審査要旨 | | 本論文は「地下排水機場における流れ現象の数値予測に関する研究-開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み-」と題し,地上河川網に地下放水路・排水機場を加えた広域治水システムを対象とし,流体に係わる代表的技術課題である開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み現象の数値予測に関する研究の成果である. 第1章では,緒言として研究の背景と目的を述べている.近年被害の増大している都市地域洪水の新たな対策,すなわち,公道等の地下深部を利用して暗渠式放水路および地下排水機場を建設し,河川の排水能力を越える洪水を立坑を介してこの放水路に落し込み他の排水余力のある河川へ排水する対策が実行に移されているが,その過程で流体に係わるシステム面とハード面の技術課題が生じている.本論文では第1編(第2〜5章)でシステム面の代表的技術課題である"開水路と閉水路が共存する河川網における流れの過渡現象数値予測"を,第2編(第6〜10章)でハード面の代表的技術課題である"吸水槽流れ表面からの空気巻込み渦発生現象の数値予測"を扱っている. 第2章では,開水路と閉水路が共存する河川網における流れの過渡現象数値予測の研究課題と目的を述べている.地下放水路における開・閉共存流れ(開水路流れから閉水路流れへ,あるいは閉水路流れから開水路流れへ移る流れの過渡状態)において,従来の界面追跡法は実現象にはない圧力パルスを生ずるという課題が存在すること,広域河川網に対する流れ解析および地下放水路と地上開水路網とを一体化した地上・地下複合河川網の流れ解析は未だ確立されていないことを述べ,地下放水路流れ,地上開水路網流れおよび地上・地下複合河川網の流れのそれぞれについて実用的数値予測法を提案することを本論文のひとつの目的としている. 第3章では,開・閉共存流れに関し,従来の界面追跡法は流れの体系が複雑な場合には開・閉流れ界面が合流・分岐等の水理要素接合点を通過する際に実現象にはない圧力パルスが計算上生じ易いという問題をもっていることを明らかにし,その原因が開・閉流れ界面における跳水の発生にあることを示すとともに,跳水を判定し圧力パルスを抑制する方法を提案しその有効性を検証している. 第4章では,広域河川網に関し実際の洪水時の流れと精度よく合う解析法を提案している.実河川においては河道形状,河床勾配,断面,河川敷の状況等不確定要素が多く,解析をする上で単純化した条件に置換えざるを得ない.先ず実際の洪水流れを近似している拡散波理論による理論解および複断面水路実験結果と数値解析結果とを比較し,不確定要素を含まない条件で精度の向上を図った解析法を提案している.次に単一河川および河川網に対し上述の数値予測法を適用し,洪水時の水位実測結果と比較検討を行い数値予測法の適用が可能であることを示している.さらに,立坑および地下排水機場を介して一体化された地上・地下複合河川網に関し模擬条件で流れ解析を行い,地上と地下との境界条件の受渡しが正常に機能していることを検証している. 第5章では,第1編のまとめとして成果が述べられている. 第6章では,吸水槽流れ表面からの空気巻込み渦発生現象の数値予測の研究の背景,問題点および目的を述べている.地下深部の放水路終端部に設けられる排水ポンプ機場吸水槽の小型化設計が求められているが,それを阻む要素は流れ表面より生ずる空気巻込み渦である.空気巻込み渦の存在しないような吸水槽形状を設計するために,体系のパラメータ(吸水槽形状および流体機械の形状,配置,吸込み口方向等)に依存しない空気巻込み渦発生現象の数値予測の具体的方法を提案すること,および相似則の理論的な検討を行うことを本論文のふたつめの目的としている. 第7章では,定常軸対称伸長渦の理論を用い,渦の軸方向の速度勾配が一定である,ガスコア(渦による水面の窪みおよびその成長した気柱)の形状に対する表面張力の影響は無視出来る,渦中心にガスコアが生じても単相流中の渦モデルで近似できる,気泡形状は球で半径は粘性コア半径に比例するという仮定を設け,空気巻込み渦発生の基本理論を構築している.構築した基本理論に基づき渦中心での局所的モデル,すなわち,ガスコアの発生とガスコア先端からの空気巻込みの限界評価式を求め,さらにこの評価式より空気巻込み渦の相似則を導いている.この空気巻込み渦の相似則は実験と経験に基づく従来の相似則と一致し,相似則の一つの理論的裏付けに成功している. 第8章では,前章の空気巻込み渦発生の理論の一般化を検討し,実際の流れにも適用可能であることを示している.すなわち,前章の仮定が実用上の吸水槽にも適用出来ることを理論的および実験により確認し,旋回流れの中で遠心力を受け変形した気泡の抗力係数をウェーバ数の関数として与えることにより,ガスコアの発生条件および空気巻込み条件の一般化に成功している. 第9章では,流れ解析より求まる渦中心での物理量とガスコアの発生条件および空気巻込み条件とを組合せた空気巻込み渦発生現象の数値予測法を提案している.さらに,この数値予測法を,渦の定常性が比較的大きい形式の吸水槽および定常性が小さい形式の吸水槽に対する実験により検証し,実用に供し得ることを示している. 第10章では第2編の研究の成果をまとめられている. 第11章では第1編および第2編の研究の全体まとめを行っており,成果と今後の課題および成果の実プロジェクトへの適用状況が総括されている. 要約すると,本研究は大規模な地下排水機場の計画に際し解決を要する流体に係わるシステム面とハード面の代表的技術課題,すなわち,開・閉水路共存河川網過渡流れおよび吸水槽空気巻込み流れ現象に関し具体的な数値予測法を開発し,実際の洪水時の流れの測定結果および模型実験結果との比較によってその有効性を確認したものである.本研究の成果はすでに実プロジェクトに適用され,地下排水機場の排水容量決定や過渡現象解析等に活用されるとともに,吸水槽の大幅な小型化に効果を発揮している. よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |