学位論文要旨



No 214071
著者(漢字) 鶴,大悟
著者(英字)
著者(カナ) ツル,ダイゴ
標題(和) 隣接複開口部を介した浮力駆動置換流
標題(洋)
報告番号 214071
報告番号 乙14071
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14071号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨 1緒言

 密度の異なる流体が、小開口部を介して密度差によって交換する流れは浮力駆動置換流と呼ばれる。上部領域に重い流体、下部領域に軽い流体がある状態で上下の領域を小開口部で接続すると、小開口部を介して、密度差によって2流体は交換を始める。このような流れ場は、工業上様々な場所で観測されるため、浮力駆動置換流の特徴を解明することが工学的に必要である。

 単一開口部を介した浮力駆動置換流に関してEpsteinの研究、Fumizawaらの研究などがあり、流れがH/Dによって決定されること、Bernoulliの式に基づいて置換流量評価が行えること、などの知見が得られている。

 複数小開口部を介した浮力駆動置換流は、単一小開口部を介した浮力駆動置換流と比較して、上昇、下降する2流体が別々の流路を流れることができるため、開口部内における損失は小さくなる。2つの小開口部が互いに離れた位置にあるような体系における置換流は、管路網モデルを用いて置換流量を予想することができる。しかしながら、2つの小開口部が近接した体系における置換流は、開口部出口近傍における2流体の相互作用の影響が相対的に増大し、現象が複雑となる。隣接複開口部を介した浮力駆動置換流に関してEpsteinの研究、姜らの研究などがあるが、開口部周辺における上昇流-下降流間の相互作用が流れを決定するのに大きな役割を担っている、と言う知見が得られており、この相互作用を解明することが求められている。

 本研究では特に上昇流と下降流の相互作用に着目して、複開口部を介した浮力駆動置換流に関して詳細な検討を行うものとする。

2浮力駆動置換流実験2.1実験装置及び方法

 本実験で用いたヘリウム-空気置換実験装置の概略図を図1に示す。本研究で対象とする小開口部は実験容器の上部に設置されている。小開口部は高さ100mm、断面は10mm×10mmの矩形で、中心線上を厚さ0.5mm薄板で仕切ることにより、10mm×4.75mmの断面を持つ2流路となっている。開口部外壁、及び中央仕切りは透明アクリル板製であり、開口部内部の可視化が行なえるようになっている。実験容器は、材質は開口部と同じく透明アクリル板製、容積は200×200×200mmの立方体形状(0.008m3)であり、これは開口部の容積と比べて十分大きい。

 初期状態において、実験容器内をゴム製ストッパにより密閉し、ヘリウムガスを満たす。開口部上部のストッパを解放すると、重力により、開口部を介して容器内からヘリウムが噴出すると共に、空気が容器内に流入して、置換流が生じる。この置換流の置換流量及びフローパターンを測定する。

 開口部出口近傍のフローパターンをHolographic干渉計、又はMach-Zehder干渉計を用いて可視化する。これらの干渉計を用いると、視線方向の密度分布の積分値が、干渉縞の移動というかたちで可視化される。可視化結果から、開口部周辺におけるヘリウム流の2次元的なフローパターンが観測される。

 電子てんびんを用いて、実験容器全体の質量の時間変化を測定する。容器内の軽いヘリウムが重い空気に置換されるため、実験容器全体の質量wが増加する。この質量の時間微分をとることにより、置換流量qを求める。置換流量を表す無次元数として、Fumizawaら、姜らと同様に慣性力と重力の比である密度フルード数Frを導入する。

2.2実験結果

 図1に示す実験装置により置換実験を実施した。密度変化の測定結果より密度フルード数を算出し、容器内のヘリウム体積分率xlに対してプロットしたものを図2に示す。xlは、初期状態には1で、交換が進むにつれ減少し0に近付く。xlが同一にも関わらず、置換流量(Fr)は高流量と低流量の2通りの値をとっている。つまり、同一の実験条件にも関わらず、2種類の置換状態が存在することがわかる。なお、この2通りの流量はxl1(実験初期)から観測され、2つの状態は互いに遷移しない。初期状態から状態が変わらないことは、実験開始時のストッパー除去方法などが関与していると考え、何通りか実験を繰り返したが、初期のストッパー除去手法に関わらず観測された流量は2通りのみであり、なおかつ、意図的にどちらかの流量を選択することはできなかった。それぞれの状態に対して、開口部近傍を干渉計により可視化した結果を図3(a)、(b)に示す。いずれも置換開始後90秒後における画像であり、容器内の流体はほぼヘリウムである(xl1)。画像中の干渉縞が歪んでいる部分にヘリウムが存在することを示している。開口部内は、仕切りによってヘリウムが流出する流路と空気が流入する流路に分けられる。開口部出口近傍においては、流出する上昇ヘリウム流と、流入する下降空気流の相互作用が生じる。同一の実験条件に対しても出口近傍において2種類の異なったフローパターンが観測された。即ち、各図の横に摸式的に示したように、流出ヘリウム流が流入空気流に引き寄せられない場合(図3(a))と、流出ヘリウム流の一部が流入空気流に引き寄せられる場合(図3(b))と2つの場合が存在する。置換流量との同時計測結果と比較すると、ヘリウム流が空気流に引き寄せられない場合(a)は、置換流量が大きい条件で、引き寄せられる場合(b)は、置換流量が小さい条件であることが観測された。

3考察

 従来の姜らによる置換流量予測では巻き込みの影響が考慮されておらず、実験結果を良く説明できていなかった。また、巻き込みを考慮した置換流量予測モデルも存在しない。本研究では、巻き込みを考慮しつつヘリウム-空気実験における置換流量を予測する新しい予測式を提案する。仕切りによって分けられた開口部を、それぞれをヘリウム及び空気が分離して流れたとすると、修正ベルヌーイ式は以下のようになる。

 

 左辺は密度差による駆動力を表し、右辺は下降流、上昇流の圧力損失の総和である。一般に圧力損失は管内流速の関数であり、式(1)を解くことにより置換流量を算出できる。

 本研究では、巻き込みの効果を導入するため、開口部上下の巻き込み率hlを以下のように定義する。

 

 図4に巻き込み率の概念を示す。下降流の密度dは、上昇流の密度uと、空気の密度hとを巻き込み率hで混合したものであると考える。h=0は巻き込みが無いことを示し、h=1は開口部から流出した全ての流体が巻き込まれることを示す。

 簡単のため、ここでは開口部上部周辺と下部周辺の巻き込み率が同じであると仮定すると、(=hl)を用いて開口部内の密度は以下のように表すことが出来る。

 

 すなわち、開口部内の密度はの関数として表せ、式(1)の左辺はの関数となる。一般に圧力損失Pは流速の関数であるので、を仮定することによって上式を解いて開口部内の流速が算出できる。

 なお、置換流量qと開口部内流速との関係は、流路断面積(S)を用いて次式で表される。

 

 以上の式を本置換流実験で用いた開口部(図1)に適用すると、をパラメータとした本開口部に対するFr数特性曲線は図6の様に与えられる。フルード数は、=0の時に最大値をとる。が増加するに従い、フルード数は減少し、=1の時に、最小値0となる。

 以上により、巻き込み率を知ることが出来れば、Frを求めることが出来る。そこで、本研究では図5に示す実験装置を用いて強制流実験を行い、開口部周辺の巻き込みを模擬することにより流量-巻き込み特性曲線を測定した。こうして得られた巻き込み特性曲線を、図6の開口部特性曲線に当てはめると、その交点が本モデルによる予測値となり、巻き込み率=0.16、フルード数Fr=0.17と予想できる。

 この結果を、図1の体系での浮力駆動置換流において実際に計測したフルード数と比較する。強制流実験で再現したフローパターンは浮力駆動置換流実験の(b)のパターンに相当していた。(b)パターンのフルード数は、図2においてxl=1としたときの値であり、Fr=0.15であった。それに対して、本モデルで得られたフルード数の予測値は、Fr=0.17であった。フルード数予測において巻き込みの効果を考慮しなかった場合には、図6において、=0とした値であるFr=0.34となり、実測値と大きく異なる値となる。このことから、フルード数の予測のためには、巻き込みの効果を考慮することが必要であるという知見が得られた。

