学位論文要旨



No 214052
著者(漢字) 中川,俊介
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,シュンスケ
標題(和) ヒトペピローマウイルス16型E6蛋白の変異導入による機能解析 : ヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とIn Vitroでのp53の分解能の検討
標題(洋) Mutational Aualysis of Human Papillomavirus Type 16 E6 Protein : Transforming Function for Human cells and Degradation of p53 In Vitro.
報告番号 214052
報告番号 乙14052
学位授与日 1998.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14052号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 [研究目的、背景]

 子宮頚癌の癌化に関与すると考えられている約10種類のヒトパピローマウイルス-(以下HPV)のうち最も子宮頚癌組織からの検出頻度の高いのはHPV16型(以下HPV16)である。HPV16はE6及びE7という癌遺伝子をもち、E6、E7遺伝子は子宮頚癌組織や子宮頚癌由来細胞株において保存され、発現している。HPV16はヒトの初代線維芽細胞の寿命を延長させ、ヒトの初代角化細胞の不死化をおこすが、これらの現象にはE6、E7遺伝子の協調した発現が必要である。また子宮頚癌由来の細胞株の増殖能はE6、E7遺伝子の発現に依存していることなどから、E6、E7遺伝子の発現は実際に子宮頚癌の癌化をひきおこすと考えられる。E6蛋白は癌抑制遺伝子産物であるp53蛋白と結合し、E6-APと協同し、ユビキチンによる蛋白分解機構を介してp53蛋白を分解する。E7蛋白は癌抑制遺伝子産物であるRb蛋白と結合し、Rb蛋白に結合している転写因子であるE2Fを遊離させる。p53蛋白、Rb蛋白とも細胞周期の調節因子であり、細胞増殖を抑制する機能をもっている。HPVはE6、E7癌蛋白により、p53、Rb蛋白を不活性化することによりヒト細胞をトランスフォーメーションすると考えられる。

 HPV16のE6蛋白は4個のシステイン-X-X-システインからなる亜鉛結合配列をもち、ふたつの亜鉛結合配列ではさまれるアミノ酸配列は29アミノ酸からなるフィンガー状の構造として突出する。この構造はHPV及び動物のパピローマウイルスのE6蛋白に共通している。HPV16のE6蛋白の亜鉛結合配列を構成する66番、136番のシステインをグリシンに置換すると、著明に蛋白の安定性及びトランスフォーメーション活性が減少することから、ふたつの29アミノ酸からなるフィンガー状の領域がE6蛋白の癌蛋白としての生物学的機能に重要であることが明らかにされてきた。

 本研究では、HPV16のE6蛋白のふたつの29アミノ酸からなるフィンガー状の領域に単アミノ酸置換を導入した変異E6蛋白をもちいて、初代ヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とp53蛋白の分解能との関連を検討した。

[方法]1)変異導入E6遺伝子の作成:

 制限酵素切断配列及びヌクレオチド置換を含んだプライマーをもちい、野性型E6遺伝子を鋳型として増幅したPCR産物を制限酵素で切断し、野生型E6遺伝子の対応する領域と変換し、変異導入E6遺伝子を作成した。変異導入の部位としては、HPVのE6蛋白に共通して保存されているアミノ酸及び子宮頚癌関連のHPV16,18,33にのみ保存されているアミノ酸に注目し、これらに単アミノ酸置換を導入した。

2)変異導入E6遺伝子のトランスフォーメーション活性の検討:

 ヒト胎児腎由来細胞にこれらに変異導入E6遺伝子をE7遺伝子とともにトランスフェクションし、その細胞を何代継代できるかにより、変異導入E6遺伝子のトランスフォーメーション活性を検討した。

3)変異導入E6蛋白のp53との結合能の検討:

 まずE6遺伝子、p53遺伝子をin vitroで発現させるため、SP6またはT7プロモーターをもった発現ベクターにクローニングし、in vitroでRNAに転写し、ウサギの網状赤血球のライセートをもちいて、in vitroで蛋白に翻訳した。35Sメチオニンをもちいて標識した正常及び変異導入E6蛋白を、同様に35Sメチオニンにより標識したp53蛋白と1%NP-40添加液中で、4℃で3時間反応させた後、p53のモノクローナル抗体で免疫沈降させ、SDSゲルに電気泳動しオートラジオグラフィーにより結合能を解析した。

4)変異導入E6蛋白のp53の分解能の検討:

 未標識のE6蛋白を標識したp53蛋白と3mM DTT添加液中で、25℃で反応させ、0,30,90,180分後にE6蛋白により分解されずに残存しているp53蛋白をモノクローナル抗体で免疫沈降させ、SDSゲルに電気泳動し、同様にオートラジオグラフィーにより解析した。E6蛋白のp53分解能は反応180分後に残存するp53蛋白量により比較した。

5)変異導入E6蛋白の免疫蛍光染色:

 変異導入E6蛋白の細胞内での局在を検討するため、ヒトのTS21B細胞及びサルのCOS-1細胞に変異E6遺伝子をトランスフェクションし、抗E6モノクローナル抗体をもちいた免疫蛍光染色法により解析した。

6)変異導入E6蛋白の免疫沈降法:

 細胞内で発現された変異導入E6蛋白の安定性を検討するため、変異E6遺伝子をサルのCOS-1細胞にトランスフェクションし、35Sメチオニン-システインをもちいて標識し、抗E6モノクローナル抗体をもちいて免疫沈降法をおこなった。

[結果]

 1)N末端側のフィンガー状領域及びC末端側のフィンガー状領域に各々11,8個の単アミノ酸置換E6遺伝子を作成し、それらの機能を解析した。変異導入E6遺伝子もしくは蛋白は変異導入のアミノ酸番号、変異導入前後のアミノ酸に従い、呼称をつけた。例えば、変異導入E6R39G蛋白は39番のアルギニンをグリシンに置換した変異導入E6蛋白である。

 2)N末端側のフィンガー状領域に変異を導入した11個のうち8個の変異導入E6遺伝子(E6L37F,R39G,V42G,Y43G,F47L,L50G,V53G,Y54S)にトランスフォーメーション活性の消失を認め、C末端側のフィンガー状領域に変異を導入した7個のうち1個の変異導入E6遺伝子(E6L110P)にトランスフォーメーション活性の消失を認めた。これらのトランスフォーメーション活性に関与するアミノ酸のほとんどはHPV及び動物のパピローマウイルスのE6蛋白に共通して保存されているアミノ酸であった。癌化能をもつHPVにのみ保存にされているアミノ酸に置換を導入した5個の変異導入(E6D44G,N58G,D120G,N127G,G130R)はE6のトランスフォーメーション活性に影響しなかった。

 3)変異導入E6蛋白は全て野生型E6蛋白と同程度のp53との結合能を示した。

 4)野生型E6蛋白を180分間p53蛋白とインキュベイションした結果、残存するp53は反応前の7%で、p53蛋白のみを同じ条件でインキュベイションした場合は98%であった。変異導入E6蛋白のp53分解能を検討したところ、トランスフォーメーション活性を有する変異導入E6蛋白、E6D44G,R55G,N58G,E114G,K115E,R117G,D120G,G130Rは全てp53分解能をもち、180分の反応で残存するp53は反応前の64%以下(4-64%)であった。これに対してトランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白は、残存するp53蛋白量が38%以下(15-38%)のp53分解能が維持されたグループ(E6R39G,V42G,Y43G,F47L,V53G)と、残存p53蛋白量が74%以上(74-99%)のp53分解能が減弱したグループ(E6L37F,L50G,Y54S,L110P)とに分類された。

 5)これらの変異導入E6蛋白が細胞中でも野生型E6蛋白と同様に発現しているかどうかを、ヒトのTS21B細胞及びサルのCOS-1細胞で免疫蛍光染色法により解析した。変異導入E6蛋白E6Y43Gはこれらの細胞中で非常に不安定で、免疫蛍光染色陽性細胞は認められなかった。E6Y43G以外の変異導入E6蛋白は全て正常E6蛋白と同様に細胞の核内に免疫蛍光染色を認めたが、免疫蛍光染色の強度は変異導入E6蛋白ごとに差を示した。

 6)さらに変異導入E6蛋白の細胞内での安定性をCOS-1細胞内で免疫沈降法により解析した。変異導入E6蛋白E6Y43Gは免疫蛍光染色法と同様に免疫沈降法は陰性であり、細胞内ではこの変異導入E6蛋白は非常に不安定であることが示された。さらに、E6L37F及びE6D44Gも野生型E6蛋白に比べ低い細胞内発現を示した。

[考察]

 本研究はHPV16E6蛋白の2個のフィンガー領域に変異を導入したE6蛋白をもちいてヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とp53分解能との関連を解析し、それぞれの機能に重要なアミノ酸を同定した。

 N末端側及びC末端側のフィンガー状領域のアミノ酸のうち、L-37、R-39、V-42、Y-43、F-47、L-50、V-53、Y54、L-110に変異を導入したE6蛋白はトランスフォーメーション活性を消失したため、これらのアミノ酸はトランスフォーメーション活性に重要であることが明らかになった。

 p53結合能は変異導入した全てのE6蛋白で野性型E6蛋白と同等であったのに対して、p53分解能は変異導入E6蛋白間で差異を認め、L-37、L-50、Y54、L-110のアミノ酸に変異を導入したE6蛋白は著明なp53分解能の低下を示した。全ての変異導入E6蛋白は野性型E6蛋白と同等のp53結合能を示したことより、これらの変異導入E6蛋白のp53分解能の低下はp53分解におけるユビキチン付加能の低下によると考えられた。

 変異導入したE6蛋白のトランスフォーメーション活性、及びp53分解能を野性型E6蛋白と比較したところ、野性型E6蛋白と同等のトランスフォーメーション活性を有する変異導入E6蛋白は全てp53分解能を示した。これに対してトランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白は、p53分解能が野性型E6蛋白と同等に維持されたグループと、p53分解能が減弱したグループとに分類された。これらの結果からE6蛋白の一定以上のp53分解能がトランスフォーメーション活性に必要であるが、それだけではトランスフォーメーション活性を有するためには十分ではないことが示された。p53分解能は維持されているが、トランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白グループE6R39G,V42G,Y43G,F47L,V53Gのうち、E6Y43G以外は細胞内で安定に発現していることが示され、これらの変異導入E6蛋白グループのトランスフォーメーション活性消失には現在までに明らかになっていないE6蛋白の機能の消失が関与している可能性が示唆された。R-39,V-42,Y-43,F-47,V-53のアミノ酸は癌関連のHPVだけでなく、多くのHPV間で保存されているので、トランスフォーメーション活性に関与する、この現在までに明らかになっていないE6蛋白の機能は、癌関連のHPVだけでなく癌関連以外のHPVにも共通の機能である可能性がある。現在R-39,V-42,Y-43,F-47,V53のアミノ酸領域に結合する細胞蛋白を同定する実験を進行させている。

 N末端側のフィンガー状領域に変異を導入したE6蛋白のうち、E6L37F、Y43G、D44Gはin vitroの実験系では野性型E6蛋白と同等の安定性を示したのに対して、COS-1細胞内での安定性の低下を示し、これらのアミノ酸がE6蛋白の細胞内での安定性に重要であることが示された。COS-1細胞内でのE6蛋白の安定性が、トランスフォーメーション活性の検討にもちいたヒト胎児腎由来細胞内での安定性を反映しているならば、E6L37F及びE6Y43Gのトランスフォーメーション活性の消失は、これらの変異導入E6蛋白の細胞内安定性の低下による可能性があると考えられた。

審査要旨 [研究目的、背景]

 本研究は子宮頚癌の癌化に関与すると考えられているヒトパピローマウイルス(以下HPV)のうち最も子宮頚癌組織からの検出頻度の高いのはHPV16型(以下HPV16)の癌蛋白E6蛋白の機能を解析するため、HPV16のE6蛋白のふたつの29アミノ酸からなるフィンガー状の領域に単アミノ酸置換を導入した変異E6蛋白をもちいて、初代ヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とp53蛋白の分解能との関連を検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.N末端側のフィンガー状領域及びC末端側のフィンガー状領域に各々11,8個の単アミノ酸置換E6遺伝子を作成し、それらの機能を解析した。変異導入E6遺伝子もしくは蛋白は変異導入のアミノ酸番号、変異導入前後のアミノ酸に従い、呼称をつけた。例えば、変異導入E6R39G蛋白は39番のアルギニンをグリシンに置換した変異導入E6蛋白である。

 2.N末端側のフィンガー状領域に変異を導入した11個のうち8個の変異導入E6遺伝子(E6L37F,R39G,V42G,Y43G,F47L,L50G,V53G,Y54S)にトランスフォーメーション活性の消失を認め、C末端側のフィンガー状領域に変異を導入した7個のうち1個の変異導入E6遺伝子(E6L110P)にトランスフォーメーション活性の消失を認めた。これらのトランスフォーメーション活性に関与するアミノ酸のほとんどはHPV及び動物のパピローマウイルスのE6蛋白に共通して保存されているアミノ酸であった。癌化能をもつHPVにのみ保存にされているアミノ酸に置換を導入した5個の変異導入(E6D44G,N58G,D120G,N127G,G130R)はE6のトランスフォーメーション活性に影響しなかった。

 3.変異導入E6蛋白は全て野生型E6蛋白と同程度のp53との結合能を示した。

 4.野生型E6蛋白を180分間p53蛋白とインキュベイションした結果、残存するp53は反応前の7%で、p53蛋白のみを同じ条件でインキュベイションした場合は98%であった。変異導入E6蛋白のp53分解能を検討したところ、トランスフォーメーション活性を有する変異導入E6蛋白、E6D44G,R55G,N58G,E114G,K115E,R117G,D120G,G130Rは全てp53分解能をもち、180分の反応で残存するp53は反応前の64%以下(4-64%)であった。これに対してトランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白は、残存するp53蛋白量が38%以下(15-38%)のp53分解能が維持されたグループ(E6R39G,V42G,Y43G,F47L,V53G)と、残存p53蛋白量が74%以上(74-99%)のp53分解能が減弱したグループ(E6L37F,L50G,Y54S,L110P)とに分類された。

 5.これらの変異導入E6蛋白が細胞中でも野生型E6蛋白と同様に発現しているかどうかを、ヒトのTS21B細胞及びサルのCOS-1細胞で免疫蛍光染色法により解析した。変異導入E6蛋白E6Y43Gはこれらの細胞中で非常に不安定で、免疫蛍光染色陽性細胞は認められなかった。E6Y43G以外の変異導入E6蛋白は全て正常E6蛋白と同様に細胞の核内に免疫蛍光染色を認めたが、免疫蛍光染色の強度は変異導入E6蛋白ごとに差を示した。

 6.さらに変異導入E6蛋白の細胞内での安定性をCOS-1細胞内で免疫沈降法により解析した。変異導入E6蛋白E6Y43Gは免疫蛍光染色法と同様に免疫沈降法は陰性であり、細胞内ではこの変異導入E6蛋白は非常に不安定であることが示された。さらに、E6L37F及びE6D44Gも野生型E6蛋白に比べ低い細胞内発現を示した。

 以上、本研究はHPV16E6蛋白の2個のフィンガー領域に変異を導入したE6蛋白をもちいてヒト細胞におけるトランスフォーメーション活性とp53分解能との関連を解析し、それぞれの機能に重要なアミノ酸を同定した。本研究はE6蛋白の一定以上のp53分解能がトランスフォーメーション活性に必要であるが、それだけではトランスフォーメーション活性を有するためには十分ではないことを示し、またp53分解能は維持されているが、トランスフォーメーション活性を有さない変異導入E6蛋白グループの存在より、これらの変異導入E6蛋白グループのトランスフォーメーション活性消失には現在までに明らかになっていないE6蛋白の機能の消失が関与している可能性を示した。本研究は子宮頚癌の発癌に関与するHPV16E6蛋白の機能解析を行い、トランスフォーメーション活性とp53分解能との関連の解明についてについて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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