学位論文要旨



No 214047
著者(漢字) 亀井,克之
著者(英字)
著者(カナ) カメイ,カツユキ
標題(和) 自然なモデル化による仮想環境の生成
標題(洋)
報告番号 214047
報告番号 乙14047
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14047号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 廣瀬,通孝
内容要旨

 計算機の中に対象とする環境を構成し、現実の環境のようにインタラクションを行う仮想現実感の研究が進められ、アプリケーションへの展開が図られつつある。しかしながら、産業への適用に際して未だ多くの課題がある。その第一は、現実世界を仮想世界としてリアルに提示し、同時に実時間のインタラクションを実現する、モデル化技術の確立である。現在の一般的なモデル化手法は、いわば、厳密なモデル化と自由なモデル化とに区分できる。厳密なモデル化では、リアリティや現実との整合性を重視して対象の正確な再現を試みる。また、自由なモデル化では、モデル化の容易さやリアルタイム操作性を重視、新たなインタフェースの提供を図る。これらに対し、仮想現実感技術においては、モデルが上記4点、リアリティ、整合性、モデル化の容易さ、操作性を、すべて適度に満足することが求められる。本論文では、この4点を満足するモデルを自然なモデルと定義し、この自然なモデル化による仮想環境の生成について論じる。産業への適用において重要となる、現実自然環境の入力・再現、物体の形状表現、人物の表現の3項目を取り上げ、各々の自然なモデル化への要求事項を整理し、モデル化の一手法を示す。

 まず第一に、現実自然環境の入力・再現は、景観設計・評価をはじめ応用が数多く想定される。しかしながら、その入力は、存在する物体の数が多く、また形状が複雑であるため、多大な労力を要している。自然環境の入力および再現において、リアリティ、整合性、モデル化の容易さ、操作性の4点で要求される事項を整理してみると、以下のようになる。

 (1)画質が十分であること。

 (2)一般的に各種環境に対応できること。

 (3)仮想環境生成の手間、コストが少ないこと。

 (4)インタラクティブな操作(視点移動)が可能であること。

 本論文においては、これらの要求に対処する新たな環境入力手法を示す。提案手法においては、対象の現実自然環境を写した複数の既存入力画像を用いて、視点移動に合った新たな画像を合成して提示、これによって環境を表現する。合成画像は、[1]入力画像、合成画像とも幅1の短冊型の部分画像に分解、[2]合成画像の各部分画像に対し、そこに描かれる被写体を特定、[3]特定した被写体を描いている入力画像の部分画像を検索、組み合わせる、というように生成する。提案手法は、

 (1)既存画像をベースにするので画質が高い、

 (2)実写画像を用いれば、どの環境にも対応可能、

 (3)画像処理などの前処理が不要で容易に環境が生成できる、

 (4)リアルタイムの画像合成が可能で、視点移動に追随、

 という特徴を持ち、すなわち、これは上記の要求を満足する自然なモデルである。仮想的な都市街路、あるいはプラントなどの環境の再現とウォークスルーが可能で、景観評価・シミュレーション、設備管理、地理情報システムなどに適用できる。

 第二の、物体の形状、また変形の表現は、計算機上での形状設計に有効である。意匠設計等における、物体を何度も変形させてデザイナーの意図した形状に近づける、あるいは、より適した形状を創造する、という作業を、直感的に効率よく行うことを可能にする。しかしながら、実物体の形状変形過程は複雑であり、これを表現することは容易ではない。従来提案されている多くのモデル化手法は、物理法則を重視するため計算量が多くなってしまうか、あるいは、実時間性に重点を置くあまり簡略化が過ぎ、形状に無理が出てしまうといった問題を抱えている。改めて、自然なモデル化に要求される事項を整理すると、以下のようになる。

 (1)直感的で自然な操作に対応できること。

 (2)制御点の配置に影響されずに自然な変形形状を得ること。

 (3)形状の定義が容易であること。

 (4)リアルタイムで変形形状が得られること。

 本論文では、これに対処する新たな手法を提案する。回転体を対象とし、これを輪切りにして体積が不変の微小厚円盤の集合として扱う。円盤の軸方向の移動、厚さの変化、表面のなめらかさに、それぞれエネルギーを定義し、エネルギーの総和を最小とするような形状に変形させる。提案手法は、

 (1)実素材の変形の性質を再現でき、直感的で自然な操作に対応、

 (2)微小厚円盤単位の処理を行い、制御点配置などの影響がない、

 (3)微小厚円盤の配置によって形状を容易に定義、

 (4)計算量が少なく(離散点数のオーダー)、対話操作での形状変形が可能、

 という特徴を持ち、自然なモデル化のための要求を満足する。ろくろ上の粘土のような素材に対して、実時間での形状変形を実現した。計算機上で、自由な発想で対象物を造形することが可能になり、形状設計、またコンピュータアニメーションにおける物体表現に適用できる。

 第三に、計算機上に人物が表現できれば、計算機と人間との新たな協調の形態が実現可能である。しかしながら、従来の人物表現手法においては、多彩な動作を表現しようとすれば、動作のモデル化やレンダリングに手間と時間を要するという点、また、実写画像を用いてリアリティの高い画像を得ようとするならば、動作が固定化されてしまうという点で満足できるものではなかった。自然なモデル化による的確な人物像の表現には、以下の点への対処が要求される。

 (1)画質が十分であること。

 (2)自然な動作を得ること。

 (3)人体形状入力、動作指定の手間が少ないこと。

 (4)リアルタイムの動作生成が可能なこと。

 本論文では、これら要求に対処するため、実写画像を用い、さらに3次元モデルも併用して、人物の動作アニメーションを生成する手法を示す。実写画像について、画像内を動きがある動作領域と動きがない背景領域とに分け、動作領域の組み合わせを変えて画像を貼り合わせる。手は、複雑な動作が為されるため骨格でモデル化し、関節の角度変化を指の相互の係わりも考慮して決定、自然な動きを表現する。提案手法は、

 (1)大部分が実写画像で構成され、画質が高い、

 (2)同様に、実写画像により自然な動作を再現、

 (3)すべて3次元モデルにより構成する場合に比べ、入力が簡易、

 (4)簡易な構成、モデル化により、リアルタイムの動作生成・表示を実現、

 という特徴をもち、上記の要求を満足する自然なモデルを構成する。従来多くの手間を要した人物像の表現が、簡易な初期入力と動作指定で表現可能になった。ギターの演奏動作を例とするが、この他、擬人化エージェントなど、画面を介して計算機とのコミュニケーションをとるアプリケーションにおいて有効である。

 以上、本論文においては、現実自然環境の再現、物体の形状表現、人物の表現を取り上げ、自然なモデル化についての検討を行う。本論文で示すモデル化手法は、適度なリアリティ、整合性、モデル化の容易さ、操作性をもち、仮想現実感技術の適用に適合するものである。個々の対象においてはもちろん、他の分野についても有益な指針を与えるものと考える。上記の各手法が、仮想環境技術の産業応用を促進する契機となることを期待するものである。

審査要旨

 計算機の中に対象とする環境を構成し,現実の環境のように相互作用を行う仮想現実感の研究が進められ,応用への展開が図られつつある.しかし,産業分野での実用に際しては未だに多くの課題が残されている.その最も重要なものは,現実世界を仮想世界としてリアルに提示し,同時に実時間の相互作用を実現するモデル化技術の確立である.本論文では,リアリティ,整合性,モデル化の容易さ,操作性を兼ね備えた自然なモデル化技術を確立して実用化への足がかりを提示している.本論文でいう自然なモデル化では,現実環境や現実対象の画像を取り込むことにより,あるいは,物理モデルを自然さを損なわずに簡略化することにより,上の要求を満たすモデル化を実現するものである.

 本論文は5章から構成されている.

 第1章は「序論」で,仮想現実感を実現する技術に関する従来の研究のサーベイと,残された課題を述べ,本論文の構成を示している.

 第2章は,「画像に基づく仮想環境の生成」と題し,現実自然環境の入力・再現を効率的に実行する方法を示している.すなわち,本論文においては,対象の現実自然環境を撮影した複数の画像を用いて,視点移動に追従した新たな画像を合成して提示することにより環境を表現する方法を述べている.ここでは,入力画像と合成画像をともに幅1の短冊型の部分画像に分解し,合成画像の各部分画像に対し,そこに表現されるべき被写体を特定した後,特定した被写体を表現している入力画像の部分画像を検索して組み合わせる,という方法で合成画像を生成するものである.この手法は,既存画像をベースとするので画質が高く,画像処理などの前処理が不要で,どのような環境に対しても容易に環境が生成できるという特徴をもつ.自然さを損なわずに実時間での画像合成を実現している.この手法は,仮想的な都市街路,あるいはプラントなどの環境の再現とウォークスルー,景観評価・シミュレーション,設備管理,地理情報システムなどに適用できるとしている.

 第3章「物体の形状変形手法」では,物体の形状と変形の表現を,計算機上での形状設計に活かす方法を論じている.これは,たとえば,意匠設計等において,物体を変形させながらデザイナーの意図した形状に近づける,あるいは,より適した形状を創造するという作業を,直感的に効率よく行うことを意図して開発したものである.

 本章では,回転体を対象とし,これを輪切りにした,体積が不変な微小厚の円盤の集合として表し,円盤の軸方向の移動,厚さの変化,表面のなめらかさに,それぞれエネルギーを付与し,エネルギーの総和を最小とする形状を決定することで変形を表現する手法を提案している.これは,実素材の変形の性質をほぼ再現でき,直感的で自然な操作に対応させられるというものである.微小厚の円盤単位の処理で済み,その配置で形状が容易に表現できるため,計算量が少なく,対話操作での形状変形が可能であるという特徴をもつ.例として,ろくろ上の粘土のような素材に対して,実時間での形状変形を実現して記述している.計算機上で,自由な発想で対象物を造形することができ,形状設計やコンピュータアニメーションにおける物体表現に適用できるとしている.

 第4章は,「CGモデルと画像の編集による人物動作の表現」と題し,計算機上に人物を表現して,計算機と人間との新たな協調の形態を構築することを目的としてモデル化を論じている.すなわち,本章では,実写画像を用い,さらに3次元モデルをも併用して,人物の動作アニメーションを生成する手法を示している.実写画像の画面を,動きのある動作領域と動きのない背景領域とに分け,動作領域の組み合わせを変えながら画像を貼り合わせるものである.論文では.ギターの演奏動作を例示しているが,このとき,手は,複雑な動作が表現できるように骨格でモデル化し,関節の角度変化を指の相互関係を考慮して決定し,自然な動きを表現する手法を採っている.ここでのモデル化によれば,大部分が実写画像で構成でき,画質が高く,同時に,自然な動作を再現できる上,すべてを3次元モデルにより構成するのに比べて,入力が簡易で,実時間での動作生成・表示を実現できるという特徴をもつ.

 従来多くの手間を要した人物の表現が,このような簡易な入力と動作指定で表現できるため,擬人化エージェントなど,画面を介して計算機とのコミュニケーションを図る応用に特に有効であると指摘している.

 第5章は「結論」で,得られた知見を纏めるとともに,今後の展望,課題に触れている.

 以上要するに,本論文においては,自然なモデル化の方法を,現実自然環境の再現,物体の形状・変形表現,人物の表現という課題に適用してその有効性を論じている.本論文で示すモデル化手法は,リアリティ,整合性,モデル化の容易さ,操作性をもち,仮想現実感技術に適用するのに相応しいもので,計測工学,および,人間工学(ヒューマンインタフェース技術)上の寄与が大きい.よって,博士(工学)の学位論文として合格と認める.

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