学位論文要旨



No 214048
著者(漢字) 高田,英治
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,エイジ
標題(和) 光ファイバー分布センシングの放射線環境への適用
標題(洋)
報告番号 214048
報告番号 乙14048
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14048号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨

 原子力プラント等の放射線関連施設では、プラントの状態把握、安全モニタリングのために放射線測定を行う必要性が高く、これまでに多くの研究が行われて来た。また、同時に温度、圧力等のプラントパラメータの測定も求められ、これらを対象として計測システムについても研究開発が行われて来た。しかし、従来の計測システムでは、電気信号に大きく依存する測定原理が採用されており、高電圧を供給する必要がある、1個のセンサーに対して1本の伝送ケーブルが必要である等の短所が存在していた。

 一方、光通信分野を中心に光ファイバーの使用が進められ、信号伝送媒体、センサーとして光ファイバーは広く用いられている。しかしながら、これらのシステムを放射線の存在する施設に適用しようとする場合には、放射線照射によって光ファイバー中に生成される損失増加が問題となる。そのため、これまでのところ、これらプラントへの光ファイバー利用計測の適用は進んできていない状況にあった。

 しかし、近年の光ファイバーの耐放射線性向上のための研究により、従来のものよりも桁違いに放射線誘起損失が小さいものが開発されている。従って、このような光ファイバーの使用を前提として、高線量率領域への光ファイバーセンサーの適用を検討するに値する段階に達しているものと考えられる。

 そこで、本研究においては、光ファイバーの持つ耐電磁環境特性、形状の可変性などの長所を活かした、放射線分布測定手法を開発することを目的とした。また、これまでに放射線以外を対象とした光ファイバーセンサーが開発されていることから、これらも含めた光ファイバーによる原子力プラントモニタリングの可能性を検討した。その際、現在入手可能な光ファイバーに関する特性評価結果に基づいた寿命予測や、寿命延長のための誤差補正手法の検討に重点を置いた。

 まず、放射線分布測定法として、プラスチックシンチレーティング光ファイバー(PSF)の両端からの信号に対し、飛行時間法を適用することによる放射線連続分布測定法(PSF-TOF法)について研究を行った。PSF-TOF法はこれまでにも研究されてきていたが、PSF中の固有の伝送損失のため、10m程度の長さまでしか使用できないという問題点があった。そこで、本研究では、図1のように、PSFの両端に通常の石英コア光ファイバーを接続したものを、PSF位置をずらして束ね、それぞれのファイバー要素にTOF法を適用することによって長距離化を図った。

図1 長距離化PSF-TOF法の概念

 このようなシステムの特性を評価するため、2.5m長のPSFの両端にそれぞれ50mの石英コア光ファイバー(SI型、コア径1mm)を接続したものを用いて実験を行った。PSFの中央に高速中性子源炉「弥生」からの直径5cmの高速中性子ビームを入射させた状態でTOF法による測定を行ったところ、空間分解能として約60cm(FWHM)という値が得られた。また、長距離型PSF-TOF法の適用性向上のため、分解能補正法について検討した。高速中性子ビームをPSFの中央に入射した際に測定されたスペクトルに対し、指数関数とガウス関数の和からなるフィッティング関数を用いてフィッティングを行い、その結果をもとにPSF上の他の場所に中性子が入射した場合の応答関数を得た。アルゴリズムには中性子スペクトルアンフォールディング法で用いられてきたSAND-II法を用いた。分解能補正の結果、補正無しでは60cmであった空間分解能が16cm程度まで改善された。

 また、長距離型PSF-TOF法の適用可能性の実証のため、252Cf中性子源による模擬実験を実施した。252Cf中性子源の周りに図2に示すように2.5m長PSFを配置した。PSFの両端にはコア径1mmの石英コア光ファイバーを接続した。PSF-TOF法による測定を行うとともに、PSFに沿って中性子Svカウンターを移動させながら測定し、両者の測定結果の比較を行った。図3に示すように、長距離型PSF-TOF法では分解能が60cm程度と悪いため、Svカウンターによる測定に比べて中性子束のピークとボトムの対比がよくない結果が得られた。しかし、上述の分解能補正法を適用した場合には、PSF-TOF法でもSvカウンターと同等程度の測定結果が得られることが示された。

