[研究目的、背景] 本研究は子宮頚癌の癌化に関与すると考えられているヒトパピローマウイルス(以下HPV)のうち最も子宮頚癌組織からの検出頻度の高いのはHPV16型(以下HPV16)の癌蛋白E6蛋白の機能を解析するため、HPV16のE6蛋白のふたつの29アミノ酸からなるフィンガー状の領域に単アミノ酸置換を導入した変異E6蛋白をもちいて、初代ヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とp53蛋白の分解能との関連を検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。
1.N末端側のフィンガー状領域及びC末端側のフィンガー状領域に各々11,8個の単アミノ酸置換E6遺伝子を作成し、それらの機能を解析した。変異導入E6遺伝子もしくは蛋白は変異導入のアミノ酸番号、変異導入前後のアミノ酸に従い、呼称をつけた。例えば、変異導入E6R39G蛋白は39番のアルギニンをグリシンに置換した変異導入E6蛋白である。
2.N末端側のフィンガー状領域に変異を導入した11個のうち8個の変異導入E6遺伝子(E6L37F,R39G,V42G,Y43G,F47L,L50G,V53G,Y54S)にトランスフォーメーション活性の消失を認め、C末端側のフィンガー状領域に変異を導入した7個のうち1個の変異導入E6遺伝子(E6L110P)にトランスフォーメーション活性の消失を認めた。これらのトランスフォーメーション活性に関与するアミノ酸のほとんどはHPV及び動物のパピローマウイルスのE6蛋白に共通して保存されているアミノ酸であった。癌化能をもつHPVにのみ保存にされているアミノ酸に置換を導入した5個の変異導入(E6D44G,N58G,D120G,N127G,G130R)はE6のトランスフォーメーション活性に影響しなかった。
3.変異導入E6蛋白は全て野生型E6蛋白と同程度のp53との結合能を示した。
4.野生型E6蛋白を180分間p53蛋白とインキュベイションした結果、残存するp53は反応前の7%で、p53蛋白のみを同じ条件でインキュベイションした場合は98%であった。変異導入E6蛋白のp53分解能を検討したところ、トランスフォーメーション活性を有する変異導入E6蛋白、E6D44G,R55G,N58G,E114G,K115E,R117G,D120G,G130Rは全てp53分解能をもち、180分の反応で残存するp53は反応前の64%以下(4-64%)であった。これに対してトランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白は、残存するp53蛋白量が38%以下(15-38%)のp53分解能が維持されたグループ(E6R39G,V42G,Y43G,F47L,V53G)と、残存p53蛋白量が74%以上(74-99%)のp53分解能が減弱したグループ(E6L37F,L50G,Y54S,L110P)とに分類された。
5.これらの変異導入E6蛋白が細胞中でも野生型E6蛋白と同様に発現しているかどうかを、ヒトのTS21B細胞及びサルのCOS-1細胞で免疫蛍光染色法により解析した。変異導入E6蛋白E6Y43Gはこれらの細胞中で非常に不安定で、免疫蛍光染色陽性細胞は認められなかった。E6Y43G以外の変異導入E6蛋白は全て正常E6蛋白と同様に細胞の核内に免疫蛍光染色を認めたが、免疫蛍光染色の強度は変異導入E6蛋白ごとに差を示した。
6.さらに変異導入E6蛋白の細胞内での安定性をCOS-1細胞内で免疫沈降法により解析した。変異導入E6蛋白E6Y43Gは免疫蛍光染色法と同様に免疫沈降法は陰性であり、細胞内ではこの変異導入E6蛋白は非常に不安定であることが示された。さらに、E6L37F及びE6D44Gも野生型E6蛋白に比べ低い細胞内発現を示した。
以上、本研究はHPV16E6蛋白の2個のフィンガー領域に変異を導入したE6蛋白をもちいてヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とp53分解能との関連を解析し、それぞれの機能に重要なアミノ酸を同定した。本研究はE6蛋白の一定以上のp53分解能がトランスフォーメーション活性に必要であるが、それだけではトランスフォーメーション活性を有するためには十分ではないことを示し、またp53分解能は維持されているが、トランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白グループの存在より、これらの変異導入E6蛋白グループのトランスフォーメーション活性消失には現在までに明らかになっていないE6蛋白の機能の消失が関与している可能性を示した。本研究は子宮頚癌の発癌に関与するHPV16E6蛋白の機能解析を行い、トランスフォーメーション活性とp53分解能との関連の解明についてについて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。