気管支喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎等のいわゆるアレルギー炎症性疾患は現代病の代表とも言える疾患であり、現在もその患者数は増加の一途を辿っている。これらの疾患において、抗原暴露後6〜24時間の間に惹起される遅発型アレルギー反応は、疾患の重症化、慢性化を誘発するものであり、臨床的にもこの反応を制御することが最も重要であると考えられている。この遅発相では、病変組織において好酸球の多数の選択的な浸潤が見られることから、現在ではその病態は好酸球が中心的な炎症細胞として働く好酸球性炎症として認識されるに至っている。好酸球は抗原感作を受けたT細胞より産生されるインターロイキン-5(IL-5)等のサイトカインの刺激を引き金として循環血中から組織へと浸潤し、次いで局所での活性酸素や種々の顆粒蛋白の放出が起こり、その結果炎症が起こると考えられている。この好酸球の浸潤・活性化には種々のメディエーターが関与すると考えられているが、その中で最も主要なものの一つとして血小板活性化因子(PAF)が知られている。PAFは好酸球に対して遊走、脱顆粒、活性酸素産生等強力且つ多彩な作用を示し、これらの作用は特異的な受容体を介して発現する。近年、アトピー性疾患患者の末梢血中の好酸球はPAFに対する遊走能などの応答性が著しく亢進していることが報告され、これが好酸球の炎症局所への選択的な集積に関与している可能性が示唆されている。この応答性の亢進の機序として、好酸球におけるPAF受容体の質的もしくは量的な変化が考えられるが、好酸球のPAF受容体における構造、性質及びその発現の制御についての研究は殆どなされてはおらず、その詳細については不明のままであった。 本研究では、アレルギー炎症性疾患におけるPAFの役割について、好酸球における受容体の側面から解明することを目的として種々の検討を行なった。まず好酸球性白血病細胞株をモデルとして、好酸球PAF受容体の構造を明らかにすると共に、この細胞の分化に伴うPAF受容体の発現の変化について検討を行った。さらに、健常人の末梢血好酸球におけるPAF受容体のサイトカインによる発現調節について検討し、実際にアレルギー炎症性疾患患者の好酸球においてPAF受容体の発現が制御されているのかについても検討を行った。 1.EoL-1細胞におけるPAF受容体の構造と細胞分化に伴う受容体の発現の変化 好酸球におけるPAF受容体の構造と性質、及び好酸球の分化と受容体の発現との関係を明らかにするために、好酸球性白血病細胞株であるEoL-1細胞をモデルとして種々の検討を行った。EoL-1細胞は分化誘導剤であるsodium n-butyrateで処理すると、より成熟した好酸球様の表現型を示すことが知られている。まず、EoL-1細胞をsodium n-butyrateの存在下で培養した後、PAFに対する細胞内カルシウム応答を調べたところ、培養3日目まで反応性が増大し、以後プラトーとなった。この経時変化は分化のマーカーとして用いたロイコトリエンC4合成酵素活性の増加とよく一致していた。また、PAF受容体結合実験を行ったところ、受容体の親和性には変化がなくBmaxが増大していたことから、EoL-1細胞の分化に伴ってPAF受容体発現量が増加した結果、PAFに対する応答性が増大することが示唆された。PAF受容体cDNAは1991年にモルモット肺から初めて単離され、推定されるタンパクはGTP結合蛋白質に連関する受容体のファミリーに属することが明かとなっている。しかしながら好酸球に発現しているPAF受容体の構造については不明であった。そこで、分化させたEoL-1細胞cDNAライブラリーを作製し、好酸球のPAF受容体cDNAクローニングを試みた。モルモットPAF受容体cDNAをプローブとして常法に従いスクリーニングを行ったところ、6つのクローンが得られた。これらのクローンはすべて同一の遺伝子に由来し、その翻訳領域はすでにヒトの他の臓器から単離されているcDNAのものと一致していた。分化させたEoL-1細胞について、得られたcDNAクローンをプローブとしてNorthern blot解析を行なったところ、受容体結合実験の結果と同様の経時変化でPAF受容体mRNAが誘導されることが明らかとなった。さらに、PAF受容体cDNAの塩基配列をもとに合成したペプチドに対するモノクローナル抗体を作製し、FACScan解析を行い、分化させたEoL-1細胞ではやはりPAF受容体数が増加していることを確認した。