学位論文要旨



No 214007
著者(漢字) 荒田,洋一郎
著者(英字)
著者(カナ) アラタ,ヨウイチロウ
標題(和) 線虫Caenorhabditis elegansの繰り返し構造をもった32kDaガレクチンの性状解析
標題(洋) Studies on the 32-kDa galectin of the nematode Caenorhabditis elegans
報告番号 214007
報告番号 乙14007
学位授与日 1998.10.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14007号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 山本,一夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 ガレクチンは進化的に保存された共通のアミノ酸を糖結合部位に保持し、-ガラクトシド構造を認識する動物レクチンである。ヒトからカイメンまで動物界で広く存在し、哺乳類ではガレクチン-1からガレクチン-11まで、線虫でも8種類という大きなタンパク質ファミリーを形成している。近年、発生、細胞の分化、着床、スプライシング、アポトーシスなど様々な生命現象におけるガレクチンの関与を示すデータが出始めた。本研究ではガレクチンファミリーに属するタンパク質の生理機能を調べるため、モデル生物として非常に優れた線虫Caenorhabditis elegans(C.elegans)を用いた。

 C.elegansは、これまで主に遺伝学的手法により発生過程の研究に用いられてきた。全細胞数が約1000個と少なく、個体レベルの変異株が数多く単離され、遺伝子の変異が個体形成にもたらす影響も微分干渉顕微鏡で詳細に観察できる。受精卵から成虫に至るまでの全細胞系譜も解明されており、1998年中には全遺伝子配列決定も完了予定で、最も詳細に解析されている多細胞生物である。この性質に注目して、多数の糖鎖生物学者がC.elegansを用いた研究を開始している。

 ガレクチンは糖との結合に金属イオンを要求せず、1箇所の糖結合部位をもつサブユニット(14〜16kDa)が2量体構造をとる。このタイプのガレクチンはプロト型と命名されている。線虫C.elegansから最初に見いだされた32kDaのガレクチンは、脊椎動物のプロト型と相同なレクチンドメインが2回繰り返した構造をとっていた。このタイプは直列反復(Tandem Repeat)型と名付けられ、その後哺乳動物からもガレクチン-4、6、8、9が単離されている。本研究では分子内に2箇所の糖結合部位をもったガレクチンのC.elegansにおける役割を解明することを目的として、両レクチンドメインの組換えタンパク質を調製し、その糖結合能を比較し、また、局在部位、遺伝子構造、染色体上の位置を調べた。

1.32kDaガレクチンの両レクチンドメインの組換えタンパク質を用いた解析

 繰り返し構造の意味を調べるため、大腸菌を用いて32kDaガレクチン全体(N32)及びN端側半分(Nh)、C端側半分(Ch)それぞれを発現させ、その諸性質を調べた。

 32kDaガレクチンのcDNAを鋳型としたPCR法を用いてN32、Nh、ChをコードするcDNAを増幅する。このPCR産物を発現ベクターpET21aに連結して大腸菌BL21(DE3)内でIPTGで誘導することにより発現させた。いずれの場合も発現した組換えタンパク質の大部分が封入体(inclusion body)となって不溶化してしまったので、菌体破砕後、高速遠心によって沈降してくる封入体および菌体不溶物を可溶性画分から分離し、8Mの尿素で可溶化した。尿素を透析で除いて再生させた組換えタンパク質をアシアロフェツイン・アガロースカラムによりアフィニティー精製した。N32はアシアロフェツイン・アガロースカラムに吸着し、0.1Mのラクトースにより溶出される。Chはアシアロフェツインに対する結合力がやや弱く、カラムの洗浄が終わるあたりから溶出が始まったがN32と同様に精製できた。ところがNhは結合力が非常に弱く、素通り画分よりはやや遅れるものの、分けることができずアフィニティ精製を断念した。結局Nhは、封入体の尿素による変性・透析による再生後、10mM Tris-HCl pH8.0で平衡化したDEAE-Toyopearl650Sで0から100mMのNaClのグラジエント溶出により精製できた。精製したN32、Nh、ChをSDS-PAGE後、銀染色で確認した。

 精製した各組換えタンパク質のN末端側の約20個のアミノ酸配列をプロテインシーケンサで調べると、N32、NhでMetがメチオニンアミノペプチダーゼで切り出されていた以外は予想通りだった。また、分子量をMALDI-TOF-MS(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization Time-of-Flight Mass Spectrometry)で調べると、プロテインシーケンサの結果から予想される分子量に対して極めて近い値が得られたことから、N32、Nh、Chはいずれもインタクトなまま精製されたといえる。さらに、高次構造の回復をCDスペクトルで確認した。

