学位論文要旨



No 214054
著者(漢字) 中野,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,ヒデキ
標題(和) T細胞特異的な末梢リンパ組織へのホーミングに関与する遺伝子の機能解析と染色体マッピング
標題(洋) Functional analysis and Chromosomal Mapping of A Gene Involved in T Lymphocyte-Specific Homing into Peripheral Lymphoid Tissues.
報告番号 214054
報告番号 乙14054
学位授与日 1998.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14054号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
 東京大学 助教授 塩田,達雄
 東京大学 助教授 森,庸厚
 東京大学 講師 瀧,伸介
内容要旨 緒言

 骨髄や胸腺等の一次リンパ組織内で分化した白血球は末梢血中を循環し、異物抗原の侵入に備えている。白血球の内、唯一リンパ球のみが二次リンパ組織を介してリンパ系へ移行でき、さらにリンパ系から血液中へと再循環する。このようなリンパ球の生体内での循環は免疫学的防御機構において非常に重要であると考えられる。末梢リンパ節等のリンパ組織では、細静脈血管内皮細胞の一部が高内皮細胞と呼ばれる特有の形態を有する細胞に分化している。リンパ球のリンパ組織へのホーミングはこの高内皮細胞間をリンパ球が通過することにより起きる。しかし、リンパ組織へのリンパ球特異的ホーミング機構についてはこれまで明らかにされていなかった。本研究において、T細胞特異的にリンパ節へのホーミング不全が生じている突然変異マウスが発見され、この特異的機構を制御する遺伝子の存在が示唆された。本研究ではT細胞特異的なリンパ組織へのホーミング機構を明らかにするため、この突然変異マウスのリンパ球ホーミングにおける性状を明らかにするとともにこの変異遺伝子の染色体マッピングを試みた。

結果1.末梢リンパ節、パイエル板及び脾臓へのT細胞のホーミング不全

 東京大学医科学研究所において樹立された近交系マウスDDD/1は、リンパ節中のT細胞数が他の系統に比して著しく減少していた(図1)。しかし、末梢血中や脾臓では逆にT細胞数は多く、DDD/1では全T細胞数が減少しているのでははなく、リンパ節へのホーミングに異常を生じている可能性が示唆された。DDD/1とBALB/cマウスとの交配実験の結果から、このT細胞数の異常形質が単一劣性遺伝子により支配されていることが明らかになり、この遺伝子をplt(paucity of lymph node T cells)と命名した。免疫組織化学法によって末梢リンパ節に加えパイエル板及び脾臓について観察したところ、plt/pltマウスでは末梢リンパ節及びパイエル板のT細胞領域と脾臓の白脾髄中のT細胞領域にT細胞がほとんど観察されなかった。次に、T細胞のホーミングを機能的に検討するため、蛍光標識した+/+マウス由来のリンパ球を用いて移入実験を行った。T細胞は+/+マウスの末梢リンパ節及びパイエル板ヘホーミングしたが、plt/pltマウスのこれらの組織へはしなかった(図2)。脾臓ヘホーミングしたT細胞数はむしろplt/pltマウスでの方が多かったが、この脾臓を共焦点レーザー顕微鏡を用いて組織学的に観察したところ、T細胞は赤脾髄に多く観察され、白脾髄にはほとんど観察されなかった。各リンパ組織のB細胞数はplt/pltマウスでも+/+マウスと同程度であり(図1)、移入実験でもplt/pltマウスの二次リンパ組織へ正常にホーミング出来た(図2)。以上の結果から、plt/pltマウスではT細胞特異的に、末梢二次リンパ組織へのホーミング不全が生じていることが明らかになった。移入するT細胞がplt/plt由来の場合でも結果は同様であり、さらに、相互骨髄移植した後のリンパ節中のT細胞含有率が宿主型であったこと等から、plt突然変異による異常はT細胞そのものにではなく、リンパ組織側に生じたものであることが示唆された。

2.L-selectinリガンドの発現と機能

 リンパ節へのリンパ球のホーミングには、リンパ球表面上の接着分子L-selectinとリンパ節内の細静脈高内皮細胞表面上のリガンドPNAd(peripheral node addressin)との結合が必須であることが知られているので、plt/pltマウスのこれらの分子の発現及び機能を調べた。フローサイトメトリーによってL-selectinはT細胞上に正常に発現していることが確認された。免疫組織化学法によって、リガンドである糖鎖PNAdが高内皮細胞上に正常に観察され、さらに、PNAdが付加した蛋白の発現を免疫沈降によって検討したところ、plt/pltマウスでも+/+マウスと同様に各種リガンド蛋白(Sgp200,170kd,CD34及びGlyCAM-1)が確認された。L-selectinとリガンドとの接着能をin vitro binding assayによって検討したところ、plt/pltマウスのリンパ節高内皮細胞は+/+マウスと同様にリンパ球に結合でき、L-selectinリガンドが機能的であることが明らかになった(図3)。

3.plt遺伝子の染色体マッピング

 Simple sequence length polymorphismを用いてplt遺伝子の染色体マッピングを試みた。DDD/1-plt/plt(Mus musculus domesticus)の交配相手として日本野生マウス由来近郊系MSM/Ms(Mus musculus molossinus)を用いた。表現型は末梢リンパ節中のT細胞受容体、L-selectin共陽性細胞の比率(plt/pltマウスでは末梢血中或いは脾臓ではL-selectin陽性細胞の比率は高いが、末梢リンパ節では特徴的に陽性率が低い)及び脾臓のT細胞の分布によって判定した。F1をDDD/1-plt/pltへ戻し交配したマウスについて表現型と各染色体上のマイクロサテライトマーカーの遺伝型を比較したところ、第4染色体上のマーカーのみが有意に連鎖していた(自乗値;D4Mit4:22.00,D4Mit9:6.55)。さらに詳細な染色体地図を作成するため190匹の戻し交配マウスについて検討した結果、pltは第4染色体のセントロメアから約24.7cMの距離でマイクロサテライトD4Mit237と極めて近傍の位置にマップされた(図4)。

考察

 plt/pltマウスではT細胞が末梢リンパ節及びパイエル板のT細胞領域と脾臓の白脾髄中のT細胞領域にホーミング出来ないことが組織学的、機能的検討によって明らかになり(図2)、plt突然変異によってT細胞特異的に二次リンパ組織へのホーミング不全が生じていることが示唆された。また、plt/pltマウス由来のT細胞は正常にホーミング出来たことから、この異常はT細胞にではなくリンパ組織の間質細胞に原因があることが示唆された。そこで、リンパ節内の細静脈高内皮細胞表面上に発現しているL-selectinリガンドについて調べたところ、糖鎖PNAdが付加している各種リガンド蛋白はplt/pltマウスでも正常に発現しており、かつ機能的であった(図3)。以上の結果から、L-selectinやそのリガンドとは異なる分子がT細胞のホーミングを制御していることが示唆された。また、in vitro binding assayにおいてT細胞がplt/pltのリンパ節高内皮細胞に結合出来たことから(図3)、pltは細胞接着に直接関与する分子ではなく、接着後のT細胞の潜り込みに関与する分子の異常ではないかと考えられた。白血球の血管内皮への潜り込みにはインテグリンの活性化が必要であると考えられている。一方、百日咳毒素は細胞のGTP結合蛋白(G蛋白)を不活化するが、この毒素を作用させたリンパ球は、plt/pltマウスの場合と同様にリンパ節高内皮細胞に接着出来るにも拘らず、ホーミング不全を起こすことが報告されている。この類似点と、さらに、血球走化因子ケモカインがG蛋白結合型レセプターに作用してインテグリンを活性化するという報告があることから、plt遺伝子の野生型産物は、二次リンパ組織血管高内皮細胞が産生する未知のケモカインである可能性が考えられた。plt遺伝子を同定する目的の一環としてその染色体マッピングを試みた結果、pltはマウス第4染色体のセントロメアから約24.7cMでマイクロサテライトD4Mit237と極めて近傍の位置にマップされた(図4)。この遺伝子座は、ヒト第9染色体上の遺伝子座p13に相当する。この遺伝子座には、これまでT細胞特異的な接着分子やケモカインは報告されていなかったので、pltの野生型遺伝子産物はT細胞の末梢二次リンパ組織へのホーミングに関与する新規分子であることが示唆された。plt遺伝子を同定しその機能を追究することは、T細胞のリンパ組織へのホーミング及び生体内循環を解明する上で非常に重要であると考えられる。

図1図2図3図4
審査要旨

 本研究は、免疫応答において重要な役割を持つと考えられるリンパ球の生体内循環機構を解明するため、2次リンパ組織へT細胞がホーミングできない突然変異マウスを用いて、T細胞の血管外遊走を誘導する因子の同定と機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.近郊系マウスDDD/1の末梢リンパ節中のT細胞が他の系統に比して著しく減少していることを発見した。交配実験により、この形質が常染色体上の単一劣性遺伝子によって支配されていることを明らかにし、この遺伝子をpltと命名した。

 2、pltマウスの脾臓や末梢血中のT細胞数が正常マウスより多いことや、リンパ球の移入実験の結果から、pltマウスの形質は全身的なT細胞の減少ではなく、リンパ節へT細胞がホーミングできないために生じていることを明らかにした。B細胞は正常にホーミングすることから、T細胞特異的にそのホーミングを誘導する因子が存在することを示した。さらに、T細胞のホーミング不全はリンパ節のみならず、脾臓の白脾髄やパイエル板等他の2次リンパ組織でも生じていることを示した。

 3.pltマウスと正常マウスとの相互リンパ球移入実験及び骨髄移植実験により、pltマウスのT細胞ホーミング不全はT細胞に原因があるのではなく、リンパ組織の間質細胞に起因することを明らかにした。

 4.リンパ節へのホーミングに重要な機能を有することが知られている接着分子L-selectinとそのリガンドPNAdの発現と機能を調べ、これらが正常に機能してT細胞がリンパ節の高内皮細静脈に接着できることを明らかにした。このことから、T細胞のホーミングには、L-selectinとそのリガンド以外にも必要な分子が存在していることを示唆した。

 5.ゲノムDNA上に存在するsimple sequence length polymorphismを用いた交配実験により、plt遺伝子の染色体マッピングを行い、マウス第4染色体上のセントロメアから約25cMの距離で、マイクロサテライトD4Mit237と極めて近傍の座位に存在することを明らかにした。

 6.pltマウスで観察されるT細胞のホーミング不全が、リンパ球のGi蛋白の機能を阻害した場合のホーミング不全と類似していることや、plt遺伝子座に相当するヒトの遺伝子座にケモカインSLCとELCが同定されたこと等から、plt遺伝子の野生型産物がある種のケモカインである可能性について考察している。

 以上、本論文はT細胞が2次リンパ組織ヘホーミングできない突然変異遺伝子を発見し、T細胞特異的にリンパ組織への血管外遊走を誘導する因子が存在することを明らかにした。本研究はこれまで不明であったケモカインによるリンパ球の血管外遊走誘導を示唆しており、リンパ球が血流から2次リンパ組織ヘホーミングする機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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