学位論文要旨



No 214028
著者(漢字) 中村,圭介
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ケイスケ
標題(和) 日本の職場と生産システム
標題(洋)
報告番号 214028
報告番号 乙14028
学位授与日 1998.10.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第14028号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 仁田,道夫
 東京大学 教授 橋本,壽朗
 東京大学 教授 森,建資
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 助教授 佐口,和郎
内容要旨

 ある製品を開発,生産するために,労働力,原材料,機械設備などの投入要素を調達し,組み合わせ,それらが効率的に利用されるよう管理する特定の方法を生産システムと呼ぶとすれば,1980年代以降,この意味における生産システムへの世界的関心が高まってきた.その中で,一つのモデルとして注目を集めたのは,日本の製造業における生産システムであった.この間,進められ,蓄積されてきた日本の生産システムに関する研究は,次の四つに大別することができる.第1の流れは,作業管理,品質管理,JIT(ジャスト・イン・タイム)など,日本企業の生産管理に着目する諸研究である.第2の研究は日本企業における製品開発に焦点をあてるものである.第3に,企業内にとどまらず,企業間関係を新たな枠組みを用いて分析しようとする研究がある.第4に,製造職場に視点を移し,そこで働く労働者の高度な熟練を事例調査によって発見し,それを知的熟練として理論化した研究がある.これらの日本の生産システムに関する諸研究は,その視角が異なるとはいえ,互いに別個のものとしてあるのではなく,相互に関連している.だが,いずれの研究であっても,これら四つの側面を有機的なつながりをもつものとして描き出しているわけではない.この四つの側面を相互に関連づけ,自動車産業を素材に日本の生産システムの全体像を初めて描こうとした研究の一つは,Womack=Jones=Roos"The machine that changed the world"(Rawson Associate,1990)であった.しかしながら,この研究にしても,職場の観察が表面的であること,四つを並列的に論じるだけで,構造的に把握しようとはしていないなど問題がある.

 本研究は,こうした研究状況のなかにあって,知的熟練論とSTS(ソシオ・テクニカル・システム)アプローチの批判的検討を基礎に,独自の作業組織(work organization)研究の分析枠組みを設定し,上述の第4の研究潮流にそいつつ職場に視点を置きながら,職場と他の三つの分野を有機的に結びつけることによって,日本の生産システムの全体像を再構成しようとする.具体的には,次の点を明らかにしようとする.第1に,VTR最終組立ラインをとりあげ,作業組織の実態を解明する.その際,製造現場の作業組織が,日本の生産システムの第1,第2の柱,つまり生産管理と製品開発にいかに関わっているかに注目する.第2に,自動車産業のようにピラミッド型の生産分業構造を持つ民間製造業部門内部の各階層における作業組織の特徴を明らかにする.その際,生産管理,製品開発と作業組織がどのように関わるかということと同時に,企業間ネットワークを通じて,編成原理の異なる作業組織がいかに結びついているかに注目する.第3に,民間製造業大企業部門の作業組織の発展プロセスを,鉄鋼業におけるQCサークルの生成を通じて探る.第4に,民間製造業部門とは全く異なり,固有の編成原理を持つソフトウェア産業における作業組織を検討することを通じて,民間製造業大企業の作業組織の特徴を論じる.

 こうして職場の作業組織の諸類型を析出し,それが相互にいかにかかわり合っているかを論じることによって,日本の生産システムの全体像を職場から描きだす.

 事例研究を中心とする実証の結果,次のことが明らかにされた.

