学位論文要旨



No 214059
著者(漢字) 小池,由佳子
著者(英字)
著者(カナ) コイケ,ユカコ
標題(和) 末梢血網血小板数と血清トロンボポエチン値の同時測定による血小板減少症の病態検討
標題(洋)
報告番号 214059
報告番号 乙14059
学位授与日 1998.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14059号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 丹下,剛
内容要旨

 血小板減少症の病態には大別してA.骨髄での血小板の産生低下によるもの、B.消費、破壊の亢進によるもの、C.分布異常によるものが考えられる。血小板減少症の病態の鑑別は臨床上、重要である。しかし血小板造血の指標となりえる簡便で繰り返し行える検査法がないのが現状である。

 1969年、IngramとCoopersmithは、急性出血後の正常ビーグル犬の末梢血をnew methylene blueを用いて染色後鏡検し、明瞭に濃染するreticulumを含有する血小板をreticulated plateletsと初めて名付けた。彼等は、赤血球造血を反映するreticulocytes(網赤血球)と同様、reticulated plateletsは骨髄における血小板造血を反映するものと報告している。reticulated plateletsの正式な日本語訳はないが、網血小板とされるのが現在のところ一般的である。Ingramらの方法は、網血小板の同定が非常に困難であり普及しなかった。近年、ヒト血小板にいくつかの蛋白質の合成に関与するRNAが存在することが明らかとなってきた。さらにLeeらによってviable cellsの核酸、特にRNAと結合し蛍光を発する合成色素、thiazole orange(以下TO)が報告された。1990年、KienastおよびSchmitzによりTO染色後フローサイトメトリーにて網血小板を簡便に客観的に測定する方法が報告され、血小板減少症の鑑別に有用であることが示され、注目されるようになった。その後、TO法はいくつかのグループにより検討され、血小板破壊の亢進したimmune thrombocytopenia(特発性血小板減少性紫斑病;ITP等の疾患)で網血小板は増加することが報告されてきているが、その測定法は未だ十分確立されていない。そこで本研究では、CD41との二重染色により血小板のポピュレーションを分別し、TO濃度、反応時間などの染色条件やthreshold lineの設定などの問題点に検討を加え、測定法を確立した。

 一方、thrombopoietin(以下TPO)は、巨核球・血小板造血を促進する液性因子と定義され、数多くの研究者により精力的に研究されていたにもかかわらず単離・同定がなされなかった。しかし1994年、世界の複数のグループがc-mplリガンドのクローニングに成功し、今ではc-mplリガンドは巨核球・血小板造血を調節する主要なサイトカインTPOであることが明らかになっている。近年、sandwich enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)で血清TPO値を測定することが可能となっている。TPOmRNAの発現は、肝臓、腎臓、骨格筋、脳、小腸などで認められるが、肝臓で最も強い発現が認められ、肝臓が生理的に主要なTPOの産生臓器と考えられている。またコラゲナーゼ灌流法で調製したラットの肝細胞の培養上清中にTPO活性が検出されるとの報告もあり、肝硬変における血小板減少症の病態を検討することは巨核球・血小板造血のメカニズムを考える上においても非常に興味深い。さらにいくつかの肝癌由来細胞株からのTPO分泌や小児のhepatoblastomaでTPO産生を示唆する症例の報告もみられる。そこで本研究では特発性血小板減少性紫斑病(以下ITP)、再生不良性貧血(以下AA)、肝硬変(以下LC)、肝癌(以下HCC)合併肝硬変の各疾患において末梢血網血小板数の測定と血清TPO値の同時測定を行い、各疾患の血小板減少症の病態を検討した。

 フローサイトメトリーを用いた網血小板測定法の検討から、最も適した測定条件として、網赤血球用測定試薬Retic-COUNT(TO溶解液)の25倍希釈のTO濃度と反応時間60分を用いることとした。threshold lineの設定は、各々の検体ごとにTO未染色のコントロール検体を作製し、FSCとFL1fluorescence(TO fluorescence)の2次元の画面に示したスキャッタグラム上で、血小板のクラスターに沿った斜めの線を引き、99%の血小板がこの線の下にくるように設定した。血清TPO値は、ELISA法により測定した。対象は、健康成人40例と血小板減少症症例56例(ALL2例、ITP10例、AA10例、LC24例、HCC合併LC10例)である。ALL2例において寛解維持療法後の骨髄抑制からの回復期における末梢血血小板数と網血小板比率、網血小板絶対数の推移を観察した。うち1症例においては、血清TPO値もあわせて測定した。この結果より、網血小板比率は、網赤血球比率と同様骨髄における造血機能回復を予測する指標となりうること、網血小板絶対数は骨髄造血を比率より正確に反映すること、血清TPO値は骨髄抑制時の血小板減少に従ってreciprocalに上昇し、血小板数の回復にともなって正常化することが示された。40例の健康正常人の平均網血小板比率は2.17±0.90%(mean±SD)、平均網血小板絶対数は4.81±2.39x109/l(mean±SD)であった。ITPにおいては平均網血小板比率は5.61±2.02%と正常人と比較して有意に増加していた(P=0.0001)。網血小板絶対数は、ITP10例の平均は正常人と比較して有意に低下していたが(P=0.01)、末梢血血小板数20x109/l以下の症例を除く8例の平均では有意差は認められなかった。血小板数が20x109/l以下になると血小板寿命の短縮により、網血小板も成熟血小板同様、脾臓における破壊の対象になり、また骨髄における血小板造血の亢進は平常時の3〜5倍が限界と考えられるので、網血小板絶対数が低下することがあるとAultらにより報告されており結果の解釈には注意が必要である。一方、骨髄における血小板産生低下によるnonimmune thrombocytopenia(再生不良性貧血;AA等の疾患)では、網血小板比率は正常域にあるもののその絶対数は1.28±1.02x109/lと著明に低下しており(P=0.0001)、骨髄における血小板造血の低下を反映していると考えられた。ITP症例の平均血清TPO濃度は、正常人と比較して高い傾向にあるものの有意差は認められなかったが、AA症例の平均血清TPO濃度は、13.65±10.64fmol/mlと正常人の1.43±0.62fmol/mlに比較して著明に上昇していた(P=0.0001)。血清TPO値の調節因子として現在、血小板総量(mass)と巨核球総量(mass)が重要であると考えられている。さらに血清TPO濃度の調節機構に関して、近年、血小板減少を誘起したマウスの各組織におけるTPOmRNAの発現が検討されている。TPOmRNAの発現は、血小板減少時に正常に比較して増強するとの報告と、不変であり血清TPO濃度の増減は、TPOmRNA転写以降の調節、かつ/または、血小板およびc-mplレセプターをもつ細胞(骨髄の巨核球とCD34陽性細胞の一部)の吸収と代謝によると推測する報告がある。いずれにせよ血清TPO濃度がAAにおいてITPと比較して著明に上昇していたことから血小板減少症において(高度な血小板減少を伴うimmune thrombocytopenia(ITP)を除く)血清TPO濃度の上昇は、体内血小板総量(mass)と網血小板絶対数の低下により誘導されるのではないかと考えられる。網血小板絶対数の低下は骨髄における血小板造血の低下、すなわち巨核球massの低下を反映していることによるためと考えられるが、網血小板数の低下それ自体も血清TPO濃度の一つの調節因子である可能性もあり非常に興味深い。

 LCの血小板減少症の機序として(a)脾臓における血小板プールの増大、(b)末梢血血小板の脾臓における捕捉と破壊の亢進、(c)脾臓由来の骨髄抑制因子の存在、(d)骨髄における血小板造血の低下等が報告されている。本研究において合併症の無いLC24症例の網血小板絶対数(1.65±1.11x109/l(mean±SD))は正常人の値4.81±2.39x109/lと比較して有意に(P=0.0001)減少していた。この結果から、LCにおいてはAAと同様、骨髄における血小板産生は低下していると推測される。しかしながら血清TPO値はAAとは対照的に正常人と比較して上昇は認められなかった。以上の結果から脾臓における血小板プールの増大により生じた血小板減少に反応して、肝機能低下にともない肝臓におけるTPO産生が増加しないことも血小板減少に関与している可能性が考えられた。LCにおける高度の血小板減少例に対して、今後遺伝子組み換え型TPOの臨床開発が進めば、その出血傾向改善に期待できると考えられる。さらにHCC合併LC10例および非合併LC24例の網血小板比率および絶対数と血清TPO値の検討を行った。HCC合併LC10例の平均網血小板比率(2.22±0.77%)とその絶対数(1.27±0.60x109/l)は、非合併LC24例および正常人のいずれとの比較においても有意差は認められなかった。また血清TPO値は1.84±1.36fmol/mlで高い傾向にはあるものの非合併LC24例および正常人と比較して有意な差は認められなかった。この結果より肝癌症例におけるTPO産生は本研究においては否定的である。

審査要旨

 本研究は血小板減少症の各疾患における血小板減少症の病態を検討するため、末梢血に新しく放出され、末梢血中で網赤血球同様成熟していく幼若な血小板と推察されている網血小板と、血小板造血調節因子としての作用が研究されつつあるトロンボポエチン(thrombopoietin;TPO)を末梢血全血および血清を材料として同時に測定を行い、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.Thiazol orange(TO)染色後、フローサイトメトリーを用いて網血小板比率を測定することが可能であり、簡便で繰り返し行える検査法として臨床上非常に有意義な検査になりえると考えられる。

 2.網血小板比率は、抗癌剤投与後の骨髄抑制からの回復期に網赤血球比率と同様骨髄における造血機能回復を予測する指標となりうる。また末梢血血小板数と網血小板比率から算出した網血小板絶対数は、骨髄における血小板造血を比率よりもより正確に反映する。

 3.血清TPO値は、骨髄抑制時の血小板減少期に上昇し、血小板数の回復にともなって正常レベルに下降し、血小板と巨核球の総量(mass)の変化と相反する推移を示した。

 4.平均網血小板比率は、特発性血小板減少性紫斑病症例において正常人と比較して有意差をもって(P=0.0001)増加していた。一方再生不良性貧血および肝硬変症例では肝癌非合併、合併いずれの症例においても正常人と比較して有意差は認められなかった。

 5.平均網血小板絶対数は、骨髄における血小板産生の低下を反映して再生不良性貧血では正常人と比較して有意差をもって(P=0.0001)減少していた。高度な血小板減少を伴う特発性血小板減少性紫斑病(末梢血血小板数が20x109/l以下の症例)においては、網血小板も脾臓における破壊の対象になるため、網血小板絶対数の低下が必ずしも骨髄における血小板産生の低下を反映しないので、結果の解釈には注意する必要がある。興味深いことに肝硬変症例において平均網血小板絶対数は再生不良性貧血と同様、正常人と比較して有意差をもって(P=0.0001)減少していた。これらの結果より肝硬変症例においては、骨髄における血小板産生の低下が示唆された。

 6.血清TPO値は、再生不良性貧血においては、有意差をもって著明に上昇していたが(P=0.0001)、特発性血小板減少性紫斑病および肝硬変においては有意な増加はみられなかった。血清TPO濃度が再生不良性貧血において特発性血小板減少性紫斑病と比較して著明に上昇していたことから、血小板減少症において(高度な血小板減少を伴うimmune thrombocytopenia(ITP)を除く)血清TPO濃度の上昇は、体内血小板総量(mass)と網血小板絶対数の低下により誘導されるのではないかと考えられる。網血小板絶対数の低下は骨髄における血小板造血の低下、すなわち巨核球massの低下を反映していることによるためと考えられるが、網血小板数の低下それ自体も血清TPO濃度の一つの調節因子である可能性もあり非常に興味深い。肝硬変においては、脾臓における血小板プールの増大により血小板減少症が生じると思われるが、肝機能低下にともない肝臓におけるTPO産生が増加しないことも関与している可能性が示唆された。

 7.本研究における肝癌非合併、合併肝硬変症例の検討結果から肝癌合併症例において血清TPO値の増加は認められず、肝癌によるTPO産生の可能性は否定的である。

 以上、本論文は血小板減少症の各疾患において、末梢血網血小板数と血清トロンボポエチン値の同時測定による解析から、血小板減少症の病態を明らかにした。特に肝硬変の血小板減少症において、肝機能低下にともない肝臓におけるTPO産生が増加しないことも関与している可能性が示唆されたことは興味深い。本研究により血小板減少症の病態解明に網血小板数および血清トロンボポエチン値の同時測定が重要な貢献をなすことが示され、学位の授与に値するものと考えられる。

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