学位論文要旨



No 214000
著者(漢字) 小坂,陽三
著者(英字)
著者(カナ) コサカ,ヨウゾウ
標題(和) エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用する側鎖型液晶ポリマーの合成
標題(洋)
報告番号 214000
報告番号 乙14000
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14000号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨

 本論文は、新しい機能性高分子液晶材料の開発を最終の目的として、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用したコポリマー、ポリマーブレンド、及び分子間力複合型液晶に関する結果をまとめたものである。このエレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用した側鎖型液晶ポリマーの構造と物性について学問的に有用な知見を得ると同時に、機能性分子をメソゲンの一部としたポリマーとブレンド系の配列制御及び分子設計による機能性高分子液晶材料の可能性が示されている。

 本論文は、これらの内容が、序論および3編11章にわたって記述されている。序論では、液晶、特にサーモトロピック液晶について説明され、電子導電性、光導電性、フォトクロミック特性などと組み合せた機能性液晶について、さらに水素結合、イオン相互作用、配位結合、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用の分子間力を用いた液晶に関する近年の動向が示されている。

 本論文の研究内容は、エレクトロンドナー性メソゲンとエレクトロンアクセプター性メソゲンを側鎖に有するコポリメタクリレートの合成と液晶性、エレクトロンドナーポリマーとエレクトロンアクセプターポリマーのブレント及びエレクトロンドナーポリマーと低分子エレクトロンアクセプター化合物の混合系の相溶性と液晶性、並びにエレクトロンドナー・アクセプター相互作用とイオン相互作用を組み合せた新しい分子間力複合型液晶の相溶性と熱的性質の3編に分けて報告されている。

 第1編では、エレクトロンドナー性メソゲンとエレクトロンアクセプター性メソゲンを側鎖に有するコポリマーの液晶性がまず調べられ、続いてアルキレンスペーサー長やメソゲン構造が液晶性に及ぼす影響が明らかにされた。この目的のために、光機能性、エレクトロンドナー性として知られるカルバゾリル基をメソゲンの一部とする(カルバゾリルメチレン)アニリン基を有するメタクリレートモノマーとエレクトロンアクセプター性の(4-ニトロベンジリデン)アニリン基を有するメタクリレートモノマーからコポリマーが合成された。そのコポリマーの構造と熱的性質が、1HNMR、GPC、DSC、偏光顕微鏡、X線回折等を用いて詳細に検討された。第1章では、カルバゾリル基をメソゲンの一部とする(カルバゾリルメチレン)アニリン基を側鎖に有するポリマーの合成と液晶性が報告された。アルキレンスペーサー長が長くなるにつれて液晶の温度範囲が広がり、ウンデカメチレンスペーサー長を有するポリマーはスメクチック相を、ヘキサメチレンスペーサー以下の炭素数のポリマーはネマチック相を示した。カルバゾリル基をメソゲンの一部とするポリ(メタ)アクリレートが液晶性を有することが示された。第2章では、(カルバゾリルメチレン)アニリン基と(4-ニトロベンジリデン)アニリン基を側鎖に有するコポリマーの液晶性が調べられた。ホモポリマーには見られないスメクチック相の誘起と液晶相の大きな熱安定化が見られた。この現象は、エレクトロンドナー性メソゲン同士からなるコポリマーでは、観察されなかった。これにより、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用が液晶の配列を向上させる有効な手段の一つであることが確認された。コポリマーの蛍光分光スペクトルの長波長側へのシフトから、この相互作用がエレクトロンドナー・アクセプター相互作用であることが示された。第3章では、エレクトロンドナー性メソゲンとエレクトロンアクセプター性メソゲンの重なりと、コポリマーのスメクチック相の誘起と熱安定化の関係を明らかにするため、アルキレンスペーサー長の異なるコポリマーが合成された。アルキレンスペーサー長の大きく異なるコポリマーの場合、熱安定化は見られず、アルキレンスペーサー長の類似しているコポリマーの場合、スメクチック相の誘起あるいは熱安定化が観察された。これより、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用したコポリメタクリレートにおいて、側鎖メソゲンの重なりが熱的性質を支配することが明らかにされた。第4章では、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を用いたコポリマーのアルキレンスペーサーにキラル基を導入することで、より短いアルキレンスペーサー長での配列向上が示された。第5章では、エレクトロンアクセプター性メソゲン構造が液晶に及ぼす影響が示された。メソゲン間結合の異なるコポリマーでは、熱安定化は見られず、類似のメソゲン間結合を有するコポリマーでは、大きな熱安定化が見られた。第6章では、(カルバゾリルメチレン)アニリン基の代わりに、窒素原子を有するキノリン基をメソゲンの一部とするコポリマーの合成と熱的性質が検討された。キノリン基もカルバゾリル基と同様にエレクトロンドナー性基として作用し、(キノリニルメチレン)アニリン基と(4-ニトロベンジリデン)アニリン基を側鎖に有するコポリマーにおいて、スメクチック相の誘起と熱安定化が示された。

 第2編では、第1編で得られた知見に基づき、コポリマーに見られたスメクチック相の誘起と熱安定化が、分子内または分子間のどちらに作用したエレクトロンドナー・アクセプター相互作用によるものか検討するため、エレクトロンドナー性ポリメタクリレートとエレクトロンアクセプター性ポリメタクリレートのブレンド系の物性が検討された。また、ポリマー/低分子化合物、低分子同士の系混合物の液晶性も調べられた。相溶性と熱特性が偏光顕微鏡とDSCにより、構造がX線回折により調べられた。第7章では、(カルバゾリルメチレン)アニリン基を有するエレクトロンドナー性ポリメタクリレートと(4-ニトロベンジリデン)アニリン基を有するエレクトロンアクセプター性ポリメタクリレートのブレンドが相溶し、コポリマーと同様な液晶性が示された。これより、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用は主に分子間に働くことが明らかにされた。ポリマー/低分子化合物、低分子化合物の混合系においても、液晶相の熱安定化が見られた。いずれの系も1:1の割合において、最も高い熱安定化を示すことから、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用は1:1のメソゲン間に働いていると考えられる。エレクトロンドナーポリマー同士のポリマーブレンドは、相分離したことから、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用は、2種類のポリマーを相溶させる有効な手段の一つであることが示された。第8章と第9章では、ポリマーブレンド系に及ぼす、エレクトロンアクセプター性メソゲンとエレクトロンドナー性メソゲン構造の影響が検討された。ブレンド系の場合コポリマーより相溶性に及ぼすメソゲン構造の影響は大きく、より類似しているメソゲン間結合の場合だけ相溶し、大きな熱安定化が見られた。

 第3編では、液晶性を示す新しいエレクトロンアクセプター性イオン化合物が合成された。このエレクトロンアクセプター性イオン化合物と(カルバゾリルメチレン)アニリン基を有するエレクトロンドナー化合物の混合系から、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用とイオン相互作用を組み合せた新しいタイプの液晶複合材料の可能性が見出された。イオン性化合物と複合体の構造及び熱的性質が、1HNMR、GPC、DSC、偏光顕微鏡、X線回折等を用いて詳細に検討された。第10章では、trans-4-ニトロ-4-スチルバゾールとアルキルハライドから合成されたイオン化合物の液晶性と、このイオン性化合物と(カルバゾリルメチレン)アニリン基を有する低分子化合物の相溶性と液晶性について報告された。trans-4-ニトロ-4-スチルバゾリウムブロマイドあるいはヨウダイドとカルバゾリル基を有する化合物の混合系において、均一なスメクチック相を示す複合体が得られた。エレクトロンドナーとして知られるメトキシフェニル基を有する4-ヘキシルオキシ-N-(4-メトキシベンジリデン)アニリンとtrans-4-ニトロ-4-スチルバゾリウムブロマイドの混合系は、相分離が見られた。これは、カルバゾリル基の強いエレクトロンドナー性とN-CH3基の立体効果によるものと考えられる。第11章では、第10章で得られた分子間力複合型液晶を成膜性のあるポリマーに展開するため、側鎖に(カルバゾリルメチレン)アニリン基を有するポリマーとtrans-4-ニトロ-4-スチルバゾリウムブロマイドの複合体が検討された。この複合体において、スメクチック相の誘起が観察され、複数の分子間力を取り入れた新しい機能性高分子液晶複合体の可能性が示唆された。

 以上、本論文は、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用する側鎖型液晶ポリマーにおいて重要な問題である合成、構造、特性の境界を埋め、機能性であるカルバゾリル基を高濃度でかつ高い配向性を有する側鎖型液晶ポリマーの合成についてまとめたものである。また、分子間相互作用の複合化による従来にない新しい側鎖型高分子液晶の形成について示したものである。これにより新しい機能性高分子液晶の可能性が開拓され、これらの側鎖型液晶ポリマーは、セキュリティ材料、情報記録材料、光導電性材料、非線形光学材料、有機EL材料などへの応用が期待される。

審査要旨

 本論文は、新しい機能性高分子液晶材料の開発を最終の目的として、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用したコポリマー、ポリマーブレンド、及び分子間力複合型液晶に関する結果をまとめたものである。エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用した側鎖型液晶ポリマーの構造と物性について学問的に有用な知見を得ると同時に、機能性分子をメソゲンの一部としたポリマー系の配列制御及び分子設計による機能性高分子液晶材料の可能性が示されている。

 本論文は、序論及び3編11章から成る。序論では、液晶、特にサーモトロピック液晶について説明され、電子導電性、光導電性、フォトクロミック特性などと組み合わせた機能性液晶について、さらに水素結合、イオン相互作用、配位結合、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用などの分子間力を用いた液晶化合物に関する近年の動向が示されている。

 第1編では、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用し、高濃度でかつ高い配列を有するカルバゾリル基を含む側鎖型液晶ポリマーについて述べられている。第1章では、カルバゾリル基をメソゲンの一部とする(カルバゾリルメチレン)アニリン基を側鎖に有するポリ(メタ)アクリレートが液晶性を有することが示された。第2章では、エレクトロンドナー性の(カルバゾリルメチレン)アニリン基とアクセプター性の(4-ニトロベンジリデン)アニリン基を側鎖に有するコポリマーにおいて、ホモポリマーのネマチック相より高度の配列であるスメクチック相の誘起と液晶相の大きな熱安定化が見られた。第3章では、アルキレンスペーサー長の大きく異なるコポリマーにおいては、熱安定化は見られないが、アルキレンスペーサー長の類似しているコポリマーにおいては、スメクチック相の誘起あるいは熱安定化が起ることが示されている。これよりエレクトロンドナー・アクセプター相互作用を用いたコポリマーにおいて、側鎖メソゲンの重なりが熱的性質を支配することが明らかにされた。第4章では、短いキラルなアルキレンスペーサーの導入による、分子の配向度の増加が示された。第5章では、エレクトロンアクセプター性メソゲン構造が液晶に及ぼす影響が示された。第6章では、(カルバゾリルメチレン)アニリン基の代わりに、窒素原子を有するキノリン基をメソゲンの一部とするコポリマーの熱的性質が示された。

 第2編では、コポリマーに見られたスメクチック相の誘起と熱安定化現象が、ポリマーブレンド系でも起ることが示されている。第7章では、エレクトロンドナー性の(カルバゾリルメチレン)アニリン基含有ポリメタクリレートとエレクトロンアクセプター性の(4-ニトロベンジリデン)アニリン基含有ポリメタクリレートが相溶し、コポリマーと同様な液晶性が示された。これにより、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用は主に分子間に働くことが明らかにされた。第8章と9章では、ポリマーブレンド系に及ぼす、エレクトロンアクセプター性メソゲンとエレクトロンドナー性メソゲン構造の影響が、コポリマーの場合よりブレンド系の方が大きいことが明らかにされた。

 第3編では、液晶性を示す新しいエレクトロンアクセプター性イオン化合物が合成された。第10章では、trans-4-ニトロ-4-スチルバゾールとアルキルハライドから合成されたイオン化合物の液晶性が示された。さらに、このイオン性化合物とドナー性のカルバゾリル基を有する化合物の混合系において、均一なスメクチック相を示す複合体の形成が見出された。第11章では、前章で得られた分子間力複合型液晶を成膜性のあるポリマーに展開するため、側鎖に(カルバゾリルメチレン)アニリン基を有するポリマーとtrans-4-ニトロ-4-スチルバゾリウムブロマイドの複合体が検討された。この複合体において、スメクチック相が誘起され、複数の分子間力を取り入れた新しい機能性高分子液晶複合材料の可能性が明らかにされた。

 以上、本論文は、エレクトロンドナー・アクセプター相互作用を利用し、機能性であるカルバゾリル基を高濃度でかつ高い配向性を有する側鎖型液晶ポリマーの合成についてまとめたものであり、また、複数の分子間相互作用を有する新しい側鎖型高分子液晶の形成について示したものである。これらは、機能性高分子の基礎及び応用の両面にわたって多大の寄与をしている。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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