学位論文要旨



No 214035
著者(漢字) 小池,正道
著者(英字)
著者(カナ) コイケ,マサミチ
標題(和) モノクローナル抗体ならびにトランスジェニックスマウスのインターロイキン5受容体を介するシグナル伝達の解析への利用
標題(洋) Application of monoclonal antibodies and transgenic mice to analysis of interleukin-5-receptor-mediated signaling.
報告番号 214035
報告番号 乙14035
学位授与日 1998.10.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14035号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
内容要旨 <背景・目的>

 インターロイキン-5(IL-5)は主として活性化T細胞から分泌されるリンホカインの一種であり、マウスB細胞に対する分化・増殖因子として発見された。その後の研究により、IL-5は好酸球の分化・増殖・活性化を制御する主たる因子であることが示され、ヒトにおいてIL-5は好酸球特異的制御因子として捉えられるに至っている。IL-5は標的細胞上に発現された受容体を介してその作用を発現するが、IL-5受容体はIL-5に特異的な鎖(IL-5R)と、IL-3受容体、GM-CSF受容体と共有されている鎖(c)とにより構成されている。そのシグナル伝達には、JAK/STAT系をはじめとする様々な介在分子が関与することが明らかにされているが、IL-5の標的細胞であるヒト好酸球系細胞とマウスB細胞系細胞の間では基本的なシグナル伝達機構は共通しているものと思われている。従ってマウスB細胞のIL-5に対する応答性を検討することは、ヒト好酸球で生じる事象を理解しようとする上において極めて有益であると考えられる。

 一方、好酸球は気管支喘息をはじめとするアレルギー性疾患において増多が認められるが、殊に気管支喘息では気道局所への著しい浸潤とともに、細胞障害性を有する好酸球顆粒蛋白の組織への沈着が認められる。こうした臨床上の観察などから、好酸球は気管支喘息などの病態形成に極めて重要な役割を担っているものと考えられている。また、各種実験動物を用いた喘息モデルでは抗IL-5抗体が気道への好酸球の浸潤、気道過敏性亢進の抑制に有効であることが証明されており、IL-5は新規喘息治療薬開発上の重要なターゲット分子であると認識されている。IL-5を標的分子とした医薬品開発のアプローチの方法としては、T細胞からの産生阻害、IL-5の受容体への結合阻害、好酸球でのシグナル伝達の阻害などを挙げることができるが、T細胞活性化からIL-5の転写・分泌に至る一連の事象に関する理解、あるいはIL-5受容体を介するシグナル伝達機構に関して理解を深めることは必須の要件である。

 本研究の目的は、IL-5受容体および受容体以降のシグナル伝達過程に焦点を絞り、IL-5阻害作用に基づく医薬品開発に対して有益な情報、材料を得ることにある。

<方法>

 トランジェニックマウスを利用したX-linked Immunodeficiency(XID)マウスにおけるIL-5不応答性の解析、並びに抗ヒトIL-5Rモノクローナル抗体の作製とその利用を具体的な手法とし本研究を進めた。

マウスIL-5受容体鎖トランスジェニックマウス(5R-Tg)を用いたXIDマウスにおけるIL-5不応答性の解析

 胸腺非依存性抗原(Thymus independent antigen;TI)と呼ばれる一群の抗原は、T細胞非依存性にB細胞に抗体産生を誘導することが明らかにされている。XIDマウスはTI抗原の中のTI-II抗原と呼ばれるものに対して全く応答を示さないが、IL-5に対する応答性に関しても異常をきたしている。XIDのもたらす異常はIL-5/IL-5受容体システムに起因するものであると推定されていたことから、XIDマウスのB細胞のIL-5に対する応答性を詳細に検討するために、XIDマウスと5R-Tgマウスを交配することによりXID異常を有する5R-Tgマウス(XID-5R-Tgマウス)を作製した。XID-5R-Tgマウスの脾臓B細胞に関して、IL-5受容体の発現、IL-5に対する応答性(増殖あるいは抗体産生)、IL-5応答に対するLPSなどのB細胞刺激物質の効果、IL-5応答性に対するプロテインキナーゼ阻害剤の作用などをin vitroで評価し、XIDマウスB細胞におけるIL-5不応答性に関して解析を行った。

抗ヒトIL-5受容体鎖モノクローナル抗体の作製と利用

 抗ヒトIL-5Rモノクローナル抗体は主としてCHO細胞あるいは昆虫細胞で発現させた可溶性ヒトIL-5Rを抗原としてマウス、ラットを免疫しハイブリドーマを作製し、ELISAによりハイブリドーマの選択を行い、81クローンの抗ヒトIL-5受容体鎖モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを確立した。作製されたモノクローナル抗体に関しては、各種免疫学的ヒトIL-5R検出方法(ウェスタンブロッティング、免疫沈降、酵素免疫測定法)への応用の可能性を評価した。確立された抗体の一つを用いて免疫沈降、ウェスタンブロッティングを行い、ヒトIL-5R発現細胞におけるIL-5RcあるいはJAKsとの相互作用に関して検討を行った。一方、ハイブリドーマの選択過程においてIL-5のIL-5Rへの結合阻害を指標として取り入れることにより、IL-5活性の阻害作用を有する抗体の確立を行った。最も強い中和活性を示した抗体に関して、その抗体遺伝子のクローニング、相補性決定領域(CDR)の特定、ヒト可変領域フレームワークの選択、CDR移植抗体の作製、モデルを用いての改変候補残基の特定と改変型ヒト化抗体の作製、活性の評価といった手順に基づき抗ヒトIL-5Rヒト化抗体の作製を進めた。

<結果>

 XID-5R-Tgマウスは血中IgM、IgG3クラス抗体の低値、TI-II抗原に対する不応答性などXIDマウスに特有な性質を示し、IL-5受容体鎖は正常5R-Tgマウスと同様にB細胞の大部分に発現されていたものの、XID-5R-TgマウスのB細胞はIL-5に対して応答性を示さなかった。さらに、XID-5R-TgマウスのB細胞をIL-5とともにアデニレートサイクラーゼ活性化剤、カルシウムイオノフォアなどで刺激しても増殖応答を示さなかったが、低濃度のLPSやホルボールエステルの存在下ではIL-5依存性の増殖応答が認められた。また、この増殖応答はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤(calphosin C,H-7)により阻害されたことから、LPSやPMAによるPKCの活性化が必須の要件であることが明らかになった。この観察に基づき、PKC阻害剤のマウス早期B細胞株:Y-16のIL-5依存性増殖に対する作用を確認したところ、XID-5R-TgマウスB細胞と同様にその増殖は阻害された。

 マウス抗ヒトIL-5Rモノクローナル抗体として81クローンの確立に成功したが、その中のKM1266は、可溶性ヒトIL-5Rを用いたモデル試験でIL-5の結合を妨げることなく可溶性ヒトIL-5Rを免疫沈降できるもの事が示された。この抗体を用いてヒトIL-5R遺伝子を導入したTF-1細胞:TF-h5R可溶化物を用いて免疫沈降を行ったところ、cはIL-5で刺激された時にのみIL-5Rと共に免疫沈降されること、JAK2はIL-5非刺激時においてもIL-5Rとともに免疫沈降されることが明らかになった。これらの結果により、IL-5RcとはIL-5刺激により初めて会合すること、並びにJAK2はIL-5Rと常に会合状態にあることが示された。

 確立された81クローンのマウス抗ヒトIL-5Rモノクローナル抗体の中で最も強い中和活性を示したKM1259に関して抗体遺伝子のクローニングとヒト化抗体の作製を試み、ヒトIgG1型ヒト化抗体:KM8399、ヒトIgG4型ヒト化抗体:KM9399の確立に成功した。これらのヒト化抗体はヒト好酸球への結合性、IL-5依存性細胞増殖阻害活性などから強い中和活性を持つことが明らかにされた。

<考察>

 XID-5R-Tgマウスの解析を通じて、XIDマウスにおけるB細胞のIL-5に対する不応答はシグナル伝達機構に欠損があり、この不応答性はPKCの活性化により回復可能であることが明らかにされた。また、IL-5依存性細胞においてもPKC阻害剤は効果を発現したことから、IL-5受容体を介する増殖刺激にはPKCの活性化が必要であることが別の系でも確認された。XIDの原因遺伝子は非受容体型チロシンキナーゼの一種であるブルトン型チロシンキナーゼ:Btkであることが明らかにされ、さらにはBtkとPKCI/IIとが相互作用することが報告されている。ホルボールエステルやLPSによりPKCI/IIは活性化されることから、本研究で得られた知見を含め、BtkとPKCI/IIとの相互作用はIL-5受容体を介するシグナル伝達に重要な役割を担っているものと思われる。また、確立された抗ヒトIL-5kモノクローナル抗体を用いることにより、IL-5Rc、JAK2との会合状態に関する新たな知見を得ることができた。近年の蛋白質構造化学の進展は、一次構造から蛋白質の三次元構造の推定を可能にしており、こうした手法を利用することにより蛋白質の構造情報から阻害剤の開発が可能になりつつある。本研究で得られたIL-5受容体以降のシグナル伝達介在分子の相互作用に関する情報に基づき、新たなIL-5阻害薬創出の糸口が見出されるかもしれない。

 また、マウス型中和抗体を基にして抗ヒトIL-5Rヒト化抗体の確立に本研究では成功した。好酸球/IL-5は気管支喘息治療薬開発の重要な標的と考えられているが、実際に臨床的に検証されてはいない。本ヒト化抗体は、臨床応用をも視野に入れることが十分可能なものであり、好酸球の気管支喘息病態形成に対する基本概念を検証する有力な武器となるものと予想される。

審査要旨

 本研究では、マウスIL-5受容体鎖トランスジェニックマウスB細胞のIL-5応答性の解析、各種抗ヒトIL-5受容体モノクローナル抗体の作製とその応用によりIL-5受容体を介するシグナル伝達機構に関して解析を試み、以下のような結果を得ている。

 1)マウスIL-5受容体鎖トランスジェニックマウス(5R-Tgマウス)では、大部分の脾臓B細胞と一部の胸腺T細胞表面にマウスIL-5受容体鎖が発現されている。脾臓B細胞ではIL-5に対する反応性の亢進が確認されことから機能的な分子が発現されているものと考えられるが、胸腺T細胞にはIL-5への増殖応答性は認められない。

 2)IL-5R発現細胞B細胞亜集団、ならびにIL-5への応答性の欠損を認めるX-linked immunodeficiency mice(XIDマウス)と5R -Tgマウスを交配し、XID遺伝子を持つ5R -Tgマウス(XID-5R Tgマウス)を作製し、その脾臓B細胞のIL-5への応答性を検討した。XID-5R Tgマウスの脾臓B細胞上にはIL-5R の発現は5R -Tgマウスと同程度に認められたが、IL-5への応答性の回復、免疫不全状態の改善は認められなかった。

 3)XID-5R Tgマウスの脾臓B細胞はホルボールエステルやLPSの存在下ではIL-5に対して増殖応答性を示し、この増殖応答性はプロテインキナーゼC(PKC)阻害剤により阻害されることを見出した。更に、他のIL-5依存性マウスB細胞株の増殖応答もPKC阻害剤により阻害されることが確認されたことから、PKCの活性化がIL-5受容体を介するシグナル伝達に関与していることが明らかにされた。

 4)抗ヒトIL-5受容体モノクローナル抗体の作製を行い、81クローンのハイブリドーマの樹立に成功した。これらの抗体とヒトIL-5受容体鎖遺伝子導入TF-1細胞(TF-h5R )を用いて解析を行い、ヒトIL-5受容体鎖とJAK2、ヒトIL-5受容体鎖とJAK1とはIL-5無刺激時に構成的に結合し得ること、ヒトIL-5受容体鎖と鎖とはIL-5刺激により会合することが明らかにされた。

 5)中和活性を有する抗ヒトIL-5受容体モノクローナル抗体の遺伝子をクローニングし、中和活性を有するヒト化抗体の作製に成功した。このヒト化抗体の活性をサルIL-5誘発好酸球増多モデルにて評価を行い、IL-5にて誘導される好酸球増多が抗体投与により阻害される事を示した。

 以上、本論文はトランスジェニックマウス並びにモノクローナル抗体を利用し、IL-5受容体を介するシグナル伝達に関して新たな知見を得ることに成功した。また、臨床応用可能なヒト化抗体の作製の成功は、IL-5と病態との関連を臨床的に検証する手法を開発したものと考えられる。これらの成果はIL-5に関するシグナル伝達機構、並びにIL-5の臨床的な意義の理解に関して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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