1.研究の背景と目的 高脂血症と高血圧とはともに動脈硬化のリスクファクターであり、両者を合併する頻度が高いことが知られているが、これまで脂質異常の血圧調節に及ぼす影響については十分研究されていなかった。最近、低比重リポ蛋白(LDL)が用量依存性にラット培養血管平滑筋細胞へのカルシウムイオン(Ca2+)の流入を増加させ、摘出血管を収縮させること、さらに、高脂血症では内皮依存性血管拡張反応が低下しており、高脂血症患者のアセチルコリンに対する冠動脈血管拡張反応の低下が、脂質を低下させることにより改善することが報告された。したがって、脂質異常が血管の拡張能に影響し、血圧調節を障害する可能性がある。 本研究では、血圧が正常の高コレステロール血症患者に対して精神的ストレスおよび運動負荷を行い、その血圧反応を健常者と比較した。また、血圧上昇の機序を調べるために、血小板の細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i)、内皮依存性血管拡張能の指標の一つとして血中一酸化窒素(NO)をその代謝物であるnitrite(NO2)とnitrate(NO3)との総和(NOx)として求め、NOの血管平滑筋弛緩作用の指標としてcyclic guanirate monophosphate(cGMP)を測定した。さらに、高脂血症治療によるこの昇圧反応への影響も調べた。 2.対象と方法 血清コレステロール(TC)が220mg/dL以上であり、高血圧、糖尿病およびその家族歴のない高コレステロール患者28例(HC群)と、年令および性をマッチさせた健常者24例(N群)を対象とし、12時間以上絶食後の午前中に検査を行った。検査は、まず、被験者の左側前腕の静脈内に採血用のカテーテルをし、静寂な部屋で約20分間安静の後、精神的ストレスとして1000から13を連続して引く暗算負荷(AS)を5分間行った。次いで、再び安静とし、血圧、脈拍数が前値に復した後、運動負荷として各対象者の最大握力の1/3でのハンドグリップ負荷(HG)を3分間行った。血圧、脈拍数(PR)を各負荷中は1分毎に、また、負荷終了後1分、3分および5分に自動血圧計にて測定した。 採血は、AS前の安静時、ASおよびHG終了時に行い、血清脂質、過酸化脂質(LPO)および心房ナトリウム利尿ペプチド(ANP)をAS前の安静時に測定した。血漿カテコラミンは安静時、ASおよびHG終了時に高速液体クロマトグラフィーにより測定した。血小板の[Ca2+]iおよび10 g/mLヒトLDL刺激による[Ca2+]iを安静時血液より得たplatelet rich plasmaを用い、fura 2/AMを使用して測定した。血漿NOxおよびcGMPは安静時、ASおよびHG終了時に測定した。NOxは、Greenらの方法により、Greiss試薬を用いて測定した。cGMPはradioimmunoassay法により測定した。ANPはイムノラジオメトリックアッセイ法により測定した。 また、HC群のうち同意の得られた15例で、12週間のプラバスタチン(10mg/日)治療後に同様の検査を行い、過剰昇圧反応が改善するか否かを調べた。 数値は平均値±SEにて表示し、危険率5%未満を有意であるとした。 3.結果 HC群とN群との間には、年令、肥満係数(BMI)、空腹時血糖、安静時血圧および脈拍数に差はなかったが、HC群では、TC、LDLコレステロール、およびLPOが高値であった。 ASおよびHGにより、血圧、心拍数は、HC群とN群とで同様に上昇し、負荷終了後は速やかに低下したが、HC群ではN群に比べ、ASでは1分、3分、4分後および終了時の収縮期血圧と1分、2分後の拡張期血圧、HGでは1分、2分後、終了時の収縮期血圧と拡張期血圧の両者が高値であった。全例で調べると、TCとASおよびHG終了時の平均血圧との間に有意な正の相関関係が認められた(AS:r=0.54,p<0.01,HG:r=0.50,p<0.01)。 プラバスタチン治療により、TC、LDLコレステロールおよびLPOは低下したが、安静時血圧および脈拍数には有意な変化は認められなかった。血圧反応は、ASでは1分後および終了1分後の収縮期血圧、HGでは1分、2分後の収縮期血圧と2分後の拡張期血圧が有意に低下した。 血漿エピネフリン濃度はHC群においてのみASにより増加したが、血漿ノルエピネフリン濃度には両群ともに負荷による変化は認められなかった。 血小板[Ca2+]iおよび10 g/mL LDL刺激による[Ca2+]iは、HC群ではN群に比し高値であり(77±4vs65±3nmol/L,213±28vs98±10nmol/L,ともにp<0.01)、LDL刺激に対する[Ca2+]iの増加とAS終了時の平均血圧の増加との間には正の相関関係が認められた(r=0.48,p<0.01)。治療により、LDL刺激による[Ca2+]iは低下した (227±12to187±8nmol/L,p<0.01)。 血漿NOxはHC群で高値であったが(AS前:70±7vs54±4 mol/L,p<0.05)、負荷による変化は認められなかった。血漿cGMPは安静時にはHC群とN群とで差が認められなかったが、N群でのみHGにより増加した。血漿NOxに対するcGMPの割合(cGMP/NOx)はHC群で低値を示した(AS前:3.2±0.4vs4.5±0.4x10-5,p<0.05)。治療により血漿NOxの増加は軽減し、cGMPも増加したため、cGMP/NOxは有意に増加し、健常者と差がなくなった。安静時の血漿ANPには両群で差がなく、治療による変化も認められなかった。 4.考察 高コレステロール血症(HC)患者では、安静時血圧が正常でも、健常者と比べストレスおよび運動負荷に対して過剰な昇圧反応を示し、薬物治療により血清総コレステロール値を低下させるとこの過剰昇圧反応が減弱した。 HC患者では健常者に比べ、有意ではないが収縮期血圧、BMI、空腹時血糖が高めだったので、軽症のsyndrome Xを観察した可能性は否定できず、syndrome Xに関連した交感神経活性の増加が、過剰昇圧反応の原因となっている可能性もある。しかし、本研究では血漿カテコラミンにはASに対するエピネフリンの増加が認められた以外に有意な変化がみられなかったので、交感神経系だけではHC患者の過剰昇圧反応は説明できないものと思われる。 一方、LDLが用量依存性に培養血管平滑筋細胞の[Ca2+]iを増加させ、摘出大動脈を収縮させることが報告されている。また、本研究でも、すでに報告されているように、血小板の細胞内Caイオン濃度([Ca2+]i)およびLDL刺激による[Ca2+]i増加がHC群において大きく、さらにLDL刺激による[Ca2+]i増加と昇圧反応との間に正の相関関係が認められた。また、治療により過剰昇圧反応の減弱とともにLDL刺激による血小板[Ca2+]iが低下した。したがって、HC患者の血管平滑筋細胞の[Ca2+]iが血小板のそれと同様に反応するならば、[Ca2+]iが容易に増加し、血管収縮を起こしやすい状態にある可能性が考えられる。 さらに、高脂血症患者では内皮依存性血管拡張反応が低下しており、その機序として内皮由来一酸化窒素(NO)の関与が考えられている。本研究では、HC患者の血漿NOxは健常者に比べむしろ増加していたにもかかわらず、NOが直管拡張作用に関わるcGMPの血漿濃度が低値傾向にあり、したがってcGMP/NOxがHC患者で低下していたが、これらは治療により改善し、健常者と差がみられなくなった。血漿NOxおよびcGMPの解釈には限界があるが、この結果は、産生されたNOに対するcGMP産生が低下している可能性を示唆するものと思われる。 高脂血症動物では、血管内皮細胞におけるNO産生は増加しているが血管拡張能が低下していることや、LDLあるいは酸化LDLが内皮で産生されたNOを不活化し、cGMP増加を抑制することが報告されており、この機序として活性酸素をはじめとするフリーラジカルによるNOの不活化が考えられている。また、フリーラジカルを不活化すると内皮依存性血管拡張能が改善することが報告されている。これらの結果より、HC患者では酸化ストレスによりNOが不活化されることにより血管拡張能が低下し、このような過剰昇圧反応が生じた可能性が考えられる。 また、培養血管内皮細胞において、酸化LDLが[Ca2+]iを増加させること、また、内皮細胞でのNO産生は一部[Ca2+]iを介することが報告されており、本研究のHC患者も血小板[Ca2+]iの増加およびLDL刺激に対する[Ca2+]i増加反応の亢進が認められたので、内皮由来NO産生が増加していたとも考えられる。 5.結論 高コレステロール血症患者では、安静時血圧が正常であっても、健常者に比べストレスおよび運動負荷に対して過剰な昇圧反応を示したが、これらの異常はコレステロール低下治療により一部改善した。この機序としては細胞内カルシウム濃度増加による血管収縮増加、およびLDL増加に伴う酸化ストレス増加による内皮由来NOの機能低下などが考えられるが、詳細な機序の解明のためには、さらなる研究が必要である。 |