内容要旨 | | 社会活動を支える基盤技術すなわち社会基盤は,近年ますます高度化および高機能化が進んでおり,様々な活動は人工システムなしでは働かなくなっている.この基盤となる技術が生活に不可欠になるにつれて,人工システムの研究・開発・設計・生産・運転・保守・改造さらには廃棄にいたるまで,一連のライフサイクルを円滑に回すことがますます重要になってくる.さらに,人工システムはその重要性から頑健性や安定性あるいは無停止性を有することが社会的に要請されている.これらの要因により,人工システムのスケール(scale)はますます肥大化しきている. ここで本研究で考えるスケールとは,機能のスケール,空間のスケール,および時間のスケールであるとする.このようなスケールについて,その大小や多寡に関わらず適応可能であることをスケーラブル(scalable)であるといい,またこの適応可能な能力のことをスケーラビリティ(scalability)と呼ぶ.このスケーラビリティを実現するために,システム全体を独立性を有した複数の構成要素に分割するシステムの分散化を行う以外にはない.ところが,分散化したシステムでは,分散に伴うコストが発生し場合によっては必要以上のパフォーマンスの低下を招く恐れもある.これを踏まえて,本研究ではシステムを自律的な構成要素に分散させた上で,構成要素を協調させることにより全体を統合する分散協調型システムの方法論を論ずる.ここで,協調に当たっては通信を用いるものとする.この分散協調によるシステム構成の方法論の適用対象として,本論文で以下の二系統を取り上げる. ・ 保全作業用ロボットシステム ・ インターネット この二系統の人工システムはそれぞれ対照的な性質を有しており,要求される機能においても,システムの形態においても,さらにはシステムの展開の経緯も大きく異なるが,スケーラビリティを要求する代表的なシステムであると言うことはできる.したがって,この二系統を対象として,分散協調によるシステム構成方法論の適用の可否についての議論を進め,分散協調によるシステム構成の方法論の検証を行う.特にいずれのシステムにおいても重要な協調とそれを実現するための通信に関して重点的に論を進める. まず,保全作業用ロボットシステムとして,マルチエージェント・ロボットシステムの設計を行った.このシステムを自律分散型ロボットシステムACTRESS(ACTor-based Robots and Equipments Synthetic System)と呼ぶ.ACTRESSの設計にあたっては,実際の保全作業の分析を行った.この分析の結果,,システムの構成要素は機能や性質の異なったものも含めること,構成要素そのものは自律的で知的であること,自律的な構成要素が協調的に問題解決を行い目標を遂行すること,協調するにあたっては通信を行う必要があることを導出した.このロボットシステムは適合性,冗長性,信頼性にすぐれている半面,最適性,完全性,同期性に欠けるという特徴を有している.次に,このシステムのProof of Concept Systemとしてパーソナル・コンピュータと移動ロボットからなるプロトタイプシステムを構築し,3種類の作業実験を行なうことでシステムの実現性を検証した.さらに,この作業実験から,Proof of Concept Systemの限界を明らかにした. ACTRESSにおいては,通信により協調を行うために,通信機能が非常に重要となる.このために,マルチエージェント・システムにおける通信に関して,協調を実現するための新たなプロトコルを設計した,このプロトコルを用いることで構成要素間のメッセージ交換が実現される.このプロトコルにおいては,通信の信頼性を保証する従来からの通信プロトコル上に,新たに通信の内容に関するプロトコルとしてメッセージ・プロトコルを設定し,さらにACTRESSの構成要素すべてにとって共通部分となるメッセージ・プロトコル・コアを設計した.メッセージ・プロトコル・コアは単純なメッセージの形式をとっており,その機能の中にAnnounce,Inquiry,Offer,Synchronize,およびNegotiationを含むものであるとした.さらに,Proof of Concept Systemを用いて,このメッセージ・プロトコル・コアによって通信を用いた交渉により移動ロボット間の衝突回避が可能であることを,実験により示した. 自律的な構成要素間での協調的な動作の実現が可能であることを示すために,通信シミュレータを構築しプロトコルの評価を行うことで有効性を検証した.通信シミュレータはオブジェクト指向言語Smalltalk-80を用いて実装し,システム構成要素の並行的な挙動の記述を可能とした.この通信シミュレータは通信機能の設計や評価のみならず,システム全体の機能分散形態の設計にも利用可能である.移動ロボットの作業のための環境情報管理について,どのように機能を分散するかについて通信量の面から評価を行った.これによると,大局的な環境情報管理と各移動ロボットでの局所的な環境情報管理が望ましい形態であることを明らかになった. 多様な構成要素がメッセージ交換を行いつつ協調的に動作するためには,メッセージ交換システムも多様性に適応したものでなければならない.ACTRESSでは移動ロボットのための無線LANと,種々の機器やコンピュータ接続されている有線のLANの双方でメッセージ交換が可能でなければならない.これを可能とするために,両者の中継を行うゲートウェイを実装し,統合型メッセージ交換システムを開発した.このシステムにおいてゲートウェイは双方のLANでメッセージの中継を行うだけでなく,システムの構成要素の一つとしても機能し,ブロードキャストの処理やプロキシ機能を有したものとなっている.これにより,移動ロボットと種々のコンピュータとのメッセージ交換が自由に行えるようになった. この統合型メッセージ交換システムにより種々の協調作業が可能になる.また,ある構成要素で不足の機能は別の構成要素の機能で通信による協調で補い,すべての機能をすべての構成要素に用意する必要はなくなる.逆に,必要な機能を適切に構成要素に分散させることが考えられる.具体的な例として,移動ロボットに搭載したビデオカメラから得られた画像への処理は個々の移動ロボットで行うのではなく,画像処理エージェントにより処理することが有効である.このような形態をで機能を分配することを機能分散と呼ぶ.また,足りない機能を他の構成要素が補うことを機能補完と呼ぶ.機能が不足するのは元々その機能がない場合だけではなく,何らかの作業を行うことで機能の一部が失われる場合もあり,この場合も動的に通信を用いた協調を行うことで機能補完を行う.ここでは,移動ロボットで荷物を運搬するとセンシング機能の一部が失われることを想定し,失われた機能を他の移動ロボットが補完するという協調作業実験を行い,この方法論の有効性を確認した. 次に,インターネットを対象分野とする.広域に分散したコンピュータ・ネットワークにおける管理作業は,その規模に適応するために,複数のエージェントの協調により行う必要がある.このため,ネットワーク管理について,分散協調的なシステム化のための分析とモデル化を行なった.また,ネットワーク管理の一部である障害管理について,ネットワークを分散したエンティティから監視し,相互に情報を交換することで精度の高い障害情報を管理者に提供するシステムを設計し,そのプロトタイプシステムを構築した.このプロトタイプシステムによりネットワークの監視の実験を行った,分散協調によるネットワーク監視システムは監視精度が非常に高まることを明らかにした. さらに,インターネット上の分散協調によるアプリケーションとしてIPマルチキャストにより情報検索を行うシステムを提案し,アーカイブ・ファイルの所在地検索システムであるmarchを設計し実装した.IPマルチキャストでは特定のグループに属する情報を定期的に流しており,そのグループに属するメンバとなったコンピュータにあるプロトコルで問い合わせを行うと,その問い合わせが届いたコンピュータは検索を行い,結果を送り返す.この時,IPのTTL(Time To Live)を調整することで問い合わせを行うコンピュータの範囲を制御することができる.このIPマルチキャストを用いた検索システムは,問い合わせのためのコストもサーバの負荷もさらにトラフィックのいずれも低減する.ただし,現状のIPマルチキャストでは,実装上の問題も残っているため,このアプリケーションを活用するのに十分ではない. 最後に結論として,自律性の高い分散した構成要素において,通信を用いた協調により,種々の目標の実現が可能であることを明らかにした.対象とした保全作業用ロボットシステムとインターネットの二系統の分野において,システムの設計とプロトタイプの構築により実験を行い,分散協調型システムが持つ特長を検証した.さらに本研究の今後の課題について考察し,展望として分散協調型システムの今後の応用性について論じた. |