炎症初期においては、障害を受けた組織より、数種の白血球遊走因子が放出され、炎症部位に白血球が浸潤する。白血球遊走因子は、LTB4のような特異性の低い因子と特異性の高い蛋白性の遊走因子であるケモカインfamilyがある。ケモカインは4個保存されているCys残基の前の2個のCys残基が、間に1残基を挟むCXCケモカインと、Cys残基が続くCCケモカインの2種に大きく分類され、前者は主に好中球の遊走を、後者は単球の遊走活性を有する。ヒトCXCケモカインはIL-8,MGSA等数種類存在し、IL-8は慢性関節リウマチ等の炎症性疾患における過剰の発現が明らかになっており、ケモカインとそのレセプターのシグナル伝達を押さえることは、抗炎症薬のターゲットになると期待される。 ケモカインの構造化学研究はヒトIL-8のNMR,X線結晶解析が、ともに2量体として解析されている。また2量体IL-8と、レセプターN末端ペプチドとのtitration実験が行われている。しかし、2量体形成を阻害する修飾IL-8が、単量体でも生理活性には十分との報告もあり、1量体の果たす役割はまだ明らかではない。しかし、ヒトIL-8はsubunit間の結合が強く、1量体の構造情報をそのままで解析できない。 本研究では、ラットのCXCケモカインであるCINC/Gro(Cytokine induced neutrophil chemoattractant)を用い、CINC/Groの1量体-2量体の平衡を解析し、1量体の構造情報を得る理想的な系であることを見出した。2、CINC/Gro2量体の3次元構造をNMRにより決定した。3、レセプターのフラグメントペプチドとCINC/Groの相互作用を解析した。 [第1章CINC/Gro1量体-2量体平衡の解析] 始めに分析用超遠心を用い、マクロな視点よりCINC/Groの1量体-2量体の平衡の解析を行った。CINC/Groの2量体への結合定数は1.3±0.3×103M-1であり、IL-8より弱いことが明らかになった。各アミノ酸残基ごとの情報を得るため、次にNMRを用いて解析を進めた。始めにNMRスペクトルにおける濃度依存性を検討し、蛋白濃度2mMと5mMにおけるHOHAHAスペクトルに濃度依存を確認し、NMRで1量体と2量体の両方のシグナルが観測可能であることを示した。またこれら1量体と2量体のアミド水素間に化学交換のシグナルが観測され、これにより1量体と2量体が平衡に存在することも明らかになった。 次に塩濃度の影響を検討した。0mM NaClにおいて1量体と2量体の2組が観測されていたシグナルが、200mMのNaClを加えることにより2量体のシグナルのみ観測された。pHの影響も同様にNMRを用いて検討し、1量体と2量体が溶媒の条件に依存すること、すなわち1量体-2量体の平衡は、高い塩濃度、高いpHによりそれぞれ平衡を2量体の方向ヘシフトさせることが明らかになった。NMR測定において1量体も観測できるケモカインは他になく、CINC/Groは構造情報を得る唯一の系であることが明らかになった。 この後、これらの知見を踏まえ、目的に応じて溶媒の条件を変化させた。第2章では200mMNaClの塩濃度において、平衡をほぼ2量体ヘシフトさせた条件で3次元構造解析を行い、第3章ではおもに1量体と2量体の両方のシグナルが観測できる条件において、レセプターとの相互作用解析を行った。 [第2章CINC/Groの3次元構造解析] CINC/Groとレセプターの相互作用の理解にはCINC/Groの3次元構造が必須なので、今回subunit間情報をも得るため、NMRを用いて2量体の3次元構造決定を行なった。2量体を形成するsubunit界面を解析するためHalf filter法を用いた。すなわち13C labeled CINC/Groとnon labeled CINC/Groを1:1に混合した試料を調整し、Half filter法により13C-Hと12C-H間の情報を抽出することによりsubunit間情報のみ選択的に観測した。Ser25-Met29間のNOEがsubunit間のシグナルであることが明らかになり、2量体界面を明らかにした。 