学位論文要旨



No 214066
著者(漢字) 福浦,尚之
著者(英字)
著者(カナ) フクウラ,ナオユキ
標題(和) 4方向にひび割れを有する鉄筋コンクリート要素の履歴依存型構成モデル
標題(洋)
報告番号 214066
報告番号 乙14066
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14066号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 KABELE,Petr
内容要旨

 本論文では,鉄筋コンクリート(以下,RC)構造物を解析対象とする非線形有限要素解析への適用を前提とした,最大4方向まで交差するひび割れを有するRCの,履歴依存性を考慮した平均化挙動モデル(以下,4方向ひび割れRCモデル)の構築とその検証を行った.本研究の出発点は,岡村・前川らによるアクチブクラック法に基づく2方向ひび割れRCモデルである.

 図1に4方向にひび割れを有するRC挙動のモデル化手法を示す.4方向ひび割れRCモデルの構築においては,まずアクチブクラック法の概念に基づく従来の2方向RCモデルを含む,ひび割れたRC構成モデル構築の論理を再整理・統合した.そして,4方向までひび割れるRC挙動のモデル化は,1方向ひび割れ状態でのRCの挙動を表現する基本RC構成則と,アクチブクラック法に基づく4方向ひび割れのモデル化を組み合わせることにより構築される事を示した.また,研究の遂行に当たっては,基本RC構成則とそれらを基本要素として構築されるRC挙動モデルの,論理性とFEM解析に適用する際の明解さの更なる追求を念頭においた.適用範囲の拡大と構成則の簡易化は応々にして相反するものであるが,これらを適切と判断したレベルにおいて組み合わせたものである.

 図2に検証のフロー図を示す.本文による4方向ひび割れRCモデルは,パラメーターを系統的に変化させた実験との検証を通して,良好にRCの挙動を予測できることが確かめられた.今後,解決すべき点も残されているが,4方向のひび割れ状態までのRCの挙動が解析できることにより,地震力を受けるRC構造物の挙動を非線形FEM解析により高精度に追跡するためのプラットホームが構築された.

 表1に従来2方向ひび割れRCモデルとの相違点・改良点をまとめる.

図1 4方向にひび割れを有するRC挙動のモデル化手法図2 検証フロー図表1 従来の2方向ひび割れモデルとの相違点・改良点○:モデルの簡略化 ●:モデルの修正 □:数値計算プログラムの効率化
審査要旨

 社会基盤構造設計の枠組みを性能規定型に移行すべく,今日,活発な議論が重ねられている。耐震性能設計の過程で設計者は,仮定した材料構造諸元と荷重境界条件のもとで構造物の保有耐震性能を事前照査し,要求性能を満たすことを確認・保証することが求められる。鉄筋コンクリートの非線形有限要素解析は,この性能照査に資する強力なツールと期待されている。過去20年にわたる鉄筋コンクリート材料モデルの研究と計算環境の向上により,構造物の非弾性挙動予測が,実設計や新構造形式の開発などに今日,成果を上げつつある。

 1995年の阪神淡路大震災以来,耐震性能照査技術の高度化は,緊急を要する重要な課題と認識されるに至った。動的非線形応答解析技術は耐震安全性のみならず,地震後の残存機能確保に必要な材料・構造の力学的損傷に関する情報を提供する。これは,次世代構造設計法の根幹をなす一技術と目されている。ここで,鉄筋コンクリート構成モデル(以下,RCモデル)の高度化は,動的非線形応答解析の精度向上と適用範囲の拡大には,根源的かつ不可欠な課題である。本論文は,2次元平面応力状態で最大4方向まで,独立して交差するひび割れを有するRC空間平均化構成モデルの構築と,その検証を行ったものである。独立4方向にひび割れ損傷を定量化し,しかも交番履歴を含む,応力ひずみ関係に関する経路依存性を厳密に考慮した力学モデルは,過去に例をみない。高度化された材料損傷の数量化手法は,動的応答解析法の適用範囲を格段に広げ,耐震性能照査技術の高度化に大きな貢献をなすものである。

 第1章は序論であり,研究の背景と目的を明らかにしている。2方向ひび割れまでを許容する従来のひび割れ要素モデルのフレームを総括し,機能拡大すべき内容と,必要にして十分な簡略化が可能な内容とを明確にした上で,本研究の方向づけを行っている。

