学位論文要旨



No 214008
著者(漢字) 浅田,穣
著者(英字)
著者(カナ) アサダ,ミノル
標題(和) 造血細胞の分化誘導およびアポトーシスにおける細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1の新しい機能
標題(洋)
報告番号 214008
報告番号 乙14008
学位授与日 1998.10.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14008号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 細胞周期制御因子は、細胞の増殖、分化およびアポトーシスの制御において重要な役割を果たし、恒常性維持に寄与している。細胞周期阻害因子は細胞周期回転を負に制御する。細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1(p21)は細胞周期依存性キナーゼに結合しその活性を抑制するために細胞周期回転を制止させる。

 細胞は増殖期にあると細胞周期回転を促進する遺伝子の発現が亢進する。一方、細胞が分化し、成熟する過程においては、細胞周期回転を促進する遺伝子の発現が抑制される。さらに、最近の研究の結果、細胞周期阻害因子の発現亢進が、細胞分化の過程で見られることが示されている。

 細胞周期阻害因子p21は細胞分化の初期に発現する主要な遺伝子である。骨髄系造血細胞の薬剤による分化誘導時に、また筋芽細胞や神経芽細胞の分化過程においてもp21の発現が誘導されることから、p21は細胞分化誘導において標的遺伝子となっていることが示唆される。私は最初に、活性型ビタミンD3によるU937細胞の分化誘導系を用いて、p21が細胞分化おいてどのような役割を果たしているのか解析した。

 細胞周期阻害因子p21の新しい機能として、アポトーシスの抑制に関与しているのではないか、と最近報告されているが、その根拠となる分子レベルでの説明はなされていない。私は、分化したU937細胞は細胞障害因子によるアポトーシスに対し抵抗性を獲得するが、アポトーシス耐性機構としてp21の発現が必須であることを明らかにし、どのようなメカニズムによるのかを解析した。さらに、その生物学的意義について検討した。

p21は細胞分化のインデューサーである

 p21 cDNAをメタロチオネインプロモーターを有した亜鉛により発現制御可能なベクターに組み込みU937細胞に導入した(U937/CB6-p21)。亜鉛を加えて培養すると、p21の発現が誘導され、G0/G1細胞周期停止を起こした。さらにp21発現は、U937細胞をビタミンD3により分化誘導した場合と同程度にU937/CB6-p21細胞おいて単球系細胞表面抗原CD11b、CD14の発現を誘導した。また、NBT還元能が観察され機能的にも細胞分化を誘導できたと考えられた。

 p21の発現がビタミンD3によるU937細胞の分化誘導に必須であるか否か検討するために、同じベクターにp21のN末側遺伝子を逆方向に挿入したアンチセンスp21ベクターを作成しU937細胞に導入した(U937/CB6-ASp21)。U937/CB6-ASp21細胞を亜鉛添加によりあらかじめアンチセンスp21を発現させ、ビタミンD3を加えて分化誘導を試みると、ビタミンD3の濃度と逆相関するようにCD11bの発現を阻害し、ビタミンD3による分化誘導系においてはp21の発現が必須であることが示唆された。

 U937細胞をp21により分化誘導する過程において、細胞周期制御蛋白質の変化を解析した。分化したU937/CB6-p21細胞においてサイクリンE、AおよびサイクリンB共沈分子のキナーゼ活性は消失していた。それぞれのサイクリンの発現量を解析したところ、分化した細胞において、サイクリンEは未分化な細胞と同程度に発現していたが、サイクリンAおよびBは著明に減少していた。Cdk2は分化した細胞においては移動度の遅い不活性型のCdk2を、未分化な細胞においては移動度の速い活性型のCdk2を観察した。Rb蛋白質はp21を発現誘導後、7時間で低リン酸化型の発現を観察し、p21を発現誘導すると、非常に早い段階で細胞周期がG1後期からS期初期に蓄積してきていることが示唆された。

p21は分化したU937細胞の生存を支持する

 U937/CB6-ASp21細胞をあらかじめビタミンD3により分化させ、亜鉛添加によりアンチセンスp21を発現させると2日後にアポトーシスが観察された。アンチセンスp21を発現させて24時間後にCdc2キナーゼが活性化し、48時間後にはDEVD感受性Caspaseの活性が9倍に上昇した。これらの結果は、分化したU937細胞においてアンチセンスp21を発現誘導すると、Cdc2活性の制御破綻およびDEVD感受性caspaseの活性亢進をきたし、アポトーシスを引き起こす、言い換えると、分化したU937細胞においてp21が細胞生存に必須であることが示唆された。

分化したU937細胞はアポトーシス抵抗性も獲得する

 p21の強制発現あるいはビタミンD3により分化したU937細胞は、過酸化水素、セラミド、腫瘍壊死因子(TNF)といった細胞障害因子に対してアポトーシス抵抗性を示した。細胞死を抑制することで知られるbcl-2やmcl-1遺伝子の分化前後での発現量の変化は見られず、分化した細胞においてp21が細胞死防御に働いている可能性が示唆された。

 3日間亜鉛添加培養したU937-mock細胞は過酸化水素によりアポトーシスを誘導すると、SAPK/JNKキナーゼおよびDEVD感受性caspaseの活性上昇が起こすが、分化したU937/CB6-p21細胞にはいずれの活性亢進も起こさなかった。p21はこれらの活性化を抑制することによりアポトーシスを阻害することが示唆された。

アポトーシスとp21の細胞内局在

 SAPK/JNKおよびDEVD感受性caspaseは細胞質で活性化されるプロアポトーシスシグナルである。そこで、p21の細胞内局在を免疫組織染色法により経時的に解析した。U937/CB6-p21細胞において亜鉛によりp21の発現を誘導すると、初期には核に発現が見られたが、分化した後には主に細胞質に発現していた。またU937/CB6-p21細胞は、p21の発現が核に在る時点では過酸化水素添加によりSAPK/JNKが活性化し、アポトーシスを起こしたが、その発現が細胞質に在る時点では、SAPK/JNKの活性化及びアポトーシスを阻止した。

細胞質局在p21はアポトーシスを抑制する

 細胞質局在p21の機能を明らかにするために、p21の核移行シグナルを欠損した遺伝子を発現するU937/CB6-NLS-p21細胞を樹立した。U937/CB6-NLS-p21細胞は亜鉛添加によりNLS-p21を発現し、その細胞内局在は主に細胞質であった。NLS-p21の発現誘導は細胞周期を停止せず、細胞分化も誘導しなかった。アポトーシス感受性を解析したところ、過酸化水素、セラミド、腫瘍壊死因子(TNF)、X線照射といった細胞障害刺激に対し、NLS-p21発現細胞はアポトーシス抵抗性を示し、過酸化水素によるSAPK/JNKの活性化も阻害した。

 U937細胞が過酸化水素により、アポトーシスを起こす際、SAPK/JNKの活性化が刺激後1時間から観察され、1-2時間遅れてミトコンドリアの膜電位低下、DEVD感受性caspaseの活性化が観察される。ミトコンドリアの膜電位低下を薬剤により阻害するとアポトーシスは抑制するが、SAPK/JNKの活性化は起きたことより、細胞質局在p21はSAPK/JNKの活性化を阻止しアポトーシスを抑制していると考えられた。さらに、細胞質局在p21はSAPK/JNKの上流に位置するMAPKKKであるASK1と複合体を形成し、過酸化水素によるASK1の活性化を抑制した。これらの結果より、細胞質局在p21がアポトーシス刺激を伝達するMAPキナーゼカスケードの活性化を抑制することがアポトーシス阻害のメカニズムであると考えられた。

ヒト末梢血単球がp21を細胞質に発現している

 p21の細胞質における発現の生物学的意義を明らかにするために、ヒト末梢血より血球を分離しp21の発現を解析したところ、単球においてp21が細胞質に発現していた。単球は活性酸素を生産し微生物等を殺傷するが、その際自身が細胞死から免れる機構としてp21を細胞質に発現していると考えられた。

まとめ

 細胞周期阻害因子p21は単球系前駆細胞U937を分化誘導する際の標的遺伝子であることが、p21による分化誘導実験、またアンチセンスp21による分化誘導阻止実験により明らかとなった。さらに、分化したU937細胞においてp21は細胞生存因子としても機能していた。細胞生存因子としてp21が機能する場合、その細胞質局在が重要であることが免疫組織染色により示唆され、細胞質局在変異型p21を用いた実験により、細胞質p21の細胞死抑制機能を証明した。細胞質局在変異型p21は、細胞死抑制機能を示すものの細胞周期阻害機能や細胞分化誘導能を持たなかった。これらの結果は、p21が細胞周期停止作用および細胞分化誘導作用を発揮するためには、核に局在することが必須であり、細胞死抑制機能を発揮するためには細胞質に局在することが必須であることを示唆する。本知見は、細胞周期阻害因子p21がその細胞内局在により異なる機能を示す初めての所見である。また、ヒト末梢血単球において細胞質p21の発現が観察されたことより、今後その生理学的意義について明らかにしたい。また、細胞周期阻害因子p21がどのような修飾を受けて細胞質に発現するようになるのか、その機構を明らかにすることにより臨床応用を前提とした創薬が可能になるだろう。

審査要旨

 細胞周期制御因子は、細胞の増殖、分化およびアポトーシスの制御において重要な役割を果たし、恒常性維持に寄与している。細胞周期阻害因子は細胞周期回転を負に制御し、細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1は細胞周期依存性キナーゼに結合しその活性を抑制する。細胞は増殖期にあると細胞周期回転を促進する遺伝子の発現が亢進する。一方、細胞が分化し、成熟する過程においては、細胞周期回転を促進する遺伝子の発現が抑制される。さらに、最近の研究の結果、細胞周期阻害因子の発現亢進が細胞分化の過程で起こることが示されている。細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1は細胞分化の初期に発現する主要な遺伝子である。骨髄系造血細胞の薬剤による分化誘導時に、また筋芽細胞や神経芽細胞の分化過程においてもp21Cip1/WAF1の発現が誘導されることから、p21Cip1/WAF1は細胞分化誘導において標的遺伝子となっていることが示唆される。本研究では活性型ビタミンD3によるU937細胞の分化誘導系を用いて、p21Cip1/WAF1が細胞分化およびアポトーシスにおいてどのような役割を果たしているのか解析した。

 p21Cip1/WAF1 cDNAをメタロチオネインプロモーターを有し、亜鉛により発現制御可能なベクターに組み込みU937細胞に導入した(U937/CB6-p21Cip1/WAF1)。亜鉛を加えて培養すると、p21Cip1/WAF1の発現が誘導され、G0/G1細胞周期停止を起こした。さらにp21Cip1/WAF1発現は、U937細胞をビタミンD3により分化誘導した場合と同程度にU937/CB6-p21Cip1/WAF1細胞おいて単球系細胞表面抗原CD11b、CD14の発現を誘導した。また、NBT還元能が観察されたので機能的にも細胞分化を誘導できたと考えられた。

 p21Cip1/WAF1の発現がビタミンD3によるU937細胞の分化誘導に必須であるか否か検討するために、同じベクターにp21Cip1/WAF1のN末側遺伝子を逆方向に挿入したアンチセンスp21Cip1/WAF1ベクターを作成しU937細胞に導入した(U937/CB6-ASp21Cip1/WAF1)。U937/CB6-ASp21Cip1/WAF1細胞を亜鉛添加によりあらかじめアンチセンスp21Cip1/WAF1を発現させ、ビタミンD3を加えて分化誘導を試みると、ビタミンD3の濃度と逆相関するようにCD11bの発現を阻害し、ビタミンD3による分化誘導系においてはp21Cip1/WAF1の発現が必須であることが示唆された。

 次いでp21Cip1/WAF1により分化誘導する過程における細胞周期制御蛋白質の変化を解析した。分化したU937/CB6-p21Cip1/WAF1細胞においてサイクリンE、AおよびサイクリンB共沈分子のキナーゼ活性は消失していた。それぞれのサイクリンの発現量を解析したところ、分化した細胞において、サイクリンEは未分化な細胞と同程度に発現していたが、サイクリンAおよびBは著明に減少していた。Cdk2は分化した細胞においては移動度の遅い不活性型のCdk2を、未分化な細胞においては移動度の速い活性型のCdk2を観察した。Rb蛋白質はp21Cip1/WAF1を発現誘導後7時間で低リン酸化型の発現を観察し、p21Cip1/WAF1を発現誘導すると、非常に早い段階で細胞周期がG1後期からS期初期に蓄積してきていることが示唆された。

 細胞周期阻害因子p21Cip 1/WAF1の新しい機能として、アポトーシスの抑制への関与が最近示唆されたが、分子レベルでの検討はなされていない。また、分化したU937細胞は細胞障害因子によるアポトーシスに対し抵抗性を獲得するが、その過程におけるp21Cip1/WAF1の役割についても解析した。U937/CB6-ASp21Cip1/WAF1細胞をあらかじめビタミンD3により分化させ、亜鉛添加によりアンチセンスp21Cip1/WAF1を発現させると2日後にアポトーシスが観察された。アンチセンスp21Cip1/WAF1を発現させて24時間後にCdc2キナーゼが活性化し、48時間後にはDEVD感受性Caspaseの活性が9倍に上昇した。分化したU937細胞においてアンチセンスp21Cip1/WAF1を発現誘導すると、Cdc2活性の制御破綻およびDEVD感受性caspaseの活性亢進をきたし、アポトーシスを引き起こした。分化したU937細胞においてp21Cip1/WAF1が細胞生存に必須であることが示唆された。