単量体あたり720個のNOE、63個の角度情報、29個のsubunit間NOEを用い、プログラムDIANA,XPLORを用いて構造計算を行い、最終的にconstraintsを良く充たした19個の構造を得た。構造全体の精度を現す、主鎖原子のr.m.s.dはleu7-Val70の間で0.69±0.11Åであった。1量体はN末端の長いループ、3本の逆平衡シート、C末端のヘリックスからなり、シートの1本目同士が水素結合で向かいあい、6本のシートを形成することにより2量体を形成している。またヒトCXCケモカインにおいて、活性に必須と考えられているN末端のGlu-Leu-Argは溶液中では一定の構造をしておらず、レセプターと結合することにより初めて構造をとると考えられる。 次に、化学シフトを用い、1量体の構造を検討した。アミド水素と水素化学シフトに関して、1量体と2量体の差は、アミド水素では多くの残基で差がみられ、水素結合の状態が1量体と2量体で異なることを示したが、水素では3残基のみに小さな化学シフト変化が観測されたのみでありCINC/Groのヘリックス、シートの2次構造は1量体においても保持されていることが明らかになった。 [第3章CINC/Groとレセプターフラグメントとの相互作用] CINC/GroなどのCXCケモカインのレセプターは7回膜貫通型の膜タンパクであり、そのままでの相互作用解析は困難である。そこで、今回、レセプターの細胞外領域に注目し、細胞外領域に相当するペプチドを化学合成し、15NラベルしたCINC/Groとの相互作用を解析した。細胞外領域はN末端、loop1、loop2、loop3よりなる。 合成したペプチドの中で、N末端領域はCINC/Groに化学シフトに変化を与えた。loop1ペプチドは溶解性が悪く、データを得ることができなかった。loop2,loop3ペプチドはモル比で1:1ではともにCINC/Groの化学シフトに影響を与えなかった。S-S結合でLoop1とloop2を結んだloop1-loop2ペプチドを合成し、CINC/Gro加えたところ、その化学シフトに影響を与えた。これら2種のペプチドはラット好中球の、CINC/Groによる遊走に対する阻害活性を示した。 1H-15N HSQCスペクトルにおいて、N末端40残基ペプチドを加えることにより、2量体1量体の両方のシグナルがシフトし、N末端ペプチドは1量体と2量体の両方に結合することが明らかになった。また、結合領域は、主にN末端のループとC末端のヘリックスを含む広い領域であり、多少に差異はあるものの基本的には1量体と2量体で同様の位置で結合していると考えられた。loop1-loop2ペプチドを加えると、1量体のシグナルのみ消失し、その位置は2量体形成時に界面を形成する領域であった。なお2量体のシグナルには変化なく、2量体には結合しないと考えられた。 [総括] 1.ラットCXCケモカインCINC/Groは,水溶液中において,1量体-2量体の平衡状態にあること,および,その平衡は,低イオン強度,低pH条件下では1量体形成に偏ることを明らかにした。 2.CINC/Gro2量体の3次元構造を多次元NMRにより決定した。その結果,2量体の各subunitは,N末端ループ領域、それに続く3本の逆平衡シート、およびC末端ヘリックスから構成されていること,および2量体は,主に各サブユニットの1本目ストランドが互いに水素結合することにより形成されていることが判明した。さらに,化学シフトの解析より,CINC/Gro1量体は、2量体のsubunitと同様の3次構造をとっていることが明らかになった。 3.CINC/Groレセプターの細胞外領域由来の合成ペプチドを用いて,CINC/Groとの相互作用解析を行った。N末端由来ペプチドの結合部位は,1量体、2量体ともに,CINC/GroのN末端ループおよびC末端ヘリックスの一部を含む領域であった。一方loop1-loop2由来ペプチドは,CINC/Gro1量体のみと結合し、その結合位置は2量体形成の界面であることが明らかになった。この事実はレセプターに結合して活性を発現するのは1量体であることを強く示唆し、さらに2量体を形成する界面が、受容体との阻害剤を設計するターゲットとなる可能性を示すものである。 |