学位論文要旨



No 214033
著者(漢字) 韓,恵程
著者(英字)
著者(カナ) ハン,ヘジョン
標題(和) 紫外線照射および酸化ストレスに対して細胞防御機能をもつスカベンジャー受容体様蛋白CSR
標題(洋) CSR,a scavenger receptor-like protein with a protective role to cellular damage caused by UV irradiation and oxidative stress.
報告番号 214033
報告番号 乙14033
学位授与日 1998.10.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14033号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 戸田,達史
 東京大学 助教授 千田,和広
内容要旨 I.目的

 癌抑制遺伝子p53結合部位を利用したヒトゲノム解析を用いて、p53により誘導される新規遺伝子を単離してきた。その1つである新規遺伝子CSRは、大腸癌、胃癌、前立腺癌、乳癌等で高頻度にLOHが認められるヒト染色体8p12-p21にマップされ、様々な疾患に関与する可能性が示唆された。本論文では、CSR遺伝子の単離および構造的、生物学的特徴を検討した。特に細胞ストレスに対する生物学的機能を検討し、新規遺伝子CSR産物のストレスに対する防御機能についての評価を行った。

II.背景

 細胞は環境の変化に適合するためにストレス関連遺伝子の発現を増加もしくは誘導する。特に過酸化水素、スーパーオキサイド、ヒドロキシルラジカルのような活性酸素による酸化ストレスが最近注目を集めている。活性酸素は重篤な細胞障害を引き起こし、加齢、発癌や種々の疾患に関与し、脳では神経変性疾患を引き起こすことが示唆されている。細胞内の活性酸素は抗酸化酵素、フリーラジカルスカベンジャーにより消去されるが、異常に増加した場合、細胞のシグナル伝達経路を介し増殖、アポトーシス関連の遺伝子を誘導し、細胞を死へと導く。故に、酸化ストレスにより誘導される遺伝子の理解は生物学的、臨床的視点から重要である。癌抑制遺伝子p53はDNA傷害および活性酸素によるストレスで誘導され、遺伝子の安定化や、細胞周期の制御により、細胞を防御している。この遺伝子の不活性化が細胞の癌化や様々な疾患の発症に関与していることが分かってきている。細胞の番人としてのp53の機能の多くはその転写調節能力に因るようであり、p53の塩基配列特異的なDNAへの結合能力が、標的遺伝子の活性化に必要である。現在まで多くのp53の標的遺伝子が単離されてきているが、p53の結合部位を持つ新規遺伝子の機能解析は、p53の細胞内での新たな生物学的機能の解明につながる。したがってp53結合部位をもち、酸化ストレスで誘導される新規遺伝子CSRの特性および細胞内での機能解析は重要である。

III.方法

 CSR遺伝子の全長はコスミドと胎児脳cDNAクローンのシークエンス解析により決定した。CSR遺伝子ならびにCSR蛋白の構造学的特徴はコンピュータープログラムにより解析した。Haemagglutinin(HA)タグを付けたCSR蛋白に対する抗HA抗体による免疫染色によりCSR蛋白の細胞内局在を決定した。正常線維芽細胞を紫外線、過酸化水素、抗癌剤および種々の酸化ストレス誘導剤で処理し、CSRの発現変化をRT-PCRおよびノザン解析にて検討した。紫外線によるストレス下での細胞の生存率をMTT法を用いて検討した。酸化ストレス下で発生した活性酸素のレベルはフローサイトメトリー(FCM)により測定した。p53によるCSR遺伝子の調節の可能性をelectrophoretic mobility shift assay(EMSA)およびRT-PCRにて検討した。

IV.結果1.CSRcDNAの単離と特徴

 染色体8p21にマップされたコスミドから単離したCSR遺伝子には,4.0kbと1.9kbの2つの選択的スプライシングによる転写産物が存在した.これらにコードされる蛋白のN末端457アミノ酸は共通しており,それらの発現が細胞ストレスに応答して誘導されることから,それぞれCSR1(606アミノ酸),CSR2(466アミノ酸)と命名した.CSR1とCSR2遺伝子は普遍的に発現していたが,肝および末梢血白血球では比較的発現が少なかった.CSR遺伝子は6個のエクソンよりなり、ゲノム上90kbの範囲に分布していた.CSRの第2イントロンにp53の機能的結合部位と思われる配列が存在した.

2.CSR蛋白の構造

 PROPSEARCHプログラムを用いてCSRと構造的に類似する蛋白を検索したところ,CSR1は構造的にマクロファージスカベンジャー受容体II型と類似しており,CSR2はsensor蛋白と類似していると予想された。CSR1は膜貫通ドメイン、-ヘリックスcoiled-coilドメインとコラゲン様ドメインを持ち、CSR2蛋白はそのうち,C末端のコラゲン様ドメインを持たなかった。CSR蛋白の膜貫通ドメインはロイシン・ジッパー様ドメインと重複し、CSR蛋白がポリマーとして機能している可能性が示唆された。リン酸化部位、糖化部位が多数存在することが推定され、CSRが転写後に修飾を受けることが示唆された。

3.野生型p53によるCSRの誘導

 野生型もしくは変異型(Arg273His)p53を細胞株H1299(p53-/-)にそれぞれ導入すると,CSR発現は野生型p53の導入により誘導されるが、変異型の導入では誘導されなかった。

 EMSAの結果、CSR遺伝子のp53結合配列に野生型のp53が結合し、CSRの転写誘導を調節する可能性が示唆された.しかしながら,野生型p53もしくは変異型p53を持つ種々の細胞株でのCSRの発現は,p53の型と相関しなかった.以上よりCSRの発現が野生型のp53により調節されるが,他の未知の因子も関与すると示唆された。

4.細胞ストレスに対する応答としてのCSRの発現

 ヒト正常線維芽細胞を用いて、細胞傷害を与えたときのCSR発現変化をノザン解析及びRT-PCRにて観察した。その結果、15J/m2の紫外線の照射、10M過酸化水素投与によりCSR発現は最も増加した。DNA傷害を起こす抗癌剤アドリアマイシン(DNAインターカレート剤)もしくはブレオマイシン(DNA一本鎖切断剤)で処理したところ,p53の発現は誘導されたが、CSR発現は誘導されなかった。以上よりCSR発現にはDNA傷害は大きく影響を与えず、それ以外の細胞ストレス等に関して誘導される転写因子が大きな役割を果たしていることが示唆された。紫外線照射、過酸化水素は生体内ではどちらも、活性酸素やフリーラジカルを産生することが明らかにされており、細胞の酸化ストレスがCSRの発現を誘導する可能性があると考えられた。そこで紫外線照射や過酸化水素による処理前に,抗酸化活性を持つN-acetylcysteine(NAC)で細胞を処理し,CSRの発現を観察したところ,CSR発現の増加は認められなかった。このことは細胞に対する酸化ストレスがCSR発現誘導の主要因子であることを支持するものである。他の酸化ストレス誘導剤DEM、PMA(TPA),Sodium azide、arsenite、GSNOおよびSNP処理をおこなったところ、CSR発現が著明に誘導されることが確認された。また酸化ストレス誘導剤て誘導されるCSR発現は他のredox関連遺伝子と比較するとその発現誘導は遅い傾向がみられた。

5.CSRの細胞内局在

 HAタグを付加したCSR遺伝子をHeLa細胞に過剰発現させ、蛍光免疫染色を施行した。その結果、CSR蛋白は細胞質中の小胞体/ゴルジ体に発現を認めた。酸化ストレス負荷後、CSR蛋白の局在は細胞質全体に拡散することが確認され、酸化ストレスに対応していると考えられた。

6.細胞内の酸化ストレスによる活性酸素を除去するCSRの役割

 細胞内のCSRの機能を調べるためにCSR1/CSR2、CSR1のみ、CSR2のみ、vectorのみを過剰発現させた細胞を用いて酸化ストレス負荷後の、生存テスト(MTT法)、FCMおよび検鏡下での形態変化の観察をおこなった。CSR1とCSR2を共に発現させた細胞は、CSR1、CSR2それぞれのみ、もしくはvectorのみを発現させた細胞と比較し、酸化ストレスに対する強い抵抗性を有することが確認された。細胞内の酸化状態の指示薬DCFH-DAをもちいてFCMを行ったところ、CSR1とCSR2を共に発現させた細胞は他の細胞と比較し、細胞内の活性酸素の増加が抑制されていた。また形態学的にもCSR1とCSR2を共に発現させた細胞はvectorのみを発現させた細胞と比較して正常の形態を早期に回復した。以上よりCSR1およびCSR2は細胞内の反応性酸化中間産物を除去することで細胞を酸化ストレスより防御すると考えられた。

V.結論

 新規遺伝子CSRは、選択的スプライシングにより、CSR1,CSR2蛋白をコードし、CSR1は構造的にヒトマクロファージスカベンジャー受容体と類似している。CSR遺伝子は酸化ストレスにより強く誘導され、その発現は酸化ストレスにより産生される活性酸素を除去することにより細胞を防御する役割を担っている。酸化ストレスは癌および他の疾患の発症原因となるため、CSRの遺伝子の機能欠損は様々な疾患に関与する可能性が非常に高い。CSR遺伝子はp53結合部位をもち、p53と結合することが確認されたが、p53のみによる調節は弱く、p53以外の酸化ストレス関連転写因子よってその発現を増加させる可能性が示唆された。以上よりCSR遺伝子は酸化ストレス下で細胞の増殖を制御するレドックス関連シグナル伝達機構のクロスポイントに位置すると思われた。今後、CSRとp53およびCSRと酸化ストレス関連転写因子により調節される細胞内の活性酸素の増減を検討することにより、酸化ストレスによる疾患発症過程の理解への道が開かれることが期待される。

審査要旨

 本研究は、癌抑制遺伝子p53により誘導される新規遺伝子を単離することにより、p53の細胞内での新たな生物学的機能を解明するため、p53の塩基配列特異的なDNAへの結合部位を利用したヒトゲノム解析を用いて新規遺伝子の単離および構造的特徴、生物学的機能を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.癌抑制遺伝子p53の標的遺伝子として新規遺伝子CSR(Cellular Stress Response)が単離された。CSR遺伝子は4.0kbと1.9kbの2つの選択的スプライシングによる転写産物が存在しそれぞれCSR1(606アミノ酸),CSR2(466アミノ酸)と命名した.CSRの第2イントロンにp53の機能的結合部位と思われる配列が存在し、大腸癌、胃癌、前立腺癌、乳癌等で高頻度にLOHが認められるヒト染色体8p12-p21にマップされ、様々な疾患に関与する可能性が示唆された。

 2.CSR1は構造的にマクロファージスカベンジャー受容体II型と類似しており,CSR2はsensor蛋白と類似していると予想された。CSR1は膜貫通ドメイン、-ヘリックスcoiled-coilドメインとコラゲン様ドメインを持ち、CSR2蛋白はそのうち,C末端のコラゲン様ドメインを持たなかった。CSR蛋白の膜貫通ドメインはロイシン・ジッパー様ドメインと重複し、CSR蛋白がポリマーとして機能している可能性が示唆された。リン酸化部位、糖化部位が多数存在することが推定され、CSRが転写後に修飾を受けることが示唆された。

 3.野生型もしくは変異型(Arg273His)p53を細胞株H1299(p53-/-)にそれぞれ導入すると,CSR発現は野生型p53の導入により誘導されるが、変異型の導入では誘導されなかった。EMSAの結果、CSR遺伝子のp53結合配列に野生型のp53が結合し、CSRの転写誘導を調節する可能性が示唆された.しかしながら,野生型p53もしくは変異型p53を持つ種々の細胞株でのCSRの発現は,p53の型と相関しなかった.以上よりCSRの発現が野生型のp53により調節されるが,他の未知の因子も関与すると示唆された。

 4.ヒト正常線維芽細胞を用いて、細胞傷害を与えたときのCSR発現変化をノザン解析及びRT-PCRにて観察した結果、15J/m2の紫外線の照射、10M過酸化水素投与、他の酸化ストレス誘導剤DEM、PMA(TPA),Sodium azide、arsenite、GSNOおよびSNP処理により、CSR発現が著明に誘導されることが確認された。CSR発現にはDNA傷害は大きく影響を与えず、抗酸化活性を持つN-acetylcysteine(NAC)で細胞を処理したところ,CSR発現の増加は認められなかった。このことは細胞に対する酸化ストレスがCSR発現誘導の主要因子であることを支持するものであると考えられた。CSR蛋白は細胞質中の小胞体/ゴルジ体に発現することが、HAタグを付加したCSR遺伝子をHeLa細胞に過剰発現させ、蛍光免疫染色を施行することで確認された。酸化ストレス負荷後、CSR蛋白の局在は細胞質全体に拡散することが確認され,酸化ストレスに対応していると考えられた。

 5.細胞内のCSRの機能を調べるためにCSR1/CSR2、CSR1のみ、CSR2のみ、vectorのみを過剰発現させた細胞を用いて酸化ストレス負荷後の、生存テスト(MTT法)、FCMおよび検鏡下での形態変化の観察をおこなった。CSR1とCSR2を共に発現させた細胞は、CSR1、CSR2それぞれのみ、もしくはvectorのみを発現させた細胞と比較し、酸化ストレスに対する強い抵抗性を有することが確認された。細胞内の酸化状態の指示薬DCFH-DAをもちいてFCMを行ったところ、CSR1とCSR2を共に発現させた細胞は他の細胞と比較し、細胞内の活性酸素の増加が抑制されていた。また形態学的にもCSR1とCSR2を共に発現させた細胞はvectorのみを発現させた細胞と比較して正常の形態を早期に回復した。以上よりCSR1およびCSR2は細胞内の反応性酸化中間産物を除去することで細胞を酸化ストレスより防御すると考えられた。

 以上、本論文はp53結合部位をもち、酸化ストレスにより強く誘導される新規遺伝子CSRの単離および構造的特徴、生物学的機能を解析したものである。CSR遺伝子の発現は酸化ストレスにより産生される活性酸素を除去することにより細胞を防御する役割を担っている。酸化ストレスは癌および他の疾患の発症原因となるため、CSRの遺伝子の機能欠損は様々な疾患に関与する可能性が非常に高い。CSR遺伝子はp53と結合することが確認されたが、p53のみによる調節は弱く、p53以外の酸化ストレス関連転写因子よってその発現を増加させる可能性が示唆された。以上よりCSR遺伝子は酸化ストレス下で細胞の増殖を制御するレドックス関連シグナル伝達機構のクロスポイントに位置すると思われた。今後、CSRとp53およびCSRと酸化ストレス関連転写因子により調節される細胞内の活性酸素の増減を検討することにより、酸化ストレスによる疾患発症過程の理解への道が開かれることが期待されると考えられ、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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