 p21Cip1/WAF1の強制発現あるいはビタミンD3により分化したU937細胞は、過酸化水素、セラミド、腫瘍壊死因子(TNF)といった細胞障害因子に対してアポトーシス抵抗性を示した。細胞死を抑制することで知られるbcl-2やmcl-1遺伝子の分化前後での発現量の変化は見られず、分化した細胞においてp21Cip1/WAF1が細胞死を防御する働きをしている可能性が示唆された。3日間亜鉛添加培養したU937-mock細胞は過酸化水素によりアポトーシスを誘導すると、SAPK/JNKキナーゼおよびDEVD感受性caspaseの活性上昇が起こすが、分化したU937/CB6-p21Cip1/WAF1細胞ではいずれの活性亢進も起こさなかった。p21Cip1/WAF1はこれらの活性化を抑制することによりアポトーシスを阻害することが示唆された。

 SAPK/JNKおよびDEVD感受性caspaseは細胞質で活性化されるプロアポトーシスシグナルである。そこで、p21Cip1/WAF1の細胞内局在を免疫組織染色法により経時的に解析した。U937/CB6-p21Cip1/WAF1細胞において亜鉛によりp21Cip1/WAF1の発現を誘導すると、初期には核に発現が見られたが、分化した後には主に細胞質に発現していた。またU937/CB6-p21Cip1/WAF1細胞は、p21Cip1/WAF1の発現が核に在る時点では過酸化水素添加によりSAPK/JNKが活性化しアポトーシスを起こしたが、その発現が細胞質に在る時点では、SAPK/JNKの活性化及びアポトーシスを阻止した。細胞質局在p21Cip1/WAF1の機能を明らかにするためにp21Cip1/WAF1の核移行シグナルを欠損した遺伝子を発現するU937/CB6-NLS-p21Cip1/WAF1細胞を樹立した。U937/CB6-NLS-p21Cip1/WAF1細胞は亜鉛添加によりNLS-p21Cip1/WAF1を発現し、その細胞内局在は主に細胞質であった。NLS-p21Cip1/WAF1の発現誘導は細胞周期を停止せず、細胞分化も誘導しなかった。アポトーシス感受性を解析したところ、過酸化水素、セラミド、腫瘍壊死因子(TNF)、X線照射といった細胞障害刺激に対し、NLS-p21Cip1/WAF1発現細胞はアポトーシス抵抗性を示し、過酸化水素によるSAPK/JNKの活性化も阻害した。

 U937細胞が過酸化水素によりアポトーシスを起こす際、SAPK/JNKの活性化が刺激後1時間から観察され、1-2時間遅れてミトコンドリアの膜電位低下、DEVD感受性caspaseの活性化が観察される。ミトコンドリアの膜電位低下を阻害した状態では、アポトーシスは抑制されるがSAPK/JNKの活性化は起きたことより、細胞質局在p21Cip1/WAF1はSAPK/JNKの活性化を阻止しアポトーシスを抑制していると考えられた。さらに、細胞質局在p21Cip1/WAF1はSAPK/JNKの上流に位置するMAPKKKであるASK1と複合体を形成し、過酸化水素によるASK1の活性化を抑制した。これらの結果より、細胞質局在p21Cip1/WAF1がアポトーシス刺激を伝達するMAPキナーゼカスケードの活性化を抑制することがアポトーシス阻害のメカニズムであると考えられた。

 p21Cip1/WAF1の細胞質における発現の生理学的意義を明らかにするために、ヒト末梢血より血球を分離しp21Cip1/WAF1の発現を解析したところ、単球においてp21Cip1/WAF1が細胞質に発現していた。単球は活性酸素を生産し微生物等を殺傷するが、その際自身が細胞死から免れる機構としてp21Cip1/WAF1を細胞質に発現していると考えられた。

 細胞周期阻害因子p21Cip1/WAF1が単球系前駆細胞U937を分化誘導する際の標的遺伝子であり、分化したU937細胞においては細胞生存因子として機能することを明らかにした。さらに、これらの機能発現には細胞内局在が重要であることを明らかにした。すなわち、細胞周期停止作用および細胞分化誘導作用を発揮するためにはp21Cip1/WAF1が核に存在することが必須であり、細胞死抑制機能を発揮するためには細胞質に局在することが必須である。

 以上、本研究は細胞周期阻害因子の作用に新たな知見を加え、細胞内局在機構を制御する新しい医薬品開発の方向性示したものである。よって博士(薬学)の学位授与に値するものと判断した。

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