学位論文要旨



No 214009
著者(漢字) 小林,康昭
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヤスアキ
標題(和) 建設事業におけるマネジメント契約システム : 米国の経験とその日本への適用性
標題(洋)
報告番号 214009
報告番号 乙14009
学位授与日 1998.10.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14009号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 家田,仁
 高知工科大学 助教授 渡邉,法美
 建設省土木研究所 主任研究員 小澤,一雅
内容要旨

 我が国の公共建設事業は、明治政府が構築した法体系と行政機構によって大きな影響を受けつつ整えられた建設市場や企業制度の枠組みを基本にその執行が継続され、第2次大戦後の国土復興と経済成長に伴う我が国の膨大な社会基盤施設開発整備管理運営に関する社会経済的要請に応えてきた。しかし,1990年代後半から公共建設事業の仕組みとその運用に変革を迫られる事態に直面している。変革を迫る推進力には、国際化という歴史的趨勢と共に,これまでの公共建設事業の執行過程に対する様々な社会的批判があり,さらに国家財政の硬直化という事情もある。これらを契機として、我が国の建設界では,公共建設事業の制度・仕組み,それらの運用に関わる様々な改善や改革の努力が重ねられている。そして,我が国の公共建設事業に多様な入札契約制度を導入することを見据えて,欧米諸国における入札契約制度やマネジメント手法の実態に関心が向けられ,数多くの調査研究が実施されるようになった。

 本研究は,現在の米国の建設市場で定着しているマネジメント契約システムについて、その制度化の動機およびシステムの特性等に関する調査研究と分析を行い,日本と米国の建設市場の構造と建設企業の体質の比較検証に基づいて,我が国の公共建設事業の改善や改革に有用な公共建設事業執行システムのあり方と,その制度化の方策を提言することを目的とした。

 本論文は、9つの章から構成されている。

 第1章の「序論」においては,本研究の動機,目的,手法を述べた。現在、我が国の建設分野が直面している課題を概観し,わが国の建設分野の仕組みの改善が社会的な要請であり,そのためには新しいマネジメント手法の導入が必要であることを論じた。本研究では我が国における新しいマネジメント手法導入の参考として米国の建設市場における経験を考察し,特にマネジメント契約システムを比較分析の対象として選んだ根拠を示した。研究方法としては,国内外の和文・英文の書籍,研究論文,技術雑誌,法令・約款,調査研究報告書,新聞記事等の文献資料を分析し,さらに著者の建設事業に関する実務体験から得られた知見に基づく検証を採用している。

 第2章の「建設生産システムとマネジメント契約(MC)」においては,本研究の対象であるマネジメント契約システムの基本的概念を明らかにした。米国における"Construction Project Delivery Systems"を"建設生産システム"と和訳した概念が,建設プロジェクトの最初の段階から発注者への引渡し(Delivery)の段階までの一連の活動を生産行為のシステムと見なした概念であることを先ず明らかにした。つぎに,米国の建設市場における"建設生産システム"が,直営システムから設計直営・施工外注,設計施工分離外注,設計施工一括外注を経て性能発注システムへと変遷していった歴史的経緯を明らかにした。マネジメント契約システムが,米国における最も新しい建設生産システムであり,従来の伝統的な建設生産システムである請負契約(ワーク契約:Work Contract:WC)システムと対極的な関係にあることを示し,マネジメント契約システムの建設生産システムにおける位置づけを論じた。

 第3章の「米国におけるマネジメント契約(MC)システム」においては、米国の建設界に影響を与えた米国の国民性の形成過程を論じた。マネジメント契約システムが誕生した時期の米国の建設市場の様態と社会的な背景,それに伴う建設生産システムに対する時代の要請を分析し、米国の建設市場でビジネスとして成立し定着してきたマネジメント契約システムの形態を分類し,その建設市場における競争力を統計資料をを用いて検証した。

 第4章の「マネジメント契約(MC)システムの特性」においては,米国土木学会(ASCE),米国連邦政府一般調達庁(GSA),米国建築家協会(AIA),米国総合建設業者協会(AGC),米国コンストラクションマネジメント協会(CMAA)等の諸機関から公表されている提言,実践要綱,ガイドラインやマニュアル等の文献資料で明らかとされている,このシステムに対する諸機関の認識を比較調査し,米国におけるマネジメント契約システムの実態を検証した。その結果,米国の建設市場がこのマネジメント契約システムに求める機能が,発注者の補完と請負契約の代替に集約されていることが明らかとなった。さらに,これらの諸機関が公表している標準約款や指針等を詳細に検討し,マネジメント契約システムによって建設プロジェクトを執行する場合の,業者の評価方法や報酬の決定,契約形態の選択,およびマネジメント実施者(Management Contractor:MCr)に求められる要件,選定方法,契約行為に伴う責任とリスク分担等の事項に関する米国の実態を整理して纏めた。

 第5章の「米国におけるマネジメント契約(MC)とワーク契約(WC)の比較検証(1){企画と計画段階}」においては,第4章で明らかにした米国における実態に基づき,マネジメント契約システムと従来の請負契約(ワーク契約)システムとを,建設プロジェクトの前期段階における,企画,計画,設計,品質保証,予算・工程の作成,VE(Value Engineering)等の業務を対象に,著者の米国における実務体験から得られた知見も加えて比較検討した。その結果,マネジメント契約システムは,マネジメント実施者が介在することによってマネジメントの連続性が維持されること,建設プロジェクトの前期段階において発注者の機能や能力が弱体な場合の補完ができるので建設プロジェクトの効率的な執行に特に有効であること,自己批判の回避に陥りがちな設計者の自己擁護を封じてVE効果をもたらすこと等の事項が,請負契約(ワーク契約)システムに対する優位性として明きらかとなった。

 第6章の「米国におけるマネジメント契約(MC)とワーク契約(WC)の比較検証(2){運営と管理段階}」においては,マネジメント契約システムと請負契約(ワーク契約)システムとを,建設プロジェクトの後期段階の工事執行と管理における調達,工程管理,品質管理,クレーム処理等の業務を対象に,著者の米国における実務体験から得られた知見も加えて比較検討し,マネジメント実施者とワーク実施者(請負業者)の役割および両システムにおける発注者が分担すべき役割の相違点を明らかとした。その結果、両システムにおけるワーク実施者(請負業者)の役割には顕著な相違がないこと,請負契約(ワーク契約)システムにおいて発注者に課せられる役割が,マネジメント契約システムでは発注者とマネジメント実施者とに分担して課せられることとなり,その分担比率の差異が様々な形態のマネジメント契約システムの特性を決定づけていることを論証した。

 第7章の「米国におけるマネジメント契約(MC)とワーク契約(WC)の比較検証(3){組織と企業経営}」においては,企業やプロジェクト組織の、マネジメント契約システムと請負契約(ワーク契約)システムへの対応方法の相違点について検討した。米国におけるマネジメント契約システムへのプロジェクト組織や企業の対応方法に関する文献資料は数が限られていたので,米国で公表されている請負契約(ワーク契約)システムへのプロジェクト組織や企業の対応方法に関する文献資料を用いて分析した。そして,著者のマネジメント契約システムによる実務体験から得られた知見を加えてマネジメント契約システムへのプロジェクト組織や企業の対応方法を検討した。その結果、米国においては,従来の請負契約(ワーク契約)システムへのプロジェクト組織や企業の対応方法を根本的に変化させるような特別な新しい対応を必要とせずに,マネジメント契約システムの遂行が可能であったことが明らかとなった。

 第8章の「マネジメント契約(MC)システムの米国市場における評価と日本市場への導入の可能性と課題」においては,第2章から第7章までで得られた比較検証結果や論証に基づき,米国の建設市場におけるマネジメント契約システムの総合的評価について論じた。マネジメント契約システムの導入によって,発注者にとっては、多様な選択肢が与えられること,管理費の縮減が期待できること,プロジェクト遂行に不備不足する能力や機能が補完される機会が得られること,マネジメント実施者にとっては、マネジメント技術に市場価値が付与されること,請負業者にとっては,マネジメント能力が弱体でも建設プロジェクトへ参画できる機会が大きくなること等,建設プロジェクトに携わる様々な主体からのマネジメント契約システムに対する評価を,米国で公表されている文献資料に基づいて整理した。

 最後に,米国で優れた評価を得ているマネジメント契約システムを,我が国へ導入し定着させる可能性と方策を検討した。

 その結果,我が国の近代化の歴史的経緯が示しているように,欧米諸国の文物の導入を図る場合に適用してきた和魂洋才の精神に沿うことが妥当であること,すなわち,米国特有の特性を活かしながら,我が国の建設市場に順応できるよう様々な修正を行うことが必要であることを,日本と米国の国民性、市場環境、商慣行等の国際比較によって明らかにした。我が国の現行の会計法・財政法を中核とする公共調達に関する法体系,中央集権的な行財政システム,公的権威を尊重する風土,固定的な労働市場等の特性や枠組みと,米国における透明で明確な契約関係,システム化・マニュアル志向,ソフト技術の市場価値付与の常識化等の特性や枠組みとを組み合わせた仕組みを見据えて,短期間の内に我が国へ導入することが可能と考えられる制度をデザインした。この制度は国家資格制度と公的運営管理機構とを中核としたもので「建設管理士制度」と名付けた。有資格者の個人的権威や技術的資質・能力要件を基本に置き,運営に関わる組織の設置を念頭に日本的な商慣行の特質も考慮し,さらに既存の技術士や土木施工管理技士等の資格制度との整合性にも配慮したものである。この提案したマネジメント契約システムを,我が国の公共建設事業における大型建設プロジェクトに適用した場合の経済効果に関するシミュレーションを行い,その実効性と有用性を論証した。

