学位論文要旨



No 214003
著者(漢字) 三原,智
著者(英字) Mihara,Satoshi
著者(カナ) ミハラ,サトシ
標題(和) 重心系エネルギー183GeVでの電子・陽電子衝突実験におけるゲージ粒子媒介による超対称性を破るモデルに基づいたチャージーノ・ニュートラリーノの探索
標題(洋) Search for Charginos and Neutralinos in Models with Gauge-Mediated SUSY breaking in e+e-Collisions at √S=183 GeV
報告番号 214003
報告番号 乙14003
学位授与日 1998.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14003号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 相原,博昭
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 助教授 蓑輪,眞
 東京大学 助教授 佐々木,真人
 東京大学 助教授 中畑,雅行
内容要旨

 高エネルギー素粒子物理学における標準模型は、現在までに実験で観測されてきた数々の事象を問題なく記述することに成功しているが、その必要最小限の粒子群の一つであるヒッグス粒子が未だ発見されないままとなっている。ヒッグス粒子はヒッグス機構によりゲージ粒子が質量を獲得するために必要不可欠な存在であるが、標準模型が大統一のスケール、あるいはプランクスケールまで有効であるとするならば、ヒッグス粒子の質量に対する輻射補正がそのスケールとなり、実験値から導出されているヒッグス粒子の真空期待値と大きくかけはなれた値となってしまう。この問題はヒエラルヒィ問題と呼ばれており、標準模型内では極度なパラメータのチューニングなくして解決することができない。

 超対称性はこの問題に対する解決方法を与えてくれる。実世界で超対称性が成立しているならば既存の粒子に対してスピンが1/2だけ異なる粒子(超対称粒子)が存在するはずであるが現在のところこれら超対称粒子は発見されていない。したがって超対称性は破れた対称性であるはずである。超対称性の破れが実世界にどのように現れるかを記述するモデルとして、現在大きく分けて二つのモデルが提唱されておりそれぞれ特徴的な性質を持っている。一つは超対称性が破れているセクター(hidden sector)から破れが重力によって媒介される場合(gravity-mediated SUSY breaking model)であり、今日に至るまでひじょうに精力的な研究および探索が行なわれてきている。もう一方は破れがメッセンジャーと呼ばれる粒子群を通じてゲージ粒子によって媒介される場合(gauge-mediated SUSY breaking model)であり、前者の場合とは大きく異なる次のような特徴を持つ。

 ・ グラビティーノ()が超対称粒子の中でもっとも軽い粒子となる。

 ・ 少ない個数のパラメータで現象が記述できる。

 ・ フレイパーを変える中性カレントが必然的に抑制される。

 第一番目の特徴はこのモデルで予想されるシグナルを前者のモデルが予想するものとは大きく異ならせる。最も軽い超対称粒子がであるために、前者のモデルでは安定であると思われている粒子がに崩壊することが可能となるためである。さらにこの崩壊の崩壊長は超対称性が破れているスケールに依存してmのオーダーからkmのオーダーの広い範囲にわたる。崩壊長を測定することが可能になれば超対称性の破れのスケールについての情報を引き出すことが可能となり実験としてはひじょうに重要な課題となっている。

 1997年、欧州原子核研究共同機構(CERN)の電子陽電子衝突装置LEPは重心系エネルギー183 GeVでの運転を行なった。LEPの四実験のうちの一つOPAL共同実験において収集された56.75pb-1相当のデータを用いて、このゲージ粒子によって超対称性の破れが媒介されるモデルに基づき、超対称粒子であるチャージーノペア()及びニュートラリーノペアの探索が行なわれた。生成されたは最も軽いニュートラリーノ()へと崩壊し、最終的にが光子()ととに崩壊するため、期待されるシグナルは終状態においてエネルギーの高いが観測されるということと、観測されないがエネルギーを運び去るために測定された全エネルギーは重心系エネルギーよりも小さいということを特徴としてもっている。これらの特徴を最大限に生かしシグナルを効率良く選択する解析方法が確立された。この解析方法においては前述のようにの崩壊長が広い範囲にわたることを考慮に入れて最適化が行なわれている。

 解析の結果、6個の事象が観測されたが、標準模型の予想(7.0±1.5個)を上回る数の事象は観測されず生成断面積に対する上限が与えられた。また、この結果に基づき上述のモデルのパラメータに対する制限も与えられた。

審査要旨

 本論文は、三原智君が、欧州原子核研究共同機構(CERN)の世界最高エネルギー電子陽電子衝突型加速器LEPに設けられた国際共同実験OPALを用いて行った新粒子探索実験の結果と物理的意義について詳述したもである。第一章と二章では、どのような新粒子を探したのか、その動機づけと理論的背景を含む素粒子物理学上の意義について述べている。同時に、彼のオリジナルなアイデアに基づく探索方法にどのような特徴や利点があるのかを述べ、OPAL測定器の特徴をいかした新粒子(超対称性粒子)探索について、論理的かつ簡潔な記述を行っている。第三章においては、OPAL実験装置について、特に本論文作成の鍵となったコンポーネントに重点を置いて詳述している。第四章では、新粒子(超対称性粒子)がOPAL実験においてどのように見えるはずか、さらに予想されるバックグランドはどのくらいかについて、詳細なシミュレーションをもとに論じている。これらのシミュレーションを実際の実験データによって一つ一つ検証していく過程も明確に示されている。第五章は、本論文の中心章であり、世界最高エネルギー(重心系で183×109電子ボルト)の電子陽電子衝突データをどのように解析して信号を抽出したのか、実験上の統計誤差や系統(systematic)誤差をどう評価したのかを論理的に立証している。そして第六章で、得られた結果を示し、物理的な意義・意味を理論的予想と比較しながら詳述し、第七章で結論づけている。以上が、本論文の論理の流れである。以下に、本論文が素粒子物理において現在盛んに研究されている超対称性理論に対し、どのような寄与をしたのか、本論文と論文提出者の独創性はどこにあるのかを述べながら、審査結果を要約する。

 今日、素粒子物理の標準模型(The Standard Model)の持ついくつかの理論的困難を解消し、より基礎的な理論であろうと期待されている理論の一つに超対称性理論(Super Symmetry)がある。超対称性理論によると、既存のすべての素粒子(スピン1/2を持つフェルミオンとスピン1を持つゲージボゾン)のそれぞれに対応して、スピンが1/2だけ異なる粒子(超対称性粒子)が存在するという。ふつうの粒子と超対称性粒子のペアの存在が、標準理論の持ついくつかの問題を解決してくれる。しかしながら、超対称性が厳密に成り立っているのならば、既存の素粒子と等しい質量を持った超対称性粒子が存在するはずにもかかわらず、現在までに超対称性粒子は発見されていない。したがって、超対称性が成り立っていたとしても、あるエネルギースケールにおいてその対称性は破れ、超対称性の多くの粒子は、非常に大きな質量を持っているのであろうというのが、理論の予想するところである。この超対称性の破れのメカニズムを知る鍵になる粒子の探索が、この論文のテーマである。

 本論文提出者は、上記のような理論的背景を基礎に、近年、急速に研究の進んできた「ゲージ粒子媒介による超対称性の破れモデル」(以下、これを、gauge-mediated SUSY breaking modelを略してGMSBモデルと呼ぶことにする)に着目し、このモデルの予言するきわめて顕著な実験事象の探索方法を独自に開発し、LEPにおいて、他の研究グループに先駆けて新粒子の探索を行った。GMSBモデルが正しければ、電子陽電子衝突後、超対称性粒子であるチャージーノ()やニュートラリーノ()と呼ばれる粒子がその反粒子と対になって生成され、さらに、それらが二次粒子に崩壊することにより、最終的に、実験装置の中で、2個の高エネルギーガンマ線()と大きなエネルギー・運動量欠損(missing energy)、それと2個のジェト(j)、あるいは、1個の高エネルギーレプトン(l±)と1個のジェット、あるいは、2個の高エネルギーレプトンという(本論文p14参照)事象が観測されることが期待される:e+e-+missing energy+jj,l±j,l+l-この事象がLEPで観測可能なことに気づき、実際に解析を行ったのは、本論文提出者が最初である。

 1997年、LEPは重心系エネルギー183GeVでの運転を行なった。この間、本論文提出者は、OPAL実験のハードウェア運転とソフトウェアの開発で大きな責任を果たし、56.75pb-1のデータを収集した。OPAL実験は、東京大学グループが建設し、維持をしている、高分解能カロリーメーターをその主たる特徴としている。本論文提出者は、このカロリーメーターを使って精度の良い高エネルギーガンマ線の検出に成功した。それをもとに、解析の結果、6個の事象が観測されたが、これは、予想されるバックグランド(7.0±1.5)個を上回らず、その結果、モデルの予言する新粒子の生成断面積に対する上限を得た。さらにこの結果から、GMSBモデルに対する厳しい実験的制限を与えることに成功した。

 以上のように、本論文は、論文提出者のオリジナルな着想と解析方法に基づいた研究の成果であり、論文提出者のOPAL国際共同実験全体への大きな寄与とともに、提出者の博士の学位に値する研究能力を証明したと言える。従って、審査員全員一致で、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50706