 第2章は4方向ひび割れRCモデルの構築を試みたものである。アクティブクラック法の概念に基づく従来の2方向ひび割れRCモデルを含む,ひび割れたRC構成モデル構築の論理を再整理・統合している。アクティブクラック法とは,多方向にひび割れたRC全体の主たる非線形性を担うものは,その中の1方向のひび割れに沿う開口とせん断ズレの非線形挙動である,とする概念である。これまでに,2方向ひび割れを含むRC耐震壁挙動解析のための構成式を構築する際に,大きな貢献を果てしている。本章では,基本となる1方向ひび割れ間の圧縮,引張,せん断応力伝達機構と,鉄筋による応力伝達機構を従来の構成則に則って再構築し,高度な非線形領域での構造数値解析へ応用することを想定した,計算力学モデルの提案を行っている。さらに,これらが独立4方向に導入された状態での相互作用を考慮した複合モデルを,主たる非線形挙動を担うアクティブクラック選択といった手法により,必要にして十分な精度と簡略化を達成したのである。本章の眼目は,複雑な履歴特性を表現する際に,材料履歴として保存すべき履歴変数を必要にして最小限に絞り込み,交番繰り返しを含む任意の履歴に対して,精度良く応力ひずみ関係を規定したことである。

 第3章は4方向ひび割れRCモデルの検証である。構築したRCモデルは4方向ひび割れ状態への適用を可能にしているが,構築にあたってモデルを構成する個々の基本構成則の適用範囲を既往の研究を基礎にして広げると同時に,非線形解析での収束性向上を念頭においた構成式の簡略化も進めた。均一応力下での1-2方向RC要素実験及びRC部材実験と比較検証し,モデルの精度と適用性が既往の研究レベルと等価な水準にまで到達していることを確認した上で,3-4方向ひび割れRC要素実験との検証を行った。多数の1-2方向ひび割れに関する既往実験との比較より,本RCモデルは1方向,2方向にひび割れる鉄筋コンクリートの挙動を予測する機能を有していることを再確認した。2方向ひび割れが生じる耐震壁の交番載荷実験との比較解析では,最大耐力までの包絡線,内部曲線のみならず,最大耐力以降の軟化曲線,残留変位についても良好に演算を進めること可能となっている。このことは,動的解析に本RCモデルが有用であることを意味する。3-4方向のひび割れ下でのRC実験は非常に少ないことから,本研究において新たに要素実験を行い,検証実験データとした。比較検討より本拡張構成モデルは,多方向にひび割れを有する鉄筋コンクリートの挙動を予測する機能を有していることを確認した。

 第4章では,基本RCモデルの1つである,ひび割れ前の連続体コンクリートモデルについて検討したものである。弾塑性破壊型構成モデルに立脚した既往の概念に立脚するが、完全2次元状態で除荷・再載荷時の非線形性を新たに提示し,詳細に検証を行った。ここでも,繰り返し挙動にエネルギー消費を考慮した,履歴変数の少ないモデル化が可能となっている。

 第5章では,基本RCモデルを構成する鉄筋モデルについて,少数の履歴変数で高精度に鉄筋の繰り返し挙動を表現する数値モデル化を提案している。対象とする鉄筋挙動は過去のものと同一であるが,コンクリートの損傷表現が高度化されたことを受けて,鉄筋モデルも整合性をとる観点から,完全経路依存型に再構築された。

 第6章では本研究の総括と結論が述べられている。なお,付録には本研究の耐震工学への応用例として,動的作用を受ける連層耐震壁の非弾性応答解析結果が提示された。

 本研究は4方向までひび割れるRCの構成モデルを構築し検証したものであり,地震力を受けるRC構造物の挙動を非線形FEM解析により,多方向入力でしかも一般3次元応力経路に対しても展開を可能とする基盤を提供したものである。連層耐震壁の動的破壊ベンチマーク解析では,本研究による高精度な構成式とそれに立脚した非弾性応答解析法に対して,高い国際的な評価が与えらた。本研究は今後,非線形動的応答解析の適用範囲を大きく広げる貢献をなすものと期待される。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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