 第9章においては、本研究の内容と成果を総括し「結論」とした。

審査要旨

 我が国の公共建設事業は,1990年代より,WTO政府調達協定の発効,公共工事を巡る相次ぐ不祥事の発生,国民のニーズの多様化,行政改革と財政改革の要請,技術の高度化等,これまでに経験しなかった新しく複雑な数多くの課題に直面し,公共建設事業の仕組みとその運用に根本的な変革が迫られている。

 本研究の目的は,米国の建設市場で定着しているマネジメント契約システムについて,その制度化の動機およびシステムの特性等に関する調査研究と分析を行うこと,および日本と米国の建設市場の構造と建設企業の体質の比較検証に基づき,我が国の公共建設事業の改善や改革に有用な公共建設事業執行システムのあり方と,その制度化の方策を提案することである。

 マネジメント契約システムの基本的概念を把握するために,米国の建設市場における"建設生産システム"が,直営システムから設計直営・施工外注,設計施工分離外注,設計施工一括外注を経て性能発注システムへと変遷していった歴史的経緯を通観し,マネジメント契約システムが,米国における最も新しい建設生産システムであり,伝統的な請負契約(ワーク契約)システムと対極的な位置にあることを明らかにした。さらに,マネジメント契約システムが制度化された時期の米国の建設市場の様態と社会的背景,それに伴う建設生産システムに対する時代の要請を分析し,ビジネスとして成立し定着してきたマネジメント契約システムの形態を分類し,それらの競争力を統計資料を用いて検証した。

 米国土木学会(ASCE),米国連邦政府一般調達庁(GSA),米国建築家協会(AIA)等の関係諸機関から公表されている提言,実践要綱,ガイドラインやマニュアル,標準契約約款や指針等の文献資料を詳細に比較調査し,米国の建設市場がマネジメント契約システムに求める機能は,発注者の補完と請負契約の代替であることを論証した。また,建設プロジェクトを執行する場合の業者の評価方法や報酬の決定,契約形態の選択,およびマネジメント実施者(Management Contractor:MCr)に求められる要件,選定方法,契約行為に伴う責任とリスク分担等の実態を明らかにした。

 マネジメント契約システムと従来の請負契約(ワーク契約)システムとの差異を,建設プロジェクトの前期段階における,企画,計画,設計,品質保証,予算・工程の作成,VE(Value Engineering)等の業務を対象に,さらに後期段階の工事執行と管理における調達,工程管理,品質管理,クレーム処理等の業務を対象に比較検討している。その結果,マネジメント契約システムは,マネジメント実施者が介在することによってマネジメントの連続性が維持されること,建設プロジェクトの前期段階において発注者の機能や能力が弱体な場合の補完ができるので効率的な執行に有効であること,自己批判を回避しがちな設計者の自己擁護を封じてVE効果をもたらすこと等,請負契約(ワーク契約)システムに比べて優位性があることが判明した。さらに,両システムにおけるワーク実施者(請負業者)の役割には顕著な相違がないこと,請負契約(ワーク契約)システムにおいて発注者に課せられる役割が,マネジメント契約システムでは発注者とマネジメント実施者とに分担して課せられること,その分担比率の差異がマネジメント契約システムの固有性を決定づけていること等を論証した。これらの比較検証結果に基づき,米国の建設市場におけるマネジメント契約システムは,発注者にとっては多様な選択肢が得られること,管理費の縮減が期待できること,プロジェクト遂行に不備不足する能力や機能が補完される機会が得られること,一方,マネジメント実施者にとってはマネジメント技術に市場価値が付与されること,そして,請負業者にとってはマネジメント能力が弱体でも建設プロジェクトへ参画できる機会が大きくなること等,建設プロジェクトに携わる様々な主体から高い評価を得ていることを検証した。

 最後に,マネジメント契約システムを,我が国へ導入し定着させる可能性と方策を検討している。日本と米国の国民性,市場環境,商慣行等の差異を明らかにし,米国の建設市場で発揮されている利点や特長を,日本の建設市場に順応できるような修正を試みている。我が国の現行の公共調達に関する法体系,中央集権的な行財政システム,公的権威を尊重する風土,固定的な労働市場等の特性や枠組みと,米国における透明で明確な契約関係,システム化・マニュアル志向,ソフト技術の市場価値付与の常識化等の特性や枠組みの両者の相違を充分に吟味しつつ「建設管理士制度」を提案している。その骨格は国家資格制度と公的運営管理機構を中核とし,有資格者の個人的権威や技術的資質・能力要件を基本に置いたもので,既存の技術士や土木施工管理技士等の資格制度と整合性を有している。この新しい制度とシステムを,我が国の公共建設事業に適用した場合のシミュレーションを行い,管理費や運営経費が削減できることを論証している。

 本研究は,請負契約(ワーク契約)システムのみを基本としてきた我が国の公共工事入札契約制度にマネジメント契約システムを導入することによって,透明性と効率性の向上および建設コストの縮減が可能であることを論証した。その導入のために提案された制度デザインは,十分な説得力と論理性を有している。この成果は,我が国の公共建設事業への国民の信頼性の回復,および建設産業の国際競争力の復権のために要請される多様な入札契約制度の実現に有益な知見を与えている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51093