No | 214019 | |
著者(漢字) | 槌本,敬大 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツチモト,タカヒロ | |
標題(和) | 木質フレーム構造体の非線形力学応答に関する研究 | |
標題(洋) | Study on Nonlinear Mechanical Response of Timber Frame Structure | |
報告番号 | 214019 | |
報告番号 | 乙14019 | |
学位授与日 | 1998.10.12 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第14019号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地球環境の悪化が叫ばれて久しいが、木材の有効利用がこれに相反しないことを示すデータも膾炙してきた。木材の有効利用の1つの手段として今まで利用価値が認められなかった小径木から製造でき、また重量比強度の点から木材の素材よりも力学的に優れた性能を有する木質トラスが考えられる。この木質トラスの力学応答挙動を把握するためには接合部の性能の把握が不可欠で、本研究の対象の1つとした。従来より木質フレーム構造体の設計は静的外力に対する応答挙動をもとに行われてきたが、地震力、風圧力、人為的外力など同構造体に与えられる荷重の多くは動的なものであり、動的外力に対する応答挙動をもとに行われるべきである。しかも、従来は実験に基づいて行われてきたが、把握された接合部の性能をもとに解析的な設計が可能にすることは労力、時間、経費を節減し、木質構造の普及に寄与することは言うまでもない。 さらに木材利用の主流は量的な側面から考えると木造住宅の生産である。我が国では歴史的に他の無機系材料による構造より木材、木質材料による住宅が圧倒的に多いが、その耐震性の整備は未だ不充分であることが1995年の阪神淡路大震災において露呈した。例えば採光のために南面耐力壁が極端に少ない戸建て住宅や、1階間口は全面開口を有するガレージ付き住宅や店舗型住宅の被災例が実に多いことが明らかにされた。これらを含めて甚大な被害を木質系住宅が受けた理由は「材料選択・施工の不適正」、「耐力壁量の絶対的な不足」、「構造計画の不備」、「維持管理の不備」などが震災調査からあげられた。これらのうち科学的、技術的に得られている知見が現場で活かされていないにすぎないもの若干含むが、同調査結果よりさらにクローズアップされた問題のに「耐力壁の偏在が建物の力学挙動に及ぼす影響」、「軸組構法における水平構面の寄与」、「下屋部分の荷重伝達」、「上下階の耐力壁の荷重の伝達」などがある。そこで本研究ではこれらを中心的に軸組構法による実大住宅構造物を加力試験に供した。 【固有値解析】T字型接合部モデルの片持ち梁として計算した計算値と実験値の間には相関は認められなかったのに対して、接着剤を用いた試験体を除き、固有値解析による計算値と実験値との間には有意な相関が認められた。このことよりT字型モデルの接合部の振動性状を解析するためには半剛節の挙動を加味することが必要不可欠であり、木質トラス等のモーメント抵抗の比較的小さい接合部の動的解析には極めて有効な手段であるといえる。しかし、非線形挙動を示す接合部に関しては接合係数の算出方法等に、その定量的評価についてまだ検討の余地を残している。つまり非線形領域において変化する剛性値を、解析においてどのように評価するか慎重に検討する必要がある。また、接着剤を用いた接合部等、非常に大きな剛性を示す接合部等には接合係数を求める実験の方法及び、梁全体の振動モードに検討の余地を残す。つまり振動試験の荷重領域に相当する荷重に置ける変位を正確に測定する方法、もしくは大きな振幅の振動試験を行うこと等を検討するべきである。 以上の予備的検討の上に本手法を実大木質平行弦トラスについて適用した。