学位論文要旨



No 214042
著者(漢字) 小松,健彦
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,タケヒコ
標題(和) 地下排水機場における流れ現象の数値予測に関する研究 : 開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み
標題(洋)
報告番号 214042
報告番号 乙14042
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14042号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 1.研究の背景

 都市地域の洪水対策の一環として、従来より河川の拡幅や改修等が行われてきたが、都市地域は用地難から河川の拡幅や改修による対策が限界に来ている。

 新たな対策として、公道等の地下深部を利用した暗渠式放水路および地下排水機場を建設し河川の排水能力を越える洪水をこの放水路に落し込み、他の排水能力に余裕のある河川あるいは海へ排水する計画が建設省、東京都および大阪府等で実行に移されている。

 一方、公共事業費の縮減が大きな社会的課題であり、莫大な建設費を要する地下放水路・排水機場の計画は極限の設計が強く要求されるようになった。

 複数地上河川と地下放水路・地下排水機場より構成されるトータル排水システムに対し、最適設計・最適運用を図るため、流体に係わるシステム面とハード面の代表的技術課題に対し研究を行った。

 第1編を流体に係わるシステム面の技術課題"開水路と閉水路が共存する河川網における流れの過渡現象数値予測"、および第2編を流体に係わるハード面の技術課題"吸水槽流れ表面からの空気巻込み渦発生現象の数値予測"としてまとめた。

2.第1編"開水路と閉水路が共存する河川網における流れの過渡現象数値予測"

 複数の河川並びに広域に点在する放水路、水門、排水機場等の治水施設群に関し、相互に補完・連携させシステム的に運用し最大限の能力を発揮させるために、地上・地下系複合河川網における流れの過渡現象解析が不可欠である。

2.1技術課題と研究結果

 地上・地下系複合河川網おける流れの過渡現象数値予測の研究において、下記3項の技術的課題に注目し研究を行った。

 (1)地下放水路は開水路流れと閉水路流れ相互へ移る過渡状態(開・閉共存流れ)の状態が生じる。

 従来の開・閉共存流れの過渡現象解析技術は、主として下水管路を対象として開発されているため地下放水路のように流入量変化が急激でかつ立坑やマンホール等の圧力開放機能の少ない長距離管路には必ずしも適していない。地下放水路に適した方法として界面追跡法がある。この方法は、開・閉両水路流れが互いに接する界面を境に開水路および閉水路流れをそれぞれ別々に解くため開・閉水路流れに対し最適の方法や条件で解ける特長がある。反面、数値的取り扱いが非常に複雑となり、特に解析体系が複雑な場合には厳密な適用が困難であり、計算結果に見掛け上の圧力パルスが現れ易いという問題がある。この開水路と閉水路流れの界面における圧力パルスの解決については発表されたものは少なく抑制技術を開発することが実現象に沿った解析結果を得る上で必要である。

 圧力パルスの原因は、合流や分岐等の水理要素接合点で正しく界面追跡をせず、本来エネルギー消費が正しく計算されない特性曲線法でそのまま解こうとしたためと考えられる。界面において、大きなエネルギー消費を伴う不連続現象である跳水が発生する場合を検出し、圧力パルス抑制処理を行う方法を開発した。その結果、圧力パルス抑制処理によりパルスは大幅に改善され全体の解析結果がより実現象に近い結果が得られた。

 (2)地上開水路の基本的な過渡現象解析は確立されているが、特に開水路網として、実際の洪水時の流れと精度よく会うことが検証された解析技術を開発することが実河川の流れ予測の上で必要である。

 実河川の不確実性を含まないプログラム段階での解析精度を向上するため、各種離散化法を比較し、さらに複断面水路内の流速分布の不均一性を補正した方法を水路実験と比較し、実河川の流れの解析法を開発した。

 この解析法により、実際の単一河川および河川網に対し、流入および流出の境界条件として洪水時の実測値を与え解析を行い、河川各地点の計算水位を洪水時実測値と比較検討した。

 その結果、単一河川としてもまた河川網としても解析結果は十分実河川へ適用出来る見通しを得た。

 (3)地下系開・閉共存流れと地上系開水路流れとを一体化し、地上・地下系複合河川網の流れ解析技術を開発し、過去の台風時における洪水データを参考にした模擬条件で解析を試みた。

 その結果、立坑を介した地上河川と地下放水路との流量交換、および地下排水機場を介した地下放水路と河川との流量交換が正常に機能していることが確認できた。

3.第2編"吸水槽流れ表面からの空気巻込み渦発生現象の数値予測"

 地下深部の放水路末端部に設けられる排水ポンプ施設は大規模となり、土木建設費の低減が重要課題であり、従来以上に限界設計が求められる。

 吸水槽は地下最深部にあり、大きな土木容積を占めるため、吸水槽の小型化限界追求が土木建設費の低減の鍵となる。吸水槽の小型化を阻むクリティカルな要素は流れ表面より生ずる空気巻込み渦であり、この空気巻込み渦は排水ポンプの騒音・振動、性能低下の原因となる

 現在、空気巻込み渦を防止するため、標準的な吸水槽の形状は実験と実績に基づき基準化されているが、基準外の場合は吸水槽模型実験を繰返し、空気巻込み渦が発生しない条件を見出して設計している。

 この手法は多大の時間と費用を要するため、模型実験を繰返しても、必ずしも最適の条件を見出しているとは限らない。

 一方、渦による空気巻込み現象の相似則は実験に基づき種々提案されているが、必ずしも明らかではない。

 そこで、渦による空気巻込み現象の理論的解明とそれに基づく数値解析により空気巻込み渦発生予測の研究を行った。

3.1技術的課題と研究結果

 空気巻込み渦は、流入水路や吸水槽等の構造物における偏流や流れの剥離によって生じた流れの旋回成分が流体の吸込み口に向かう加速流の中で発達することによって生じる。したがって、渦の強度は構造物や流体機械の形状、配置や流体の入口方向等に依存する。しかし、任意の条件の影響を取入れた空気巻込み限界式を作ることは困難である。

 そこで、流れの数値解析で求めた流速分布から渦を支配する流れの場の物理量(循環の大きさ、渦の軸方向速度勾配)を計算し、これを渦中心での局所的モデルに用いて空気巻込み渦発生を予測する技術を開発することを試みた。

 (1)流れ解析により求められた吸水槽の自由表面近傍に生ずる渦に対し、軸対称伸長渦の理論を適用し遠心力によるガスコアの発生並びに下降流による空気巻込みを判定する式を求めた。

 これにより、渦による空気巻込み現象の相似則を導いた結果、従来実験的に求められた日本機械学会基準の空気巻込み現象の相似則と一致した。

 (2)渦を支配する流れの場の物理量を流れ解析で求め、局所的渦モデルとを組合わせて空気巻込み渦モデルを開発した。これは流れ場の局所的な物理量と流体の物性値を用い、体系の影響を受けない無次元数による空気巻込み限界評価式である。

 これを粘性と表面張力の影響を考慮し、適用を一般の流体に拡張した。

 (3)軸対称伸長渦の理論を用いた空気巻込み渦モデルに対して、軸対称伸長渦の理論を用いることの妥当性を実験により確認した。また、遠心力による気泡の変形にともなう抗力係数の変化を実験的に確認した。

 (4)流れ解析より渦の位置、方向、循環の大きさおよび軸方向の速度勾配を計算し、これと局所的モデルとを結合することにより、空気巻込み限界を予測する解析手法を開発した。自由表面を有する標準的形状の吸水槽に対し数値解析を行い、水槽実験によりこの手法の妥当性を検証した。

 その結果、数値解析による結果と実験結果は比較的よく合致しており、空気巻込み限界を予測出来る見通しを得た。

 (5)自由表面を有する標準的形状の吸水槽に比べ渦の定常性が小さい大規模排水機場用吸水槽に対し、この数値解析法を適用し水槽実験結果と比較検討した。その結果、解析による結果と実験結果はよく合致しており、渦の定常性が小さい大規模排水機場用吸水槽に対しても、空気吸込渦を予測する手段として数値解析法が十分適用出来る見通しを得た。

 (6)流れ解折および吸込水槽実験により大規模排水機場用吸水槽呑口に発生する空気巻込渦の基本的な発生・伸張のメカニズムを把握することが出来た。

 これを具体化し、高流速・小型の吸水槽の開発を行い、数値解析と実験結果について比較検討した。

 その結果、吸込水路限界流速の高速化が可能となり、従来の設計基準に対し吸水槽の流路断面積を1/2にすることが可能となった。

審査要旨

 本論文は「地下排水機場における流れ現象の数値予測に関する研究-開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み-」と題し,地上河川網に地下放水路・排水機場を加えた広域治水システムを対象とし,流体に係わる代表的技術課題である開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み現象の数値予測に関する研究の成果である.

 第1章では,緒言として研究の背景と目的を述べている.近年被害の増大している都市地域洪水の新たな対策,すなわち,公道等の地下深部を利用して暗渠式放水路および地下排水機場を建設し,河川の排水能力を越える洪水を立坑を介してこの放水路に落し込み他の排水余力のある河川へ排水する対策が実行に移されているが,その過程で流体に係わるシステム面とハード面の技術課題が生じている.本論文では第1編(第2〜5章)でシステム面の代表的技術課題である"開水路と閉水路が共存する河川網における流れの過渡現象数値予測"を,第2編(第6〜10章)でハード面の代表的技術課題である"吸水槽流れ表面からの空気巻込み渦発生現象の数値予測"を扱っている.

 第2章では,開水路と閉水路が共存する河川網における流れの過渡現象数値予測の研究課題と目的を述べている.地下放水路における開・閉共存流れ(開水路流れから閉水路流れへ,あるいは閉水路流れから開水路流れへ移る流れの過渡状態)において,従来の界面追跡法は実現象にはない圧力パルスを生ずるという課題が存在すること,広域河川網に対する流れ解析および地下放水路と地上開水路網とを一体化した地上・地下複合河川網の流れ解析は未だ確立されていないことを述べ,地下放水路流れ,地上開水路網流れおよび地上・地下複合河川網の流れのそれぞれについて実用的数値予測法を提案することを本論文のひとつの目的としている.

 第3章では,開・閉共存流れに関し,従来の界面追跡法は流れの体系が複雑な場合には開・閉流れ界面が合流・分岐等の水理要素接合点を通過する際に実現象にはない圧力パルスが計算上生じ易いという問題をもっていることを明らかにし,その原因が開・閉流れ界面における跳水の発生にあることを示すとともに,跳水を判定し圧力パルスを抑制する方法を提案しその有効性を検証している.

 第4章では,広域河川網に関し実際の洪水時の流れと精度よく合う解析法を提案している.実河川においては河道形状,河床勾配,断面,河川敷の状況等不確定要素が多く,解析をする上で単純化した条件に置換えざるを得ない.先ず実際の洪水流れを近似している拡散波理論による理論解および複断面水路実験結果と数値解析結果とを比較し,不確定要素を含まない条件で精度の向上を図った解析法を提案している.次に単一河川および河川網に対し上述の数値予測法を適用し,洪水時の水位実測結果と比較検討を行い数値予測法の適用が可能であることを示している.さらに,立坑および地下排水機場を介して一体化された地上・地下複合河川網に関し模擬条件で流れ解析を行い,地上と地下との境界条件の受渡しが正常に機能していることを検証している.

 第5章では,第1編のまとめとして成果が述べられている.

 第6章では,吸水槽流れ表面からの空気巻込み渦発生現象の数値予測の研究の背景,問題点および目的を述べている.地下深部の放水路終端部に設けられる排水ポンプ機場吸水槽の小型化設計が求められているが,それを阻む要素は流れ表面より生ずる空気巻込み渦である.空気巻込み渦の存在しないような吸水槽形状を設計するために,体系のパラメータ(吸水槽形状および流体機械の形状,配置,吸込み口方向等)に依存しない空気巻込み渦発生現象の数値予測の具体的方法を提案すること,および相似則の理論的な検討を行うことを本論文のふたつめの目的としている.

 第7章では,定常軸対称伸長渦の理論を用い,渦の軸方向の速度勾配が一定である,ガスコア(渦による水面の窪みおよびその成長した気柱)の形状に対する表面張力の影響は無視出来る,渦中心にガスコアが生じても単相流中の渦モデルで近似できる,気泡形状は球で半径は粘性コア半径に比例するという仮定を設け,空気巻込み渦発生の基本理論を構築している.構築した基本理論に基づき渦中心での局所的モデル,すなわち,ガスコアの発生とガスコア先端からの空気巻込みの限界評価式を求め,さらにこの評価式より空気巻込み渦の相似則を導いている.この空気巻込み渦の相似則は実験と経験に基づく従来の相似則と一致し,相似則の一つの理論的裏付けに成功している.

 第8章では,前章の空気巻込み渦発生の理論の一般化を検討し,実際の流れにも適用可能であることを示している.すなわち,前章の仮定が実用上の吸水槽にも適用出来ることを理論的および実験により確認し,旋回流れの中で遠心力を受け変形した気泡の抗力係数をウェーバ数の関数として与えることにより,ガスコアの発生条件および空気巻込み条件の一般化に成功している.

 第9章では,流れ解析より求まる渦中心での物理量とガスコアの発生条件および空気巻込み条件とを組合せた空気巻込み渦発生現象の数値予測法を提案している.さらに,この数値予測法を,渦の定常性が比較的大きい形式の吸水槽および定常性が小さい形式の吸水槽に対する実験により検証し,実用に供し得ることを示している.

 第10章では第2編の研究の成果をまとめられている.

 第11章では第1編および第2編の研究の全体まとめを行っており,成果と今後の課題および成果の実プロジェクトへの適用状況が総括されている.

 要約すると,本研究は大規模な地下排水機場の計画に際し解決を要する流体に係わるシステム面とハード面の代表的技術課題,すなわち,開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み流れ現象に関し具体的な数値予測法を開発し,実際の洪水時の流れの測定結果および模型実験結果との比較によってその有効性を確認したものである.本研究の成果はすでに実プロジェクトに適用され,地下排水機場の排水容量決定や過渡現象解析等に活用されるとともに,吸水槽の大幅な小型化に効果を発揮している.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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