 第1に,民間製造業大企業部門の職場の作業組織は,F.W.テイラー流の「思考と遂行の分離」原則とは異なった原理によって編成されている.比較的簡単な職務から,製品開発,生産管理に関わる業務を一部とりいれた高度な職務までも含む職務構造,他方でこれらの職務を歩むことによって徐々に高度な知的熟練を身につけていく労働者集団から,作業組織は構成されている.この作業組織を支える労務管理制度が,品質管理を含む生産管理についての系統的な知識を与えるoff-JTであり,知的熟練の獲得を側面で促すような,能力の差を反映させる賃金制度である.だが,かかる作業組織を,労働者集団の自律的コントロールによって運営されるものと解することはできない.ソフトウェア技術者の作業組織との対比で明瞭に示されるように,「責任ある自律(responsible autonomy)」という原理で編成されているとは決していえない.むしろ,その特徴は,生産管理部門で定められた計画,管理基準を前提に,労働者集団自らがその監視,逸脱発見,原因究明,対策を行うことが期待されていることにある.製品開発においても,労働者集団自らが新製品開発を行うのではなく,職場の経験,知恵をその過程にインプットすることが期待されている.管理業務,開発業務を自らの責任において,自律的に行うのではなく,それらへ取り込まれている,あるいは統合されているのである.「思考と遂行の分離」を基礎に,思考部分への労働者の統合(involvement)を図るという原理によって編成されているといってよい.

 第2に,「分離を基礎にした統合」という原理によって編成された作業組織は,民間製造業大企業部門における生産管理水準の高さ,製品開発効率の高さという日本の生産システムの二つの特徴を,職場で支えている.その意味では,かかる作業組織が,大企業における生産システム全体の効率性を基底で支えるものだといってよい.

 第3に,しかしながら,大企業の職場でみられる「分離を基礎にした統合」型の作業組織は,単独で存在しているわけではない.大企業内部にあっても,それは,単純な組立作業に専念する不熟練のパートタイム労働者からなる作業組織によって補完されている.ピラミッド型の階層構造をもつ産業では,機械操作を主とする従来の熟練労働者からなる作業組織,単純作業に従事する不熟練労働者からなる作業組織が,上層の「分離を基礎にした統合」型の作業組織を支えている.これらのタイプの異なる作業組織は,労務管理制度の面でも「分離を基礎にした統合」型作業組織と異なり,教育訓練制度も整っておらず,賃金制度にしても能力評価を考慮していない.作業組織を取り巻く生産管理システムにしても,上層に比べてやや緩やかである.日本の生産システムの三番目の特徴とされた企業間ネットワークは,確かに,ピラミッドのトップにいる最終組立メーカーの納期短縮,品質向上,コストダウンの厳しい要請を,強度と時間において多少の差を含みながら,各階層に行き渡らせ,それぞれの企業の経営管理を合理化させるという機能を持つ.さらに,新製品開発においても第一次部品メーカーとの間の共同開発体制の構築,第一次と第二次部品メーカーとの間における頻繁な情報交換を実現することによって,このネットワークは柔軟かつ効率的な新製品開発に貢献する.つまり、企業間ネットワークは,生産管理水準の高さ,製品開発効率の高さという日本の生産システムの二つの特徴を,ピラミッド全体として可能にしている.だが,それだけでなく,このネットワークは,「分離を基礎にした統合」型作業組織と,それとは異質な編成原理をもつ作業組織を結び付けている.

 第4に,「分離を基礎にした統合」型の作業組織は,1960年代に形成されたと考えられる.当時,国内における激しい企業間競争に対応しつつ,国際競争に参入するために,設備投資と経営管理合理化が本格化しつつあった.そして,生産技術力と研究開発力向上のために,不足する大卒技術者をスタッフ部門あるいは研究開発部門に集中し,他方で,現場管理制度を合理化して,現場管理をスタッフ部門の技術者の支援のもとに,現場監督者層に委ねる体制を築き上げた.管理体制の整備と並行して,QC,IEなどの管理技術がアメリカより輸入され,現場技術者,現場監督者,その候補者,さらには一般労働者にまで教育訓練を通じて普及した.整備された管理体制のもとで,輸入された管理技術を活用して経営管理の合理化を図っていく,これがこの時代の経営に課せられた重要課題の一つであった.だが,現場管理体制の確立は,経営側の方針どおりに進んだわけではない.この研究でとりあげた鉄鋼業の事例ではQCサークルの結成が当初は経営側から呼びかけられるが,この試みは失敗し,自主検査体制の中から職場において自然発生的に問題解決グループが生まれ,そのグループが徐々にQCサークルとして認識されるようになった.こうして1960年代を通じてテイラー流の「思考と遂行の分離」原則が一部破棄され,「分離を基礎にした統合」原理によって編成される作業組織が徐々に形成されてくる.それはテイラー流の管理思想が転換していく過程であった.

