学位論文要旨



No 214001
著者(漢字) 森井,尚之
著者(英字)
著者(カナ) モリイ,ヒサユキ
標題(和) 機能性人工タンパク質の設計原理の解明
標題(洋)
報告番号 214001
報告番号 乙14001
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14001号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 長棟,輝行
内容要旨

 本研究の主題は、タンパク質の高次構造形成に基礎をおいて、天然のタンパク質ワールド内にとどまらない新規な人工タンパク質を創造して、より多様性に満ちた、そして進化の制約条件下にない、新しいタンパク質ワールドを開拓するための設計原理を解明することにある。

 タンパク質は生命現象を支える最も主要な生体分子のひとつである。その重要性は機能の高度性、多様性と特異性にもとづいている。タンパク質の物理的および化学的機能の多くはいずれもタンパク質の高次構造に基づいている。酵素機能や運動機能などでは機能の微視的な段階に応じた構造変化が機能そのものの本質である。すなわち、タンパク質のほとんどの「機能」は単独および複合系における「高次構造形成=folding」に内包されていると理解することができる。従来から、天然タンパク質の構造に立脚して、置換欠失挿入や修飾、キメラ化により、多くの人工タンパク質が生み出され、その有用性が示されてきた。これに対して本研究では、「非天然トポロジー」と「非天然ユニット」という基本思想を含むディノーボ設計により、「高次構造がいかにして構築されるかを理解し、そしてその原理をもとに、機能を持った人工的なタンパク質をいかにして創造していくか」を追求した。換言すれば構造そのものではなく、構造形成原理に立脚した展開を試みた。以下に本研究全体の流れを示す。

 第1編は、序論として本研究の動機とその背景を中心に構成したもので、人工タンパク質の研究展開史と、そこでの問題意識や注目研究例、および重要と考えられる諸点を記述した。特に、座標構造だけではなく熱力学的構造の側面、例えば安定性の他にモルテングロビュール性や多形性などの理解が機能においても重要であるという点を指摘した。

 第2編(2〜3章)では、全体を通しての方法論の基礎となる合成方法について、本研究において新規に開発した手法を述べた。まず2章では、人工タンパク質の化学合成のための最適な溶媒系の探索を、カップリング反応速度およびペプチド鎖の溶解性の両方の観点から行った。特に、これまで用いられていなかった塩化リチウム/DMF系溶媒の有効性を本研究で初めて示した。また、3章では、新規な固相合成用のビーズ状担体の開発を行った。ポリスチレンビーズを樹状のペプチド鎖で修飾することにより、担体ビーズの非凝集性と、脱保護後の高い親水性を実現した。また、合成収率に及ぼすビーズのリンカー構造の影響を詳細に解析した。

 第3編(4〜8章)では、両親媒性ヘリックス構造を基本とした天然および人工のヘリックスバンドルの構造形成を熱力学的に解析した。また、天然タンパク質の特徴的な構造形成や安定性が、どのような原理でもたらされているかの解明を試みた。4章では、2〜6本の両親媒性ヘリックスを柔軟なペプチド鎖でつないだ人工タンパク質を設計し、その超二次構造形成を実現した。分光学的、熱力学的な解析により、これらの構造は4または6本のヘリックスバンドル構造と考えられた。また変性過程の解析から、その多形性とともに、2本組を単位とする2段階での構造形成過程を見い出した。

 次に、5章では、コイルドコイル構造やヘリックスバンドル構造に代表される両親媒性ヘリックス構造を、熱力学的な安定性パラメータに基づいて、その形成可能領域を予測する方法を新たに開発した。この手法は、1つの残基位置に対して7つの特性値を表現するもので、従来法に比べてより詳細な両親媒性の評価ができるものである。本法をkinesinのネック領域に適用し、実験結果と比較することによって、その有効性を確認することができた。kinesinにおいては、両親媒性が途中でとぎれたコイルドコイルが存在しており、モータータンパク質の微小管上での運動に伴う部分的解離の可能性が考えられた。

 6章では、両親媒性ヘリックス領域を有する生理活性ペプチドの会合挙動を検討した。一般に知られている両親媒性ヘリックスが濃度依存的な平衡に基づいて単純な会合過程を示すのに対して、このペプチドはそれ自身がミセル形成後に希釈によって解離する際に、モノマーとともにヘリックスバンドル構造の4量体が特異的に生成するという特殊な現象を発見した。このことはタンパク質の高次構造形成における道筋の重要性を示唆している。また、内部自由度の大きいモルテングロビュール的な状態が構造形成の中間状態として必要であることを示している。

 7章では、2本および4本型のヘリックスバンドルを設計し、その疎水性コア領域の各種残基置換による熱転移挙動の変化を解析した。転移エンタルピーは転移温度と相関があり、安定性にはコアの疎水性よりもパッキングが重要であることを明らかにした。またコア領域がすべて芳香族性であるヘリックスバンドルを初めて実現した。さらに、芳香族性残基の導入が、周辺の側鎖の立体構造を制限して三次構造の形成に有効であることをNMR的に明らかにした。

 8章では3本型の変形ヘリックスバンドル構造を持つDNA結合タンパク質ドメインのコア領域に存在するキャビティに注目し、キャビティ形成に関係する103位の残基を非天然アミノ酸を含む10種類の脂肪族アミノ酸に置換して分光学的、熱力学的に解析した。安定化エネルギーは、相間移行エネルギーよりもむしろキャビティのパッキングのvan der Waalsエネルギーに依存していることを明らかにし、さらにはキャビティの形状に関する情報をも得た。キャビティが、DNA結合において機能的に関与していることを安定化エネルギーとして示したものである。

 このように種々の対象についての研究から、両親媒性ヘリックスの疎水性領域の性質、部分的な欠陥の寄与、疎水性領域のパッキングの問題、コアにおけるキャビティの安定化の問題、構造形成過程の特殊な経路の存在などを明らかにした。これらは、分子設計原理である「両親媒性」をより詳細に解明したもので、次に述べる人工タンパク質構築のための重要な基盤となる。

 第4編(9〜11章)では、第3編で解明した両親媒性ヘリックスの熱力学的特性を基礎として、両親媒性ヘリックスバンドル単独での基本的機能を発現させ、またその原理を解明することを主眼に研究を進めた。9章では、設計した4本型および6本型の両親媒性ヘリックスバンドルにより、各種の疎水性化合物が包接されることを蛍光プローブ法により示した。柔軟なループ構造の寄与と合わせて、この人工タンパク質の包接場はゲスト分子に対するサイズ的な制約が少なく、さらにはまた不斉性を有する新しいタイプのホスト分子であることを明らかにした。特に本研究で初めて開発した6本型のヘリックスバンドルは非常に高い包接能を示した。

 10章においては、潜在的に両親媒性を有するにもかかわらず二次構造をとらない生理活性ペプチドに対して、4本型の両親媒性人工ヘリックスバンドルを共存させることで、両者が1:1複合体を形成して、そのペプチドにヘリックス構造が誘起させることを見いだした。この機能はシャペロン機能あるいはレセプター結合機能の原型とも考えられるものであり、また、構造形成の道具としての応用も考えられる。

 11章では、コイルドコイル構造のヘリックス間配向の平行と反平行に着目し、その選択的な形成を実現するための分子設計を行った。疎水性領域に非疎水性の欠陥を導入すること、あるいはヘリックスの端に偏った荷電を有する領域を付加することで、この制御が可能となり、より高度なタンパク質構築への応用が考えられる。

 これらの結果、タンパク質の天然機能にとらわれない新規な機能の発現を行うことができ、機能面においても人工的なタンパク質を生み出せた。また同時に、自然界におけるタンパク質の機能原理の一部を明らかにすることができた。

 第5編(12〜14章)では、機能性原子団の導入により、さらに高度なあるいは複合的な機能を実現することを試みた。12章は、脂質膜に結合する疎水性の高いヘリックスともう一端に金属イオン結合ループを有する人工膜タンパク質について記述した。この全く新しい人工タンパク質は、脂質膜上で4量体程度の集合体を形成し、カルシウムイオン結合能を実現した。脂質膜上で動作する機能素子の可能性を示すことができた。

 13章では、ポルフィリン系化合物を配位するためのヘリックスバンドル構造の設計を各種検討した。安定なポルフィリンの配位にはヘリックス構造形成が重要であること、また配位性のアミノ酸残基は両親媒性ヘリックスバンドルのコア領域に配置する必要があることを結論した。また、合成の容易な天然にはない分岐型のヘムタンパク質を開発した。

 14章においては2本型の両親媒性ヘリックスバンドルに2〜6個のシクロデキストリンを導入し、協同的なゲスト分子の取り込みができるタンパク質を開発した。シクロデキストリン2個を有するハイブリッド人工タンパク質は、特徴的な不斉認識能を示した。また、3および6個のシクロデキストリンを直線的に配置した人工タンパク質は、複数のインドリル基やアダマンチル基を有する小ペプチドを効率よく結合し、特異的な分子間結合の系を開発できる可能性を示した。

