学位論文要旨



No 214020
著者(漢字) 高島,昌子
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,マサコ
標題(和) 射出胞子形成酵母の系統分類
標題(洋)
報告番号 214020
報告番号 乙14020
学位授与日 1998.10.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14020号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,純多
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 大坪,栄一
 国立遺伝学研究所 助教授 斎藤,成也
 東京大学 助教授 横田,明
内容要旨

 射出胞子形成酵母は、射出胞子という独特の分生子を形成することによって増殖することが可能な一群の酵母に与えられた呼称である。"The yeasts,a taxonomic study",第4版(Kurtzman and Fell,1998)には12属60種が報告されている。射出胞子形成酵母は、発見当初、その分生子形成様式の特殊性から、独自の分類群を成すと考えられてきた。しかし、リボソーム遺伝子などの塩基配列に基づく系統解析により、単系統ではないことが明らかとなり、また、担子菌類の3つの綱のすべてに他の菌類と混在しながら分布していることも明らかとなった。これは射出胞子形成能の有無は、必ずしも、担子菌類の系統関係を反映していないことを示すものである。しかし、同時に、射出胞子形成酵母を数多く分離し、研究を行うことによって、担子菌全体の系統関係を演繹することが可能であることを示唆している。

 現在、担子菌系酵母の属以上の分類は、主に担子器の形などの形態学的特徴と化学分類学的性質を指標として行われている。これらの形質のうち、菌体中のキシロースの有無および菌糸隔壁孔の構造は系統関係と良い一致を示すものの、他については必ずしもそうではないことが明らかとなってきている。このように、担子菌系酵母において高次分類群は、混沌とした状態となっているため、系統関係を反映した新規表現形質の探索が必要である。そこで、担子菌類の多様な種に対して、系統関係に基づく分類体系を構築するために、新たな種を分離し、種多様性を拡げると共に、系統関係を反映する新たな表現形質を探索することを目的に本研究を行った(第一章)。

 第二章では、これまでに報告されている射出胞子形成酵母の系統学的位置を知るため、18S rDNAおよびInternal Transcribed Spacer(ITS)領域の塩基配列を決定し、これに基づく系統関係の推定を行った。

 射出胞子形成酵母Bensingtonia属およびTilletiopsis属の18S rDNA塩基配列を決定し、系統樹を作成した。Bensingtonia属はサビキン綱に位置し、少なくとも2つの系統群から成った。また、Tilletiopsis属はクロボキン綱に位置した。既に報告されている塩基配列と併せ、射出胞子形成酵母全体の系統樹を作成した。射出胞子形成酵母は担子菌類の3つの綱の全てに位置し、特に、サビキン綱ではどのサブクラスターにも位置した。クロボキン綱および菌蕈綱では、射出胞子形成酵母が報告されていないサブクラスターもあった。18S rDNA塩基配列の遺伝距離から、これらサブクラスターはそれぞれ、目あるいは亜目に相当すると推定された。

 Bensingtonia ciliata、B.yamatoana、Tilletiopsis flavaの18S rDNAにはgroup I intronの挿入があった。挿入位置は、B.ciliataおよびB.yamatoanaは943と1506、Tilletiopsis flavaは516、1199および1506であった。943および1506に挿入されていたgroup I intronはサブグループIC1、また、516および1199のgroup I intronはサブグループIB3に属した。Group I intronの保存領域の塩基配列に基づき、これらの系統関係を調べたところ、サブグループIB3とIC1は系統的に異なっていた。また、同じサブグループの中では、エクソン部分が系統的に近く、かつ挿入位置が同じものは、それぞれ近縁であった。しかし、B.cili1506(B.ciliata,position 1506)のように、離れた系統の種の同じ挿入位置のものと類縁性を示すものもあった。

 Sporobolomyces属酵母の基準株20株のITS領域の塩基配列を決定し、近縁と推定される菌株間の配列を比較したところ、ITS1の方が、ITS2よりも進化速度が速いことが推定された。18S rDNA塩基配列間の遺伝距離が0.01Knuc以下の時はITS1によるグルーピングが可能であり、また0.03Knuc以下の菌株間の系統を比較する場合にはITS2が有効であると推察された。

 第三章では、担子菌系酵母の系統を反映する新たな表現形質の探索の一つとして、細胞壁糖組成を取り上げた。現在、担子菌系酵母の分類では、菌体中のキシロースの有無が分類指標として用いられている。しかし、担子菌類の3つの綱の内、クロボキン綱およびサビキン綱は菌体中にキシロースを含まず、この点では両綱は区別できない。そこで、Prillingerらによって報告されている細胞壁糖組成に着目し、主に、クロボキン綱およびサビキン綱に位置する酵母の細胞壁糖組成の分析を行い、系統関係と併せて考察を行った。クロボキン綱の種はグルコースが主要構成糖で、少量のマンノースおよびガラクトースを含んでいた。一方、サビキン綱ではマンノースが主要構成糖で、グルコースを含み、また、大部分の株がガラクトースおよびフコースを含んでいた。この結果から、クロボキン綱とサビキン綱は主要構成糖によって区別されることを確認した。

 次に、サビキン綱内のサブクラスターと細胞壁糖組成の関係を調べた。供試株44株の内、11株は細胞壁にフコースを含んでいなかった。これらは、18S rDNAなどに基づく系統関係から同一のサブクラスター(2c)に位置していた。一方、フコースを含む菌株は他の2つのサブクラスター(2aおよび2b)に位置していた。TsuchiyaらのSporobolomyces属およびRhodotorula属の血清学的性状に基づくグルーピングもこの結果を支持するものであった。本結果から、サブクラスター2cは細胞壁にフコースを含まないという特徴を持つと推定された。以上の結果から、担子菌類は細胞壁糖組成に基づき、まず、主要構成糖がグルコースあるいはマンノースによって2つの大別され、さらに、キシロースの有無、またはフコースの有無によってそれぞれ2つずつに細分されると推察された。

 第四章では、これらの結果をふまえて、熱帯であるタイの植物から分離した射出胞子形成酵母の系統分類を行った。これまでの射出胞子形成酵母の研究は、温帯地域から分離されたものの報告が多いが、熱帯の植物は温帯とは異なった多様性を示しており、そこに棲息する射出胞子形成酵母も、温帯域のものとは異なった種多様性を示すであろうと推定されるからである。

 1987年および1990年に、タイ国バンコク近郊の植物の葉から分離した射出胞子形成酵母の系統分類学的研究を行った。1987年分離の63株は17グループに分けられ、このうち7グループは既知の種と、また、1990年分離の73株は13グループに分けられ、このうち6グループは既知の種と同定された。同定できなかったグループの内、2グループ3株については、既にKockovaella thailandicaおよびK.imperataeとして報告されている。残り13グループ28株についてさらに研究を行った結果、Bensingtonia musae、Bullera penniseticola、Kockovaella sacchari、Sporobolomyces blumeae、S.nylandii、S.poonsookiae、S.vermiculatus、Tilletiopsis derxiiおよびT.pennisetiの9新種が明らかとなった。

 タイの植物から分離した射出胞子形成酵母の分布について、日本各地およびニュージーランドの場合と比較を行った。日本各地、およびニュージーランドの植物からはBullera alba、B.croceaおよびSporobolomyces roseusが多く分離されていた。これらの内、タイの植物からはB.albaは1株のみ分離され、またS.roseusは分離されなかった。一方、タイの植物から多く分離されたSporidiobolus ruineniaeは日本、およびニュージーランドの植物からは分離されなかった。日本、ニュージーランドおよびタイの植物から分離した射出胞子形成酵母を系統学的側面から比較すると、各国に固有の系統枝は存在しなかったものの、系統的に近縁な菌群は、温度域の類似したものが多いことが示唆された。従って、生物的多様性を考察する上で、棲息環境の温度は重要な要因であると推察され、別の温度域を探索すれば、さらに新たな系統が発見されると予測される。

 第五章では、本研究で行った、18S rDNAおよびITS塩基配列データ、および細胞壁糖組成が、担子菌系酵母の系統分類に極めて有用であることを述べた。さらに、これらのデータの充実は、系統分類学においてのみならず、各分野において重要な菌類の迅速な同定および分類のためにも必須であると思われる。

 本研究は、混沌とした担子菌系酵母の高次分類群に対して、多様な種に対応する系統分類を行うため、新たな種を分離し、酵母の多様性を拡げる一方で、これらの種の系統を反映する新たな表現形質の探索を行ったものである。特に、細胞壁糖組成は分類学的にも系統学的にも重要な形質であることが示された。本研究によって得られた結果は、担子菌類の新たな分類体系の構築のために、極めて有用なものであると考える。

審査要旨

 射出胞子形成酵母は、射出胞子という分生子(無性胞子の一種)を形成することによって繁殖することが可能な一群の酵母に与えられた呼称である。本年3月出版されたKurtzman & Fell編著「The yeasts,a taxonomic study、第4版」には12属60種が収載されている。射出胞子形成酵母は、発見当初、その分生子形成様式の特性から、独自の分類群を構成すると考えられてきた。しかし、最近、リボソームRNA(rRNA)遺伝子などの塩基配列に基づく系統解析により、単系統ではないことが次第に明らかになりつつあり、系統を反映した分類体系の再構築が求められている。本論文は、18S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析を軸にして、射出胞子形成酵母の広がり、すなわち種多様性とそれらの系統関係および種レベルの系譜を反映する表現形質を検出することを目的としている。5つの章より構成されている。

 第1章では研究の背景を、第2章では18S rRNA遺伝子およびITS領域の塩基配列に基づく射出胞子形成酵母の系統関係について述べている。著者が決定したBensingtonia、Tilletiopsis両属およびTilletiaria anomalaの塩基配列を、他の射出胞子形成酵母および関連菌類を包含する分子系統樹を作成し、解析した。その結果、射出胞子形成酵母は担子菌類の3つの綱の全てに位置し、射出胞子を形成しない菌類と一緒に系統枝を形成した。クロボキン綱および菌蕈綱では、射出胞子形成酵母が報告されていないサブクラスターもあったが、サビキン綱ではどのサブクラスターにも位置していた。さらに塩基配列決定の過程で見出された18S rRNA遺伝子に存在するグループIイントロンについて系統解析を行い、グループIイントロンの系統関係は同遺伝子エクソン部分に基づく系統関係と直接は関連がないと指摘している。

 第3章では、細胞壁糖組成の系統分類学的意義について考察している。現在、担子菌系酵母では、菌体中のキシロースの有無が分類指標として用いられている。しかし、キシロースを含まないクロボキン綱およびサビキン綱の種は、他の形質が似ていた場合、区別できない。そこで、当該射出胞子形成酵母の細胞壁糖組成の分析を行った。クロボキン綱の種は主要構成糖がグルコースであるのに対し、サビキン綱ではマンノースであった。著者は、この結果から、クロボキン綱とサビキン綱に属する担子菌系酵母は主要構成糖によって区別できることを確認した。次に、サビキン綱に属する担子菌系酵母の細胞壁糖組成と系統関係との関連についても調べた。その結果、担子菌系酵母は細胞壁糖組成に基づき、まず主要構成糖がグルコースあるいはマンノースによって2つに大別され、さらに、キシロースの有無、またはフコースの有無によってそれぞれ2つずつに細分されることを示し、高次分類群の系統的指標として有用であることを明らかにした。

 第4章では、1987年および1990年に著者が属する研究グループによってタイ国バンコク近郊の植物葉から分離された射出胞子形成酵母136株について、18S rRNA遺伝子系統樹上の位置を決定し、表現・遺伝両形質を調べるという多相的アプローチを用いて同定を行っている。新種11種を含む20種の記載文が本章に収載されている。さらにタイの植物から分離された射出胞子形成酵母のデータを基礎にして、タイ、日本、ニュージーランド三カ国から分離された射出胞子形成酵母54種の地理的分布について比較解析した。その結果、三カ国共通に分離されたのは4種のみ、タイと日本に共通の種は3種、ニュージーランドと日本に共通の種が5種で、タイとニュージーランドに共通の種は存在しなかった。これらを分子系統樹上に位置づけると、各国に固有の系統枝は存在しなかったものの、系統的に近縁な菌群は、温度域の類似したものが多かったと述べている。従って、生物多様性を考察する上で、生息環境の温度は重要な要因であると推察している。

 第5章は総合考察である。特に、18S rRNA遺伝子およびITS塩基配列データ、細胞壁糖組成が担子菌系酵母の系統分類に極めて有用であると述べている。

 以上、本論文は、射出胞子形成酵母の新たな種を分離・同定し、担子菌系酵母の種多様性を明らかにするとともに、射出胞子形成酵母の担子菌門における系統的位置と関係について明らかにしたもので、酵母系統分類学の確立に寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51095