4結論

 空気-ヘリウム置換流実験を行ない、同一の体系で複数の安定なフローパターンが生じる、という現象を発見した。管路網の式を変型し、巻き込みの効果を考慮して置換流量を予測する式を導出した。この式に強制流実験で得られた巻き込み率のデータを代入することによって、置換流量の予測値を算出し、置換流量の予測のためには巻き込みの効果を考慮する必要があることを示した。

 他に、開口部断面のアスペクト比d/wを変更することにより開口部形状を変化した実験を行った。その結果、発生するフローパターンの種類が、開口部の形状に依存していることを示した。各フローパターンの発生条件は必ずしも分離しておらず、同一の体系で複数のフローパターンが観測される体系があった。これにより置換流の密度Froude数を評価する際には、開口部の形状だけでなくフローパターンをも考慮しなければならないことを示した。

Fig.1 Apparatus for the helium-air exchange flow experimentFig.2 Froude number of the helium-air exchange flowFig.3 Flow patterns of the helium-air exchange flow(a)uncaptured flow Pattern(b)captured flow patternFig.4 Concept of entrainment ratioFig.5 Apparatus for the forced flow experimentFig.6 Froude nubmer predicted by the presented model
審査要旨

 密度の異なる流体が重力下で小開口部を介して上下の位置交換する流れを浮力駆動置換流と呼ぶ。浮力駆動置換流は、顕著な流体の動きが開口部とその近傍に限定されるのでその部分だけに絞ったモデル化による流量等の定量的評価がある程度可能であること、しかし自然対流であることから密度変化と流動の相互作用が強く数値解析等による正確な評価は難しいこと、特に小開口部近傍の形状等の境界条件依存性が強く現象を一般化して扱うことが困難なこと、といった特徴を有している。本論文は、近接した2つのダクトからなる開口部を介した浮力駆動型置換流を対象とし、そこに現れる多様な流動様式について調べ、それを踏まえて置換流量の評価方法を提案したものである。

 第1章は序論であり、浮力駆動置換流が問題となる工業上の諸問題をレビューするとともに、既往研究についてまとめている。

 第2章では作動流体としてヘリウムと空気、水と塩水を用いた基本的実験で得られた結果について述べている。大きな容器と外界ないし2つの大きな容器間を中央仕切りのある矩形ダクトでつなぐと、仕切りの両側で逆方向の流れが生じる。ヘリウム-空気実験において流量が初期条件により2通りの値となることを見出し、可視化によりこれはダクト端部で流出入する両流体が引き寄せ合う場合、離れる場合の2つの安定な流動様式に対応していることを明らかとしている。水-塩水実験ではさらに詳しい可視化観察を行い、ダクト端部から流入する流体に流出する流体が連行される巻き込み現象、流出側の流路にその空間の流体が局所的に入り込む潜り込み現象を見出して考察を加えている。

 これらの知見を基に、第3章では置換流量の評価方法を提案している。気体の置換流では巻き込み現象の存在が流量評価に大きな影響を与えることから、巻き込み率というものを定義し、ダクトに強制的にヘリウムと空気を流すことでこれを測定している。その上で、この巻き込み率を用いた評価結果が従来手法による誤差を大きく減少させることを示している。

 第4章はこの流れに対するダクト断面の縦横比の影響について述べている。接する2流路を偏平にしていくと両方向の流れの境界は仕切りではなくなり、1偏平流路内に両方向の流れが共存するようになる。断面形状の変化により、前述のダクト端部での両流体の挙動も含め種々の流動様式が現れること、この流動様式が置換流量に大きく影響することを示している。

 第5章は巻き込みや潜り込みなど浮力駆動置換流の構造について定性的に考察するために実施した二次元層流コードによる数値解析結果について述べている。定性的な模擬はほぼ可能となっているが、実験では生じていないと考えられる大きな循環流が数値解析では容器内に現れ、これがダクト部の流れにも影響するなどの問題点も明らかにして考察を加えている。さらに定量的模擬まで可能とするための改良必要項目を示し、改良方法の提案などを行っている。

 第6章は結論で、本研究の成果をまとめている。

 以上のように、本論文は近接した2つのダクトを介した置換流を対象とし、そこに現れる多様な流動様式を整理するとともに、ダクト端部などでの流れの詳細構造まで考慮した流量評価手法を提案したもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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