学位論文要旨



No 214049
著者(漢字) 唐澤,廣和
著者(英字)
著者(カナ) カラサワ,ヒロカズ
標題(和) 深部地殻掘削の高能率化に関する基礎的研究 : 坑底状況推定技術と硬岩用PDCビットの開発研究
標題(洋)
報告番号 214049
報告番号 乙14049
学位授与日 1998.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14049号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 地熱井や石油井などの掘削深度は年々増加の傾向にあり、最近では深度3000mを越える深部地殻を掘削する事例が増えている。掘削深度の増加につれて地層温度が高くなるとともに地層が硬質化するため、掘削作業が困難となり多大な費用を費やしている。このため、このような深部地殻を能率的かつ経済的に掘削できる技術の開発が強く望まれている。

 このような背景から、本論文では先ず、深部地殻掘削の実績を調べて、開発すべきいくつかの課題を示した。また、現在用いられている掘削工具のうちローラコーンビット、ダイヤモンドビットおよびPDC(Polycrystalline Diamond Compact)ビットについて適用範囲を推定するとともに、現状の掘削技術の問題点を整理した。これらの検討結果を踏まえ、深部地殻掘削の高能率化のために開発すべきいくつかの課題のうち、本研究では、(1)坑底状況(岩石強度とローラコーンビットの刃先摩耗状態)の推定技術の開発、(2)硬岩用PDCビットの開発、の2つの課題を取り上げることにした。

 (1)の研究では、先ず刃先摩耗状態の異なるツースビットを用いて室内掘削実験を行い、岩石強度と刃先摩耗状態を推定する方法を提案した。次に、ツースビットで開発した推定方法がインサートビットにも適用できるかどうかを検討した。(2)の研究では、はじめに硬岩用PDCビットの設計データを得るため、室内において基礎的な実験を行った。その後、室内実験結果に基づいて製作したPDCコアビットを用いて、花崗岩採石場と実際の地熱井において現場掘削実験を実施し、ビットの性能を評価した。最後に、この研究の総括として、硬岩用PDCビットの設計指針の試案を提案した。本論文で述べた主たる結果をまとめると下記のようになる。

(1)坑底状況推定技術の開発研究

 ツースビットによる掘削実験から得られたビット荷重、トルクおよび掘進率を基に、刃先摩耗状態によらない、岩石強度を表す情報を検討した。その結果、掘削方向と回転方向のエネルギーに関する情報が、刃先摩耗状態の影響の小さい、岩石強度を強く反映した情報であることが見出された。この結果に基づいて、ビットで岩石を掘削するときの岩石の強度特性を、岩石の掘削強度と表した。aFはビット荷重の第1次作用線の傾き、aTはトルクの第1次作用線の傾き、Nはビット回転数、Teは有効トルク、Feは有効荷重、uは掘進率、dはビット直径である。刃先摩耗状態は、DsとIs、DsとSe、DsとFc/d、Dsと8Tc/d2との関係から推定できることが見出された。 は岩石の貫入強度、は回転方向の有効エネルギーより求めた比エネルギー、Fc/dは単位ビット径当たりのしきい荷重、8Tc/d2は単位ビット断面積当たり・ビット1回転当たりのしきいエネルギーである。

 次に、ツースビットで開発した推定方法がインサートビットにも適用できるかどうかを検討したところ、上記2つの推定方法はインサートビットにも適用できることが確認された。さらに、刃先摩耗状態については上記方法と異なる推定方法を検討したところ、無次元有効トルク を把握することにより、刃先摩耗状態をより簡便に推定できることが示された。aFTはビット荷重・トルクの第1次作用線の傾きである。

(2)硬岩用PDCビットの開発研究

 この研究では先ず、硬岩用PDCビットの設計データを得るための切削実験、掘削実験および耐久試験を行った。これらの実験では、レーキ角が-10°〜-40°の範囲ではレーキ角-10°で切削抵抗がほぼ最小になること、バックレーキ角とサイドレーキ角が-10°〜20°の範囲では掘進率および刃先強度に関して-10°あるいは-15°が優れていること、-5°のバックレーキ角およびサイドレーキ角は-10°に比べて所定の掘進率を得るのに要するビット荷重やトルクが大きいことが示された。また、外径98mm、内径66mm程度のコアビットの場合、直径が13.3mmの刃先8個でも花崗岩のような硬岩の掘削において十分な性能が得られることを見出した。

 次いで、室内実験結果に基づいて製作した小口径PDCコアビットを用いて花崗岩採石場において掘削実験を行い、PDCビットのフィールドにおける硬岩掘削への適用性を検討した。この試験により、開発したPDCコアビットは、従来から硬岩の掘削に用いられてきているダイヤモンドコアビットに比べて2倍以上の掘削長を示し、耐久性能に関して優れていることを見出した。また、PDCおよびダイヤモンドビットの掘削コストを試算し、PDCビットの経済性や今後の開発課題を示した。

 さらに、山形県肘折の高温岩体実験場において掘削実験を実施し、大口径PDCコアビットの掘削性能を評価した。本実験場に掘削された2つの坑井において実験を行ったところ、開発したPDCビットは深度約1600〜1900m、地層温度約250℃に達する基盤の花崗閃緑岩の掘削に適用できることが確認された。また、PDCコアビットの掘削成績は、ダイヤモンドコアビットのそれに比べても優れていることが見出された。

 最後に、PDCビットを用いた室内および現場掘削実験の総括として、刃先数、レーキ角、刃先配列、ビット本体形状などに関して硬岩用PDCビットの設計指針の試案を提案した。

 本研究では、深部地殻掘削の能率向上に寄与するために、坑底状況推定技術と、硬岩用PDCビットの開発を行った。坑底状況推定技術の研究では、室内における基礎実験を通じて、坑底における岩石強度とビットの刃先摩耗状態を推定する方法を提案した。今後、これらの方法が現場に適用できるかどうかの確認を行い、坑井掘削の能率や安全性の向上に役立てたい。また、硬岩用PDCビットについては、室内や現場における実験を継続し、硬岩掘削における実用化を目指したい。深部地殻の掘削能率の向上を図るには今後解決しなければならない課題が残されている。これらの課題解決に可能なかぎり取り組んでいきたい。

審査要旨

 唐澤廣和氏により提出された論文では、研究に取り組んだ背景を次のように述べている。地熱井や石油井などの掘削深度は年々増加の傾向にあり、最近では深度3000mを越える深部地殻を掘削する事例が増えている。掘削深度の増加につれて地層温度が高くなるとともに地層が硬質化するため、掘削作業が困難となり多大な費用を費やしている。このため、このような深部地殻を能率的かつ経済的に掘削できる技術の開発が強く望まれている。

 このような背景から、本論文では先ず、深部地殻掘削の実績を調べて、開発すべきいくつかの課題を示している。また、現在用いられている掘削工具のうちローラコーンビット、ダイヤモンドビットおよびPDC(Polycrystalline Diamond Compact)ビットについて適用範囲を推定するとともに、現状の掘削技術の問題点を整理している。これらの検討結果を踏まえ、深部地殻掘削の高能率化のために開発すべきいくつかの課題のうち、本研究では、(1)坑底状況(岩石強度とローラコーンビットの刃先摩耗状態)の推定技術の開発、(2)硬岩用PDCビットの開発、の2つの課題を取り上げている。

 (1)の研究では、先ず刃先摩耗状態の異なるツースビットを用いて室内掘削実験を行い、岩石強度と刃先摩耗状態を推定する方法を提案した。次に、ツースビットで開発した推定方法がインサートビットにも適用できるかどうかを検討した。(2)の研究では、はじめに硬岩用PDCビットの設計データを得るため、室内において基礎的な実験を行った。その後、室内実験結果に基づいて製作したPDCコアビットを用いて、花崗岩採石場と実際の地熱井において現場掘削実験を実施し、ビットの性能を評価した。最後に、この研究の総括として、硬岩用PDCビットの設計指針の試案を提案した。本論文で述べた主たる結果をまとめると下記のようになる。

(1)坑底状況推定技術の開発研究

 ツースビットによる掘削実験から得られたビット荷重、トルクおよび掘進率を基に、刃先摩耗状態によらない、岩石強度を表す情報を検討した。その結果、掘削方向と回転方向のエネルギーに関する情報が、刃先摩耗状態の影響の小さい、岩石強度を強く反映した情報であることが見出された。この結果に基づいて、ビットで岩石を掘削するときの岩石の強度特性を、岩石の掘削強度214049f05.gifと表した。aFはビット荷重の第1次作用線の傾き、aTはトルクの第1次作用線の傾き、Nはビット回転数、Teは有効トルク、Feは有効荷重、uは掘進率、dはビット直径である。刃先摩耗状態は、DsとIs、DsとSe、DsとFc/d、Dsと8Tc/d2との関係から推定できることが見出された。214049f06.gifは岩石の貫入強度、214049f07.gifは回転方向の有効エネルギーより求めた比エネルギー、Fc/dは単位ビット径当たりのしきい荷重、8Tc/d2は単位ビット断面積当たり・ビット1回転当たりのしきいエネルギーである。

 次に、ツースビットで開発した推定方法がインサートビットにも適用できるかどうかを検討したところ、上記2つの推定方法はインサートビットにも適用できることが確認された。さらに、刃先摩耗状態については上記方法と異なる推定方法を検討したところ、無次元有効トルク214049f08.gifを把握することにより、刃先摩耗状態をより簡便に推定できることが示された。aFTはビット荷重・トルクの第1次作用線の傾きである。

(2)硬岩用PDCビットの開発研究

 この研究では先ず、硬岩用PDCビットの設計データを得るための切削実験、掘削実験および耐久試験を行った。これらの実験では、レーキ角が-10°〜-40°の範囲ではレーキ角-10°で切削抵抗がほぼ最小になること、バックレーキ角とサイドレーキ角が-10°〜-20°の範囲では掘進率および刃先強度に関して-10°あるいは-15°が優れていること、-5°のバックレーキ角およびサイドレーキ角は-10°に比べて所定の掘進率を得るのに要するビット荷重やトルクが大きいことが示された。また、外径98mm、内径66mm程度のコアビットの場合、直径が13.3mmの刃先8個でも花崗岩のような硬岩の掘削において十分な性能が得られることを見出した。

 次いで、室内実験結果に基づいて製作した小口径PDCコアビットを用いて花崗岩採石場において掘削実験を行い、PDCビットのフィールドにおける硬岩掘削への適用性を検討した。この試験により、開発したPDCコアビットは、従来から硬岩の掘削に用いられてきているダイヤモンドコアビットに比べて2倍以上の掘削長を示し、耐久性能に関して優れていることを見出した。また、PDCおよびダイヤモンドビットの掘削コストを試算し、PDCビットの経済性や今後の開発課題を示した。

 さらに、山形県肘折の高温岩体実験場において掘削実験を実施し、大口径PDCコアビットの掘削性能を評価した。本実験場に掘削された2つの坑井において実験を行ったところ、開発したPDCビットは深度約1600〜1900m、地層温度約250℃に達する基盤の花崗閃緑岩の掘削に適用できることが確認された。また、PDCコアビットの掘削成績は、ダイヤモンドコアビットのそれに比べても優れていることが見出された。

 最後に、PDCビットを用いた室内および現場掘削実験の総括として、刃先数、レーキ角、刃先配列、ビット本体形状などに関して硬岩用PDCビットの設計指針の試案を提案した。

 深部地殻掘削技術全体における開発課題を体系的に整理して、坑底状況推定技術と硬岩用PDCビットの開発の2つの研究課題に取り組んでいる。2つの課題の重要な部分で新たな知見を得ており、また、深部地殻掘削技術全体の進展に寄与している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54093