学位論文要旨



No 214045
著者(漢字) 平野,敏樹
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,トシキ
標題(和) マイクロアクチュエータの研究及びそのデータ・ストレージ装置への応用
標題(洋)
報告番号 214045
報告番号 乙14045
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14045号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 鯉淵,興二
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 下山,勲
 東京大学 助教授 保坂,寛
内容要旨 1.はじめに

 ハードディスク・ドライブ(HDD)に代表されるストレージ・デバイスのトレンドとして大きく大容量化,低価格化,及び小型化があげられる.このストレージ・デバイスのトレンドを踏まえ、筆者は図1に示されるような目標に向けて研究を行った。研究の大きな目標の一つは、現在のハードディスク装置の延長上にある超高密度HDDであり、その実現にはトラッキングサーボ用マイクロアクチュエータが必要となる。これは,マイクロ・アクチュエータを使って磁気ヘッドを高速かつ精密に位置決めすることにより従来技術では実現不可能であった狭データトラックピッチを実現することを目標にしている.この方式により記録密度を飛躍的に向上させることが可能になる.この研究は4-5年後のHDDへの応用を目指している。

図1 データ記録装置の発達と研究の流れ

 より遠未来のストレージデバイスとして、「次世代データ記録装置(マイクロディスクアレイ)」を提案する。これは、マイクロマシン技術を使ってシリコンチップ上に加工された微少なHDD(マイクロHDD、図2)をアレイ状に並べたものであり、小型、高速、かつ大記録容量を実現することを目標にしている(図3)。その実現のためには、4種類のマイクロアクチュエータが必要であると考えられる。それらは、シーク用アクチュエータ、記録再生デバイス、マイクロモータ、トラッキング用アクチュエータである。

図2 マイクロHDDの概念図図3 ワンチップ・マイクロ・ディスク・アレイ

 筆者は、これらのマイクロアクチュエータ・コンポーネントについて、それらが満たすべき要件を考察し、それを満たすための新しいマイクロ構造、設計手法、及び加工方法について研究を行い、実際の試作と、実験を通してその性能を確認した。

2.シーク用アクチュエータ

 マイクロHDD用シークアクチュエータが満たすべき要件としては、比較的単純な加工工程、良好な位置制御制、10m程度の直線ストローク、低駆動電圧が挙げられる。これらの要件を満たすため、サブミクロンの電極間ギャップを持つ静電駆動櫛形マイクロアクチュエータを設計した。また、微少な電極間ギャップを精密に加工するため、「熱酸化マシニング法」を考案した。また、電極安定性の解析を行い、その安定性がギャップ幅の三乗に反比例して減少することを見出し、それに対応するためFEMを使った最適サスペンション構造を設計する手法を確立した。図4に試作したマイクロアクチュエータの一例を電子顕微鏡写真で示す。構造は4m厚の多結晶シリコンでできており、全体の大きさは約500m角程度である。アクチュエータの駆動実験を行い、ギャップ幅が0.5mのアクチュエータは22.2Vの駆動電圧で10.6mの変位を発生することを確認した。また、駆動電圧の二乗/発生変位の関係も良好な直線性を示した。

図4 シーク用アクチュエータ
3.記録・再生デバイス用マイクロアクチュエータ

 マイクロHDDに使われる記録方式として、Lateral Tunneling Unit(LTU)を使ったAFM/STM記録方式を想定した。そのために使われるマイクロアクチュエータに求められる要件は、1m程度の直線ストローク、基板から突き出した(Overhang)構造、高い歩留まり、先端の鋭いプローブの加工がある。Overhang構造を高歩留まりで加工するため、「めっき構造のドライリリース法」を開発し、また、鋭い針の加工のため、「マイクロ電解研磨法」を考案した。図5に試作したOverhang LTUを示す。構造は約7m厚の金属ニッケルで作られており、全体の大きさは500m角程度である。シリコン基板に裏面から異方性エッチングにより加工された「縁」からプローブ部分が突き出している。テスト構造を使ったマイクロ電解研磨実証実験を行い、先端半径が0.1m以下の鋭い針の加工に成功した。LTUの駆動実験により、駆動電圧150Vにより1.5mの変位を確認した。

図5 Overhang-LTU
4.マイクロモータ

 マイクロHDDのスピンドルモータの満たすべき要件としては、安定な回転、低摩擦、単純な加工工程、耐久性が考えられる。これらの要件を満たすため、厚いめっき構造と基板の等方性エッチングによる「Needle Bearing」構造を考案し、また、ベアリング材料に低摩擦、耐摩耗性材料であるDiamond-like-carbon(DLC)を初めて採用した。このモータの特長は「Needle Bearing」による低回転摩擦であり、それを証明するため、静電気引力、メニスカスによる引力の二つの主な荷重成分について解析を行い、従来のマイクロモータに比べて低摩擦であることを示した。また、このベアリングはこれらの荷重に十分に耐えうることも計算で示した。実際に加工されたマイクロモータの電子顕微鏡写真を図6に示す。このモータはロータの直径が150m、厚さが7mのニッケルでできている。駆動実験により、ロータの直径100mのものは、20Vの駆動電圧で安定して回転した。最高回転数は10,000RPMであった。また、耐久性試験を行い、3.6×106回転の後も、ベアリング部にわずかな摩耗が見られたものの、動作上問題がないことを確認した。DLCの摩擦特性をシリコン酸化膜と比較するため、摩擦係数比較実験を行い、DLCが低摩擦であることを示した。

図6 マイクロモータ
5.トラッキング用マイクロアクチュエータ

 現行のハードディスクを更に高密度化するため、微小なデータトラックを高速・高精度で追従するためのマイクロアクチュエータについて研究を行った。そのための方法として「二段アクチュエータ方式」(図7)を使う。マイクロアクチュエータをスライダの直上に取り付けることにより、スライダを高速、高精度で位置決めする。このためのマイクロアクチュエータに要求される仕様としては、熱安定性、面内方向の柔軟構造、面外方向の高剛性、大きな出力、良好な位置制御制、低コストが挙げられる。熱安定性を達成するため、低熱膨張材料であるインバの電気めっき法を開発した。また、剛性と大出力の要求を同時に満たすため、ポリマーの高アスペクト比エッチング法の研究を行った。また、位置制御制を良くするため、櫛形アクチュエータの差動駆動法を使用し、低コストを実現するため、高面積効率電極配置法を考案した。図8に試作された回転動作型マイクロアクチュエータのSEM写真を示す。構造は厚さ40m、幅1.6mm、長さ2.7mmで、中央部分にスライダを取り付ける。図9にスライダ・サスペンションと組み合わされたマイクロアクチュエータのSEM写真を示す。このマイクロアクチュエータを使い、この種のアクチュエータとしては初めて、回転する磁気ディスク上でサーボ実験を行い、性能の確認を行った。図10にその時の結果を示す。サーボを使わないとき(上の曲線)に比べて、サーボを使ったとき(下の曲線)の方が、位置誤差が大きく減少している。この時の位置誤差は、0.1ミクロンより小さく、この方式は25,000track-per-inch(TPI)の記録密度に対応できることが示された。

図7 二段アクチュエータ方式図8 回転動作型アクチュエータ図9 スライダ・サスペンションとの組み合わせ図10 位置決め実験結果
6.結言

 本研究はマイクロアクチュエータのデータ記録装置への応用を目指した。次世代のデータ記録装置として、「マイクロハードディスクドライブ」および、それを複数配列した「マイクロディスクアレイ」を提案し、それらの実現のために必要となるマイクロアクチュエータ群(シーク用アクチュエータ、記録再生素子、スピンドルモータ)の研究開発を行い、実験的にそれらの動作を検証した。また、4-5年内の実用を目指し、現行のハードディスクの記録密度を飛躍的に向上させるためのトラッキングサーボ用マイクロアクチュエータの研究を行った。そして、この種のマイクロアクチュエータとしては世界で始めて磁気ディスク上でのサーボ実験によりその性能を証明した。

 また、マイクロマシンの研究として、応用分野の開拓、新アクチュエータの開発、革新的加工プロセスの開発、設計手法の確立の面で成果を得、マイクロマシンの発展に貢献した。

審査要旨

 本論文は、「マイクロアクチュエータの研究及びそのデータ・ストレージ装置への応用」と題し、半導体微細加工に基づくマイクロマシニング技術を改良して高性能のマイクロアクチュエータを実現した結果と、それをデータ・ストレージ装置のさらなる小型化と記録密度の向上に応用することを検討した成果をまとめたものであり、6章から構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景であるマイクロマシン技術とストレージ・デバイスの動向について説明した後、本研究の目的であるマイクロマシン応用ハード・デスク装置(マイクロハードディスク)の概念と研究課題、および関連の研究について述べている。

 第2章は「サブミクロンギャップを持つ静電マイクロ・アクチュエータ」と題し、新たに考案した酸化マイクロマシニングやポストリリースポジショニング法によりm以下の静電ギャップを持つアクチュエータを製作した結果と、それをマイクロハードディスクのシーク用アクチュエータに応用する検討の結果について述べている。

 第3章は「オーバーハング構造を持つ横方向トンネル電流制御ユニット」と題し、従来のマイクロトンネル電流制御ユニットを拡張し、電界研磨で尖らせた探針の先端を基板貫通孔の縁から突き出した構造とする際、ドライエッチングを用いることで歩留まりを格段に向上することに成功し、それをマイクロハードディスクのAFM/STM記録用アクチュエータに応用する検討の結果について述べている。

 第4章は「マイクロ回転モータ」と題し、直径100m程度の金属製マイクロモータの作製と動作実験について述べている。ニードルベアリング構造やダイヤモンド状炭素膜の適用により摩擦を軽減した結果、駆動電圧を低下し、寿命を向上することができた。さらに、マイクロモータをマイクロハードディスクのディスク回転用アクチュエータに応用することを検討している。

 第5章は「トラッキングサーボ用マイクロアクチュエータ」と題し、以上の章のデバイスより近い将来に実現の期待されるの応用として、現在のハードディスク装置のトラッキング精度向上のためにマイクロアクチュエータを用いる研究について述べている。サスペンションとスライダーの間に挿入して、スライダーを高速かつ高精度に位置決めするアクチュエータを開発し、その動作とトラッキング性能の向上を確かめている。

 第6章は「結論」であり、本研究の成果を要約し、マイクロハードディスクの実現に至る開発の道筋の中で位置づけることで、今後の展望を与えている。

 以上これを要するに、本論文は半導体微細加工技術を利用したマイクロアクチュエータの設計、製造、評価について研究し、それのデータストレージ装置の超小型化と記録密度の向上への応用を検討したもので、電気工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は東京大学工学系研究科情報工学専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

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