 プロト型のガレクチンは溶液中で2量体構造をとるため、ウサギ赤血球の懸濁液中に加えると赤血球上の糖鎖を認識・架橋して赤血球を凝集させる。N32、Nh、Chについて赤血球凝集能を調べたところ、N32は0.5g/mlまで希釈しても凝集活性が見られ、プロト型ガレクチンと同程度の凝集能を示したが、Nh、Chはほとんど凝集能を示さなかった。NhとChの混合溶液でも凝集活性は見られない。続いて溶液中の会合状態を調べるためにゲル濾過を行った。分子量既知のタンパク質の溶出時間に対してN32、Nh、Chの溶出時間をプロットすると、いずれも単量体のままで存在することがわかった(NhとChの混合溶液でもヘテロ2量体は観察されない)。以上より、N32は単量体のまま、2箇所ある糖結合部位を用いて赤血球を架橋し凝集能を示していることが予想された。

 N32が2価として働いていることが予想されたが、精製の段階でN32、Nh、Chのアシアロフェツイン・アガロースカラムに対する結合力の差が観察されていたので、これを定量的に調べることにした。ここでは、結合力が弱い相互作用を比較するのに優れた手法である前端クロマトグラフィーと呼ばれる手法を用いる。

 N32、Nh、Chについて前端クロマトグラフィーを行った結果が図1である(●はlactoseを共存させてアシアロフェツインとの相互作用をなくした場合の溶出パターン)。N32(図1A△)、Nh(図IB○)、Ch(図1A□)それぞれの溶出容積の違いから、アシアロフェツイン・アガロースに対する結合力は、NhはN32の1/100、ChはN32の1/7であることがわかった。

図1
2.線虫C.elegansにおけるガレクチンの存在部位

 抗血清を用いた免疫染色法により32kDaガレクチンの存在部位を調べた。C.elegansを4%formaldehyde+0.2%glutaraldehydeで固定し、クリオスタット切片を作製する。1次抗体として抗32kDaガレクチン抗血清、2次抗体としてローダミン標識の抗ウサギIgGを用いた。成虫のクチクラ層(線虫の外側を覆っているコラーゲンが主成分の固い層)が強く染色される一方,幼虫には染色がほとんど見られない。

 ガレクチンは通常、組織中では-ガラクトシド構造を含む不溶性の物質に結合しているので、組織破砕後の沈降画分にラクトースを加えると溶出される。C.elegansを発生過程の各段階に分け、ラクトース溶出画分をウェスタンプロットで調べたが大きな変化が見られなかった。そこで、ラクトースで溶出後の高速遠心沈降画分を調べると、成虫で大量の発現が見られた。この発現が成虫クチクラ層での発現を反映していると考えられ、32kDaガレクチンはラクトースでは簡単に溶出されないような結合形式で成虫クチクラ層に発現していることが示唆される。

3.C.elegans32kDaガレクチンの遺伝子構造の解析

 発生学・遺伝学の膨大なデータの蓄積があるC.elegansの有用性を生かしてガレクチンの生理機能を知るためには、ガレクチンの遺伝子構造、および染色体上の位置を知ることが重要である。そこでまず、32kDaガレクチンの遺伝子構造の決定をめざした。

 cDNAとゲノムDNAを鋳型に、様々な部位に対応するプライマーを用いてPCRを行ったときの増幅産物のサイズの比較から、2箇所にイントロン(intron1とintron2)が挿入されていることがまず明らかになった。イントロン1の5’側と上流域を含む断片としてSalI/PstI断片を、また、イントロン1の3’側、間のエキソン、イントロン2、さらにエキソンと下流域を含む断片としてXbaI/XhoI断片を同定した。ゲノムDNAを制限酵素消化後アガロース電気泳動し、目的のサイズ付近のゲルを切り出してDNAを抽出、pBluescriptとligationした簡易ゲノムライブラリーをそれぞれ調製し、コロニーハイブリダイゼーションによりスクリーニングして陽性クローンを得た。塩基配列を決定し、制限酵素地図を作製した(図2(A)、(B))。cDNAとの比較によりイントロンは初めに見いだされた2箇所にのみ挿入されていた。N32の転写産物の5’側にはトランススプライスリーダー配列SL1が付加されている。図2(C)は塩基配列の決定に用いた断片、図2(D)は2箇所のイントロンを含む断片の増幅に用いたPCRのプライマーの位置である。いずれのイントロン挿入位置でもGT/AG rule(イントロンがGTで始まりAGで終わる)を満たしており、SL1が付加されるため切り出される位置もAGであった。

