本研究は、レトロウイルスの複製において、感染性ウイルス粒子が効率よく産生されるために必要な構造蛋白の発現量を、マウス白血病ウイルスの変異体を用いて解析したものであり、以下の結果を得ている。 (1)マウス白血病ウイルスのgag遺伝子終始コドンUAGをCAG(グルタミンコドン)に点変異し、100%がGag-Pol融合蛋白として読まれるようにしたウイルスMLV-B(CAG)は、感染性粒子を全く産生出来なくなるが、その復帰変異ウイルスを解析した結果、pol遺伝子の大部分を欠失してgagとenvの2つの遺伝子だけを発現する欠損型ウイルスGE6.4が、MLV-B(CAG)を相補して、感染性粒子の産生を可能にすることが示された。MLV-B(CAG)が発現するGag-Pol融合蛋白だけではGag蛋白のプロセシングは殆ど起きないが、GE6.4が発現するGag前駆体蛋白がtransに存在することで、Gag-Pol融合蛋白上のプロテアーゼが十分に活性化されることが示された。 (2)上記のMLV-B(CAG)とGE6.4の相補において、GE6.4側のEnv蛋白発現を止めると、相補ウイルスの感染効率に著名な低下が認められた。また、GE6.4のenv遺伝子を宿主域の異なるamphotropicやxenotropicのenv遺伝子と組み換えて相補を行うと、相補ウイルスの宿主域は、主としてGE6.4側のEnvが決定することが示された。従って、MLV-B(CAG)が発現するEnv蛋白量だけでは、感染性のウイルス粒子産生には十分でないことが示唆された。 しかし、MLV-B(CAG)は、env遺伝子発現に関わる塩基配列に変異はなく、野生型ウイルスと比較して、RNA発現パターンにも差異を認められなかった。野生型の感染増殖している細胞では、野生型のプロウイルスコピー数が平均8コピー程度に増えていて、細胞当たりの平均RNA発現量も、コピー数に応じて、野生型感染細胞ではMLV-B(CAG)発現細胞の8倍であることが示された。 (3)pol遺伝子rt領域に306塩基の小欠失を持つ非感染性のwtをNIH3T3細胞に繰り返し導入して、最大8ケまでの種々のプロウイルスコピー数を有する細胞クローン11ヶを得、RNA発現量を解析すると、それらの細胞クローン間で、細胞内ウイルスRNA発現量はプロウイルスコピー数に比例していた。しかし、Env蛋白発現量・MSV感染に対する干渉の程度・XC細胞融合の誘導能・培養上清へのウイルス粒子の産生量は、プロウイルスコピー数を3から4以上有する細胞クローンで著名に上昇することが示された。この実験により、機能的なEnv蛋白の生成と、ウイルス粒子の効率良い産生、ならびに細胞の干渉現象が起きるために、細胞内のウイルスRNA発現量が閾値を越える必要のあることが明らかとなった。 以上、本研究はマウス白血病ウイルスのgag遺伝子終止コドンのreadthrough変異の解析から開始され、感染性粒子形成に必要な構造蛋白発現量の検討から、機能的なウイルス構造蛋白を十分量生成するには、細胞内のウイルスRNA量が一定の閾値を越える必要があることが示された。感染性粒子の形成に必要な細胞内のウイルスRNA発現量の閾値が存在することは、この研究によって初めて明らかとなり、ウイルス複製の制御に重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |