学位論文要旨



No 214018
著者(漢字) 東海林,克彦
著者(英字)
著者(カナ) ショウジ,カツヒコ
標題(和) 自然環境アセスメントにおける評価基準の設定に関する研究
標題(洋)
報告番号 214018
報告番号 乙14018
学位授与日 1998.10.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14018号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 助教授 下村,彰男
 東京大学 助教授 斎藤,馨
内容要旨

 環境アセスメントは、環境悪化を未然に防止し、持続可能な社会を構築していくための極めて重要な施策である。本研究は、かかる環境アセスメント中の自然環境項目に係る環境アセスメント(以下、本研究では「自然環境アセスメント」と称する。)に着目し、その実施技術の向上を期する観点から、環境基本法等に示された自然環境保全に対する新たな要請に応えることを可能とする保全目標等の評価基準の設定のための技術手順について考究したものであり、以下の6章から構成している。

 第1章では、本研究の背景及び目的並びに研究方法について述べた。本研究は、(1)平成9年6月の環境影響評価法の公布に伴い、保全目標という絶対的な評価基準にとどまらない、複数案の比較検討及び環境に与える影響の回避・低減を促進しうる新たな評価基準が求められていること、(2)自然環境アセスメントの評価基準については、環境基準等のように定型的な所与のものとして示されるものは少なく、地域環境特性等に応じて設定される技術的所産のものが多いこと、(3)評価基準の設定のための技術手順及び設定された評価基準の実態及び問題点等についての調査・分析が十分になされていないこと、等の自然環境アセスメントにおける評価基準が有する特徴及び課題を踏まえて、問題解決的な視点から「設定すべき評価基準」及び「評価基準の設定のための技術手順」を提案することを目的としている。

 研究の方法は、我が国の環境アセスメントに関する制度や事例等を中心に文献調査、実態調査及びアンケート調査等を行うとともに、必要に応じて既存研究成果を参照しつつ、設定すべき評価基準及び評価基準を設定するための技術手順等について考察する方法によった。

 第2章では環境アセスメントに対する考え方について考究した。環境アセスメントに対する考え方は、必ずしも同一かつ一定したものではなく、この考え方の相違は環境アセスメントにおける評価基準の必要性やあり方に影響を及ぼすものである。このため、第2章では、第3章において自然環境アセスメントにおける評価方法と望ましい評価基準の考え方を検討するに先だって、環境アセスメントの役割や効果、性格等に対する本研究での考え方を考究した。その結果、環境アセスメントに対する考え方は、合理的な意志決定、環境に与える影響の未然防止、合意形成、開発規制、調査研究のいずれかを重視する色々な考え方が時代により漸進的に変遷し、重層した多義的な存在であることを明らかにした。また、環境アセスメントに対する本研究での考え方は、その主たる役割や効果を開発事業の実施等が環境に与える影響を未然に防止すること、副次的な役割や効果を住民の参加及び情報公開により合意形成を図ることとし、影響の評価に当たっては、開発事業の実施等が環境に与える影響の程度及びその実行可能な範囲内での回避・低減の程度を評価する視点として、何らかの評価基準が必要とされるものと考えることとした。

 第3章では、評価基準の望ましいあり方に対する考え方を検討するため、主要先進諸国と異なるといわれている我が国の環境アセスメントにおける評価方法の特徴の分析及びその評価方法の導入経緯の調査を実施した。その結果、我が国の環境アセスメントにおける評価方法は、評価基準の態様、開発事業の対象地及び計画諸元の変更の許容される幅の2点において特徴的な評価方法であることを明らかにした。すなわち、我が国では、開発事業の対象地や計画諸元がある程度特定された状況において保全目標という評価基準を設定し、この達成の程度に照らして絶対的な評価を行う方法をとっているものである。これに対して主要先進諸国では、開発事業の対象地や計画諸元を具体化する検討と並行して、環境に与える影響の実行可能な範囲内での回避・低減を促進する観点から、各種の指針を評価基準として複数案の比較検討を含む相対的な評価を行う方法をとっているものである。また、かかる評価方法の導入については、高度経済成長に伴う国土の環境の著しい悪化を背景とした開発規制に対する社会的要請の高まり、代替地を求める複数案等による相対評価が困難な我が国の社会的風土、環境アセスメントを混乱なく円滑に進めるために客観的な評価基準等を規定した統一的な手法が必要とされていたこと等から、保全目標を評価基準とする絶対的な評価方法が我が国において望ましいものであるとされたことが明らかにされた。

 このため、本研究の目標とする望ましい評価基準の考え方を、(1)保全目標による評価基準に代わる新しい評価基準を設定する、(2)保全目標による評価基準の拡充と新しい評価基準との併用を図る、(3)法令の基準や行政上の指針を定めた地域環境管理計画との連携を図る、と整理した。

 第4章では、環境基本法の成立等に伴う自然環境アセスメントにおける評価基準に対する要請の変化を整理するとともに、自然環境アセスメントにおいて評価基準として設定されてきた保全目標の実態調査を行い、その現状と課題について考究した。その結果、環境基本法の成立等に伴う自然環境アセスメントにおける評価基準に対する新たな要請として、総合的・体系的な自然環境保全、価値軸の多様性、多様な主体の参加の3項目が整理された。また、評価基準として設定されてきた保全目標の設定の課題として、(1)特定の自然環境資源の保全にとどまらない内容の保全目標の設定、(2)保全目標の選定に当たっての多様な価値軸の使用、(3)妥当性及び信頼性の確保の観点からの地域住民、学識経験者及び行政機関が適切に関与できるしくみの設定、(4)技術手順を構成する各作業事項の目的、内容及び前後関係の整理による技術手順の合目的的化、(5)地域住民、学識経験者及び行政機関の適時適切な関与やモニタリング等による不確実性の存在を肯定または補償するしくみの設定、の必要性が明らかにされた。

 第5章では、第3章で整理した本研究の目標とする望ましい評価基準の考え方、第4章で明らかにされた評価基準の設定の現状と課題を踏まえ、特に(1)地域特性に応じて多様な自然的・社会的価値を有する自然環境の総合的・体系的保全に資すること、(2)開発事業の実施等が環境に与える影響の実行可能な範囲内での回避・提言を促進しうること、(3)合意形成がなされやすいように地域の環境保全目標像を明確にすることの3点に留意し、今後の自然環境アセスメントにおいて設定すべき評価基準の内容、かかる評価基準の設定を合目的的に実施するための技術手順について考察した。

 その結果、特定の自然環境資源の保全に関する評価基準が偏重されており、対象地域の自然環境の総合的・複合的保全を図るためには特定の自然環境資源のみを保全するだけでは不十分であるといった現状を踏まえ、評価対象及び評価尺度が具体的であることから地域住民等の理解及び合意形成並びに法令の基準等との連携を得やすくこれを達成できるか否かの絶対的なマキシマム基準として機能しやすい「特定保全目標」と、自然環境資源の保全に係る総合性の確保及び影響の回避・低減を促進しうるミニマム基準として機能する「総合保全指針」の双方を評価基準として設定し、全体として適切な相互補完関係を構築できるような評価基準とすることを提案した。評価基準の設定に当たり使用する価値軸については、対象地域の自然的・社会的特性を踏まえた多様な自然環境の保全に資する、希少性や自然性といった価値軸のみにとらわれない自然科学的・社会科学的に多様な価値軸を各環境要素別に整理して提示した。また、評価基準の設定のための技術手順、各作業事項の目的や内容が合理的・効率的に評価基準を設定できるように整理されていない現状、並びに多様な主体の適時適切な関与等による妥当性や信頼性の確保及び残存する不確実性の補償の必要性を踏まえ、前述した特定保全目標及び総合保全指針の双方を合目的的に設定するための地域概況調査、現況調査、評価基準の設定等の各作業事項から構成される技術手順を各環境要素毎に具体的に提案した。

 第6章では、本研究の結論をまとめ、今後の研究課題について述べた。本研究の結論は、(1)環境アセスメントに対する考え方とその変遷、(2)我が国の環境アセスメントの評価方法の特徴とその導入経緯、(3)環境基本法の成立等に伴う評価基準に対する要請の変化、(4)自然環境に係る多様な価値軸、(5)環境情報の整備に対するニーズ及び調査精度の確保の困難さ、を明らかにするとともに、(6)設定すべき評価基準として特定保全目標と総合保全指針及びかかる評価基準を合目的的に設定するための技術手順を提案したこと、の6点である。また、今後の課題としては、自然環境アセスメントにおける評価基準の設定に関する本提案についての現場における検証が必要であること、評価基準の設定に関する調査研究が活発に行われる必要があることを挙げた。

審査要旨

 環境アセスメントは、環境悪化を未然に防止し、持続可能な社会を構築していくための極めて重要な施策である。本論文は、かかる環境アセスメント中の自然環境項目に係るアセスメント(以下「自然環境アセスメント」)に着目し、その実施技術の向上を期する観点から、環境基本法等に示された自然環境保全に対する新たな要請に応える評価基準設定のための技術手順について考究したものであり、以下の6章から構成されている。

 第1章では、本研究の背景と目的並びに研究方法について述べている。本研究の目的は、わが国の自然環境アセスメントにおける評価基準の特徴及び課題を踏まえ、設定すべき評価基準と評価基準設定のための技術手順を提案することであり、その研究方法としては、わが国の環境アセスメントに係わる制度や事例等に関する文献調査、実態調査及びアンケート調査等を行い、さらに既往研究成果を参照して考察を進めたことを述べている。

 第2章では、環境アセスメントの役割や効果、性格等に対する考え方について考究している。その結果、合理的な意志決定、環境に与える影響の未然防止、合意形成、開発規制、調査研究のいずれかを重視する様々な考え方が時代により漸進的に変遷し、重層し多義的であることを明らかにしている。また本論文では、その主たる役割を開発事業の実施等が環境に与える影響を未然に防止すること、副次的な効果として住民参加及び情報公開により合意形成を図ることとしている。

 第3章では、主要先進諸国との比較を通して、わが国の環境アセスメントにおける評価方法の特徴及びその評価方法の導入経緯を調査している。その結果、主要先進諸国では複数案の比較検討を含む相対的な評価を行う方法をとっているのに対し、わが国では開発事業の対象地や計画諸元がある程度特定された状況において保全目標という評価基準を設定し、この達成の程度に照らして絶対的な評価を行う方法をとっていることを明らかにした。かかる評価方法の導入は、高度経済成長に伴う国土環境の著しい悪化を背景とした開発規制に対する社会的要請の高まり、代替地を求める複数案による相対評価が困難なわが国の社会的風土、環境アセスメントを混乱なく円滑に進めるために客観的基準を用いた統一的手法が必要とされていたこと等に起因しており、保全目標を評価基準とする絶対的な評価方法がわが国において望ましいとされたことを明らかにしている。

 第4章では、環境基本法の成立等に伴う評価基準に対する要請の変化を整理するとともに、評価基準として設定されてきた保全目標の実態調査を行い、その現状と課題について考究している。その結果、環境基本法の成立等に伴う新たな要請として、総合的な自然環境保全、価値軸の多様性、多様な主体の参加の3項目が整理された。また保全目標設定の課題として、(1)特定の自然環境資源の保全にとどまらない保全目標の設定、(2)保全目標の選定に当たっての多様な価値軸の使用、(3)地域住民、学識経験者及び行政機関が適切に関与できるしくみの設定、(4)作業事項の目的、内容及び前後関係の整理による技術手順の合目的化、(5)地域住民、学識経験者及び行政機関の関与やモニタリング等による不確実性を補償するしくみの設定、が明らかにされている。

 第5章では、今後の自然環境アセスメントにおいて設定すべき評価基準の内容、評価基準の合目的的設定のための技術手順について考察している。その結果、評価対象及び評価尺度が具体的で、達成できるか否かのマキシマム基準として機能する「特定保全目標」と、自然環境資源の保全に係る総合性の確保及び影響の回避・低減を促進しうるミニマム基準として機能する「総合保全指針」の双方を評価基準として設定し、全体として適切な相互補完関係を構築できる評価基準とすることを提案している。評価基準の設定に使用する価値軸については、希少性や自然性といった価値軸のみにとらわれない自然科学的・社会科学的に多様な価値軸を各環境要素別に整理して提示した。また地域概況調査、現況調査、評価基準の設定等の各作業事項から構成される技術手順を各環境要素毎に具体的に提案している。

 第6章では、本研究の結論をまとめ、今後の研究課題について述べている。

 本論文は自然環境アセスメントにおいて設定すべき評価基準の内容と、その設定のための技術手順を関連制度や事例に関する詳細な調査を通して検討したものである。適切な研究方法と十分な調査、分析作業にもとづき、有意義な結論を導出したものと判断できる。申請者が明らかにした知見は学術上、応用上貢献することが少なくないと考え、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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