実験値に対して接合部が剛であるとして固有値解析を行った結果得られた固有振動数はまったく相関が認められないのに対して、半剛節挙動を考慮にいれた剛性マトリックスをもとに行った固有値解析の結果得られた固有振動数は有為な相関が認められ、振動モードも酷似したものが得られた。このことは、木質トラスの動的解析には接合部の半剛節挙動を考慮することが必要不可欠であり、固有値解析による固有振動数の推定が木質トラスの振動解析において非常に有効な手段であることを示唆するものであることが判明した。 【減衰挙動の解析】本手法で解析し得たのは、接合部の粘弾性による減衰機構のみで、摩擦による減衰機構は推定し得なかった。本手法をさらに発展させればこれについても解析し得るものなのか、摩擦というものの評価方法を考え直さないと解析できないのか、または釘による機械的接合というものが摩擦によるものではなく接合部の「あそび」によるものなのかということも含めて、今後さらに検討する必要がある。また非線形挙動を示す接合部について微小な変形領域では、線形に近い挙動を示し、静的加力試験から得た履歴減衰定数(損失エネルギー)は本研究で得たものより小さい値をとるはずである。このため計算に用いた履歴減衰定数は振動時の減衰定数よりも大きな値を用いたことになり、計算結果が大きな値を示したと考えられる。接合部の静的加力試験において微小な変形領域での変位の測定を可能にし、損失エネルギーを得る実験方法を開発できれば、さらに妥当性を得ることになると考えられる。木質トラスの減衰挙動は、その構造自体がT字型接合部モデルと比較して、部材が多く非常に複雑な構造となっているため、自由振動の減衰波形等の再現性が低く、動的試験の実験値の評価が困難である。また、本来動的試験より得られる減衰定数と有為な相関をもつはずである接合部の静的加力試験における履歴減衰もバラツキは大きく、推定を試みるに至らなかった。接合部の履歴減衰定数を得る実験方法を慎重に検討すべきである。 【軸組構法による実大住宅構造物の水平せん断載荷試験】南面に大開口を有するために耐力壁が偏在し、かつ上下階壁線の一致する割合が極端に低い木造軸組実大住宅建物は、我が国各地に存在する。これを水平せん断載荷試験に供し、各部位・部材の変形量・ひずみを測定して得られた結果をまとめると以下のようになった。 (1)耐力壁の偏在が著しい場合においても、壁量から推定される許容せん断耐力は保有している。 (2)各壁線変形量の差異は偏心率の大小に巨視的には依存するものの、その詳細は偏心率では評価されない。 (3)2階小屋梁載荷時に下屋部分はその直近内側の壁線に追従して変形するが、2階床梁載荷時には追従しない。 (4)直下率の低下とともに直上に耐力壁がない1階壁の柱脚部の浮き上がりは大きくなる。 (5)直上に耐力壁を有する1階の耐力壁の高剛性化は直下率を改善するものの、柱脚部の浮き上がりを低減しない。 (6)水平構面の有無は変形量分布の均等化に大きく影響するが、床面材料の複層化の寄与は小さく、根太施工方法等からの抜本的な高剛性化が望まれる。 (7)筋違い本数のみに基づく設計耐力に対して、内装用・外装用面材まで施工したときの実際の許容せん断耐力には20〜40%の余力を保有する。 (8)筋違いを基準法施行令の必要壁量の1.5倍配し、内装用・外装用面材等を施工すると、許容耐力で3倍前後、最大荷重で5〜6倍の余力を有する。 耐力壁の配置に偏心を有する木造軸組構法による2階建て実大住宅の振動実験を行った結果をまとめると以下のようになった。 (1)屋根瓦を施工した場合を除いて各ステージの構造要素の増加と供に、建物の基本振動数は上昇した。 (2)耐力壁配置の偏心をできる限り排除しても南北壁線の完全な並進モードは得られなかった。 (3)筋違いが偏在する軸組、もしくは床組を付与した構造体では南北端の変形量に若干の差があるものの、並進振動に近いモードが得られた。 (4)筋違いが偏在する軸組に外壁サイディングや石膏ボードを施工すると最大振幅を与える振動モードは捻れ振動となった。 (5)外壁サイディングのみを施工するよりも石膏ボードまで施工した方が耐力要素の偏りは緩和されたが、石膏ボードを施工すると南北端の壁線は異なる周波数で共振した。 木造軸組実大建物の耐力壁、水平構面単体のせん断剛性から静的変形挙動を推測するために、せん断バネで構成される弾性モデルの適用を試みた。得られた解析値と実験値を比較した結果、次のことが得られた。 (1)変形量の実験値と解析値は近い値を示し、解析手法および壁体、床組単体試験データに基づくせん断剛性入力方法の妥当性が検証された。特に屋根構面のせん断剛性は小屋の梁組のせん断剛性にほぼ近いことが分かった。 (2)解析のために単純化されていない軸組構法構造物の各壁線変形量は同手法によってほぼ推定し得る。 (3)腰壁や垂れ壁などにサイディングボードを施工した場合、そのせん断剛性は無視し得ない。 (4)加力方向に直交する壁に施工したサイディングボードの建物のせん断剛性への寄与は少なくない。 (5)下屋のせん断剛性は本報における単床仕様のせん断剛性の半分以下である。 【軸組構法筋違い耐力壁の振動台による動的破壊試験】振動台を用いて在来軸組構法による種々の仕様の筋違い耐力壁を動的破壊試験に供した結果、以下のことが判った。 (1)本実験に供した筋違い壁は約2kNまでの水平力に対して、筋違いや柱が引き抜けて破壊したが、倒壊には至らなかった。 (2)本実験の仕様の耐力壁においてはいずれも筋違い、柱の圧縮側の変形は小さく、引張側で破壊した。 (3)柱、筋違いともに脚部が先に引き抜けるとは限らない。 (4)筋違い金物、柱脚補強金物が共存する場合、筋違いの角度によって先に破壊する箇所が異なった。 (5)動的載荷時には静的載荷時に滅多に生じない木ネジ等の金属破壊が確認された。 以上より、地震時の破壊モードおよび破壊条件の推測し得る可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本論文は、従来、静的負荷条件の下で解析されてきた木質構造体の地震力等に対する挙動を、接合部の力学的非線形性までを考慮して推定する手法を提唱したものであり、実大住宅の水平せん断試験を行って、本解析手法の有効性を実証しており、8章より成る。 第1章は緒言であり、地球環境面からみた木材利用の重要性ならびに木質構造物の耐震性に対する観点から本研究の必要性を説いた。また第2章では、既往の研究を調査し、本研究の位置づけを明確にしている。 第3章は解析理論にあてられ、本研究における解析手法の根幹となる、半剛節挙動を考慮にいれた剛性マトリックスの誘導を行い、また、振動の固有値解析に用いられるモーダル減衰定数を、接合部の履歴減衰定数に重み付けして算出する新たな手法を考案した。 第4章では、接合部の振動性状を解析するための基礎実験として、単純化したT字型の接合部モデルを、釘、粘着剤、接着剤ならびにそれらをさまざまに組み合わせた条件で接合し、静的加力試験、自由ならびに強制振動試験を行った。接合部モデルを片持ち梁として計算した場合には実験値との間に相関は認められないのに対して、多くの試験体で、第3章で提案した半剛節の挙動を加味した固有値解析の結果は実験値と有意な相関を示すことを明らかにし、動的負荷を受ける場合には、本解析手法が不可欠であることを示した。さらに、同手法を用いて、非定常動的負荷を与えた際の応答を推定した結果、実験と合致し、本手法の有効性を実証することができた。 第5章では、上記結果をふまえ、接合部にネイルプレートおよび合板ガセットを用いた、実大サイズの木質平行弦トラスの振動性状ならびに静的負荷に対する挙動について解析した。接合部が剛であるとした固有値解析の結果得られる固有振動数は実験値とまったく相関が認められないが、形状と構成が異なる個々の接合部に対応した接合係数を求め、半剛節挙動を考慮にいれた剛性マトリックスをもちいて行ったトラスの固有値解析の結果は、実験値に良く対応し、振動モードも酷似したものが得られた。