梅雨期の集中豪雨については、総観場とメソスケールプロセスとの相互作用、降雨バンドの発生・維持、降雨バンドにともなう下層ジェットの形成・維持など解明されていない点が多い。それは、過去の研究で用いられてきた数値モデルの分解能が粗く、メソスケールプロセスを陽に取り扱えなかったためである。本研究では、1993年8月1日と8月6日に九州南部で発生した集中豪雨の発生・維持機構について主に3次元の非弾性非静水圧メソスケールモデルを用いて調べた。特に、個々の降水セルを解像できる分解能のモデルを用いて降水セルの発生過程についても調べた。降水スキームとしては雲水と雨水を直接予想する暖かい雨タイプのものを利用した。 先ず最初にこのスキームを5-10km分解能の非静水圧メソスケールモデルで用いた場合の集中豪雨の再現性を調べるとともに、降水過程を含む物理過程全てを共有する静水圧モデルと非静水圧モデルとで雨の降り方にどのような違いが生じるかについて調べた。初期値・境界値は気象庁の現業用日本域静水圧モデル(JSM)から得た。降水スキームとしてさらにJSMで用いている湿潤対流調節と大規模凝結を単独で、また暖かい雨タイプのものと併用した場合についても調べた。 暖かい雨タイプのものを単独で用いた5kmと10km分解能の非静水圧モデルは観測とよく一致した連続的な集中豪雨を再現した。Kato and Saito(1995)が理想的な湿潤対流を対象とした比較実験で指摘した通り、静水圧モデルは非静水圧モデルに比べ雨を過大に降らせ、降雨域を過大に広げた。また、water loadingの効果が非静水圧の効果より対流の発達には重要であった。さらに、5km分解能の静水圧モデルは理想的な湿潤対流の場合に比べかなり過大に雨を降らした。降水スキームを替えた場合も、同様の結果を得た。以上の結果より、高分解能の数値予報モデルにはwater loadingを取り入れた非静水圧モデルを用いることが望まれ、対流のバラメタリゼーションを用いずともその再現性はかなり良いことが分かった。 次に、1993年8月1日に発生した豪雨について、3次元の非弾性非静水圧メソスケールモデルを用いて、その発生・維持機構について詳しく調べた。 総観場の客観解析を見ると、豪雨前日、衰えていた太平洋高気圧が西方へ勢力を拡大するとともに大陸からの移動性高気圧の東進がともない梅雨前線が顕在化し、東シナ海上の海上風が強くなり下層の比湿が増大した。豪雨当日、九州上空には上層の谷の通過、低相当温位気塊の流入は認められず、梅雨前線上にもメソ低気圧は存在しなかった。九州南部に降雨域と重なって、下層ジェットが3km高度付近に見られた。気象庁現業用レーダの観測(分解能約2.5km)を見ると、降雨バンドは西北西〜東南東の走向を持つライン状に組織化されるが、それ以前には東西に細長い線状構造をもつメソ対流系が九州南部に散在していた。複数のメソ対流系で構成・組織化された降雨バンドは九州南部に数時間停滞し、集中豪雨をもたらした。降雨バンドの走向と異なり、個々の降水セルの移動は東北東方向で、既存降水セルの風上では新たなセルの繰り返し発生が認められた。発生したセルは発達するにしたがって上空の強い西風に流され、既存降水セルと合併し、その結果、線状構造をもつバックビルディング型のメソ対流系が形作られていた。 JSMはこの停滞性の降雨バンドを再現することができずに降水域を東側へと次第に移動させた。その原因について10kmの分解能を持つモデルで降水過程を取り替えて調べてみた結果、降水スキームの一部として用いている湿潤対流調節に原因があって、粗い分解能やwater loadingの未導入の問題ではなかった。湿潤対流調節スキームは不安定層を安定化させることによって下層を冷やし乾燥化させるので、地表面付近の比湿が下がってしまった。その結果、高比湿気塊が風上で存在しなくなり、降雨バンドそのものが維持できなくなった。 一方、暖かい雨タイプの降水スキームを取り入れた非静水圧メソスケールモデルでは停滞性の降雨をよく再現することができた。この降雨の発生・維持機構について2kmまたは5km分解能モデルで詳しく調べてみた。南西風によって下層の高比湿気塊が梅雨前線に対応する南北温度傾度が大きい領域に運ばれ、凝結が起こった。最初、下層の西風に平行な背の低いロール状の対流が形成され、発達するにともない個々のセルは活発な対流システムへと組織化された。