図2

 これまでに単離されているガレクチン遺伝子のエキソン・イントロン配置と今回得られたC.elegansの32kDaガレクチン遺伝子を比較してみた(図3、エキソン部分を長方形で示した)。脊椎動物ではこの配置は極めてよく保存されており、糖との結合に必須でガレクチン間で保存されているアミノ酸(H、N、R、N、W、E、R)はすべて同一のエキソン内に存在する。しかし、C.elegansの32kDaガレクチンの場合は、イントロン1はこの保存された位置であるが、イントロン2はこれまで見られなかった位置に挿入されており、しかも保存されているアミノ酸の列を分断している。一方、繰り返し構造は進化的に遺伝子重複で生成されたと考えられるにも関わらず、2つのレクチンドメインの間にはイントロンは存在しなかった。

 線虫のゲノムプロジェクトで新たに同定された4種類の直列反復型ガレクチンのエキソン・イントロンのスプライシング箇所の予想を見ると、糖結合部位分断型イントロンは、C.elegansでは一般的なものであるようだ。C.elegansではN32のイントロン2に相当する部位に同様にイントロンが挿入されていることが多く、進化の過程で脊椎動物(後口動物)と分かれてから挿入されたか、もともとあったものが後口動物では脱落したかのどちらかだと考えられる。

図3
4.C.elegansの32kDaガレクチン遺伝子の染色体上の位置の決定

 C.elegansのゲノムのほとんど全領域をカバーするYAC(酵母人工染色体)を格子状にブロットしたメンブレンフィルター(polytene filter)を英国The Sanger Centreより入手し、ガレクチン遺伝子の染色体上の位置を決定した。放射標識したcDNAをプローブとして検索するとY61H10がポジティブとなった。さらにその付近のYACをブロットしたSuppolyフィルターで同様に検索するとY61H10とオーバーラップするY81G3、Y48C3が同定された。そこでThe Sanger CentreからY61H10の供与を受け、DNAを単離し、放射標識したcDNAをプローブとしてサザンブロットを行うと、ゲノムサザンで見られるものと同様のパターンが見られた。さらにY61H10のDNAを鋳型としてPCRを行うと、ゲノムDNAを鋳型とした場合と同じサイズの増幅産物が検出でき、プライマーの組み合わせを変えても、予想されるサイズの増幅産物が検出される。よって32kDaガレクチンはC.elegansの第II染色体のY61H10の位置上に存在する。

5.まとめ

 これまで知られていた14〜16kDaのプロト型ガレクチンと相同なレクチンドメインが同一ポリペプチド内で繰り返したC.elegansの32kDaガレクチンは、溶液中で単量体で存在するにもかかわらず赤血球凝集活性をもつ。また、2箇所のレクチンドメインはアシアロフェツインに対する結合力が大きく異なっている。このため、32kDaガレクチンは単量体のままで、2箇所の糖結合部位がヘテロな特異性で働く架橋因子(heterobifunctional crosslinker)と考えられる。成虫のクチクラ層に強い発現が見られ、また、ラクトースで溶出されない画分にも多量に存在することから、32kDaガレクチンは、等価でない架橋を作り、強固で不溶性の成虫クチクラの形成に関わっていると示唆される。ゲノムプロジェクトにより、C.elegansには復数の直列反復型のガレクチンが見いだされており、さらに脊椎動物でも複数の直列反復型ガレクチンが発見されていることから、ガレクチンの中でも大きな割合をしめるこのタイプが様々な重要な生理機能に関わっていることが予想される。

審査要旨

 動物レクチンのガレクチンは、進化的に保存された共通のアミノ酸配列からなる糖結合部位(レクチンドメイン)をもち、ヒトからカイメンまで広く動物界に存在している。現在までに、哺乳類では11種類のガレクチンが、また線虫でも8種類が知られており、大きなファミリーを形成している。ガレクチンは糖との結合に金属イオンを要求せず、1箇所のレクチンドメインをもつサブユニット(14〜16kDa)が2量体構造をとる。このプロト型とは異なり、線虫から最初に見いだされた32kDaのガレクチンは、脊椎動物と相同なレクチンドメインが2回繰り返した構造をもつ、直列反復型である。「線虫Caenorhabditis elegansの繰り返し構造をもった32kDaガレクチンの性状解析」と題した本論文では、同一分子内に2箇所のレクチンドメインをもつガレクチンが線虫において果たす役割の解明を目的として、両レクチンドメインの組換えタンパク質を調製し、その糖結合能を比較し、また、局在部位、遺伝子構造、染色体上の位置について報告している。

1.組換えタンパク質を用いた32kDaガレクチンの性状解析

 繰り返し構造の意義を検討する目的で、大腸菌を用いて32kDaガレクチン全体(N32)及びN端側半分(Nh)、C端側半分(Ch)の組換えタンパク質を発現させ、その諸性質を検討した。2量体構造をとるプロト型のガレクチンは、ウサギ赤血球に作用して表層上の糖鎖を認識・架橋し、赤血球を凝集させる。N32、Nh、Chについて赤血球凝集能を検討した結果、N32はプロト型ガレクチンと同程度の凝集活性を示したが、Nh、Chはほとんど凝集能を示さなかった(NhとChの混合溶液でも凝集活性は認められなっかた)。ゲル濾過による解析結果は、いずれも単量体のままで存在することを示した(NhとChの混合溶液でもヘテロ2量体は観察されない)。以上より、N32は単量体として、2箇所あるレクチンドメインで赤直球を架橋し、凝集活性を発揮すると考えられた。また、N32、Nh、Chのアシアロフェツイン-アガロースカラムに対する結合力を前端クロマトグラフィー法を用いて定量的に検討し、NhはN32の1/100、ChはN32の1/7程度の結合力をもつことを明らかにした。

2.線虫におけるガレクチンの存在部位の解析

 抗32kDaガレクチンの抗血清を用いた免疫染色法により線虫での存在部位を検討し、成虫のクチクラ層(線虫の外側を覆っているコラーゲンが主成分の固い層)に強い陽性像を見出した。さらに、線虫を発生過程の各段階に分けて解析し、ラクトースで溶出後の高速遠心沈降画分において、成虫での大量の発現を認めた。この発現は成虫クチクラ層での発現を反映していると考えられ、32kDaガレクチンは、ラクトースでは容易に溶出されないような様式で成虫クチクラ層に結合していることが示された。

3.線虫32kDaガレクチンの遺伝子構造の解析

 cDNAとゲノムDNAを鋳型に様々な部位に対応するプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物のサイズを比較して、2箇所にイントロンの存在を認めた。さらに、ゲノムライブラリーを調製して、32kDaガレクチンのゲノムの部分断片を2種類クローニングし、2つのイントロンを含む全ゲノム領域の塩基配列を決定した。

 脊椎動物のガレクチン遺伝子のエキソン・イントロン配置は極めてよく保存されており、糖との結合に必須でガレクチン間で保存されているアミノ酸はすべて同一のエキソン内に存在している。一方、線虫の32kDaガレクチンでは、イントロン挿入部位の1箇所は保存された位置であったが、もう1箇所は保存アミノ酸の配列を分断していた。これは、ガレクチンの進化を考える上で興味深く、脊椎動物(後口動物)と分かれてから挿入されたものか、あるいは後口動物への進化に際して脱落したかのどちらかと考えられる。

4.線虫32kDaガレクチン遺伝子の染色体上の位置の決定

 線虫のゲノムのほとんど全領域をカバーするYAC(酵母人工染色体)を格子状にブロットしたメンブレンフィルターを用いて、放射標識したcDNAをプローブに32kDaガレクチン遺伝子の染色体上の位置を検索した。さらにゲノムサザンやPCRによる確認から、32kDaガレクチンは、線虫の第II染色体のある位置(Y61H10上)に存在することが決定された。

 以上を要するに、本論文は、プロト型ガレクチン(14〜16kDa)と相同なレクチンドメインを同一ポリペプチド内に繰り返し2個もつ線虫の32kDaガレクチンが、溶液中で単量体で存在するにもかかわらず赤血球凝集活性をもつこと、2箇所のレクチンドメインはアシアロフェツインに対する結合力が大きく異なること、また、このガレクチンは成虫のクチクラ層に、ラクトースで溶出されない様式で多量に存在することを見出し、さらに、32kDaガレクチンのユニークな遺伝子構造及び染色体上の位置を決定している。すなわち、この32kDaガレクチンは単量体のままで、2箇所の糖結合部位がヘテロな特異性をもった架橋因子として、不溶性の成虫クチクラの形成に関わっていることを示唆している。これらの研究成果は、生命システムにおけるガレクチンの生理機能の解析を進める上で、今後このモデル生物の有用性を十分に生かす足掛かりともなり、糖鎖生物学における新たな視点を提供するものであり、博士(薬学)の学位として、十分な価値があると認められる。

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