 以上のように、本研究においては、一次構造の設計と合成から始めて、両親媒性ヘリックスタンパク質を中心に、高次構造の構築とその構造形成原理の定量的解析を行い、さらに両親媒性ヘリックス自身による機能発現、そして複合的な超分子構造の構築へと、研究を展開した。本研究によって、機能性人工タンパク質の設計原理について多くの新しい知見を得、同時にいくつかの人工タンパク質を創出することができた。

審査要旨

 本論文は「機能性人工タンパク質の設計原理の解明」と題し、天然のタンパク質ワールド内にとどまらない新規な人工タンパク質を創造するための設計原理を解明することを目的として、人工および天然の両親媒性ヘリックスによる高次構造形成を、一次構造から高次構造へ、さらに機能発現に向けて、設計し解析した結果が記述されている。全体は総括を含め、6編で構成されている。

 第1編は序論で、人工タンパク質の研究展開史と、そこでの問題意識や注目研究例がまとめられ、本研究の目的と研究動機が述べられている。

 第2編では、一次構造構築のための新規な合成方法の開発について記述されている。固相合成法において問題とされるペプチド鎖の溶解性低下に対して、塩化リチウム/ジメチルホルムアミド系溶媒の有効性が初めて示された。また、樹脂ビーズにペプチド性のリンカー部分を導入することにより、凝集性の問題を解決した。

 第3編は、両親媒性ヘリックスからなるペプチドの二次構造形成を熱力学的に解析した結果が記述されている。まず、両親媒性ヘリックスを柔軟なペプチド鎖でつないだ人工タンパク質を設計し、その超二次構造形成を実現した。この構造は4または6本のヘリックスバンドル構造と考えられ、疎水性面と親水性面の存在が構造形成に寄与している。次に、このような特徴的な構造をアミノ酸配列から予測する新しい計算手法を開発した。これをkinesinネック領域に適用し、その有効性が示されている。一方、両親媒性ヘリックス領域を有する生理活性ペプチドの会合挙動を検討し、これが濃度依存的な2状態平衡ではなく、モノマー、テトラマー、ミセルの3つの状態が存在する特異な系であることを初めて見いだした。さらに、両親媒性ヘリックスの疎水性コア領域の各種残基置換による熱転移挙動の変化を解析し、安定性にはコアの疎水性よりもパッキングが重要であること、および、芳香族性残基の導入が、側鎖構造の固定に有効であることを明らかにしている。また、キャビティを有するペプチドの熱転移実験から、パッキングのvan der Waalsエネルギーの寄与を定量的に議論している。このように、両親媒性に基づく高次構造形成の原理が多方面から詳細に解明されている。

 第4編は、両親媒性ヘリックスの熱力学的特性を基礎として、タンパク質の三次構造の形成について述べられている。4〜6本型の両親媒性ヘリックスバンドルを持つ人工タンパク質は、各種の疎水性化合物を包接することが蛍光プローブ法により示されている。このタンパク質は、柔軟なループ構造の寄与によりゲスト分子に対するサイズ的な制約の少ない、不斉性を有する新しいタイプのホスト分子であることが明らかにされている。さらに、二次構造をとらない生理活性ペプチドに対して、1:1複合体を形成して、ヘリックス構造を誘起することが分った。この機能はシャペロン機能あるいはレセプター結合機能の原型とも考えられ、注目すべき結果である。また、コイルドコイル構造のヘリックス間配向の平行と反平行に着目し、非疎水性の欠陥やデンドリティック末端による、その選択的な形成を実現している。

 第5編では、機能性原子団の導入により、さらに高度なあるいは複合的な機能の実現を試みた結果が記述されている。まず、脂質膜に結合する疎水性の高いヘリックスともう一端に金属イオン結合ループを有する人工膜タンパク質が設計され、脂質膜上での集合体形成と、カルシウムイオン結合能を同時に実現している。また、ポルフィリン系化合物を配位できる両親媒性ヘリックスバンドルが設計され、天然にはない分岐型のヘムタンパク質が合成された。さらには、2本型の両親媒性ヘリックスバンドルに2〜6個のシクロデキストリンを導入し、協同的なゲスト分子の取り込みができるタンパク質が開発され、特徴的な不斉認識能の他に、複数のインドリル基やアダマンチル基を有する小ペプチドに対する高い親和性を示すことが見出された。

 以上のように本論文では、両親媒性ヘリックスタンパク質に関して、高次構造形成がその両親媒性の微妙な特徴に依存していることを、熱力学的および分光学的手法により解明し、同時に新規な構造形成現象も発見している。また、設計された人工タンパク質において、両親媒性が関与するいくつかの新規機能の発現を見出している。さらには、複合的な超分子構造の構築へも応用され、将来の機能性人工タンパク質の設計に有用な多くの新しい知見を与えている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51092