学位論文要旨



No 214029
著者(漢字) 新村,和哉
著者(英字)
著者(カナ) シンムラ,カズヤ
標題(和) 入院医療費の増加要因に関する研究
標題(洋)
報告番号 214029
報告番号 乙14029
学位授与日 1998.10.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14029号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 木内,貴弘
 東京大学 講師 三浦,宏子
内容要旨 1.はじめに

 近年、先進工業国においても経済成長の速度を上回って増大する医療費のうちでも入院医療費のコントロールが各国の重要な課題の一つとなっている。

 入院医療費の抑制を効果的に図るためには、入院医療費の増加要因として入院の価格の上昇と入院の量の増大とがそれぞれどの程度寄与しているのかを把握しておくことが重要である。わが国の入院医療費が病床数と強い相関関係にあることはすでに指摘されているが、入院医療費の増加要因として入院の価格と入院の量を総合的に分析することが必要である。

 一方、わが国の平均在院日数が諸外国に比べて長いことや人口当り入院医療費と平均在院日数との間に相関がみられることが指摘されている。しかし、入院医療費と平均在院日数との関係については、他の変数も考慮したより実証的な検証が必要である。

 本稿では、第一に、国内外の入院医療費の増加要因を明らかにすること、第二に、日本の入院医療費の特徴を諸外国との比較の上で明らかにすること、第三に、平均在院日数と入院医療費との関係を明らかにすることを目的として国際データ及び都道府県別データの分析を行った。

2.方法1)国際データ

 国際データについてはOECDの医療統計集を用いた。年次や項目によってはすべての加盟国の統計は得られないため、ここでは分析に必要な統計がそろっている11か国について比較を行った。

 各国の国民1人当り年間入院医療費を分解すると、下の式のとおりとなる。

 人口当り入院医療費(ドル/人)

 =1日当り入院医療費(ドル/患者/日)×人口当り入院患者数〔(患者/人)×100〕×平均在院日数(日)÷100

 1970年、1980年、及び1990年における以上の統計を、対象とした11か国について算出し比較した。この期間の変化を1990年の1ドルを1.00としてアメリカの消費者物価指数で実質化した。

 次いで、1970年から1990年までの10年ごとの各数値の1年間当りの平均変化率を、倍率の10乗根として算出した。データが欠損している場合は直近のデータを用いて、その間隔がn年の場合にはその間の変化の倍率のn乗根を当てた。見やすくするために、変化率を1から引いて100倍して%として表示し、または対数の100を掛けた数値で比較表を作成した。その表記の場合、上記の式の2時点の比の対数をとることによって、右辺の三要素の値の和が左辺のそれに等しくなる。

2)都道府県データ

 都道府県別データの解析については、1981年、1985年、及び1990年における各都道府県の県民1人当り年間入院医療費(以下、人口当り入院医療費と略)を、入院患者1人1日当り入院医療費(以下、1日当り入院医療費と略)、県民1人当り年間入院患者数(以下、人口当り入院患者数または入院率と略)、入院患者の平均在院日数(以下、平均在院日数と略)の積として表した。1日当り入院医療費は全人口についてのものが得られないため、『国民健康保険事業年報』より得た。人口当り入院患者数は、『病院報告』に掲載されている年間新入院患者数を当該年の人口で割り算出した。平均在院日数は『病院報告』に掲載されている。

 以上の諸変数間の関係を単相関分析により観察するとともに、人口当り入院医療費、及びその三要素を目的変数とし、都道府県別の病床密度、福祉施設収容数、65歳以上人口密度を説明変数として重回帰分析を行った。これらの変数はそれぞれ、医療の供給量、その代替案、医療需要の代理変数とした。

3.結果と考察

 OECDのデータを分析した結果、日本の1990年時点での人口当たり入院医療費はギリシャに次いで低く、1日当たり入院医療費はオーストリアに次いで低い。人口当たり入院患者数では、この期間一貫して日本は最も低くなっている。平均在院日数については、一貫して日本が最も長く極めて突出した離れ値となっている。また、1日当たり入院医療費は最低である。1970年から90年にかけて医療費の高騰の最も大きな原因は入院医療の単価の増加であり、これは医療技術の進歩によるものであろう。

 日本の都道府県の入院医療費の差は大きいが、これは技術の差とは考えられない。病床密度、福祉収容密度、65歳以上人口割合を説明変数とした重回帰分析の結果では、唯一病床密度がその差を説明しており、しかも、自由度調整R2は高いことから、福祉収容密度も65歳以上人口割合も説明力はなかった。平均在院日数は見かけ上は医療費との相関は高いが、重回帰分析の結果と併せて考えると、病床密度の差がその差をほとんど説明していた。

4.まとめ

 1)先進諸国においては、1970年、1980年代をとおして、入院の単価を示す1日当り入院医療費が人口当り入院医療費の主な増加要因であった。

 2)先進諸国との比較においては、日本の入院医療費は少なく、特に入院の価格を示す1日当り入院医療費と入院の頻度を示す人口当り入院患者数が少ない。

 3)人口当たり病床数は平均在院日数との極めて強い正の相関、次いで人口当り入院患者数と正の相関、1日当り入院医療費と負の相関が強い。

 4)日本の医療費の地域差は、医療の供給体制の大きさの差で大部分が説明がつく。

 5)平均在院日数のみの短縮が人口当り入院医療費の低下をもたらす可能性は少ない。

審査要旨 1.はじめに

 近年、先進工業国においても経済成長の速度を上回って増大する医療費のうちでも入院医療費のコントロールが各国の重要な課題の一つとなっている。

 入院医療費の抑制を効果的に図るためには、入院医療費の増加要因として入院の価格の上昇と入院の量の増大とがそれぞれどの程度寄与しているのかを把握しておくことが重要である。わが国の入院医療費が病床数と強い相関関係にあることはすでに指摘されているが、入院医療費の増加要因として入院の価格と入院の量を総合的に分析することが必要である。

 一方、わが国の平均在院日数が諸外国に比べて長いことや人口当り入院医療費と平均在院日数との間に相関がみられることが指摘されている。しかし、入院医療費と平均在院日数との関係については、他の変数も考慮したより実証的な検証が必要である。

 本稿では、第一に、国内外の入院医療費の増加要因を明らかにすること、第二に、日本の入院医療費の特徴を諸外国との比較の上で明らかにすること、第三に、平均在院日数と入院医療費との関係を明らかにすることを目的として国際データ及び都道府県別データの分析を行った。

2.方法1)国際データ

 国際データについてはOECDの医療統計集を用いた。年次や項目によってはすべての加盟国の統計は得られないため、ここでは分析に必要な統計がそろっている11か国について比較を行った。

 各国の国民1人当り年間入院医療費を分解すると、下の式のとおりとなる。

 人口当り入院医療費(ドル/人)

 =1日当り入院医療費(ドル/患者/日)×人口当り入院患者数〔(患者/人)×100〕×平均在院日数(日)÷100

 1970年、1980年、及び1990年における以上の統計を、対象とした11か国について算出し比較した。この期間の変化を1990年の1ドルを1.00としてアメリカの消費者物価指数で実質化した。

 次いで、1970年から1990年までの10年ごとの各数値の1年間当りの平均変化率を、倍率の10乗根として算出した。データが欠損している場合は直近のデータを用いて、その間隔がn年の場合にはその間の変化の倍率のn乗根を当てた。見やすくするために、変化率を1から引いて100倍して%として表示し、または対数の100を掛けた数値で比較表を作成した。その表記の場合、上記の式の2時点の比の対数をとることによって、右辺の三要素の値の和が左辺のそれに等しくなる。

2)都道府県データ

 都道府県別データの解析については、1981年、1985年、及び1990年における各都道府県の県民1人当り年間入院医療費(以下、人口当り入院医療費と略)を、入院患者1人1日当り入院医療費(以下、1日当り入院医療費と略)、県民1人当り年間入院患者数(以下、人口当り入院患者数または入院率と略)、入院患者の平均在院日数(以下、平均在院日数と略)の積として表した。1日当り入院医療費は全人口についてのものが得られないため、『国民健康保険事業年報』より得た。人口当り入院患者数は、『病院報告』に掲載されている年間新入院患者数を当該年の人口で割り算出した。平均在院日数は『病院報告』に掲載されている。以上の諸変数間の関係を単相関分析により観察するとともに、人口当り入院医療費、及びその三要素を目的変数とし、都道府県別の病床密度、福祉施設収容数、65歳以上人口密度を説明変数として重回帰分析を行った。これらの変数はそれぞれ、医療の供給量、その代替案、医療需要の代理変数とした。

3.結果と考察

 OECDのデータを分析した結果、日本の1990年時点での人口当たり入院医療費はギリシャに次いで低く、1日当たり入院医療費はオーストリアに次いで低い。人口当たり入院患者数では、この期間一貫して日本は最も低くなっている。平均在院日数については、一貫して日本が最も長く極めて突出した離れ値となっている。また、1日当たり入院医療費は最低である。1970年から90年にかけて医療費の高騰の最も大きな原因は入院医療の単価の増加であり、これは医療技術の進歩によるものであろう。

 日本の都道府県の入院医療費の差は大きいが、病床密度、福祉収容密度、65歳以上人口割合を説明変数とした重回帰分析の結果では、唯一病床密度がその差を説明しており、しかも、自由度調整R2は高いことから、福祉収容密度も65歳以上人口割合も説明力はなかった。平均在院日数は見かけ上は医療費との相関は高いが、重回帰分析の結果と併せて考えると、病床密度の差がその差をほとんど説明していた。

4.まとめ

 1)先進諸国においては、1970年、1980年代をとおして、入院の単価を示す1日当り入院医療費が人口当り入院医療費の主な増加要因であった。

 2)先進諸国との比較においては、日本の入院医療費は少なく、特に入院の価格を示す1日当り入院医療費と入院の頻度を示す人口当り入院患者数が少ない。

 3)人口当たり病床数は平均在院日数との極めて強い正の相関、次いで人口当り入院患者数と正の相関、1日当り入院医療費と負の相関が強い。

 4)日本の医療費の地域差は医療の供給体制の大きさの差で大部分が説明が付く。

 5)平均在院日数のみの短縮が人口当り入院医療費の低下をもたらす可能性は少ない。

 以上のように、医療費の高騰にはこれまでいろいろと複雑な要因があるとして論じられてきた問題を極めて明快に、かつ実証的に説明した点で、本論文は高く評価でき、学位論文に値するものと考えられる。

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