学位論文要旨



No 214057
著者(漢字) 袁,曽栄
著者(英字) Zeng-Rong,Yuan
著者(カナ) イエン,ゼンロン
標題(和) アラジール症候群家系におけるヒトJagged1遺伝子の変異解析
標題(洋) Mutational Analysis of the Human Jagged 1 Gene in Alagille Syndrome Families
報告番号 214057
報告番号 乙14057
学位授与日 1998.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14057号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 河原崎,秀雄
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 五十嵐,隆
内容要旨

 アラジール症候群(AGS、MIM#118450)は常染色体優性遺伝性疾で、その特徴は次の五大異常、肝内小葉間胆管欠損、特異的顔貌、末梢肺動脈狭窄、二分脊椎および眼の後部胎生環である。AGSは乳児期における肝内胆汁うっ滞症の主要な疾患の1つである。AGS患者の表現型としては、無症状のものから肝臓移植を必要とする重症例まで、様々な病態を示す。責任遺伝子は、染色体の欠失や転座が見られる多数のAGS患者の核型観察により、染色体20p12に位置していることが推測されていた。分子生物学的研究により、AGS遺伝子座は連鎖地図の20p上のD20S5からD20S41までの領域に連鎖していることがわかった。この領域は近年さらに狭まられ、ラットのJagged1(JAG1)のヒトホモローグが確認されたが、これはNotch1受容体のリガンドをコードするものである。Notch遺伝子の機能からの推測とおよび数例のAGS家系におけるJAG1遺伝子の変異解析に基づいて、ヒトJAG1遺伝子の突然変異がAGSの原因となっていることが証明された。

 我々は、20例日本人のAGS家系を対象に発症者も非発症者も含て、ゲノムDNAレベルで主に一本鎖高次構造多型(SSCP)およびDNA塩基配列分析によりJAG1遺伝子11の点変異と1つの大きな欠失が12のAGS家系で確認れ、従って、本研究で現在の陽性率は60%(12/20)であった。遺伝子型解析により、発端者の変異JAG1遺伝子のうち8つは明らかに発症者の親から遺伝していたことがわかったが、残りの4つの変異は散発型と考えられ。

 本研究におけるJAG1遺伝子の全ての変異は次の5つのカテゴリー分類される。

 (1)5例のAGS家系の発症者では、エクソン2、9、22、24おび26のそれぞれに5種のフレームシフト変異が認めらた。この変異により、翻訳読み取り枠が変化し、種々に短縮されたJAG1蛋白質を産生するものと考えられた。

 (2)4例のAGS家系でエクソン2および5に4つのナンセンス異が検出され、そのうち、特に同一突然変異を示した2例には血縁関係が全く見られなかった。これは恐らくJAG1遺伝子に突然変異多発点が存在することを示唆するものである。

 (3)1例の患者でエクソン2にミスセンス変異が検出されたが、れは元のアミノ酸コドンがシスティンからタイロシンに変換したものである。

 (4)1例の散発性AGS患者でエクソン5のスプライス受容部位変異が検出され、JAG1遺伝子のこの次の下流で数個のエクソンに関係した複合型のエクソンスキッピングが起きたことが引き起こされた。

 (5)1例の患者でJAG1遺伝子の全領域を欠く1.3Mbの大きな失が見出され、この欠失はサザンブロット法およびデンシトメーターによる分析により確認した。

 4種の変異をmRNAレベルで再一度に確認した。S5およびO4の系における点変異は、変異JAG1転写産物において元の制限酵素切断地図を変化させているので、その変異はRT-PCRとRFLP分析によっても証明された。Y3の家系における変異は、コンピューター分析の結果によれば、制限酵素切断地図を変化していなかったので、RT-PCRおよびSSCPにより分析し、もう一度mRNAレベルで変異を確認した。JAG1転写産物の長さの変化が、エクソン5のスプライス受容部位に変異のある発端者A4で検出された。それぞれ異なるJAG1転写産物の塩基配列から、次にあるエクソン5、6、7および8に関係した複合型のエクソンスキッピングが起こったことが判明した。7種の短縮したJAG1蛋白質で、EGF様の反復領域および下流部分を欠くもの(3/7)、あるいはEGF様の反復領域で27〜180個のアミノ酸が欠失したもの(4/7)が存在することが予測された。

 我々の研究結果から、AGSが優性型の遺伝性疾患であることが証明れた。大部分のAGS患者は両親から野性型と変異型のJAG1遺伝子を両方とも受け継いでいたからである。遺伝子型解析によって今までに報告された全部で23種の変異型が同定されたが、現在までのところAGS患者の表現型との間に明らかな関連は認められなかったので、JAG1蛋白質のhaplo-insufficiencyがAGSの説明としては適っているかなっていると考えられる。しかし、我々の研究結果によれば、JAG1のDSL領域は肝疾患の重症度に非常に重要な役割を果たしていると推定される。それは、変異JAG1でDSL領域が欠失していた4例の家系(K3、M3、W3およびU3)の発端者では、肝不全に非常に重篤な病状が認められ、この全員が就学前に早く肝移植を受けたからである。リガンドの生物学的機能やJaggedとNotch両遺伝子の共発現の機序から考えて、我々は、JAG1遺伝子がNotch遺伝子族との関係が最も深いと思われる遺伝子の調節に重要な役割を果たしているか、もしくは、その発現が胎児の初期発生中に特定の器官に影響を及ぼす他の遺伝病理学的因子により妨げられたと推論している。

審査要旨

 本研究はアラジール症候群(AGS)の責任遺伝子の同定とAGSの病態発症におけるヒトJagged1(JAG1)遺伝子の意義の解明を目的として、日本人20家系のAGSの発症者とその同胞、両親を対象にJAG1遺伝子解析を行い、下記の結果を得た。

 1.染色体核型に異常を認めなかったAGSの19家系に、ゲノムDNAレベルで一本鎖高次構造多型(SSCP)およびDNA塩基配列分析でJAG1遺伝子の点変異の解析を行ない、11の点変異を確認した。それらはフレームシフト変異が5例、ナンセンス変異が4例、ミスセンス変異が1例とスプライス受容部位の変異が1例であった。全ての変異はAGS家系の発症者に特有の、種々の変異したJAG1蛋白質を産生するものと考えられた。

 2.染色体核型に欠失が観察可能な1名のAGS患者において、染色体20p上遺伝子座の分子マッピングを行い、AGSの遺伝子領域の候補の一つを同定した。それは2つの重複するYACクローン(791E9および742F5)に含まれていた。多くのプローブを候補となる領域のマーカー部位に並べた。この患者の欠失中の切断部位をサザンブロット法およびデンシトメーターによる分析により検定し、最終的にJAG1遺伝子の全領域を欠く1.3Mbの大きな欠失が存在することを確認した。

 3.4種の点変異についてはmRNAレベルでその異常を再確認した。変異JAG1転写産物が元の制限酵素切断地図を変化させている例はRT-PCRとRFLP分析によって証明し、制限酵素切断地図が変化していなかったものは、RT-PCRおよびSSCPにより分析し、mRNAレベルで変異を確認した。興味ある例としてスプライス受容部位に変異のある発端者で、それぞれ異なるJAG1転写産物の塩基配列から、次にあるエクソンに関係した複合型のエクソンスキッピングが起こったことが判明し、7種の短縮したJAG1蛋白質が存在することが予測された。これらの結果から、JAG1遺伝子の点変異はmRNAレベルでまで異常が受け継がれ増幅されていることが証明された。

 4.本研究でJAG1遺伝子の変異が12例のAGS家系で確認され、現在の陽性率は60%(12/20)であった。遺伝子型解析により、発端者の変異JAG1遺伝子のうち8家系は明らかに発症者の親から遺伝していたが、残りの4つの変異は散発例と考えられた。66.7%(8/12)の家系でAGS患者は両親から野性型と変異型の両方のJAG1遺伝子を受け継いでおり、AGSが優性型の遺伝性疾患であることが証明された。

 5.JAG1転写産物の研究結果から、変異JAG1蛋白質がAGSの発症に重要な役割であると考えられるが、現在までのところAGS患者の遺伝子型と表現型の間に明らかな関連は認められなかった。JAG1蛋白質のhaplo-insufficiencyがAGSの発症要因の説明としては適っていると考えられる。しかし、変異JAG1でDSL領域が欠失していた4例の家系の発端者では、非常に重篤な肝不全にが認められ、この全員が就学前に肝移植を受けていた。これらの結果から、JAG1のDSL領域は肝疾患の重症度に重要な役割を果たしていると推定される。

 以上、本論文は日本で最初の本格的なAGS遺伝子に関する研究である。患者例数も多く、背景因子の解析も十分なされており、分子生物学的手技の応用も理にかなっている。この研究は、Notch-Jagged遺伝子のAGS患者の病態発症における意義を明らかにし、これらの遺伝子が肝胆道系の組織において重要な役割を果たしていることを示すものとして今後の臨床および基礎研究に重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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