学位論文要旨



No 214044
著者(漢字) 前田,純一郎
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ジュンイチロウ
標題(和) 移動型プラントによる工場生産型建築工法の研究
標題(洋)
報告番号 214044
報告番号 乙14044
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14044号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 助教授 田浦,俊春
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨

 本研究は、「建築施工現場における移設可能な工場」を基本概念として、天候に左右されない人工的環境内で、建物の構成部材の搬送、組立、接合作業を自動的に行なうことにより、工場生産型の建築工法を実現することを目的としている。

 第1章においては、本研究の背景として、建設産業を取巻く環境の変化と建築生産の特殊性について述べ、これに起因する建築生産現場の問題点を、次の4項目に整理した。(1)屋外作業が多く、天候に左右される。(2)危険作業が多く、労働災害が多い。(3)熟練工に依存しており、その不足と高齢化が進んでいる。(4)労働集約的作業形態で、生産性が低迷している。この問題点を解決するための新しい生産システムの開発の狙いを、(1)現場の作業環境を安全・清潔・快適なものにする。(2)屋外作業をなくし、天候に左右されずに作業を行う。(3)熟練に依存しない作業方式に変え、工数の削減など生産性を向上させる。の3点に定めた。

 第2章では、上記の問題解決のための従来からの研究開発の経緯と現状を、とりわけ建設作業ロボット化・自動化の取組みについて述べ、現状での開発達成状況とその実用化の阻害要因を整理した。建設作業用のロボットや自動化機械は、現在150機種もの開発事例が報告されているが、実用化のレベルに到達し、生産現場に広く普及している機種は、まだ少数にとどまっている。作業場所の広域性、対象物の大型・重量なこと、自然環境下での使用、非定型的作業、作業内容の複雑さなどの要因に加えて操作者が不定なこと、工事請負契約方法の問題などがその阻害要因としてあげられる。そこで、本研究では、個々の建築作業の改善のためにロボットを導入するという方法を取らず、ビル工事全体を対象とした新しい建築の工法を構想し、その中で個々の作業の自動化・ロボット化を図る方法ヘアプローチを転換した。

 第3章では、本研究の対象となる新しい工法の基本概念を「建築現場に移動可能工場を導入する」こととし、工法の3つの特徴を明らかにした。第1は、建築現場のプラント化であり、第2は、搬送・供給を核とした計画的な生産システムの構築、第3は、搬送・組立・接合の自動化である。なお、ここでいう「工場」(プラント)は、プレハブ工法の工場とは異なり、現場の生産設備としてのタワークレーンや仮設設備に置き換わるべきものである。この工法概念を実現するシステム概略案の構想に際して、システムの中核となるプラントの移動システムと部材搬送システムについて代案の比較検討を行ない、実施案を選択した。プラント移動システムでは、プラント荷重の支持方法で3案を比較し、プラント荷重をビル本体の大梁にあずける方式を、また部材搬送システムでは、水平・垂直搬送の分離、荷の再取り扱い(再玉掛け)の有無で3案を比較し、水平・垂直を分離し、再取り扱いを行わない方式を選択した。この選択を基に、システムの概略案を明らかにした。プラントはハットトラスと呼ばれる鉄骨骨組みをマストで支え、リフトアップしてプラント全体を垂直に移動する。搬送システムは、地上で玉掛けの後、垂直搬送を行ない、自動移載して水平搬送に移る。水平搬送では、複数の天井走行式クレーンを乗り継いで目的地に到着する。部材のジョイント部を変更し、プレハブ化・ユニット化を行って作業を簡易化すると共に、組立精度の計測システムや、鉄骨の溶接ロボット等を開発要素とした。

 第4章では、システムを構成する要素技術の具体的構築内容を論じた。

 まず、プラントの架構としてのハットトラスとマストの構成と構造設計の条件について、またハットトラス上面の屋根養生、外周部の補強フレームで補強された外周養生について述べた。次に、このプラントを移動させるリフトアップ装置の構成と作動手順の考え方を論じた。リフトアップ機構は、マストの下部に設けられており、油圧装置を作動させてプラント全体をせり上げる。リフトアップ時には、マスト間のリフトアップ量の偏差が所定の許容範囲内に納まるように油圧装置の制御を行う。

 搬送システムを構成する水平搬送装置としては、相互連結機構付きの天井走行式クレーンを、垂直搬送装置としては、ワイヤーガイド式の同じく連結機構付きの特殊クレーンを構想した。把持装置付きのトロリーホイストは、連結された天井走行式クレーン同志、天井走行式クレーンと特殊クレーンを乗移ることができ、これにより、垂直搬送から水平搬送への自動移載も可能となった。天井走行式クレーン、トロリーホイスト共にタッチローラ式のエンコーダで位置を検出し、補正センサで位置座標の補正を行う。特殊クレーンは、巻上げ用ワイヤの張力を搬器の振れ止めに利用するもので、プラント端部のワイヤ振れ止め機構と共に、搬器の振れを押さえることができた。現場での実測値では、10m/s程度の風に対して、最大振れ量は約400mmであった。部材の把持装置は、玉掛け外しと吊り荷の旋回(方向制御)の機能も持っている。駆動装置を本体に収納し、クレンプ部にはプッシュプルワイヤで動力を伝達する形式を採用し、その小型軽量化を図った。

 本システムでは、自動運転により部材を指定された位置に搬送するが、その経路は始終点の位置、各搬送機器の状態、障害物などを考慮して自動的に生成される。障害物回避は、既に組み立てられた建物の一部、あるいはマストなどプラントの一部が経路上にある場合、それを回避して経路を生成するもので、回避経路のショートパス探索、折れ曲がり点最小化などのアルゴリズムにより演算される。本システムの搬送システムは、従来のタワークレーンによる搬送と異なり、複数の水平・垂直搬送装置を組合わせて、同時に複数の部材を組立地点に搬送することにより、作業者の手待ち時間を減らせて効率のよい部材の供給を実現する。

 部材の組立においては、人手を介さずに据付け、位置決めするためにジョイント部の形状を変更した。鉄骨柱のジョイント部には、落し込み式のガイド機構を設けたが、このガイド機構の形状寸法を決定するに際し、搬送・停止した部材の振れ量と振れの減衰特性を実験的に把握した。複数の対案について実大の落し込み実験を行ない、コストを含めて検討し、高層ビル鉄骨柱向けガイド機構を決定した。鉄骨梁と柱のジョイント部、床PCパネル、外壁パネルについても、同様に落し込み式のジョイント形状に変更した。

 据付けた鉄骨柱は、レーザー計測システムを開発し、そのX、Y方向の建入れ精度(鉛直精度)を検出して、その表示を見ながら1人の作業者が調整できる。レーザー光は、床上の発振器から常に鉛直に発振され、柱上部の受光器に配列された半導体素子で受けて、基準からのずれ量を検出する。測定精度は、15mに対して約2mmである。ずれ量の調整は、柱のガイド機構を利用して調整ボルトの締め緩めで行なう。

 調整の終った鉄骨柱同士の横向き多層盛アーク溶接を新たに開発した専用の小型溶接ロボットで自動化した。ロボット本体は、柱全周に取付けたレール上を走行する4軸制御のロボットで、柱の全周を1パス連続溶接し、反転して再び全周溶接を行う。接合部の開先形状を認識するためのレーザーセンサーを搭載しており、1層の溶接に先立ち、センサーを開先に直角に走査して開先形状の断面形状を把握し、あらかじめ登録されたデータベースから最適な溶接条件を割り付けて自動溶接を行う。本ロボットは、角型または丸型断面の板厚75mmまでの鉄骨柱に適用できる。なお、汎用の小型溶接ロボットを用いて、柱と梁の接合部溶接システムも開発した。

 本システムを適用するプロジェクト(工事)が決まると、プラントの主要構成要素としてのハットトラス、外周養生、リフトアップ装置、搬送装置を組合わせてプラントレイアウトを行う。これらの要素は、モジュール構造になっており、適切なモジュールを選択、組合わせることによりプラントを柔軟に構成できる。プラントの組立においては、地下工事終了後、地上でハットトラスとマストを組立て、ハットトラスをマスト頂部までせり上げて両者を結合してプラントを構築する。外周養生や搬送装置も組込まれる。完成したプラントを1フロアづつリフトアップを繰り返しながら施工を行う。最上階の施工を終了すると、プラントを解体する。まず、外周養生を1ユニットづつ折畳んでホイストで地上に降ろし、次にリフトダウンさせながらマストとリフトアップ装置を下部ユニットから撤去していく。最後に解体用小型クレーンでハットトラスを解体してビルが完成する。

 第5章では、実際の現場での適用結果に基づいて、システムの評価を行なった。第1章で設定した開発の狙いに対して、(1)生産性向上、(2)作業環境改善、の2面から評価した。(1)生産性については、本システムの対象とする作業を含む全地上工事の労務工数を30%削減し、施工工期は、1フロアの施工サイクル5.5日を実現して、20階のビルの場合、地上工事全体で約15%の工期短縮効果を確認できた。また、作業内容も作業者の熟練に依存しない方式に変更して、今後の建築生産の職能のあり方を示すことができた。(2)作業環境の改善に関しては、作業者に対しては、人工的環境により快適な作業環境を提供し、重大災害の本質的に起こり得ない工法であることを示すことができた。また、自動化やプレハブ化により、重労働や悪環境作業を軽減できた。現場周辺に対しても、不安感を与えることのない安全で施工中の街の景観にも配慮したシステムを提供した。さらに社会的問題となっている建設廃棄物も70%削減することができた。

 第6章は、結論として、本研究の目的に対して実現できたこと、及び残された課題をまとめた。本研究により、(1)新しい工場生産型の建築工法概念を明確にすることができた。(2)工法の中核となる「プラント」を具体的に設計し、実工事において実証した。(3)本工法の建築生産プロセスを構成する搬送・組立・接合自動化の生産技術要素を開発し、実工事においてその性能を確認した。

 今後に残された課題として、要素技術の自動化レベル向上の研究、計画シミュレーションシステムの研究、プラント立上げ工期の短縮、本システムに適した建築設計方法の確立を挙げた。また、施工体制の整備の観点から、職能の変化への対応、部材調達システム、建築請負契約のあり方の3点を、今後の本工法展開の重要課題とした。

審査要旨

 工学修士前田純一郎提出の本論文は「移動型プラントによる工場生産型建築工法の研究」と題し、全6章よりなる。

 第1章においては、本研究の背景として、建設産業を取巻く環境の変化と建築生産の特殊性について述べ、これに起因する建築生産現場の問題点を明らかにしている。本研究は、この問題点を解決するために、「建築施工現場における移設可能な工場」を基本概念とし、天候に左右されない人工的環境内で、建物の構成部材の搬送、組立、接合作業を自動的に行うことにより、工場生産型の新しい建築生産システムを実現することを目的としている。

 第2章では、この問題解決のための研究開発の経緯を、建設作業ロボット化・自動化の取組みについて述べ、現状の開発達成状況とその実用化の阻害要因を述べている。現在150機種もの開発事例が報告されているが、実用化のレベルに到達している機種は、少数にとどまっている。本研究では、個々の建築作業の改善のためにロボットを導入するのではなく、ビル工事全体を対象とした新しい建築の工法を構想し、その中で個々の作業の自動化を図る方法を採った。

 第3章では、本研究の対象となる工法の基本概念を「建築現場に移動可能工場を導入する」こととし、その特徴を明らかにした。即ち、建築現場のプラント化、搬送を核とした計画的な生産システムの構築、搬送・組立・接合の自動化である。「工場」(プラント)は、現場の生産設備として、従来のタワークレーンや仮設設備に置き換わるものである。この概念を実現するシステムの中核となるプラント移動システムと部材搬送システムについて概略案を評価・選択した。

 第4章では、システムを構成する技術の具体的構築内容を述べている。

 まず、プラントの架構としてのハットトラスとマストの構成、及び屋根養生や外周養生の構成について述べ、プラントのリフトアップシステムの構成と作動手順を論じている。リフトアップ機構は、油圧装置を作動させてプラント全体をせり上げる。

 搬送システムを構成する水平搬送装置としては、相互連結機構付きの天井走行式クレーンを、垂直搬送装置としては、巻上げ用ワイヤの張力を搬器の振れ止めに利用するワイヤーガイド式の連結機構付きの特殊クレーンを考案した。把持装置付きのトロリーホイストは、連結されたクレーン同志を乗移ることができ、これにより、垂直搬送から水平搬送への自動移載も可能となる。

 自動運転の搬送経路は、始終点の位置、各搬送機器の状態、障害物などを考慮して自動的に生成される。障害物回避は、既に組み立てられた建物の一部、あるいはマストなどプラントの一部が経路上にある場合、それを回避して経路を生成するものである。本搬送システムは、複数の水平・垂直搬送装置を組合わせて、同時に複数の部材を組立地点に搬送することにより、作業者の手待ち時間を減らせて効率のよい部材の供給を実現している。

 部材の組立においては、ジョイント部の形状を変更した。鉄骨柱のジョイント部については、搬送停止時の部材の振れ量と減衰特性を実験的に把握し、実大実験も踏まえて落とし込み式のガイド機構を設計した。据付けた鉄骨柱の精度は、レーザー計測システムにより検出した。レーザー光は、床上の発振器から常に鉛直に発振され、柱上部の受光器に配列された半導体素子で受けて、基準からのずれ量を検出する。

 鉄骨柱の横向き多層盛アーク溶接を小型溶接ロボットで自動化した。本体は、柱全周に取付けたレール上を走行する4軸制御のロボットで、柱の全周を1パス連続溶接し、反転して再び全周溶接を行う。レーザーセンサーを開先に直角に走査して開先形状の断面形状を把握し、データベースから最適な溶接条件を割り付けて自動溶接を行う。

 最後に、プラントの組立、解体手順と方法を説明している。

 第5章では、現場での適用結果の評価を行なっている。全地上工事の労務工数を30%削減し、また1フロアの施工サイクル5.5日を実現し、地上工事で約15%の工期短縮を確認している。作業内容も作業者の熟練に依存しないことを確認した。人工的環境により作業者に快適な作業環境を提供し、本質的に安全な工法であることを示すと共に、自動化やプレハブ化により、重労働や悪環境作業を軽減できた。

 第6章は、結論として、本研究で実現したことを述べている。本研究により、新しい工場生産型の建築工法概念を明確にすると共に、「プラント」を具体的に設計し、実工事で実証した。さらに、搬送・組立・接合自動化の生産技術を開発し、実工事で確認している。今後の課題として、要素技術の自動化レベル向上の研究や計画シミュレーションシステムの研究、本システムに適した建築設計方法の確立を、施工体制の確立の観点から、職能の変化への対応、部材調達システム、建築請負契約のあり方の3点を挙げている。

 以上を要約するに、本研究により、建築現場に移動する工場の概念を導入し、工場生産型建築工法を構成する技術を確立した。この技術は、建築生産の領域において装置産業的な新しい工法の可能性を実証したばかりでなく、生産システム工学の分野に新しい概念を示すことにより、精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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