学位論文要旨



No 214053
著者(漢字) 八杉,利治
著者(英字)
著者(カナ) ヤスギ,トシハル
標題(和) ヒトパピローマウイルス16型E1蛋白と結合する細胞蛋白の同定と、変異導入によるE1蛋白の諸機能の解析
標題(洋) Identification of Cellular Proteins which Interact with HPV16 E1 Protein,and Functional Analysis of the E1 Protein by the Introduction of Random Mutations.
報告番号 214053
報告番号 乙14053
学位授与日 1998.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14053号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 岩田,力
内容要旨 1)はじめに

 ヒトパピローマウイルス(HPV)は、子宮頚癌発生に深く関わっており、特に16型HPVDNA(HPV16DNA)は子宮頚癌組織から検出される頻度が高い。HPVの複製には、ウイルス蛋白であるE1の発現が不可欠である。E1蛋白はATP依存性のヘリケースであり、ウイルス複製のoriginに結合し、二本鎖DNAを解くことによって、ウイルス複製の開始に関わると考えられている。E1蛋白の単独の存在下でもパピローマウイルス(PV)DNAの複製は起こるが、効果的な複製には、E1とE2の両者が存在し、互いに結合することが必要である。E2はE1に結合し、E1をウイルスの複製起点に引き寄せることにより、複製を促進すると考えられている。細胞蛋白の中にもPVDNAの複製には必要と考えられている蛋白があり、そのうちのいくつかは、1型ウシパピローマウイルスのE1蛋白がDNA poly merase -primaseと結合するように、E1蛋白に直接結合すると思われる。

 本研究では、HPV16DNAの複製における、HPV16E1蛋白の機能の理解を深め、また、新たな機能について探索することを目的に、まず、E1蛋白と結合する細胞蛋白を明らかにした。続いて、これらの細胞蛋白E1蛋白の結合のウイルス複製における意義を検討するため、これらの細胞蛋白と結合しないE1蛋白の変異体を作成して、変異体のHPV16DNAの複製能について検討した。さらに、これらの変異体についてATPase活性、HPV16E2との結合能、E1蛋白自身との結合能、野生型のE1蛋白のDNA複製機能に対する影響について検討を加えた。

2)方法(HPV16E1蛋白と結合する細胞蛋白の同定)

 HPV16E1蛋白と結合する細胞蛋白の同定には、酵母によるTwo Hybrid Systemを用いた。Ga14のDNA結合ドメインと融合させたHPV16E1蛋白を発現する酵母に、活性化T細胞のcDNAライブラリーを含むプラスミドを導入し、75mMの3-aminotriazole(3-AT)の存在下で発育するコロニーからcDNAを含むプラスミドを抽出し、cDNAの塩基配列は、dideoxynucleotide法により決定した。

(E1蛋白の変異体の作成)

 E1蛋白の変異体は、同定されたE1蛋白と結合する細胞蛋白と、結合しない変異を含む変異蛋白を、Reverse Two Hybrid Systemを用いて選択する手法を用いて作成された。変異の導入は、特殊な条件下でPCRを行い、一定の確率で起こるTaq poly meraseの誤った塩基の導入を利用した。Reverse Two Hybrid Systemとは、URA3遺伝子の発現が、5-fluoro-orotic acid(5-FOA)の存在下では、酵母の発育に毒性を持つ性質を利用したものである。本研究で採用したSystemは融合蛋白間での結合が、URA3遺伝子の発現を誘導するため、特殊条件で行ったPCRによりE1蛋白に導入された変異により、融合蛋白間での結合能を失ったE1の変異体を発現するコロニーが、5-FOAを含む固形培地上で選択された。

(E1の変異体の諸機能の検討)

 得られたE1蛋白の変異体をCMVプロモーターを持つ哺乳動物発現ベクターに移入し、CV-1細胞内でE2蛋白と共に発現させ、transientの系を用いてHPVDNAの複製能を検討した。蛋白-蛋白の結合能に関しては、HIS3遺伝子の発現を指標にしたTwo Hybrid Systemを用いて検討した。次にE1蛋白の変異体を、glutathion S-transferase(GST)との融合蛋白として、大腸菌の中で発現させ、それらのATPase活性を[-32P]ATPから[-32P]ADPの放出を測定して検討した。また、transientのHPVDNAの複製系を用いて、野生型のE1の3倍の変異体発現ベクターを導入して野生型のE1の複製機能に及ぼす影響を調べた。

3)結果(HPV16E1と結合する細胞蛋白の同定)

 本研究では2つの細胞蛋白が新たに同定された。そのうち一つは、hUBC9で、酵母のubiquitin-conjugating enzymeのヒトのホモローグとして同定されたものである。hUBC9は158アミノ酸からなる蛋白で、、酵母のUBC9の機能を相補することが可能である。他の一つは16E1-BPと命名された432アミノ酸からなる蛋白であり、ATP binding motifを有し、thyroid hormone receptorと結合する蛋白として同定されたTRIP13と高い相同性を持つ。TRIP13、16E1-BPとも細胞内の機能については知られていない。

(hUBC9、16E1-BPとの結合に変化を認めるHPV16E1の変異体の作成)

 方法で示したように、Reverse Two Hybrid Systemを用いて、hUBC9または16E1-BPと結合能を失った8つのE1の変異体を得た。W439R、S330R、Y412F、W439LがhUBC9との結合を失った変異体として同定され、G482D、D438G、L494Q、G496Rは16E1-BPとの結合を失った変異体として同定された。

(変異体の蛋白結合能)

 E1蛋白をめぐる種々の蛋白-蛋白結合が、E1のHPVDNA複製能に重要であることが示唆されているので、Two Hybrid Systemを用いて、変異体のhUBC9、16E1-BP、HPV16E1、HPV16E2との結合能を評価した。hUBC9との結合能は、D438Gは野生型と同等、W439LとL494Qは減弱しており、他の変異体は結合能を失っていた。16E1-BPとの結合能は、S330R、D438G及びL494Qで認められたが、他の変異体は失っていた。E1との結合能はW439RとG482Dで失われており、D438Gは野生型と同等で、他は減弱していた。E2との結合能はS330RとD438Gは野生型と同等、G482Dは失っており、他は減弱していた。

(変異体のウイルスDNA複製能)

 W439R、S330R、Y412F、G482D、G496Rの5変異体はHPVDNAの複製能を完全に失っていた。D438G及びL494Qは野生型の30-40%程度の複製能を有し、W439Lも複製能をわずかながら有した。

(変異蛋白のATPase活性)

 E1のATP結合配列に含まれるglycineが変異したG482Dは野生型の20%の活性しか認めなかった。S330Rは野生型の活性とほぼ同等で、他の変異体は50%程度の活性に減弱していた。

(野生型HPV16E1のHPVDNA複製能に対する変異蛋白の影響)

 S330R以外の変異体は野生型E1のHPVDNA複製能に影響を与えなかった。S330Rを野生型と共発現させると、HPVDNAの複製は抑制され、S330Rは野生型E1のHPVDNAの複製能に対し、dominant negativeに作用することが明らかになった。

4)考察

 本研究で、HPV16E1と結合する細胞蛋白として、hUBC9と16E1-BPが同定されたが、これらの蛋白の過剰発現によっても、HPVDNAの複製のレベルや、細胞内のE1蛋白の発現レベルに、一定の影響を与えなかった。そこで、これらの細胞蛋白とHPV16E1の結合の重要性を検討するために、E1蛋白の変異体を作成し、E1の持つ諸機能について検討した。

 変異体の蛋白の結合能のうち、ウイルスDNAの複製能にもっともよく比例するものは、hUBC9との結合能であった。代表として、S330RはhUBC9結合能が失われ、それ以外の検討したE1の機能については野生型に近いレベルが保たれているにも関わらず、複製能は失われていた。このことはhUBC9とHPV16E1の結合が、E1のHPVDNA複製能に重要である可能性を示唆している。UBC9の活性が失われた酵母では、細胞周期の進行が阻害され、また酵母のUBC9はG2サイクリンの分解に関わっていることが示された。さらに最近哺乳動物のUBC9は、c-JunやRad51といった細胞周期やDNA修復に関わる蛋白質との結合が報告されている。一方E1の発現により細胞周期の進行は抑制されることが報告されている。PVDNAの複製はS期に起こり、また細胞DNAの複製周期中に複数回起こることを考慮すると、hUBC9とHPV16E1の結合において、以下のような仮説がたてられる。すなわち、E1蛋白は、hUBC9との結合により、hUBC9の酵素活性を阻害するか、基質の選択を変化させることによって、細胞周期進行の遷延を招き、ウイルスDNAの複製に有利な状況を作っているという仮説である。今後HPV16E1が、hUBC9の活性に与える影響を検討する必要がある。

 16E1-BPと結合しない変異蛋白であるW439Lがわずかではあるが、HPVDNAの複製能を有することから、HPV16E1のHPVDNAの複製能におけるHPV16E1と16E1-BPの結合の意義は少ないと考えられた。しかし、本研究で用いた実験系で検出できなかった16E1-BPとW439Lの微弱な結合で、W439Lのわずかな複製能が維持されている可能性は否定できない。今後16E1-BPの細胞内機能を明らかにすることが、16E1-BPとE1の結合の意義の解明につながると考える。

 S330RはHPV16E1のHPVDNA複製能にdominant negatineに作用し、本研究で検討したE1の変異蛋白の中で際だった存在である。SV40のT抗原のdominant negative mutantが報告されているが、それらはPVのE1蛋白とT抗原に共通して保存されているATP結合ドメインに変異の入った蛋白であり、S330Rのdominant negative作用の機序は異なるものと考えられる。一般に変異蛋白が、dominant negativeな作用を持つためには、野生型の蛋白が2つ以上の機能ドメインを持ち、その一方の機能が破壊されていることが必要になる。最近の知見によると、E1とE2の複合体形成及びE1同士の複合体形成がHPVDNAの複製に重要である。S330RのE1及びE2結合能がほぼ野生型のレベルに保たれていることから、これらの複合体中の野生型E1が複製能のないS330Rに置換されることにより、trans-dominantに作用している可能性がある。今後の検討により、E1蛋白の機能のより深い理解が得られ、さらには、E1の機能抑制によるパピローマウイルスの増殖抑制への応用が可能であると考えている。

審査要旨

 本研究は、子宮頚癌発生に深く関わっている16型ヒトパピローマウイルス(HPV16)のウイルスDNAの複製に必須であるウイルス蛋白E1の機能をより明らかにするために、酵母によるTwo Hybrid System、transientのウイルスDNA複製系、PCR法を用いたrandom mutagenesisを用いてE1蛋白の細胞内結合蛋白および新たな機能について探索、解析を試みたものであり下記の結果を得ている。

 1)HPV16E1と結合する2つの細胞蛋白を新たに同定した。そのうち一つは、hUBC9で、酵母のubiquitin-conjugating enzymeのヒトのホモローグとして同定されたものである。hUBC9は158アミノ酸からなる蛋白で、、酵母のUBC9の機能を相補することが可能である。他の一つは16E1-BPと命名された432アミノ酸からなる蛋白であり、ATP binding motifを有し、thyroid hormone receptorと結合する蛋白として同定されたTRIP13と高い相同性を持つ。

 2)Reverse Two Hybrid Systemを用いて、hUBC9または16E1-BPと結合能を失った8つのE1の変異体を得た。W439R、S330R、Y412F、W439LがhUBC9との結合を失った変異体として同定され、G482D、D438G、L494Q、G496Rは16E1-BPとの結合を失った変異体として同定された。

 3)変異体のhUBC9、16E1-BP、HPV16E1、HPV16E2との結合能、ウイルスDNA複製能、ATPase活性を評価した。変異体の蛋白の結合能のうち、ウイルスDNAの複製能にもっともよく比例するものは、hUBC9との結合能であった。代表として、S330RはhUBC9結合能が失われ、それ以外の検討したE1の機能については野生型に近いレベルが保たれているにも関わらず、複製能は失われていた。このことはhUBC9とHPV16E1の結合が、E1のHPVDNA複製能に重要である可能性を示唆している。

 4)S330R以外の変異体は野生型E1のHPVDNA複製能に影響を与えなかった。S330Rを野生型と共発現させると、HPVDNAの複製は抑制され、S330Rは野生型E1のHPVDNAの複製能に対し、dominant negativeに作用することが明らかになった。

 以上、本論文は、HPV16E1と結合する細胞蛋白として、hUBC9と16E1-BPを同定し、これらの細胞蛋白とHPV16E1の結合の重要性を検討するために、E1蛋白の変異体を作成、E1の持つ諸機能について解析した。その結果、hUBC9とHPV16E1の結合が、E1のHPVDNA複製能に重要である可能性を示唆し、またS330RのHPV16E1のHPVDNA複製能におけるdominant negatine作用を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、HPV16E1蛋白の細胞内結合蛋白とその重要性を明らかにし、HPV16DNA複製におけるE1蛋白の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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