本研究は平滑筋に特異的に発現しているミオシン重鎖を指標として、平滑筋ミオシン重鎖に対するモノクローナル抗体を用いた平滑筋障害の新しい生化学的診断法と画像診断法の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.ヒトの子宮、腸、大動脈から精製した平滑筋ミオシンを、それぞれマウスに免疫し26種類のモノクローナル抗体を作製した。これら抗体の特異性をウェスタンブロッティングおよび免疫組織染色により解析した結果、ほとんどは平滑筋ミオシン重鎖に特異的に反応する抗体であることが確認された。 2.血中の平滑筋ミオシンを測定するために、サンドイッチアッセイによる抗体の組み合わせについて検討し、最も感度の良い組み合わせとして固相抗体にAMH10D1、標識抗体にIMH10G1を選んだ。また、標識抗体をFab’とすることにより健常人血清の非特異的反応が除かれ、洗浄液に界面活性剤を添加することにより反応性を著しく上昇させることができ、測定時間30分の迅速アッセイ系を確立できた。 3.本測定系の性能について検討を行った結果、同時再現性、測定日間再現性とも10%以内で良好であった。希釈直線性もほぼ原点を通る直線となり、添加回収も平均回収率93.9%で満足できる値であった。プロゾーンについても実用上問題なく、交差反応性については平滑筋ミオシンに強く反応し、心筋、骨格筋、非筋ミオシンには反応しないことが示された。 4.本測定系の臨床意義について検討を行った。カットオフ値は健常人が98%含まれる2.5ng/mlと決めた。大動脈解離患者27例の発症から経時的に採取した血清を測定した結果、血中平滑筋ミオシン濃度は入院時30.8±13.9ng/mlでその後急速に減少することが確認され、初期12時間の感度は90%であった。さらに、大動脈解離と類似の症状を示す急性心筋梗塞患者について測定した結果、平滑筋ミオシン濃度はほとんど上昇しないことが示された。 5.次に、画像診断への応用の可能性について検討を行った。ラット平滑筋と最も反応性の高い抗体IMH8B8を125I標識後、実験的に腹部大動脈に解離を起こさせたラットに投与し生体内分布を調べた。その結果、標識抗体が損傷部に特異的に集積することが示された。 6.しかし、血液中のカウントが損傷部のカウントより高いため、抗体をFab化し検討を行った。その結果、血中の半減期が著しく改善され、静注後1時間でも血中のカウントが大動脈損傷部のカウントを下回ることが示された。 7.標識を99mTcに変えて免疫シンチグラフィーについて検討を行った。その結果、全身のPlaner像では大動脈解離部にはっきりと認識できる集積が認められ、さらにSPECT像についても解析した結果、解離部集積の空間的局在がより明瞭に確認できた。 以上、本論文は平滑筋ミオシン重鎖に特異的に反応するモノクローナル抗体を用いたイムノアッセイおよび免疫シンチグラフィーにより大動脈解離の診断が可能であることを示した。本研究は従来の大動脈解離の診断に新たな診断法を提供するものであり、広く循環器疾患の診断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |