学位論文要旨



No 214069
著者(漢字) 松下,潤
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,ジュン
標題(和) 都市開発における代謝系施設の構築過程と公民分担体制に関する研究
標題(洋)
報告番号 214069
報告番号 乙14069
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14069号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 花木,啓祐
内容要旨 (1)研究の目的

 都市開発において構築する都市基盤施設は、[水系・廃棄物系・エネルギー系・情報系]の4分野の関連7事業(脚注-1)に道路等の[交通・輸送系]を加えた5分野から構成される。

 都市開発においては道路整備が開発目的そのものとされるのに対し、上記の4分野の関連7事業は通常「供給処理等施設」と一括され、副次的な役割を担ってきたものの、機能面では水・資源・エネルギー面から都市の代謝的活動に直接にかかわり、従来の都市計画フレームにかえ環境面の制約条件を与条件におくべきこれからの時代には、いずれも公民の役割分担のもとで循環型の新たな都市代謝構造への転換を図る必要性を共有する。

 そこで、本研究では、上記の4分野の関連7事業のこのような基本特性をふまえ、これらを「代謝系施設」と命名、規定したうえで、都市開発でのこれらの施設の構築においては高水準の公民分担の仕組みを誘導する機能が重要であることを明らかにするとともに、都市の代謝系施設の体系転換のための新しい施設計画にその機能を組み込むことを提案するものである。

 このため、わが国の市街地整備モデルとして一定の役割を担ってきた住都公団による都市開発の領域を抽出し、この40年間に亘る実際の構築過程に関する分析から、公団が財源面、体制面等からさまざまな補完的役割を受けもたねばならず、その長期間の蓄積が高水準の公民分担の仕組みを地域に定着させたことについて明らかにする。

 さらに、昭和50-60年代の住宅宅地供給の「量から質」への転換プロセスにおいて、これらの施設に関連した4種類の循環システム(脚注-2)のモデル地区への導入過程の分析から、循環の最小単位である[民]側の設備形成への公民分担の仕組みづくりが必要不可欠であり、公団の補完的役割を拡大適用する必要があった事業の構造を明らかにする。

 そこで,以上の研究成果をもとに、都市代謝構造の体系転換を図るべき将来を展望し、公民の役割分担をもとにした新たな施設計画の枠組みを確立すべきことを提起するものである。

(2)研究の概要(2-1)代謝系施設の構築過程と公民分担体制◎代謝系施設の類型化と都市開発における構造的問題

 まず第一に、代謝系施設[4分野,関連7事業]基本特性について、システム構成や計画領域、事業体系、社会資本ストック等からみた分析をおこない、(1)第Iグループ:公共事業としての性格が強い[水系,廃棄物系]施設と、(2)第IIグループ:公益事業としての性格が強い[エネルギー系,情報系]施設、の2つに区分することが妥当であることを明らかにした。

 また、都市開発におけるこれらの施設の構築過程を概観し、事業者の本来果たすべき計画面や実施面の対応を、公団が財源面、体制面等からさまざまに補完しなければならなかった事業の構造について考察した。/以上第1章

 これを受けて、代謝系施設の特性比較のため、都市全般における施設の一般的な構築過程を分析し、(1)昭和30-40年代の事業体系の整備面では第IIグループが第Iグループに先行し10年程度の時間的乖離を生じたこと、(2)資本ストック形成面でも同様の格差を生じたこと、(3)このため第Iグループでは都市化過程での新規施設需要に対しシステム計画領域の転換が必要となったこと(第IIグループではその必要がなかったこと)、の3点について考察した。

 また、都市開発における代謝系施設の構築過程の分析から、とくに第Iグループにおいて、都市化過程で顕在化した地方公共団体の財政赤字問題に対し開発者として対応措置を講じる必要を生じたことを明らかにし、その主たる要因に都市開発の大規模化や遠隔化に伴う施設整備量の増大と開発地区における施設の先行整備の2つを挙げた。/以上第2章

◎構造的問題に対する補完システムの運用実態と公民分担体制の定着

 上記の地方公共団体の財政赤字問題への開発者からの対応措置に、事業者の本来の対応を「補完する」という意味をあたえ、「補完システム」と概念規定することとした。

 そのうえで、当該システムにかかる仕組みの適用性について比較し、(1)第Iグループでは新規施設需要への対応性に限界がありその適用性が大きかったこと、(2)第IIグループでは新規施設需要への対応性が大きく逆にその適用性が小さかったこと、の2点を明らかにした。

 さらに、都市開発への対応類型について比較し、第Iグループを(1)【規制型】:流出抑制対策を通し一貫して都市開発に規制型の対応をとってきた[河川事業]が該当、と(2)【認知型】:開発者負担として財源的補完措置の適用を条件に都市開発に認知型の対応をとってきた[水道事業,下水道事業/清掃事業]が該当、の2つに区分しうること、また第IIグループを【内包型】:事業の費用負担において新旧市街地間の格差を設けず都市開発に内包型の対応をとってきた[電気事業,ガス事業/電気通信事業]が該当、に区分しうることについて考察した。/以上第3章

 以上の研究成果をふまえ、首都圏域における既往の都市開発地区を全数(総計69地区)抽出し、公団による補完システムの長期間の運用実態に関する分析をおこない、当該システムの適用性について検証した。

 また、当該システムの到達点をみるため、都市開発の中枢的手法たる土地区画整理と関連7事業における公民分担水準の分析から、とくに第Iグループ[水系,廃棄物系]において高水準の公民分担の仕組みを地域に定着させた事業の構造について考察した。

 さらに、先導地区としての多摩ニュータウンを抽出し、実際の事業過程に関する詳細な解析をおこない、(1)地元市の財政赤字が顕在化する状況下で第Iグループ[水系,廃棄物系]において補完システムへの要請が高まったこと、(2)また当該システムの適用を通して既成市街地の一般水準を超える高水準の公民分担が図られたこと、の2点について事例検証としても明らかにした。/以上第4章

(2-2)循環システムのモデル地区への導入過程と公民分担体制

 これを受けて、昭和50年代に始まる循環システムの導入過程を取上げ、まずその事業化条件についてマクロな視点から比較し、(1)対象地区・対象エリアとも受容性が大きいシステム[水循環再生システムが該当]、(2)対象地区の受容性は大きいが対象エリアの受容性が限定されるシステム[地域冷暖房システムが該当]、(3)適用地区・対象エリアとも受容性が限定されるシステム[中水道システムと厨芥類緑地還元システムの2つが該当]、の3つのタイプに類型化しうることを示した。

 つぎに、先導地区として多摩ニュータウンを抽出し、当該システムの事業化過程に関する解析をおこない、(1)循環を支えるべき[民]側の循環設備の誘導における難易度にシステム別におおきな格差を生じたこと、(2)なかでも[水循環再生システム]では都市開発に「規制型の対応」をとり高水準の公民分担の仕組みを定着させてきた[河川事業]とのかかわりから地域の受容性も高く、受益者負担の誘導が最も容易であったこと、(3)他の3種類の循環システムでは地域の受容性が未成熟であり制度面・技術面で拡充と強化が今後の課題となること、の3点について考察した。/以上第5章

(3)研究の成果

 以上の成果をふまえ、従来の代謝系施設の構築から新たな循環システムの導入への展開過程を総括し、公団が一貫して果たした補完的役割に対し「高水準の公民分担体制への調整機能」として新たな工学的意味を見出した。

 また、将来わが国の都市に課せられるべき環境面の制約のもとで、都市の代謝構造の体系転換を想定し、公民の役割分担をもとに確立すべき新たな施設計画の枠組みやその推進方策を提案するとともに、当該枠組みが今後の都市再構築においても一定の普遍性を持ちうることを結論として導いた。

 (脚注-1)代謝系施設とは、以下の4分野[関連7事業]から構成する。

 (1)水系:水道事業,下水道事業,河川事業,(2)廃棄物系:清掃事業

 (3)エネルギー系:電気事業,ガス事業,(4)情報系:電気通信事業

 (脚注-2)循環システムは、以下の3分野[4システム]から構成する.

 (1)水系:中水道システム,水循環再生システム

 (2)廃棄物系:厨芥類緑地還元システム,(3)エネルギー系:地域冷暖房システム

審査要旨

 都市開発において構築すべき都市基盤施設は、「水系・廃棄物系・エネルギー系・情報系」の4分野に道路等の「交通・輸送系」を加えた5分野から構成される。道路整備が都市開発の目的そのものとされるのに対し、前者の4分野の施設は通常「供給処理等施設」として一括され、二次的な段階で計画されてきた。しかし、水・資源・エネルギー面から都市の代謝的活動に直接にかかわる施設であり、環境面の制約条件がきびしくなるこれからの時代には、これら施設を都市計画の新しい枠組みの下で計画することが重要な課題となる。そのためには公と民との役割分担のもとで、都市代謝構造の転換を図れるような、循環型の新しい都市の代謝系施設の施設計画が求められている。

 本論文は、「都市開発における代謝系施設の構築過程と公民分担体制に関する研究」と題し、序章および6つの章より構成されている。

 序章は、研究内容とその構成についての概要である。

 第1章は、「代謝系施設の基本特性と都市開発における構築体制」についてである。代謝系施設の基本特性について、システム構成や計画領域、事業の体系、社会資本ストック等からみた分析をおこない、公共事業としての性格が強い「水系,廃棄物系」と公益事業としての性格が強い「エネルギー系,情報系」の2つのグループに代謝系施設を分類することが妥当であることを明らかにしている。

 第2章は「都市開発における代謝系施設の構築過程と構築特性」であり、代謝系施設の特性比較のため、構築過程を分析し、(1)昭和30-40年代の事業整備では「水系,廃棄物」グループが「エネルギー系,情報系」グループに遅れ、10年程度の時間的なずれが生じたこと、(2)資本ストック形成面でも同様の時間的なずれが生じたこと、(3)このため「水系,廃棄物系」グループでは都市化過程での新規施設需要に対しより広域的な施設計画が必要となったこと(「エネルギー系,情報系」グループではその必要性がなかったこと)、の3点を見出している。

 また、都市開発における代謝系施設の構築過程の分析から、とくに「水系,廃棄物系」グループにおいて、都市化過程で顕在化した地方公共団体の財政赤字問題に対し、都市開発者が対応措置を講じる必要が生じたことを明らかにし、その主たる原因が都市開発の大規模化や遠隔化に伴う施設整備量の増大と開発地区における施設の先行整備の必要性であったことを明らかにしている。

 第3章は、「開発者による補完システムの導入過程と代謝系施設の構築特性」についてまとめている。第2章で見出した地方公共団体の財政赤字問題への都市開発者の対応措置を、事業の推進を「補完する」という意味から、「補完システム」と命名しその概念の規定をしている。この補完システムの適用と有効性について考察し、(1)「水系,廃棄物系」グループでは、広域化した新規施設需要への個別事業者の対応には限界があること、(2)「エネルギー系,情報系」グループでは、新規施設需要への事業者の対応が相対的に容易であり、「補完システム」機能の必要性が小さかったこと、の2点を明らかにしている。

 さらに、都市施設構築の特性を類型化し、「水系,廃棄物系」グループを(1)規制型:流出抑制対策を通し一貫して都市開発に規制的な対応をとってきた河川事業と、(2)認知型:開発者負担として財源的補完措置の適用を条件に調整を図る対応をとってきた水道事業,下水道事業,清掃事業、の2つに区分しうることを、また「エネルギー系,情報系」グループは、(3)内包型:事業の費用負担において新旧市街地間の差を設けず全国一律の原則を適用する形で都市開発を内包する形の対応をとってきた電気事業,ガス事業,電気通信事業、に区分しうることを示している。

 第4章「開発者による補完システムの運用実態と公民分担体制の定着過程」では、以上の研究成果をふまえ、首都圏域における既存の都市開発地区を全数(総計69地区)抽出し、都市開発者による補完システムの長期間運用の実態に関する分析をおこない、補完システムの適用性についての事例検証をおこなっている。さらに、先導地区としての多摩ニュータウンについて、実際の事業過程の詳細な解析をおこない、(1)地元市の財政赤字が顕在化した時期に「水系,廃棄物系」グループにおいて補完システムへの要請が高まったこと、(2)補完システムの適用を通して高い水準の公民分担が図られたこと、の2点を事例検証から明らかにしている。

 第5章「都市開発における循環システムの導入過程と公民分担体制」において、昭和50年代に始まる循環システムの導入過程を取上げ、(1)対象地区も対象エリアも導入が容易なシステム(水循環再生システムが該当)、(2)対象地区と対象エリアが限定されるシステム(地域冷暖房システムが該当)、(3)対象地区も対象エリアも導入の範囲が限定されるシステム(中水道システムと厨芥類緑地還元システム)、の3つのタイプに類型化できることを示している。

 つぎに、多摩ニュータウンを例として、循環システムの事業化過程に関する解析をおこない、(1)循環を支えるべき「民」側の循環設備の導入における難易度がシステム毎におおきな差があること、(2)「水循環再生システム」は、河川事業との関係が深いことから地域の受容性も高く、受益者負担の誘導が最も容易であったこと、(3)他の循環システムでは地域の受容性が未成熟であり、事業化の制度面と技術面でさらに整備が必要であることを明らかにしている。

 第6章では、研究の成果をとりまとめている。また、将来わが国の都市に課せられる環境面の制約のもとで、都市の代謝構造の体系転換を想定し、公民の役割分担をもとに確立すべき新たな施設計画の枠組みやその推進方策を提案している。

 このように本論文は、都市開発における代謝系施設の構築過程を詳細に検証し、今後の代謝系施設の計画・建設・運用・管理のための新しい仕組みを提案しており、都市工学の学術分野の発展に大きく貢献している。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク