学位論文要旨



No 214041
著者(漢字) 長谷川,隆
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,タカシ
標題(和) 鉄骨構造剛接骨組の耐震性能に及ぼす柱-梁-パネル耐力比の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 214041
報告番号 乙14041
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14041号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
内容要旨

 1995年兵庫県南部地震では多くの建物に被害が生じ、鉄骨造建物においても様々な被害が見られた。この地震における中低層鉄骨造建物の典型的な被害形態として、梁端部が脆性的に破断する被害が報告されている。このような梁端部の破断を生じさせないようにするためには、地震時に鉄骨造骨組の梁部材に必要とされる塑性変形能力を把握しておく必要がある。地震時における骨組の梁端部の損傷の程度は、地震動の大きさに影響されるのは当然であるが、設計された骨組の保有水平耐力や梁に対する柱やパネルの耐力比も影響すると考えられる。鉄骨造骨組として現在最も普及している冷間成形角形鋼管柱とH形鋼梁からなる骨組において、梁降伏型で設計されている場合でも、パネルが塑性化する可能性が指摘されている。このパネルのエネルギー吸収によって梁端部の損傷は変化するはずであり、梁端部に限らず、柱やパネルの地震時における必要塑性変形能力は、柱-梁-パネル相互の耐力比(柱-梁-パネル耐力比)が密接に関係するものと考えられる。この研究の目的は、鉄骨構造剛接骨組(鉄骨造骨組)の耐震性能に及ぼす柱-梁-パネル耐力比の影響を地震応答解析と振動台実験によって明らかにし、それらの結果を利用して、柱-梁-パネル耐力比と部材の損傷の関係に基づく鉄骨造骨組の耐震設計法を提案することである。

 第2章では地震応答解析と振動台実験によって、鉄骨造骨組の地震応答に及ぼす柱-梁-パネル耐力比の影響を調べている。地震応答解析では、5層の無限均等骨組を解析対象にして、柱-梁-パネル耐力比と骨組全体の耐力が、骨組の応答や部材の損傷とどのような関係になるか明らかにした。また、柱-梁-パネル耐力比と骨組の損傷集中特性の関係を調べた。一方、振動台実験では、角形鋼管柱とH形鋼梁よりなる4体の骨組試験体について、パネルによるエネルギー吸収によって、骨組全体のエネルギー吸収能力や応答にどのような影響を及ぼすか検討した。第2章で得られた結果の概要を以下に示す。

 1)骨組のベースシヤー係数(1)、柱/梁耐力比(Rc:梁の耐力に対する柱の耐力の比)及びパネル耐力比(Rp:梁と柱の小さい方の耐力に対するパネルの耐力の比)の変化によって、骨組を構成する部材の平均累積塑性変形倍率()がどのように変化するか、その定量的関係を明らかにした。その結果の一例を表1に示す。RcとRpの組み合わせに応じた各部材(B,P,C,CB)の損傷()が示されている。この表は1が0.3の結果であるが、この他に1を0.15〜0.8まで変化させた結果が第2章では得られている。これらの結果を利用して、第6章では柱-梁-パネル耐力比と部材の損傷の関係に基づく鉄骨造骨組の耐震設計法が示される。

表1 Rc及びRpと各部材の損傷()の関係(1=0.30の場合)

 2)骨組の損傷集中特性については、パネル耐力比(Rp)を小さくして、柱/梁耐力比(Rc)を大きくするほど、特定層への損傷集中が生じにくくなる。また、Rpを小さくすることにより、最大層間変形角が大きい層の変形が小さくなる効果がみられた。

 3)振動台実験の結果からは、パネル耐力比(Rp)が0.8以上の場合には、パネル耐力比が変化しても骨組全体のエネルギー吸収能力や変位応答は、ほとんど変わらないことがわかった。一方、Rpが0.65程度の場合には、パネルによるエネルギー吸収が支配的になり、その効果で骨組全体のエネルギー吸収能力が大きなることが確認できた。

 第3章では、第2章の応答解析結果を利用した鉄骨造骨組の地震時における各部材の損傷予測法を提案している。ここでは、骨組形状の異なる3つの骨組を対象にして、この損傷予測法を適用して部材の損傷を予測し、同時にこれらの骨組の地震応答解析を行なうことによって、ここで示す損傷予測法がどのような形状の骨組に適用可能か、その条件を検討している。

 地震応答解析の結果、第3章で示す損傷予測法による骨組各部材の損傷は、地震応答解析による損傷を、ほぼ安全側で予測できることを確認した。しかし、スパン長が異なる多スパン骨組では、梁の剛性の違いの影響が表れ、剛性の影響を考慮しないで損傷予測を行なう本章の損傷予測法では、部材の損傷が安全側で予測できない場合があることがわかった。

 第4章では、骨組形状及び層数が異なる11種類の鉄骨造骨組の地震応答解析を行ない、それらの骨組の保有水平耐力や、地震時における最大層間変形及び部材の損傷を調べた。また、第3章で示した損傷予測法をこれらの骨組に適用し、応答解析結果と比較することによって、第3章で提案した損傷予測法による損傷予測の精度を検証した。第4章で得られた結果を要約して以下に示す。

 1)50kineの入力地震動による応答解析の結果、骨組の最大層間変形角は0.01〜0.015rad.程度の範囲であり、最大でも0.02rad.以下であった。一方、JMA Kobe原波による骨組の最大層間変形角は、50kineの入力地震動による結果より大きくなり、特に2層骨組では、0.05rad.程度の最大層間変形角となった。これらの骨組の部材の累積塑性変形倍率(±:正または負のうちの大きい方の累積塑性変形倍率)の最大値は、50kineの入力に対して、梁は16、パネルは11、柱は7程度であった。

 2)第3章で提案した損傷予測法による部材の損傷は、1スパン及び均等多スパンの骨組では、応答解析の結果を2〜3倍の精度で安全側に予測できた。しかし、スパン長が異なる多スパン骨組については、応答値を安全側で予測できない場合があった。

 第5章では、兵庫県南部地震で低層階の梁端部が破断した5階建の鉄骨造建物を解析対象にした地震応答解析を行った。得られた結果の概要を以下に示す。

 1)被災した建物のベースシヤー係数は0.6程度であった。応答解析の結果から、この建物へは、現行耐震規定の2種地盤上で想定している入力レベルの2倍(VD=300cm/sec)程度の入力の地震動があったと推定される。一方、現行耐震規定の1.5倍程度の入力レベルを想定した模擬地震動では、この建物の梁端部の破断は、外梁端部を除いてほとんど生じないと予想される。

 2)柱/梁耐力比(Rc)やパネル耐力比(Rp)を変化させ、パネルに意図的に地震エネルギーを吸収させることによって、梁の損傷を小さくすることができた。また、一部の梁やパネルの耐力を変化させても、骨組の最大層間変形角分布や残留層間変形角は、ほとんど変わらないことがわかった。

 3)柱の耐力に対する露出柱脚の耐力の比(Rcb)が小さい骨組ほど、低層階の最大層間変形角が大きくなる傾向がある。一方、Rcbを大きくすると低層階の最大層間変形角は小さくなり、中間層が最も大きな変形になる。建物の高さ方向の損傷分布についても、これと同様の傾向となる。

 第6章では、第2章の地震応答解析から得られた柱-梁-パネル耐力比と部材の損傷の関係を利用した鉄骨造骨組の耐震設計法の提案が行なわれ、その設計手順が示された。この設計法では、設計者が設計する骨組の地震時における崩壊型と塑性化する部材の損傷のレベルを想定することができる。提案した設計法によって数例の鉄骨造骨組を設計し、それらの地震応答解析を行なうことによって、この設計法によって、パネルの設計も含めて設計した骨組では、設計で意図した崩壊型と塑性化部位の損傷が安全側で制御できていることが確認された。

審査要旨

 本論文は「鉄骨構造剛接骨組の耐震性能に及ぼす柱-梁-パネル耐力比の影響に関する研究」と題し7章から成る。

 第1章「序」では1995年の兵庫県南部地震で鉄骨造建物に多くの破断モードの被害が生じ、特に現在最も普及している冷間成形角形鋼管柱とH形鋼梁から成る剛接骨組の梁端破断が顕在化した事実を重視し、この種の構造物の塑性変形によるエネルギー吸収能力を的確に評価する上で、柱・梁・柱梁接合部パネル相互の耐力比に着目することが肝要であることを指摘し、エネルギー吸収能力に立脚した耐震設計法の有効性を立証することが本論文の目的であることを述べている。

 第2章「骨組の地震応答に及ぼす柱・梁・パネル耐力比の影響」では地震応答解析と振動台実験によって、鉄骨造骨組の地震応答に及ぼす柱・梁・パネル耐力比の影響を調べている。地震応答解析では5層の無限均等骨組を対象として、柱・梁・パネル耐力比と骨組の全体の耐力が骨組の応答,部材のエネルギー吸収(ないしは損傷),骨組全体の損傷集中特性とどの様な関係にあるかを明らかにしている。振動台実験では、角形鋼管とH形鋼梁より成る骨組試験体について、柱・梁・パネル耐力比と損傷分布との対応を調べ、解析手法の妥当性を確かめている。

 第3章「柱・梁・パネル耐力比に基づく鉄骨造建物の損傷予測」では第2章の応答解析結果を利用した鉄骨造骨組の地震時における各層の損傷予測法を提案している。骨組形状の異なる3つの骨組が対象とされ、提案された損傷予測法を適用して部材の損傷を予測し、同時にこれ等の骨組の地震応答解析を行うことによって、損傷予測法の適用の可能性を検討している。地震応答解析により、提案された損傷予測法による骨組各部の損傷は、解析値をほぼ安全側に予測するものであることが確認されている。しかし、スパン長が異なる多スパン骨組では必ずしも安全側の損傷評価がなし得ないことを指摘し、提案した手法の限界を明らかにしている。

 第4章「現行耐震規定で試設計された建物の耐震性能」では、骨組形状及び層数が異なる11種類の鉄骨造骨組の地震応答解析を行い、それ等骨組の保有水平耐力や、地震時における最大層間変形及び部材の損傷を調べ、現行の耐震規定で設計された骨組の耐震性の検証を行うと共に、第3章で示した損傷予測法をこれ等の骨組に適用し、損傷予測法の予測精度を確認している。

 第5章「1995年兵庫県南部地震で被災した建物の弾塑性応答解析」では、兵庫県南部地震で梁端部が破断した5階建ての鉄骨造建物を解析対象として地震応答解析を行い、柱・梁・パネル耐力比に着目することによって損傷状態が同定できることを明らかにすると共に、被災地における地震入力の大きさを推定し、これが現行耐震規定が与えるレベルの1.5倍程度に相当することを指摘している。

 第6章「柱・梁・パネル耐力比に基づく鉄骨造建物の耐震設計法」では、第2章の地震応答解析から得られた柱・梁・パネル耐力比に基づく損傷評価法(第3章)を用いて耐震設計法の提案がなされる。提案された設計法によれば、骨組の崩壊型や各部材(柱,梁,パネル)の損傷分布を制御することが可能である。提案した設計法によって数例の骨組を設計し、それ等の地震応答解析を行うことによって、設計で想定した崩壊型と損傷の実現度が確認されている。

 第7章「結語」では本論文で得られた知見がまとめられている。

 以上、本論文は、兵庫県南部地震における鉄骨造建物の典型的な被害の原因究明に端を発し、剛接骨組における柱・梁・パネル耐力比に着目することによって骨組のエネルギー吸収量,損傷分布を制御可能なものとし、的確な損傷予測に基づく耐震設計法を構築したもので、耐震設計技術の向上に資する所が極めて大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51099