以上の結果より、EoL-1細胞の分化に伴い、PAF受容体発現量が転写レベルで誘導され、PAFに対する応答性が増大することが明らかとなった。アレルギー炎症性疾患の病巣局所へ集積した好酸球は分化の最終段階にあることが形態学的に認められることから、この様な好酸球ではPAF受容体発現量が増加しており、そのためPAFに対する応答性が増大している可能性が考えられた。 PAFに対する応答に関与するGTP結合蛋白質のタイプは、細胞の種類によって異なることが知られている。分化させたEoL-1細胞のPAFによって惹起される細胞内カルシウム応答及びIP3の産生は、百日咳毒素によって部分的に阻害されたことから、EoL-1細胞では細胞内カルシウム応答に関与するGTP結合蛋白質は、百日咳毒素感受性のものと非感受性のものの少なくとも2種類が存在することが示唆された。 2.健常人末梢血好酸球におけるサイトカインによるPAF受容体の発現調節 最近、IL-5、IL-3、GM-CSF等の好酸球の分化に関わるサイトカインの刺激により、健常人末梢血好酸球のPAFに対する遊走能などの応答性が増大することが報告されている。そこで、健常人末梢血好酸球のPAF受容体の発現におけるこれらのサイトカインの影響について検討した。IL-5の存在下12時間培養した健常人末梢血好酸球についてPAF受容体結合実験を行なったところ、無処理の細胞に比べPAF受容体数が約2倍にまで増加することが明らかとなった。このIL-5処理による受容体数の増加は培養6時間後から認められ、12〜18時間後でプラトーに達していた。同様にIL-3又はGM-CSFについても調べたところ、IL-5と同程度の受容体数の増加が認められた。また、IL-5処理により好酸球のPAFに対する細胞内カルシウム応答は増大したことから、受容体発現量の増加を介して好酸球のPAFに対する応答性が亢進することが示唆された。次に、この受容体数の増加がどの段階で制御されているのかについて明らかにするために、RT-PCRを用いたPAF受容体mRNA量の比較定量の系を確立し、PAF受容体mRNA発現量に対するIL-5の影響について検討した。その結果、受容体結合実験の結果と同様、PAF受容体mRNA量も約2倍にまで増加していることが明らかとなった。さらに、IL-5処理によりPAF受容体mRNAの安定性には影響がなかったことから、IL-5によるPAF受容体数の増加は転写の促進を介して起こることが示唆された。 PAF受容体mRNAには、翻訳領域は共通であるが5’上流非翻訳領域が異なるTranscript1及びTranscript2の少なくとも2種類が存在することが知られている。各mRNAに特異的なprimerを用いてRT-PCRを行った結果、好酸球ではTranscript1のみが発現しており、IL-5によってTranscript1の転写が促進されることが示唆された。Transcript1のプロモーター領域には、現在までに報告されているIL-5responsive elementに相当する配列は存在しておらず、まだ明らかにされていないelementが存在する可能性が考えられた。 3.健常人及びアトピー性喘息患者の末梢血好酸球におけるPAF受容体発現量の比較 実際にアレルギー炎症性疾患においてPAF受容体の発現の変化が起きているのか否かを明らかにするため、健常人(8例)及び、アトピー性気管支喘息患者(5例)の末梢血好酸球におけるPAF受容体発現量を比較した。その結果、患者好酸球では健常人好酸球に比べPAF受容体数が有意に増加していることが明らかとなった。そのレベルは健常人好酸球をIL-5で処理した際の値に近いものであった。また、PAF受容体mRNAも同様に増加していた。患者好酸球をIL-5で処理したところ、健常人好酸球とは異なり、さらなるPAF受容体数の増加は認められなかった。一方、IL-3、GM-CSFの場合、患者好酸球においてもPAF受容体数の増加は見られたことから、患者の好酸球はすでにIL-5の刺激を受けている可能性が示唆された。 以上の結果より、アトピー性気管支喘息患者において、循環血中で好酸球がIL-5の刺激を受けた結果、転写レベルでPAF受容体発現量が増加し、好酸球のPAFに対する応答性が亢進することが強く示唆された。IL-5は好酸球に特異的に作用するサイトカインであることから、このPAF受容体の増加がアレルギー炎症性疾患における好酸球の選択的な浸潤、活性化の機構の一部を説明するものであると考えられる。 |