このことから、木質トラスの動的解析には接合部の半剛節挙動を考慮することが必要不可欠であり、固有値解析による固有振動数の推定が木質トラスの振動解析において非常に有効な手段であることを示すことができた。また、トラスの減衰定数の解析においても、ここでの解析手法が有効であることを示すことができた。 第6章では、動的応答解析手法を木質構造物に適用することを目的として、模型実験による本解析手法の妥当性の検証、および実大耐力壁体の動的破壊条件の特定と動的破壊モードの追求を行った。模型実験では、接合部の粘弾性挙動に加えて、「あそび」の挙動を、Foschiの指数近似式に新たな係数を付加して表現し、同手法による動的応答解析を実施した。その結果は実験結果と良く一致し、同手法の妥当性が示された。実大耐力壁の振動台実験では、筋違いの引き抜けと積載荷重の関係、筋違いに発生する応力の偏り、柱脚、柱頭部に生ずる引き抜け、金物の解離、静的載荷時には滅多に生じない木ネジ等の金属破壊などの現象が発生することが明らかになった。本章の研究より、地震時の破壊モードおよび破壊条件を推測しうる可能性が示された。 第7章では、実大の木質軸組構法住宅が水平力を受けた場合に、どのような挙動をし、いかなる被害を受けるかを知るために、我が国の典型的な木造軸組住宅ともいえる、南面に開口を多く有するために耐力壁が偏在し、かつ上下階壁線の一致する割合が極端に低い実大住宅建物を用いて、静的水平力載荷実験を行った。実験は、筋違いの配置、水平構面の剛性を変えた場合、外壁サイディング、石膏ボード等を順次施工していった場合、建築基準法施工令の必要壁量よりも耐力壁を多くした場合、など12のステージごとに行った。 各部位・部材の変形量・ひずみから以下のような結果が得られた。すなわち、耐力壁の偏在が著しい場合でも、壁量から推定される許容せん断耐力は保有している。各壁線変形量の違いは偏心率の大小に巨視的には依存するが、その詳細は偏心率のみからは評価できない。2階床梁レベルに入力される外力を下屋部分が最外壁線に伝達する割合はきわめて少ない。直下率の低下とともに直上に耐力壁がない1階壁の柱脚部の浮き上がりは大きくなる。水平構面の有無は変形量分布の均等化に大きく影響するが、床面材料の複層化の寄与は小さく、根太施工方法等からの抜本的な高剛性化が望まれる。筋違い本数のみに基づく設計耐力に較べて、内外装面材まで施工したときの実際の許容せん断耐力は20〜40%の余力を有する。多開口の間取りに筋違いを必要壁量の1.5倍配し、内外装面材を施工すると、許容せん断変形時でベースシア0.6を満たし、最大耐力は自重を越えうる。 同住宅に対して、加振機を用いた振動実験から、以下の結果が得られた。すなわち、建物の基本振動数は上昇する。耐力壁の偏在をできる限り排除しても南北壁線が完全な並進モードで振動することはない。ただし、筋違いが偏在する軸組、もしくは床組を付与した構造体ではほぼ、並進振動に近いモードが得られる。これに内外装面材を施工すると最大振幅を与える振動モードは捻れ振動となる。外壁サイディングのみでなく、石膏ボードまで施工した方が耐力要素の偏りは緩和される。 本章ではまた、耐力壁、水平構面単体のせん断剛性から木造軸組実大建物の静的変形挙動を推測するための、せん断バネで構成される弾性モデルの適用を試みた。得られた解析値と実験値を比較した結果、変形量の実験値と解析値はかなり近い値を示し、解析手法および壁体、床組単体試験データに基づく比較的簡易で実用性に富む本解析手法の妥当性が検証された。特に屋根構面のせん断剛性は小屋の梁組のせん断剛性にほぼ近いことが分かった。また、複雑な軸組構法構造物でも、各壁線変形量は同手法によってほぼ推定し得ることが判明した。 第8章は総括である。 以上本研究は、木質軸組構法住宅をはじめとする木質フレーム構造体が、地震力などの動的負荷を受ける場合の非線形動的応答の推定方法を確立し、住宅構造物の耐震性能を向上させる方図を示したものであり、学術上並びに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51094 |