その結果、凝結後2時間で下層に(100km)2の領域で1.5hPaを超える著しい気圧低下が生じた。その気圧低下が風の収束・南北温度傾度の増大を引き起こすことにより、強い収束線が形成され、降雨バンドができ上がった。梅雨前線の強化には、梅雨前線域に存在する相対的に強い南北温度傾度が重要な役割を果たしていた。これらのシミュレーション結果は、モデルから山岳や雨滴の蒸発を取り除いてもほとんど変わることはなかった。したがって、このケースの降水システムでは山岳によってせき止められる効果やスコールライン等で言われている雨滴の蒸発の効果はともに重要ではなかった。 2km分解能モデルではレーダ観測で解析されたこの降雨バンドの維持機構の特徴であるバックビルディング型のメソ対流系に見られる降水セル発生システムを再現することができた。新たな降水セルは強化された梅雨前線に対応する準定常な収束ライン上で繰り返し発生し、発達するにともない上空の強い西風に流され、収束ラインから分離していった。降雨バンド風上での降水セルの繰り返し発生には準定常な収束ラインと環境場の強い西風の存在が重要であった。また、モデルから雨滴の蒸発を排除して調べても結果は変わらず、雨滴の蒸発による冷気外出流と環境風とでの収束ライン形成によるものではなかった。 下層ジェットも非静水圧モデルでよく再現することができた。そこで、5km分解能モデルの計算出力から直接、平均水平運動量収支を計算し、気塊を追跡することにより下層ジェットの維持・強化過程を調べた。対流活動が引き起こした低圧部によって作られた気圧傾度力による加速が水平移流による減速を打ち消すことにより下層ジェットが維持され、九州南部に停滞していた。また、高度1km以下の層では収束ラインに吹き込む南西風が気圧傾度力によって積分開始後150分で6ms-1程度加速されていた。その加速された水平風が対流によって上方に輸送され、その一部が降雨バンド北側の下層ジェットを強めていた。 梅雨前線下の豪雨の発生環境は、本研究結果を踏まえ少なくとも2つに分けられると考えられる。1つは、総観場の上層の谷の通過やメソ低気圧にともなって発生するもので、1982,1988年長崎付近で発生した豪雨がそれにあたる。上層の谷の通過にともない、梅雨前線が中層に乾燥した低相当温位気塊の存在する九州北部に北上し、雨滴の蒸発の効果により梅雨前線が強化されるものと考えられる。もう1つは、1993年8月1日鹿児島豪雨に見られる総観場の上層の谷の通過やメソ低気圧にともなわない、顕在化した梅雨前線帯で発生したものである。この場合、梅雨前線帯下層がほぼ飽和状態にあるため雨滴の蒸発の効果は小さく前線強化につながらない。豪雨の発生に関する重要な要因としては、梅雨前線帯の相対的に大きい南北温度傾度と梅雨前線にともなう弱い収束が根底要因になり、強風による海面から水蒸気フラックスを得て作られた東シナ海上の高比湿気塊が誘発要因になる。ライン状豪雨の形成にとっても梅雨前線帯下層がほぼ飽和状態にあることが重要であり、その形成過程は非断熱加熱が原因である下層の著しい気圧低下よる風の収束にともなう梅雨前線の強化と連動する。 この非断熱加熱により下層部がメソ低気圧になるとかなり下層に、特に雲底高度に、強風が作り出される。水平面上で気圧傾度力によって加速される運動量以外にも、最も加速される雲底高度での水平運動量は対流により上層に運ばれ下層に強風帯を作り出すと考えられる。このことは、今までの対流のパラメタリゼーションを用いていた研究では鉛直運動量輸送が正確に評価できなかったため曖昧となっていた点である。 本研究によって、豪雨形成に関わる総観場とメソスケールプロセスとの相互作用を明らかすることができた。まとめると以下のようになる。最初に、弱い風の収束をともなう梅雨前線帯での総観場の高比湿気塊がメソスケールプロセスを駆動する。湿潤対流の発達にともなう非断熱加熱の過程が総観場に影響を与える。すなわち、梅雨前線が強化され、下層に強風帯が作り出される。強化された梅雨前線に対応する収束ラインと強い環境風が、環境風に平行な線状構造をもつメソ対流系を作り出す新しい降水セルの繰り返し発生に重要な役割を担う。環境風と異なる走向を持つ200km以上の長さの降雨バンドは、複数のメソ対流系により構成される。このような関係を、個々の対流雲を解像できる高分解能数値モデルを用いることで不十分な観測データを補って明らかにすることができた。 |