 第5に,大企業での労働実態に対し,管理者による査定により,同僚にプレッシャーをかけながら懸命に働いているだけだとする反「日本モデル」論があるが,大企業の作業組織ではコントロール・システムの機能が思考部分を担う労働者集団の意志に依存しており,それへの配慮を欠けば,順調な生産の流れが阻害されることを考えれば,こうした批判が妥当するとは思えない.思考部分への統合は,労働者集団の自発的,積極的参加に支えられねばならず,自発的,積極的参加が,虐げられ,職務に不満を持った労働者集団から得られるとは普通考えにくいからである.もっとも,労働密度,作業スピード,作業方法などで人間工学的な視点が弱いこと,作業計画の策定およびその変更に対する労働者の発言力が十分に確保されているとは思えないこと,職務配分,査定をめぐる作業組織内の労働者間競争を規制する方法が整えられていないことなどの問題点を抱えていると思われる.

審査要旨

 中村圭介氏の提出論文「日本の職場と生産システム」は、日本における生産システムを職場からの視点にもとづいて明らかにしようとした作品であり、1997年に単行本(本文257ページ)として刊行された。本論文は、精密な事例調査に基づき、日本の電機、自動車など代表的な製造大企業の職場作業組織が思考と遂行の「分離を基礎にした統合」の原理により特徴づけられるものであることを、これとは異質な原理にもとづく作業組織との対比に基づいて明らかにするとともに、そうした作業組織の形成にいたる歴史的背景を探っている。

 以下、提出論文の内容を各章ごとに手短に要約し、ついで結論として本論文の評価を述べる。

 1)序章「課題と方法」においては、文献サーベイに基づき、氏の問題関心と研究の枠組みが述べられている。氏によれば、機械設備、原材料、労働力などの投入要素を調達し、組み合わせ、管理する特定の方法を総称する「生産システム」の日本モデルに関する従来の研究には、次の4つのタイプのものがある。第1は、作業管理、品質管理、在庫管理など、広い意味での生産管理の特有のありかた(たとえばトヨタ生産方式など)に着目する研究、第2は、企業の新製品開発方式(製品設計と生産技術など他部門の密接な連関など)に着目する研究、第3は、企業間関係、具体的には下請け分業ネットワークに着目する研究、そして第4は、製造職場の労働者の高度の熟練に着目する研究である。氏は、これらの研究が対象とする問題領域が実は相互に関連しあっており、実際の研究でもそうした相互連関が言及され、あるいは予定されているが、それらを関連づけて日本の生産システムの全体像をシステマティックに描いた研究は乏しいと指摘する。そして、日本の職場のあり方を理解することが日本の生産システムを総合的に分析する上での鍵であるとの観点から、職場に視点を置き、そこから日本の生産システムの全体像を再構成することを研究課題として設定する。

 このような課題設定に基づき、氏が出発点として取り上げる研究は、上記の4類型の研究のなかでも、第4のタイプ、その中でも、日本の職場の丁寧な観察に基づく知的熟練論を展開した小池和男らの研究である。氏は、小池らの研究が、日本の大企業製造職場労働者がもつ高度の熟練を、変化と異常に対応する知的熟練としてとらえ、これを可能にする幅広いOJTと補完的訓練、また、これを促進する報酬制度の重要性を解明した功績を認めながらも、それが生産管理や製品開発など、企業組織・企業活動の全体とどう関わっているかが分析枠組みに取り入れられていない点で不十分であると批判する。氏によれば、知的熟練の重要な部分は、製品開発や生産管理業務に関与し、重要な貢献をおこなう能力である。このような能力の形成・発揮は、テイラーが強調した「思考と遂行の分離」の原則が貫徹している組織では不可能である。いいかえれば、知的熟練の前提には、かかる管理思想・管理体制の転換がなければならないはずである。このように考えれば、小池らが強調する知的熟練の性格をより深く理解し、その形成・変化のダイナミクスを解くうえでも、企業の管理思想・管理体制について分析を深める必要があることが明かとなる。

