系においてヒル係数を求めると40に達し、40分子のポルフィリノゲンが協同的にアルコールの取り込みを行っていることがわかった。逆の見方をすれば、低級アルコールによって、ポルフィリノゲンの挙動を制御しているともいえる。 5キラルなサドル型ポルフィリン-キラリティー記憶分子6 そこで、サドル型ポルフィリン(1)にもどり、カルボン酸を用いてポルフィリン分子の挙動を制御しようと試みた。1の溶液にキラルなカルボン酸を一方の光学異性体を加えていくと、4本の水素結合を介し、1と1:2の錯体を形成した。ここで、マンデル酸を用いた場合、1のサドルは完全に一方の鏡像体側に平衡が偏っており(-100%de)、マンデル酸のキラリティーが、水素結合を介してポルフィリン骨格に転写されていることがわかった。この錯体を酢酸などのアキラルなカルボン酸中に投入するとカルボン酸の交換が起こるが、興味深いことに、その際、ポルフィリンのキラリティーはそのまま保持された(図6)。この不斉情報の記憶は熱や可視光などの外部刺激により消去することが可能であった。すなわち、1は不斉情報の書き込みと消去が可能な(rewritable)情報記録分子であるといえる。 Figure 6:Subtitution of Mandelate for Acetate on Porphyrin6カテナン化環状オクタアミン-新規なポリマー材料創製のための高運動性ユニット7 最後に、ねじれの中でも、「トポロジカルなねじれ」に着目して[2]カテナンを取り上げた。カテナンを高分子主鎖に導入した場合にカテナンの特徴を高分子の物性に反映させるためには、カテナンユニットが高い運動性を持つことが必要である。Leighによって報告されているアミド型[2]カテナン(10)において、分子の運動性を低下させている引力的相互作用である水素結合を合成化学的手法で取り除き、高い運動性を持つアミン型[2]カテナン(11)を合成した。 Scheme 2:Synthesis of Amine-type[2]catenane (11)References(1)The Axially Dissymmetric Pyrrole as a Novel Chiral Building Block:Synthesis,Characterization and Application to the First ’Predetermined’Synthesis of a Chiral Atropisomeric Porphyrin with Molecular Asymmetry.Furusho,Y.;Aida,T.;Inoue,SJ.Chem.Soc.,Chem.Commun.1994,653.(2)Synthesis and Optical Resolution of Axially Dissymmetric Pyrroles and Pyrocolls:New Catalysts for the Enantioselective Addition of Diethylzinc to Aromatic Aldehydes.Furusho,Y.;Tsunoda,A.;Aida,T.J.Chem.Soc.,Perkin Trans.1 1996,183.(3)Synthesis and Optical Resolution of Axially Dissymmetric Bipyrroles as Chiral Building Blocks for Helical Architecture.Furusho,Y.;Tsunoda,A.;Aida,T.J.Chem,Soc.,Chem.Commun.,to be submitted.(4)Guest-responsive Structural Changes of Porphyrinogen Inclusion Crystals:A Long-range Cooperative Effect on Guest Inclusion.Furusho,Y.;Aida,T.J.Chem.Soc.,Chem.Commun.1997,2205.(5)Design of Multidentate Pyrrolic Ligands by N-Modification:Synthesis of N-Monomethyl,Monoethyl,Dimethyl,Trimethyl,and Tetramethylporphyrinogens.Furusho,Y.;Kawasaki,H.;Nakanishi,S.;Aida,T.;Takata,T.Tetrahedron Lett.1998,39,3537..(6)Chirality-Memory Molecule:A D2-Symmetric Fully Substituted Porphyrin as a Conceptually New Chirality Sensor.Furusho,Y.;Kimura,T.;Mizuno,Y.;Aida,T.J.Am.Chem.Soc.1997,119,5267.(7)A Catenated Cyclic Octamine:A Noncovalently Bonded Molecular System without Attractive Interaction between The Two Units.Takata,T.;Shoji,J.;Furusho,Y.Chem.Lett.,1997,881. |
審査要旨 | | ポルフィリンは、機能性分子のビルディングブロックとして多くの化学者の注目を集めているが、近年、特にポルフィリン骨格の面不斉、および軸不斉に基づく分子不斉ポルフィリンに関する研究が盛んに行われている。本研究は、分子不斉ポルフィリンの一つとして考案されたポルフィリン(1)に端を発するものである。メソ位とピロール位がすべて置換された全置換ポルフィリンは、その置換基間の立体障害のためにサドル型構造をとることが知られている。このようなポルフィリンは置換基を適当に選ぶことにより不斉を発現させることが出来る。この原理による光学活性ポルフィリンの最初の例として1を設計したが、ポルフィリン環の熱的反転のために光学分割は不可能であった。そこで、次に示す軸不斉に基づく分子不斉ポルフィリン(2)を設計した。 1新しいタイプのキラルビルディングブロックとしての軸不斉ピロール.(1)キラルなアトロプ異性ポルフィリンの分子設計 軸不斉ピロールの最初の例である3を設計し、(R)-フェネチルエステル(ジアステレオアイソマー)のかたちで分別結晶による光学分割に成功した。さらに、X線結晶構造解析によりその絶対構造を決定し、円二色性スペクトルと対応させた。これらの軸不斉ピロールの両鏡像体を用いて、分子不斉ポルフィリンとしては初めて、アトロプ異性に由来するキラルポルフィリン(2)の両鏡像体の作り分けに成功した。 これまで設計されてきた一群の分子不斉ポルフィリンはいずれもキラルHPLCによる長時間の光学分割が必要であり、また、絶対構造が明らかにされたものは限られている。これに対して、本研究では、絶対構造の明確な分子不斉ポルフィリンがキラルHPLCを用いることなく得られることが著しい特徴である。 2新しいタイプのキラルビルディングブロックとしての軸不斉ピロール.(2)軸不斉ピロコールの分子設計 軸不斉ピロール(3)とともに、4を設計した。4はエチルエステル(R=Et)のかたちで、優先晶出法により光学分割することが出来た。縮合剤として2-halopyridinium saltを用いることにより、軸不斉ピロール(3,4)から、新規な軸不斉ピロコール(5,6)の両鏡像体をそれぞれ高収率で得た。これら3,4,5,6を触媒として芳香族アルデヒドへのジエチル亜鉛の不斉付加反応を検討したところ、5,6(R=H)を触媒としたときに反応が高い不斉選択性(最高82%ee)をもって進行した。 3新しいタイプのキラルビルディングブロックとしての軸不斉ピロール.(3)らせん状ポリピロコールの分子設計 ピロール-2-カルボン酸の縮合により高収率でピロコールユニットが生成することに着目し、軸不斉ピロールの概念を軸不斉ビピロールにまで拡張すれば、これを重縮合させることにより積み木の原理によるらせんポリマーの"predetermined synthesis"が可能になると考えた。この場合、カルボキシル基の位置が異なる2種類の軸不斉ビピロールカルボン酸(7と8)からは、らせんの回転半径の異なる2種類のらせんポリマー(poly-7:Drill-type Polymerおよびpoly-8:Coil-type Polymer)がそれぞれ生成するはずである。実際に、対応するヨードピロールのUllmanカップリングにより、7および8の合成に成功した。興味深いことに8のジベンジルエステルは自然分晶により光学分割できることが分かった。これらを縮合させることによりキラルならせんポリマー(poly-7とpoly-8)が得られることが、円二色性の解析から示された。安定ならせん構造を持つポリマーはこれまでにいくつか知られているが、モノマーレベルからポリマーのらせん構造を予測することが可能であるものはこれが初めてである。 4環状オリゴピロールの結晶状態におけるアロステリックな包接現象 ポルフィリノゲンはポルフィリンの還元体に相当する環状化合物であり、サドル型の形状を持つ。メソオクタエチルポルフィリノゲン(OEPG,9)を、低級アルコールから再結晶すると、アルコールを結晶空港内に取り込んだ包接結晶を形成した。その際、用いる溶媒の種類に応じて3種類の化学量論比を与えた。X線結晶構造解析の結果、これらの包接結晶は互いに全く異なる構造をとっていることがわかった。興味深いことに、これらの包接結晶は、アルコールの取り込み、交換、および除去を行っても結晶構造を損なうことなく、結晶形態がダイナミックに変化していることが粉末X線回折から明らかになった。9をメタノールとエタノールの混合蒸気にさらしたところ、特定の組成比を境にメタノールあるいはエタノールのみを選択的に取り込むことがわかった。このことは、9の包接結晶中でアロステリズムが働いていることを示している。すなわち、結晶中のあるポルフィリノゲン分子がメタノールを取り込むと、その変化が隣接するポルフィリノゲンに伝っていき、他のポルフィリノゲンもメタノールと結合するようになるのである。この系においてヒル係数を求めると40に達し、40分子のポルフィリノゲンが協同的にアルコールの取り込みを行っていることがわかった。逆の見方をすれば、低級アルコールによって、ポルフィリノゲンの挙動を制御しているともいえる。 5キラルなサドル型ポルフィリン-キラリティー記憶分子 そこで、サドル型ポルフィリン(1)にもどり、カルボン酸を用いてポルフィリン分子の挙動を制御しようと試みた。1の溶液にキラルなカルボン酸を一方の光学異性体を加えていくと、4本の水素結合を介し、1と1:2の錯体を形成した。ここで、マンデル酸を用いた場合、1のサドルは完全に一方の鏡像体側に平衡が偏っており(-100%de)、マンデル酸のキラリティーが、水素結合を介してポルフィリン骨格に転写されていることがわかった。この錯体を酢酸などのアキラルなカルボン酸中に投入するとカルボン酸の交換が起こるが、興味深いことに、その際、ポルフィリンのキラリティーはそのまま保持された。この不斉情報の記憶は熱や可視光などの外部刺激により消去することが可能であった。すなわち、1は不斉情報の書き込みと消去が可能な(rewritable)情報記録分子であるといえる。 6カテナン化環状オクタアミン-新規なポリマー材料創製のための高運動性ユニット 最後に、ねじれの中でも、「トポロジカルなねじれ」に着目して[2]カテナンを取り上げた。カテナンを高分子主鎖に導入した場合にカテナンの特徴を高分子の物性に反映させるためには、カテナンユニットが高い運動性を持つことが必要である。Leighによって報告されているアミド型[2]カテナン(10)において、分子の運動性を低下させている引力的相互作用である水素結合を合成化学的手法で取り除き、高い運動性を持つアミン型[2]カテナン(11)を合成した。 以上のように、申請者はポルフィリンのキラリティーに関する興味に端を発する研究を発展させ、ねじれた芳香族化合物の分子内及び分子間相互作用を巧みに利用した種々の機能性分子の開発に成功した。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |