学位論文要旨



No 214040
著者(漢字) 北川,徹哉
著者(英字)
著者(カナ) キタガワ,テツヤ
標題(和) 塔状円柱構造物における高風速渦励振の特性と発生機構
標題(洋)
報告番号 214040
報告番号 乙14040
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14040号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 磯辺,雅彦
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 木村,吉郎
 金沢大学 教授 岡島,厚
 日本大学 教授 野村,卓史
内容要旨

 円形断面を有する物体の背後にはカルマン渦が形成され,その放出周波数が物体の固有振動数に一致する風速域において限定振動である渦励振が発現する.渦励振はクッタ・ジュコフスキーの定理に基づく理論的考察により説明されており,ロックインとよばれる興味深い非線形現象をともない,また工学的にも重要な問題であるため膨大な研究がこれまでに行われてきている.渦励振の発現機構は徐々に解明されつつあり,現在ではカルマン渦放出にともなう強制振動的な側面と自励振動的な側面とを併有する複合的な励振現象と一般に理解されている.ところが幾つかの既往の研究結果は,塔状円柱構造物においては渦励振発現風速よりも数倍高い風速域にも限定振動が現れることを示している.これまでその存在は一部に研究者には認識されていたものの,系統的な研究が一切なされておらず,その発生メカニズムは未解明である.

 本研究では,塔状円柱構造物において発振する高風速域での限定振動を"高風速渦励振"とよび,その特性および発生機構を解明することを目的とする.

 本論文は全5章より構成されており,それぞれ以下の内容について論じている.

 第1章は序論である.まず比較的体系化されている2次元円柱まわりの流れについて述べ,それに対して塔状円柱まわりの流れは3次元性をともなう複雑なものである上,既往の研究報告の数も2次元円柱のものに比べて圧倒的に少なく,特に自由端近傍の流れについては未明な点が多いことを指摘している.そして,塔状円柱における高風速渦励振に関連する既往の研究を引用し,本研究の背景と目的について説明している.

 第2章においては,風直角方向のみに変位する円柱ロッキング模型を用いた風洞実験により高風速渦励振の発現特性を調べている.一様流の下で模型頂部における応答の測定を行い,渦励振発現風速の約3倍の風速域において高風速渦励振の存在を確認し,詳細な検討を加えた.まず,後流風速変動を高さ方向に多点で測定したところ,自由端近傍の後流域には2次元円柱渦(カルマン渦)の放出周波数の約1/3の周波数を有する変動成分の存在を検出した.本研究においては,この変動が自由端に起因して発生する渦と考え,それを"自由端渦"と呼ぶこととする.自由端渦の周波数が模型の固有振動数に一致する風速域において高風速渦励振が発振していたことから,高風速渦励振の励振源は自由端渦であると思われた.また,可視化実験により自由端近傍の後流を観察し,自由端渦の発生状況を考察している.さらに,構造減衰の増加や気流の変化が高風速渦励振に及ぼす影響,および弾性模型における高風速渦励振の発現特性についても検討を加えた.

 第3章では,第2章において高風速渦励振の励振源と推察された自由端渦の発生特性に着目している.ロッキング模型における後流風速変動の測定結果より,自由端渦の発生位置やその周波数の風速に対する変化および位相特性を詳細に検討している.また,ウェーブレット変換を後流風速変動データに適用し,自由端渦の間欠的な発生を指摘している.さらに,自由端渦が模型頂部近傍で発生していたことから,模型の上を通過して後流域に入り込む流れが自由端渦の形成に重要な要因となると考え,模型頂部に薄い円盤を設置した実験も行った.その結果,円盤の直径の増加とともに自由端渦の発生は弱まり,同時に高風速渦励振の振幅も減少することが明らかにされた.この結果は,高風速渦励振の励振源が自由端渦であるという推測を別の角度から支持するものである.また,円盤の直径がある程度大きい場合には,2次元円柱渦の放出周波数よりもやや小さい周波数を有する"低周波カルマン渦"の発生が頂部近傍において支配的となることが示される.低周波カルマン渦は高風速渦励振の発現に関与しないが,渦励振の発現風速範囲を広げる役割を果たすことが推察される.

 以上では,主に振動模型を用いた応答測定結果と後流測定の結果とをベースに議論したが,第4章においては静止円柱の圧力模型を用いた実験により高風速渦励振について考究している.模型の側面全体の圧力変動を調べた結果,自由端渦による圧力変動がやはり模型頂部近傍に検出された.そこで,頂部近傍側面に圧力測定孔を集中的に配置した模型を用いて実験を行い,測定された圧力データにモード分解法の一つであるPOD(Proper Orthogonal Decomposition)解析を適用した.これによって,各圧力測定点の情報がモード形として面的な情報に置き換えられることになる.POD解析により得られた1次モードの周波数は2次元円柱渦の周波数の約1/3であった.また,1次のモード形は,圧力変動データのスペクトル解析より抽出された自由端渦の空気力の作用領域形状とほぼ一致していた.これらの結果は,1次モードが自由端渦による圧力変動場を時間的,空間的に的確に表していることを意味する.ウェーブレット変換により1次モードの時間的推移を検討した結果,自由端渦は間欠的に発生する上,模型の両側から交番的に発生するわけではなく,片側から数回続けて発生した後,もう片側へ発生領域がスイッチするという興味深い性質を有することが明らかとなった.これらの自由端渦による変動空気力特性は,圧力データを基に作成したアニメーションによっても確認された.また,頂部に薄円盤を設置し,測定された圧力変動データにPOD解析を適用した.円盤直径の増加とともに,自由端渦による空気力は弱まり,低周波カルマン渦による空気力が支配的となることを明らかにしている.第3章においては後流風速変動の測定結果に基づいてこの傾向を示したが,本章においては空気力の視点から明らかにしたことになる.さらに,測定された圧力データから変動揚力を算出し,第3章において用いた円柱ロッキング模型を対象とする応答解析を行った.高風速渦励振の応答が実験結果とほぼ同じ風速域において現れ,その振幅も実験値と一致した.また,頂部に薄円盤を設置したケースについても応答解析を行った結果,ロッキング模型実験と同様に円盤直径の増加とともに自由端渦による圧力変動成分は低下し,同時に高風速渦励振の振幅も減少する結果が得られた.これらの解析結果は,自由端渦が高風速渦励振の励振源であることを実証するものと考える.

 最後に第5章では,本論文の結論として各章で導出された知見を総括するとともに,今後の課題について論じている.

 以上,本論文は系統的な研究がこれまで行われてこなかった塔状円柱構造物における高風速渦励振を対象とし,応答振幅や自由端近傍の後流変動および圧力変動に着目した実験により,その発生機構を明らかにしたものである.励振源となる自由端渦の発生条件や高風速渦励振の振幅の予測を示しているわけではないが,これらの耐風工学的に重要な情報を導く際にも本研究で得られた知見が基礎になるものと考えている.

審査要旨

 細長い円柱構造物では,通常の渦励振の発現風速よりもかなり高い風速において限定空力振動が発生することが,2,3の研究で指摘されているものの,これに関して系統的な研究はなされて来なかった.本論文は、この空力振動を高風速渦励振と呼び,その特性と発生機構を実験的手法により解明しようとしたものである.

 本論文は5章より構成されている.はじめに,第1章では,まず2次元円柱まわりの流れと対比しつつ端部を有する円柱まわりの流れをレビューしている.その上で,論文で対象とするのが3次元性を伴う複雑な流れであり,既往の研究も2次元円柱のに比べて圧倒的に少なく,特に自由端近傍の流れについては未解明な点が多いことを指摘している.そして,塔状円柱構造物における高風速渦励振に関連する既往の研究を述べ,本研究の背景と意義を説明している.

 第2章においては,円柱ロッキング模型を用いた風洞実験による高風速渦励振の発現特性を調べている.一様流の下での風洞実験から,渦励振発現風速の約3倍の風速域において高風速渦励振の存在を確認し,詳細な検討を加えている.すなわち,後流風速変動を高さ方向に多点で測定し,自由端近傍の後流域には2次元円柱に生じるカルマン渦の放出周波数の約1/3の周波数を有する変動成分が端部近くに存在することを明らかにした.これを"自由端渦"と呼び,その周波数が模型の固有振動数に一致する風速域において高風速渦励振が発振していたことから,高風速渦励振の励振源は自由端渦であると推測している.さらに,可視化実験を行い,自由端近傍の後流を観察し,自由端渦の発生状況を考察している.また,構造減衰や気流の乱れが高風速渦励振に及ぼす影響,および弾性模型における高風速渦励振の特性についても検討を加えている.

 第3章では,自由端渦の発生位置やその周波数の風速に対する変化および位相特性を,ロッキング模型における後流風速変動の測定から検討している.さらに,ウェーブレット変換を後流風速変動データに適用し,自由端渦の発生が交互に規則正しく起こるものではなく,片側で数回ずつやや不規則に発生することを明らかにしている.また,高風速渦励振の励振源が自由端渦であるという推測を別の角度から明らかにするために,模型頂部に薄い円盤を設置した実験も行い,円盤の直径の増加とともに自由端渦の発生が弱まり,同時に高風速渦励振の振幅も減少することを示している.あわせて,円盤の直径が大きくなるにつれ,通常のカルマン渦の放出周波数よりもやや小さい周波数を有する"低周波のカルマン渦"が頂部近傍において発生し,これが渦励振の発現風速域を広げていることを明らかにした.

 第4章では,静止円柱の変動圧力特性の立場から高風速渦励振を検討している.模型の側面全体の圧力変動を調べ,自由端渦による圧力変動がやはり模型頂部近傍に発生することを示した上で,測定された圧力データにPOD(Proper Orthogonal Decomposition)解析を適用した.その結果,端部付近の圧力分布の1次固有周波数が2次元円柱渦の周波数の約1/3であること,また,そのモード形状は圧力変動データのスペクトル解析より抽出された自由端渦の空気力の作用領域形状とほぼ一致することを示した.さらに,ウェーブレット変換により圧力の1次モード成分の時間的変化を検討した結果,圧力の変化が模型の両側から交番的に発生するわけではなく,片側から数回続けて発生した後,もう片側へ発生領域がスイッチするという興味深い性質を有することが明らかとなった.また,頂部に薄円盤を設置し,測定された圧力変動データにPOD解析を適用した.円盤直径の増加とともに,自由端渦による空気力は弱まり,低周波のカルマン渦による空気力が支配的となることを明らかにしている.第3章においては後流風速変動の測定結果に基づいてこれらの傾向を示したが,本章においては空気力の視点から明らかにしたことになる.さらに,測定された圧力データから変動揚力を算出し,第3章において用いた円柱ロッキング模型を対象とする応答解析を行った.高風速渦励振の応答が実験結果とほぼ同じ風速域において現れ,その振幅も実験値と整合的な結果を得た.また,頂部に薄円盤を設置したケースについても応答解析を行った結果,ロッキング模型実験と同様に円盤直径の増加とともに自由端渦による圧力変動成分は低下し,同時に高風速渦励振の振幅も減少する結果が得られた.これらの解析結果は,自由端渦が高風速渦励振の励振源であることを実証するものと考える.

 第5章では論文の成果を総括するとともに,今後の課題について論じている.

 以上,本論文は塔状円柱構造物における高風速渦励振を対象とし,振動応答,自由端近傍の後流変動および圧力変動に着目した実験を行い,特性を明らかにし,発生機構に関する有用な情報を得たものである.励振源となる自由端渦の発生条件や高風速渦励振の振幅の予測など今後の課題も多いが,得られた成果は今後の風工学に関する学術的発展に大きく貢献するものと判断され,その工学的な意義には顕著なものがある.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51098