 このような氏の問題への接近は、ヨーロッパやアメリカで広く議論され、研究され、また実践されている作業組織論、とくにそのなかでも主導的な役割を果たしているソシオ・テクニカル・システム・アプローチ(以下STSアプローチと略称)と重なるところが大きい。氏によれば、STSアプローチの主要な主張は、原理的には、企業を環境適応型の社会・技術システムととらえ、技術システム、社会システム両者の選択可能性の輻を強調しつつ、それぞれのシステムが共に最適化(joint optimization)された場合にシステム全体の機能が効率的となる最適組み合わせがあるとの主張であるが、実際の研究において重視されているのは、その中でも、職場の作業組織という変数である。すなわち、職務・職務構造を設計する上で、技術の要求する課業要件と、労働者が仕事に対して持つ社会心理的欲求を同時に満足させるようなシステム選択を行うことに、このアプローチの最大の関心がある。そして、実践的には、職場の半自律的労働者集団に作業計画・遂行上の権限を与えるチーム作業方式が提唱されることが多い。

 だが、このようなSTSアプローチによる研究には、労務管理や生産管理などのコントロール・システムの重要性の指摘はあるが、そうした管理体制とそれに影響をあたえる環境要因の実態についての立ち入った研究は十分行われていない。これは、このアプローチが、職場作業組織の実証研究から出発しつつも、実践モデルの設計に重点移行していったこと、そしてそのなかで、労働者・労働者集団の「自律」に最大限の価値をおいた改革を主張してきたことと関わっている。

 以上の考察を通じて、氏は、知的熟練論とSTSアプローチに学び、職場の仕事の実態と作業組織に焦点を当てつつも、それと、生産管理、製品開発などの諸部門の活動、労使関係、さらには下請け企業を含む生産分業構造との関わりを重視して総合的に解明する必要があるとの方法的視点に到達する。そして、このような視点に立ちつつ、代表的な製造職場として電機産業(VCR組立職場)と自動車産業(一次-三次部品メーカーの様々な職場)、ホワイトカラー職場の代表としてソフトウェア産業の職場と管理体制の実態調査にもとづく研究を実施している。また、その歴史的変化をさぐるために、1960年代はじめにおける鉄鋼産業の職場でのQCサークル形成過程の考察をおこなっている。

 2)第1章「製品開発への参加と職場の生産管理」は、ある大手電機メーカーのVCR最終組立ラインの作業組織の実態を、丹念な職場観察とインタビューにより、精細に調査、分析したものである。この研究の主要な発見を要約すれば、以下の通りである。

 第1に、家電組立ラインという、自動化が進み、通常、要求される熟練度が低く、反復作業的な職場と考えられている職場に、単なる組立作業者とは異なる、より熟練度の高い労働者が多数存在する事実である。この職場では、正規従業員は(組立工程作業は、パートタイマーが担当)、調整・検査などの比較的簡単な工程業務に数年間従事した後、交代要員、部品・材料の手配・管理、技術指導、進捗管理などを担当する指導員や、検査ではねられた製品の修理、機械設備のメンテナンスなど専門的な仕事を担当する仕事グループに昇格していく。さらに、その一部は現場第一線の監督職である班長や、「品質グループ」(不良原因の分析など通常の品質管理業務にくわえて関連会社の検査員の指導など幅広い仕事を担当)など、さらに高度の専門的な職務を担当する仕事グループに昇格する。

 こうしたより高度の能力を身に付けた労働者は、自働機械の切り換えと最適値の発見、自働機械の改善、品質管理や関係会社管理など、生産技術者、品質管理技術者、現場管理者の職務の一部を担当するとともに、新製品開発時における現場の知識・経験にもとづいた開発プロセスへの参加、量産準備段階での不具合の発見や職務記述書の作成に加わっている。これらのうちでも、最も高度の知識を要求される仕事の一つは、「品質グループ」による製品開発プロセスへの関与、具体的には、設計に関する製造の容易さ(Manufacturability)のチェックなどである。

 第2に、このような高度の熟練をもつ労働者による管理業務の遂行、開発過程への参加がとくに求められ、また有力であるのは、この工場が、多様な新製品を数多く開発・製造する(100種類に上る製品について頻繁なモデル・チェンジが繰り返されている)当企業VCR事業部門にとってのテスト生産工場的な位置を与えられており、製品開発過程に深く関与していることと関係が深い。

 第3に、このような高度の熟練の基礎は、調整・検査という比較的熟練度の低い作業を経験するなかで、ジョブ・ローテーションにより多様な工程と職務についてのOJTに基づく知識を深め、工程のトラブルに対応する能力を高めていくことにより形成される。だが、それと同時に、より上位の労働者グループにはいり、品質管理や進捗管理業務を担い、問題解決に取り組み、新製品開発に積極的に参加できるようになるには、高度の理解力、判断力、分析力を要求されるので、管理知識や生産技術・機械設備についての職場外訓練(off-JT)の役割も大きい。たとえば、この工場における「構造化されたキャリア」の中間段階において、事業部固有の内容をもつ「転換訓練」を受けることが事実上義務づけられている。これは、材料、部品、ビデオ原理、品質、原価、生産原理についての30時間の座学である。

 第4に、労働者が積極的に自らの能力を向上させる意欲を刺激する賃金・格付け制度が重要な役割を果たしていることである。この企業では、基本給の重要部分(約70%)をしめる仕事給部分とリンクする仕事別グループ制度という実質的な職能資格制度がある。その運用を通じて、より高い能力、とりわけ管理業務の一部を遂行することができる能力を身につけ、より上位の仕事別グループに昇格していくよう促している。また、このような能力は、労働者個人による能力差をより際だたせることから、個々の労働者にたいする人事考課が行われ、その評価が仕事給に反映されている。

 第5に、STSアプローチが重視する半自律的な労働者集団による生産計画の自主決定や、仕事の遂行方法の自主決定は見いだせないが、工場・職場レベルの労働組合組織による労使協議制を通じた生産計画への発言が行われている。また、労使合同の格付け委員会を通じて、仕事グループへの格付けについての苦情処理を行っている。

 以上、この研究は、製造業大企業の製造職場の事例研究を通じて、日本の職場作業組織における「思考と遂行の分離」原則の修正の実態を明かにし、そこに形成される「知的熟練」の内実を、生産管理体制や新製品開発体制との関連において解明することに成功しているといってよい。とくに、製造職場労働者のキャリアを詳細に分析することにより、管理的業務、判断を要する仕事を行う労働者層が形成されていることを明らかにしたこと、他方、これらの労働者の高い能力が、生産技術者や設計技術者が主役となる企業の管理・開発体制に深く組み込まれることにより形成され、発揮される性格のものであることを明らかにしたことが、この章の大きなメリットであろう。

 3)第2章「作業組織の階層性とネットワーク」は、ある自動車組立メーカーの一次部品メーカー(トランスミッション関係、従業員数1268人)、それに関連部品を納入する二次部品メーカー(プレス加工、従業員数60人)、さらにその加工工程の一部を担当する三次部品メーカー2社(研磨加工、20人と切削加工、従業員数17人)を対象に、各企業主要職場の作業組織の実態を丁寧な職場観察と詳細なインタビュー調査により明らかにするとともに、異なる原理によって編成された作業組織が、企業間の階層的分業ネットワークを通じてどのように結合されているのかを解明したものである。この研究での発見を要約すれば、以下の通りである。

 a)一次部品メーカー(仕上げ研磨加工職場)では、上記(2)でみた大手家電メーカーの職場と同質の作業組織が見いだされる。職場の作業組織を構成する労働者集団のなかに、生産管理業務の一部を取り込んだ職務を担い、生産試作にも関与する労働者が存在し、「思考と遂行の分離」原則とは異なる原理に基づいて編成されている。そうした作業組織を、OJTに加えた現場の労働者に対するQC・IE教育、技能マップによる多能工化教育が支えている。賃金制度は、大手家電メーカーの事例にくらべると、なお勤続年数とのリンクが強いが、資格制度の運用、職務昇進については、職務遂行能力の違いを反映するような処遇の仕組みが導入されつつある。

 これに対し、二次部品メーカー以下では、このような作業組織は見いだせない。

 b)二次部品メーカー(単発プレス職場)では、労働者による生産管理業務の分担や生産試作への関与はみられず、そうした仕事は、もっぱら経営者・技術員により担われる。金型交換などに熟練を要求されるが、そうした熟練は仕事を通じて見よう見まねで獲得するものであり、系統的な教育訓練は行われていない。賃金も、勤続年数と年齢で決まり、職務遂行能力の差を反映する仕組みはない。

 c)三次部品メーカーの一つ(研磨加工職場)では、上記単発プレス職場とほぼ同様の職場作業組織が見いだされる。教育訓練、賃金制度も同様である。

 d)もう一つの三次部品メーカー(切削加工職場)では、経営者が段取りを行って、熟練度の低い労働者に作業させる作業組織が見いだされた。教育訓練(一部の労働者にのみ行われる)、賃金制度も同様である。

 氏は、以上のような編成原理を異にする作業組織が、企業間ネットワークを通じて結合されることによって、自動車産業の生産システムが成り立っていると主張する。

 この章のメリットは、第1に、VCR組立職場に関する研究と同様に、一次部品メーカーにおけるいわば「知的熟練」型の作業組織の存在と、それが生産管理体制や製品開発体制との関連において成り立っていることを明らかにしたこと、第2に、しかし、そうした作業組織が日本のどの職場にもあるわけではなく、二次部品メーカー以下では、いわば「在来型」の熟練、もしくは半熟練労働が支配的な作業組織が見られることを、一次部品メーカーとの対比において明らかにしたこと、第3に、上記両者を分かつ生産システム上の違いとして、「管理水準」の明確な格差があることを明らかにしたことであろう。

 4)第3章「QCサークルの誕生」は、上に述べた大手家電メーカーや、第一次部品メーカーの事例に見られるような管理業務の分担や、製品開発への労働者の関与を含む製造大企業の作業組織の類型がどのような歴史的経緯を経て成立したかを解明するために、鉄鋼業におけるQCサークル草創期を研究対象にする。具体的には、日本鋼管川崎製鉄所(当時)におけるQCサークルの形成過程を、資料の丹念な検討と、関係者へのインタビューによって明かにし、同製鉄所における「思考と遂行の分離」原則の修正をともなうような作業組織の変容が、どのようにして起きたのかを探っている。

 氏の分析によれば、同製鉄所におけるQCサークルは、1960年代はじめに、部長通達を契機に、上から作られたが、それは必ずしも定着していかなかった。むしろ、これにやや遅れて実施された自主検査体制への移行、具体的には検査業務の一部生産部門への移管(人を含めて)を契機として、自主的に問題解決を図ろうとする動きが労働者の間に自然発生的に生まれ、それがのちにQCサークルという名称のもとに登録されるようになって、サークル数が急増していったのである。

 自主検査体制の導入の背後には、1950年代におけるQC、IEなどの管理技術の導入と普及、米国人IEコンサルタントのマンデルによる管理体制合理化の勧告、そして作業長制度とライン・スタッフ制の導入を核とする現場管理制度の合理化があった。その中で、職場のリーダーである役付工層が現場管理の責任を負わされるようになり、管理サイクルに巻き込まれるようになっていった。そして、かれらに管理技術教育が集中的におこなわれた。これらが職場の問題解決へむけた動きをうながし、また支えることになった。

 このような米国の管理体制、管理技術に強く影響されて進んだ管理体制の合理化が、むしろ「思考と遂行の分離」原則とは異なる管理思想・管理体制の定着につながった背景を、氏は、次のように分析する。第1に、ライン・スタッフ制確立以前に管理技術が導入され、広く普及したこと、第2に、急速な成長過程で、貿易自由化に対応するという圧力に直面していた鉄鋼企業では、一方では技術力の強化が求められ、他方で技術者が不足していたために、役付工や現場労働者に現場管理に関して重要な役割を担わせざるをえなかったこと、そして、第3に、元来は品質管理部門による現場に対する統制に主眼をおいていたデミングの「品質を工程で作り込む」というアイデアが、意識的にか、無意識的にか、製造部門で働く現場監督者に率いられた現場労働者自身が高い品質をもつ製品を製造する責任をもっているという趣旨に読みかえられていったことが、こうした事態をもたらした要因である。

 この章のメリットは、従来研究の乏しかったQCサークルの成立や、その前提となる管理体制の合理化過程についての事業所・職場レベルでの実態を踏まえた研究を行い、個別事業所に限定されるが、きわめて豊富な資料を発掘・活用して描ききったところにあろう。とくに、自主検査体制の確立とQCサークルの下からの生成の関連を明らかにしたことは、今後のこの分野での研究に示唆するところが大きい。

 5)第4章「責任ある自律」は、以上の研究とは趣を異にし、ホワイトカラー職場の一典型としてのソフトウェア産業の作業組織を扱う。ここでの研究方法は、事例研究とアンケート調査による大量観察法の併用である。

 氏によって見いだされたソフトウェア技術者の作業組織の特質は、第1に、プロジェクト・チーム方式による流動性の高いシステムであること、第2に、合理的な生産管理方法が確立されていないために、プロジェクト・リーダーおよびメンバーからなる技術者の集団に管理を事実上委ねざるをえず、「自律」的な作業組織となっていること、そして第3に、このことと密接に関わって、専門職制度・資格制度などの処遇管理制度もうまく機能していないことである。このように、技術者自身の「責任ある自律」に依存する作業組織は、以上に述べた研究で分析対象とした製造業大企業の製造職場のように、スタッフ部門である管理部門によって厳しく設定された管理基準を前提に、生産管理業務の一翼を担うことが求められる作業組織とは異なっている。小池和男が主張するように、このような製造業大企業職場の労働者が「ホワイトカラー化」しているととらえることができるとしても、それは、このような自律性・裁量性の高いホワイトカラー層の仕事と全く同質とはみなせない。

 この章のメリットは、第1に、ソフトウェア技術者の作業組織について、「直接管理」の強化による製造業と同種類の合理化が可能であるとの主張に対して、そうした試みの失敗の実態と、それを規定している技術的論理を解明することにより、「責任ある自律」に基づく生産システムの効率化の方が少なくとも当面は有効である可能性が高いという示唆を与えていること、第2に、ソフトウェア技術者の作業組織と製造大企業のそれを対比することにより、逆に、後者の性格を位置づけ、ソフトウェア職場で有効な「責任ある自律」にもとづく管理体制を製造職場で実現することの困難性を示唆していることであろう。

 6)最後に、終章「結論」では、以上の分析を踏まえ、日本の製造大企業職場の作業組織を「思考と遂行の分離」を基礎としつつも、労働者の思考部分への統合を図る、いわば「分離に基づく統合」という原理に基づく作業組織であるとの規定を与えている。このような作業組織は、技術システムとしても、社会システムとしても、評価しうるパフォーマンスを示していること、だが、作業組織のありかたへの労働組合の発言の強化、欧米諸国で盛んな作業組織改革における人間工学的側面から学ぶことなどにより、社会システムとしての改善を図る余地があると考えられるとする。また、残された課題として、ホワイトカラーの作業組織研究の必要性を提起している。

 以上に要約して紹介してきた日本の生産システムと職場作業組織に関わる氏の研究の達成について、まず、氏自身が設定した枠組みに即して評価しよう。氏自身が意識している二つの先行研究、すなわち、小池らの知的熟練論、STSアプローチに基づく作業組織研究の二つに対して、氏の研究は、何をつけ加えているのだろうか。

 第1に、知的熟練論ついて。氏の研究は、一方では、知的熟練論の基本的論理と事実発見(日本の大企業製造職場における変化と異常に対処する「知的熟練」の存在)の有効性を丹念な調査研究により裏付けるとともに、「知的熟練」の形成・発揮を企業の管理・開発体制との関わりにおいてとらえるという独自の方法により、やや違った角度から、より深く分析することに成功している。他方、氏は、そうした分析を通じて、「知的熟練型」の作業組織が主として大企業職場に限定されていることを「管理水準」と関わらせて説明するとともに、そうした作業組織が、思考と遂行の「分離に基づく統合」という組織原理に立脚していることを明らかにすることにより、従来の知的熟練論にたいする批判的深化とも呼ぶべき問題提起をおこなっている。

 第2に、STSアプローチによる作業組織研究について。STSアプローチは、英国のタビストック研究所の研究者グループにより提唱され、日本では経営学の一部で評価の対象となっているに過ぎないが、諸外国、とくに西ヨーロッパや米国では、経営学・社会学・組織論・労使関係論など幅広い学問分野に強い影響を与えている。その影響は、単に学問的なものにとどまらず、ボルボ・カルマル工場に代表される欧米諸国における職場作業組織改革の実践を導く理念の源泉ともなっている。このような状況に鑑みれば、氏が労使関係論の観点からこのアプローチによる作業組織研究の丁寧なサーベイをおこない、そうした研究の有効性の検証を意識した研究を実施したことは、氏の貢献といってよい。

 そして、そうした研究の結果、氏は、現代日本の先進的な製造大企業の活動を貫く「管理」のレベルの高さを徹底して描き出すことを通じて、STSアプローチが強調する「責任ある自律」に基づく職場作業組織の改革という考え方の限界を指摘している。これは、このアプローチの影響が世界的に大きいにもかかわらず、その技術システムとしての有効性について、十分詰めた議論が行われているとはいえない作業組織研究の現状では、重要な貢献といってよい。

 とはいえ、このアプローチが提起する「責任ある自律」論の背景にある労働生活の質的改善という課題そのものが全面的に否定されることにはなるまい。「日本モデル」(分離に基づく統合)がこの課題への回答とになるのか、あるいは、さらなる考察を必要とするのかなど、多くの議論が提起されうる。氏は、本論文終章において「分離に基づく統合」型の作業組織が社会システムとしてより高い成果を達成するためには、労働者・労働組合の発言権の強化が必要であることを示唆しているが、この問題の重要性に鑑みると、一層の研究の深化が求められよう。

 実証研究の方法という観点からは、氏の研究に、事例研究という方法につきまとう代表性の問題があることは確かである。だが、個別事例研究については、日本産業の国際競争力の基幹部分をなす電機、自動車、鉄鋼産業の主要企業(およびその関連企業)を取り上げており、それぞれの企業固有の事情はあるにせよ、単なる例外的なケースを取り出しているわけではないことは確かであろう。ソフトウェア産業のように、必ずしも主導的大企業が存在しない分野では、複数事例研究と大量観察の手法が併用されており、説得的である。

 最後に、氏のこの分野における研究の達成を、氏が設定する枠組みのいわば外側から評価するとどのようなことがいえるであろうか。

 第1に、上記諸研究では、日本の作業組織の現状とその成立の経緯について、説得的な叙述が行われているが、そのような作業組織がなぜそのようなものとして存立しているのかについて語るところが少ないように思える。終章において、「規定要因」の考察が行われているが、そこでは、自動車産業の作業組織の階層的編成を、労働市場の階層性から説明する試みなど、魅力ある仮説が提出されているが、なお十分説得的に展開されているとはいえない。

 第2に、本論文各章の詳細な記述を通して、日本の産業社会に「分離を基礎とした統合」原理にたつ作業組織とは異なる作業組織が広く存在し、それが企業間、雇用形態別、男女別等の分業関係を通じて結びあわされることにより、全体としての日本の生産システムが成り立っていることが描き出されているが、そうした他の原理にたつ作業組織の問題をどう考えるかについての本格的な考察が見あたらない。

 第3に、本論文において、「反日本モデル論」として言及されている日本の生産システムをめぐる国内・国外の議論とそれをめぐる論争について、事例の実証を通じる自説の展開は行われているが、そうした論争そのものについての本格的な評価と取り組みが行われているとはいえない。学界におけるこの分野での研究をリードするためには、そうした論争への目配りと、それらに対応した自らの見解の一層の明確化が求められよう。

 だが、以上のような問題点の存在も、日本の生産システムと作業組織について、独自の方法的視点をたて、まれにみる徹底さで、多様な日本の職場の実態を描き出した氏の研究の達成の意義を否定するものではない。以上の評価を踏まえ、本提出論文は博士(経済学)の学位授与に値するものと認められる。

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