学位論文要旨



No 214056
著者(漢字) 中西,啓
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,アキラ
標題(和) 大腸菌DNAジャイレース阻害タンパク質(GyrI)に関する研究
標題(洋) Identification of DNA Gyrase Inhibitor(GyrI)in Escherichia coli
報告番号 214056
報告番号 乙14056
学位授与日 1998.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14056号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 助教授 田中,信之
内容要旨

 DNAのトポロジーの変換は、複製、組み換え、転写などと深く関連している。この変換反応を触媒する酵素が、DNAトポイソメラーゼである。トポイソメラーゼは、その作用様式の違いによってI型とII型に大別される。I型酵素は、一本鎖切断を介してリラクセーション反応を触媒する。II型酵素は二本鎖切断を介して、スーパコイリング/リラクセーション反応、カテネーション/デカテネーション反応、そしてノッティング/アンノッティング反応を触媒する。大腸菌ではこれまでにトポイソメラーゼI、II(DNAジャイレース)、IIIそしてIVの4種類が発見されている。トポイソメラーゼI、IIIはI型酵素に、DNAジャイレースとトポイソメラーゼIVはII型酵素に区分され、各酵素、複製のさまざまな過程で機能することが報告されている。

 その中でもDNAジャイレースは、DNAの複製開始から終了直後まで関与し、DNAの複製に必須なタンパク質である。また、DNAジャイレースは、DNAの複製以外に超らせん密度や染色体のループ構造の保持にも関与していると考えられている。大腸菌のDNAジャイレースは、染色体上48分に位置するgyrA遺伝子と83分に位置するgyrB遺伝子がコードする2つのタンパク質(GyrAとGyrB)から構成されている。GyrAとGyrBの分子量は、それぞれ約97,000と90,000であり、GyrAはDNA鎖の切断と再結合の活性を促し、GyrBはATPase活性を有する。そして、各2分子が四量体構造を形成してはじめて活性を有する。

 また、DNAジャイレースは抗生物質の標的である。最近、従来のニューキノロン系抗生物質に対する耐性菌の出現が重大な問題となっている。そこで、DNAジャイレースの活性制御機構を解明することは、それら耐性菌に対して効力を有する新しい作用機作の抗生物質を見出すうえでも重要な意義があると考えられる。

 DNAジャイレースの活性機構に関しては、これまでにLetDタンパク質とLetAタンパク質が、ジャイレース活性を制御するタンパク質であると報告されている。両タンパク質は、いずれも大腸菌のプラスミドであるF因子上にコードされる。LetDタンパク質は、DNAジャイレースを不活性化し、LetAタンパク質は、不活性型ジャイレースを再活性化する。しかしながら、F因子にコードされるLetA、LetDタンパク質が、宿主染色体の分離、分配に制御的に関わっているという証明はない。このほかDNAジャイレースの活性を調節する因子として、cyclic AMP receptorタンパク質が報告されている。このタンパク質は、細胞の増殖に応じて、gyrA遺伝子の転写開始を制御すると考えられている。従ってこれまでに、染色体上にコードされたタンパク質で、DNAジャイレースの活性を阻害し、核の分離、分配に重要な役割を果たすタンパク質は、明らかにされていない。

 筆者は、大腸菌DNAジャイレースの精製過程で、DNAジャイレースの活性(スーパーコイリング活性)を阻害する新しいタンパクを見出し、このタンパク質を、DNAジャイレース阻害タンパク質(GyrI)と名付けた。

 本論分では、このGyrIタンパク質に関して、第1章ではGyrIタンパク質の発見の経緯とその遺伝子(gyrI)のクローニングおよび塩基配列の解析、さらに他菌種でのgyrI相同遺伝子の存在有無、特に赤痢菌gyrI遺伝子のクローニングと塩基配列の解析について述べる。第2章ではGyrIタンパク質の生理的作用の解析について述べ、最後に総括する。

第1章GyrIタンパク質の発見の経緯と他菌種におけるgyrI相同遺伝子の同定1.GyrIタンパク質の発見の経緯とその遺伝子(gyrI)のクローニング

 ノボビオシン-アフィニティーカラムクロマトグラフィーを用いた大腸菌DNAジャイレースの精製過程で、各画分のスーパーコイリング活性を測定するとともにSDS-PAGE電気泳動による解析を行ったところ、DNAジャイレースのホロ酵素を含むにもかかわらずスーパーコイリング活性を示さないフラクションが存在し、これらフラクションには共通して約18kDaのタンパク質が含まれていた(図1)。そして、この18kDaのタンパク質がDNAジャイレースの活性(スーパーコイリング活性)を阻害することを見出し、この18kDaタンパク質をDNAジャイレース阻害タンパク質(GyrI)と名付けた。

図1. ボビオシン-アフィニティーカラムによるDNAジャイレースの精製分画した各フラクションは、スーパーコイリング活性を測定し、ジャイレース活性が確認できたフラクションを以下の記号で示した。○は、活性なし。●は、GyrA活性。▲は、GyrA-GyrB活性。×は、GyrB活性。ノボビオシンアフィニティークロマトグラフィーの溶出フラクションのSDS-PAGEの結果を図中に示した。フラクションNo.25はホロ酵素(GyrAとGyrBの複合体)活性を示し、No.32はスーパーコイリング活性を示さなかった。また、精製した18kDaタンパク質は、濃度8g/ml添加するとDNAジャイレースのスーパーコイリング活性を阻害した。

 さらに、このタンパク質をコードする遺伝子(gyrI遺伝子)を大腸菌の染色体からクローニングした。大腸菌染色体にコードされるジャイレース活性調節タンパク質の存在は、これまで、その可能性は示唆されていたが、明らかにされていなかった。今回はじめてDNAジャイレースに直接働いて、その活性を阻害するタンパク質(GyrI)を見出した。精製したGyrIタンパク質は、スーパーコイリング活性以外、たとえばDNAポリメラーゼやテロメラーゼの他酵素の活性に対して、阻害作用は認められなかったことから、DNAジャイレースを特異的に阻害する可能性が期待できた。

2.他菌種におけるgyrI相同遺伝子の存在の確認

 GyrIタンパク質は、DNA複製に必須なDNAジャイレース活性を阻害することによって、DNAの複製に関与していると推測される。従って、GyrIタンパク質は細菌の生育に重要であり、普遍的に存在することが予想された。そこで、さまざまな細菌の染色体DNAとgyrI遺伝子のサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、Escherichia coli KL16、E.coli ML-1410、E.coli ATCC2592、E.coli KC14、E.coli K-12、Shigella boydii IID627、Shigella dysenteriae IID633、Shigella sonnei TRRL10805にgyrIと高い相同性を示すDNA断片が見出された。また、Citrobacter freundii IID976には中程度の相同性を示すDNA断片が見出された。さらに、Pseudomonas aeruginosa ATCC27853、Baciiius subtilis ATCC6633、Enterococcus faecalis ATCC29212、Staphylococcus aureus RN450に低い相同性を示すDNA断片が見出された。なお、相同性の高低は、ハイブリダイゼーション後の膜の洗浄条件を変えるとともに、ハイブリダイゼーションの強さから推定された。

 また、赤痢菌から大腸菌gyrI遺伝子と強くハイブリダイズするDNA断片をクローニングし、塩基配列を解析した結果、大腸菌と赤痢菌のgyrI遺伝子の塩基配列は98%、アミノ酸配列は97%の高い相同性を示すことがわかった。最近になってアミノ酸データバンクSWISSPROTを用いたホモロジー検索より、大腸菌GyrIタンパク質と高い相同性を示すタンパク質が、S.typhimuriumにも存在していることが明らかになった。このタンパク質は64のアミノ酸から構成され、大腸菌や赤痢菌のGyrIタンパク質のアミノ酸のほぼ真ん中からN末端側に相同する仮想産物として登録されている。大腸菌GyrIタンパク質とは、73.3%の高い相同性を示した。以上のように、gyrI遺伝子と相同なDNA断片が多くの菌種に分布していることは、GyrIタンパク質が細菌の生育に重要であることを示唆するものである。

第2章.GyrIタンパク質の生理的作用の解析1.大腸菌内におけるGyrIタンパク質の強制発現およびアンチセンスgyrI遺伝子発現

 サザンハイブリダイゼーションの結果、およびGyrIタンパク質がスーパーコイリング活性を阻害したことから、GyrIが細菌の生育に重要であることが示唆された。そこで、GyrI高発現株およびアンチセンスRNA発現株を用いて、GyrIタンパク質のin vivoでの機能を調べた(図2)。

図2. 殖過程におけるGyrI高発現およびアンチセンスgyrI発現の効果(A)GyrI高発現の濁度と生菌数を示す。(B)アンチセンスgyrI発現株の濁度と生菌数を示す。濁度が0.02の時、トリプトファンを添加(●、■)した。シンボル(□、■)は、生菌数を示す。シンボル(○、●)は、濁度を示す。

 両発現株は、増殖を抑制し、生菌数を減少させた。この時、大腸菌の形態は、繊維状になり、無核細胞や伸長した細胞内に核様体が1つといった核の複製異常が観察された。核の複製には、DNAジャイレースが関与する。このような現象から、GyrIはin vivoでもDNAジャイレースの活性を阻害していることが示唆された。また、無核細胞は、染色体分配が異常な場合に生じることが知られている。GyrIは、染色体分配を触媒するトポイソメラーゼIVにも影響を与えている可能性がえられた。

2.大腸菌の増殖過程におけるGyrIタンパク質の発現量の変動

 gyrI遺伝子のプロモーターは、-ガラクトシダーゼ活性の測定からその存在が明らかとなり、プロモーター活性は、増殖の対数増殖後期から静止期にかけて増加した。GyrIタンパク質の発現量もプロモーター活性の推移に連動して増加した(図3)。

図3. 大腸菌の増殖段階におけるgyrIプロモーター活性の推移とGyrIタンパク質の発現量(A)gyrI遺伝子のプロモターの推定領域と構造遺伝子の一部を含む283bpDNA断片をpLGlacZ7の-ガラクトシダーゼの構造遺伝子の5’上流域に挿入してpCA15を作製した。さらに、挿入方向の異なるpCA16も作製した。プラスミドpCA15、pCA16、そしてpLGlacZ7を含む大腸菌JM109を培養し、一晩培養後、-ガラクトシダーゼ活性を測定した。E.coli JM109(pCA15)とE.coli JM109(pCA16)の増殖曲線(pCA15;○、pCA16;●)と-ガラクトシダーゼ活性(pCA15;□、pCA16;■)の継時的推移を示した。(B)抗GyrI抗体を用いたドットプロットアッセイ法により、GyrIタンパク質の発現量(arbitary units;●)と濁度(A600;○)を継時的に測定した。

 DNAジャイレースのgyrA遺伝子のプロモーター活性は、細胞増殖初期から後期にかけて、増加することが報告されている。これに対して、gyrI遺伝子のプロモーター活性は、細胞増殖後期から静止期にかけて増加し、タンパク質量もこれに対応している。これは、GyrIタンパク質が、静止期にDNAジャイレースの活性を制御している可能性が考えられた。以上のことから、GyrIは、in vivoにおいてDNAジャイレースの活性制御に関与していると推測された。

 DNAの複製、および分配過程でのDNAジャイレースの活性制御機構は、十分に明らかにされていない。本研究で得られた知見がその解明の一助になれば幸いである。

審査要旨

 本研究は、大腸菌のDNAスーパーコイリングの制御機構を解明することを目的として、DNAジャイレースのスーパーコイリング活性を阻害するタンパク質(GyrI)を見出し、本タンパク質をコードする遺伝子(gyrI)のクローニングおよび塩基配列の解析、他菌種でのgyrI相同遺伝子の存在有無、さらにGyrIタンパク質の生理的作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ノボビオシン-アフィニティークロマトグラフィーを用いた大腸菌DNAジャイレースの精製過程で、各フラクションのスーパーコイリング活性の測定およびSDS-PAGE電気泳動による解析を行ったところ、DNAジャイレースのホロ酵素を含むにもかかわらず、スーパーコイリング活性を示さないフラクションが存在し、このフラクションには18kDaのタンパク質が含まれていることを見出した。精製した本タンパク質(GyrI)は、スーパーコイリング活性を阻害し、DNAポリメラーゼやテロメラーゼの他酵素の活性に対して阻害作用は認められなかったことから、DNAジャイレースを特異的に阻害する可能性が示唆された。

 2.GyrIタンパク質は、N末端アミノ酸配列をもとにホモロジー検索を行ったところ、大腸菌K-12株の染色体DNAの仮想産物であるYeeBと一致した。yeeB遺伝子の翻訳領域前後の塩基配列をもとに、大腸菌gyrI遺伝子をクローニングし、塩基配列を決定した結果、gyrI遺伝子のプロモーターと考えられる-10、-35領域の典型的な配列が示された。また、モチーフ検索の結果、カゼインキナーゼIIのリン酸化部位、プロテインキナーゼCのリン酸化部位、N-ミリストイル化部位のモチーフを有していることが示された。

 3.gyrI遺伝子をプローブに用いて、さまざまな細菌の染色体DNAとサザンハイブリダイゼーションを行った結果、Escherichia coli KL16、E.coli ML-1410、E.coli ATCC2592、E.coli KC14、E.coli K-12、Shigella boydii IID627、Shigella dysenteriae IID633、Shigella sonnei TRRL10805にgyrIと高い相同性を示すDNA断片が見出された。また、Citrobacter freundii IID976には中程度の相同性を示すDNA断片が見出された。さらに、Pseudomonas aeruginosa ATCC27853、Baciiius subtilis ATCC6633、Enterococcus faecalis ATCC29212、Staphylococcus aureus RN450に低い相同性を示すDNA断片が見出された。

 4.赤痢菌から大腸菌gyrI遺伝子と強くハイブリダイズするDNA断片をクローニングし、塩基配列を解析した結果、大腸菌と赤痢菌のgyrI遺伝子の塩基配列は98%、アミノ酸配列は97%の高い相同性が示された。また、GyrI相同タンパク質が他菌種に存在するかどうかホモロジー検索を行った結果、Bacillus subtilisのyosT遺伝子の仮想産物に対して、アミノ酸配列で22.01%の相同性を示した。さらに、S.typhimuriumにも73.3%の高い相同性を示すタンパク質が存在していることが示された。GyrIは、大腸菌以外の他菌種にもその相同タンパク質が存在する可能性が示された。

 5.GyrIをコードするDNAを大腸菌からクローン化し、このDNAを適当なプラスミドに連結し、大腸菌に形質転換してGyrI高発現株を取得した。本発現株から精製したGyrIタンパク質は、DNAジャイレースのスーパーコイリング活性を6g/mlで阻害した。この濃度は、大腸菌KL16株から精製したGyrIによる阻害濃度とほぼ同じ値を示し、組換えタンパク質は、スーパーコイリング活性阻害能を保持していることが示された。

 6.GyrI高発現株およびアンチセンスRNA発現株を用いて、GyrIタンパク質の機能を調べたところ、両発現株は、増殖を抑制し生菌数を減少させた。この時、大腸菌の形態は、繊維状になり無核細胞や伸長した細胞内に核様体が1つといった核の複製異常が観察された。GyrIはin vivoでもDNAジャイレースの活性を阻害していることが示された。

 7.-ガラクトシダーゼ活性を指標としてgyrI遺伝子のプロモーター活性を測定した結果、-ガラクトシダーゼ活性は、対数増殖後期から増加することが示された。また、GyrIのポリクロナル抗体を用いたドットブロットアッセイを行った結果、GyrIタンパク質の発現量はプロモーター活性の推移に連動し、対数増殖後期から増加することが示された。

 以上、本論文では、GyrIタンパク質がDNAジャイレースのスーパーコイリング活性を阻害し、GyrI高発現株やアンチセンスRNA発現株、さらにGyrIタンパク質の発現量の解析から、DNAジャイレースの活性制御に関与していることを明らかにした。本研究は、これまで十分明らかにされていなかったDNAジャイレースの活性制御機構の解明につながり、従来のニューキノロン系抗生物質の耐性菌に対して新しい作用機作の抗生物質を見出すうえでも重要な意義があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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