図2 252Cf中性子源による模擬実験体系図3 252Cf中性子源による模擬実験結果

 PSF-TOF法をはじめとする従来の光ファイバー放射線計測では可視域の発光が用いられていたため、高い放射線量率の場所では放射線誘起損失のために長期間の継続使用が困難であるという短所があった。そこで、従来使用されていなかった、800nm以上の近赤外発光を用いる光ファイバー放射線分布測定システムについて検討した。波長フィルター、イメージインテンシフィア、イメージセンサー(冷却CCDカメラ、N-MOSリニアイメージセンサー等)の組合せにより、耐放射線性の高い分布測定システムが構築できることを示した。さらに、近赤外域でも照射とともに損失は増加することから、その影響をOTDR法によって補正する手法について検討を行った。シンチレータとしてGd2O2S:Prを光ファイバーの先端に設置し、Pr3+イオンからの880-910nmの発光をイメージセンサーにより測定した。GIドープ光ファイバーを10m使用し、103Gy(SiO2)/hの場所で継続照射を行ったところ、補正を行わない場合には照射とともに光強度が非常に小さくなった。一方、同じ場所に設置した同タイプの光ファイバーに対するOTDR測定結果をもとに補正を施すことにより、長期間照射時にも継続して5%程度の誤差で使用することが可能であることを示した。フッ素ドープ光ファイバーのような耐放射線性の高い光ファイバーを用いれば、103Gy(SiO2)/h程度の線量率の場所でも、10年以上の長期間にわたって継続使用することが可能である。

 上記のような可視発光利用システム、及び長波長発光利用システムの、放射線関連施設への適用可能性について検討を行い、適用性を整理した。例えば原子力プラントへの適用を考える場合には、定検作業時のエリアモニタリングや、運転中の低線量率領域での分布測定には可視発光利用システムが適しており、運転中のプラントの一次系に対しては長波長発光利用システムが適用可能であることが示された。炉心内のような極端に線量率の高い場所を除けば、これらの手法の組合せにより、プラントの大部分の領域をカバーすることが可能であるものと考えられる。

 また、光ファイバーセンサーによる原子力プラント計装の可能性について、従来の計装手法との比較を通じて検討した。その際、光ファイバーセンサーに固有の分布測定法や、イメージセンサーを利用する離散分布測定法について、特に検討した。その結果、炉心内や炉心近傍の高中性子束の領域を除くと、大部分の領域のモニタリングが光ファイバーセンサーによって適用可能であることが示された。中でも、ラマン散乱型温度分布センサー(RDTS)、ブリュアン散乱型温度/歪み分布センサー(BOTDR)、Fiber Bragg Grating(FBG)を用いる温度/歪みセンサーなどは、1本の信号伝送路により連続あるいは離散的な分布が測定でき、プラント内のケーブル削減にも効果が期待できる。光ファイバーセンサーのメリットを活かすためには、これらの分布測定手法の積極活用が必要であることから、RDTS及びBOTDRについて照射下測定実験、及び実機への適用を行った。

 RDTSについては、放射線誘起誤差の補正手法を検討するとともに、高速実験炉「常陽」一次系で図4のような実験体系で長期継続測定行った。図5に示すように、RDTSによる測定では最大で30℃程度の誤差が生じたが、損失が飽和傾向を示すとともに誤差も飽和した。誤差補正手法の併用によって、少なくとも数年は継続使用が可能であることが示された。測定を通じての積算線量は、軽水炉一次系配管領域へ設置した場合の40年以上に相当しており、RDTSによる原子力プラント内配管領域での温度モニタリング可能性が実証された。連続分布測定を通じて冷却材漏洩モニターとして用いることも可能であり、安全性向上への貢献が期待できる。

図4 常陽における実験体系図5 常陽実験でのRDTS及び熱電対による測定結果の比較

 また、BOTDRについても、60Co線源を用いた実験により、原子力プラント配管領域で十分な寿命を有していることが示された。常陽の二次系配管領域での測定により、起動、停止時の配管の変形をモニタリングできることを示した。配管系や原子炉建屋等の健全性モニタリングへの適用により、プラントの健全性モニタリングが可能であろう。

 ここで検討した以外にも、光ファイバーイメージガイドを使用すれば、狭隘部の直視型モニタリングが実現できるなど、光ファイバーを用いることにより革新的なシステムが構築できる可能性がある。また、整備が進んでいるプラント内LAN用光ファイバーをセンサー用にも適用することにより、光ファイバー設置に要するコストの低減が見込め、今後、有望なモニタリング手法となるものと期待される。

審査要旨

 光ファイバー分布センシングは、近年、急速に伸びた新しい計測方法であり、温度や圧力による光ファイバー自身の物性的変化を、レーザーによって読みとり、温度や圧力を計るものであり、光ファイバーだからレーザー光も通り易く、しかも最大の特徴は、OTDRという手法を用いて、光の飛行時間法の原理により、光ファイバー中のどの位置で摂氏何度、あるいはストレスがいくつという分布量が測定できることである。

 この特徴を活かした測定が、光ファイバー分布センシングで、多くの分野に利用され始めているが、原子力分野への利用は、光ファイバーが放射線に弱いため、利用されずにいた。これも近年、大幅に改善されつつあり、原子炉自身にも使える光ファイバーが出現しているところである。

 このような背景のもとに、光ファイバー分布センシング技術を原子力分野に利用することを目的として、この論文は書かれており、4編9章から構成されている。

 第1編は序論で2章構成になっており、本研究の背景、目的、内容を光ファイバーの原子力への利用を中心に紹介した後、第2章で光ファイバーの特徴や、放射線との相互作用について詳細に説明している。特に、一般的に耐放射線特性に秀れているといわれる純粋石英コア光ファイバー、更には耐放射線特性が現状で最高のフッ素ドープ型石英コア光ファイバーの放射線劣化の状況について、緩和時定数と照射量に応じてモデルA,B,Cと区分して説明しており、現象論的な整理が大変明快である。

 第2編は、光ファイバーを用いた放射線の空間分布測定についてであり、まず第3章で低線量率用のプラスチックシンチレーティング光ファイバーが紹介されている。なお、1本のプラスチックシンチレーティング光ファイバーでは、光の減衰のため10m程度の領域の空間分布しか計れないが、これを普通の石英型光ファイバーと組み合わせて、長さ1-2kmの測定が可能な方法についても、長距離型測定法として提案されている。また、空間分解能は、中性子の場合で半値巾15cm、ガンマ線の場合で最大50-60cmの値を出しているが、これをアンフォールデング用のSAND-IIコードにより補正する方法も提案している。

 また第4章は、高線量率用システムについてであり、希土類ドープシンチレーティング光ファイバーについて検討しており、赤外から近赤外の発光について実際にフツ化リン酸塩ガラスのシンチレータを作って調べている。

 第5章は、この編のまとめであり、原子炉、加速器、放射性廃棄物処理施設等の代表例を対象にして、各放射線レベルに対応した測定方法をまとめ光ファイバーによる放射線測定法として完成させている。

 第3編は、光ファイバーを用いたプラント計装システムへの応用に関する検討で、第6章で、中性子計装、プロセス計装、安全計装の概要について述べている。より詳細には、AppendixAを設け、原子力プラント計装についてまとめているし、AppendixBでは、このような原子力プラント計装への光ファイバーセンサーの適用性についてのあらましをまとめている。特に温度計測と歪み計測が中心となるトピックスであり、これについては、第7章と第8章をそれぞれあてている。

 第7章は、ラマン散乱型温度分布センサーの原子力プラントへの適用について、その方法、放射線場での特性について述べ、具体的に動燃の高速実験炉「常陽」1次系配管表面の温度分布測定実験を実施している。この結果を用いて、結論的に適用可能としているが、問題点として、配管への光ファイバーの密着度の非一様性があり、そのため温度分布にゆらぎが見えるとしている。また、放射線による光ファイバーの劣化の問題は、その補正法をいくつか提案し、これによってある程度、改善可能との結論を得ている。

 次に第8章では、ブリュリアン散乱型の歪み分布測定法について、原子力プラントへの適用性を検討しており、原理的には耐放射線特性に秀れているが、時間応答特性の点でやや遅いという難点があり、改善が必要との結論を得ている。

 第4編は結論であり、まず、本論文としての目的は達成したものの、今後の課題は、光ファイバーのイメージガイドとしての利用を含めた、新しい原子炉計装系のシステム構築であるとしている。また、この論文により、原理的に原子炉計装系自身は要素技術として、光ファイバーセンシング法へ変換可能としており、今後システム的検討を通じて新しい形式の原子炉が期待されることになった。

 以上のとおり、本論文は光ファイバーによる新しい原子炉計装系の提案など、原子力計測学、システム量子工学に寄与するところが多い。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51100